遺伝子操作
「じゃあ、本当にお母さんは何も知らないの!?」
子ども部屋の中、力なく座り込んでいる文香の肩を掴み、ミランが強く揺さぶった。
「ミラン、もうやめろよ。母さん困ってるだろ」
ミランの激しい剣幕を見かねて、アランがミランの腕を掴んだ。
「はぁ?アランは自分の父親がハリネズミでもいいわけ!?アランがいつもそうやって大事なことから逃げるから、私が一人で全部やらなきゃいけなくなるんだよ!」
腕を振ってアランの手を振りほどくミラン。
ミランは困惑するアランと文香の顔色を見てため息をつき、俯いた。
「とにかく、何かわかったらすぐ教えてね。アランの針と違って、私の羽根は完全に体内にしまうことができないみたいだし。こんなものがあったら、もうどこにも行けないよ」
涙目で唇を噛むミラン。
文香が両手を伸ばしてアランとミランの手を握る。
「二人とも、ごめんね。お母さんには、どうしてこうなったのか何もわからなくて」
「もういいよ。母さん、明日も仕事でしょ?俺達は大丈夫だから。おやすみ」
アランが文香にやんわりと退室を促した。
「···そうね。二人とも、おやすみ」
部屋を出た文香は、子ども部屋の扉を閉めてから苦しげな表情を浮かべた。
「本当に、ごめんなさい」
消え入りそうな声で、文香は呟いた。
子ども部屋の中、呆然とした様子のミランにアランが声をかけた。
「もう寝るぞ。母さんがわからないって言ってるんだから、仕方ないじゃん」
「···眠れるわけないでしょ?いきなり羽根が生えてきた上に、先生があんなことになって···私、怖くて何も出来なかった···」
座り込んで膝を抱えたミランの両目から、大粒の涙が溢れた。アランも隣に座り、二人は肩を寄せ合った。
◆
無機質な獣衛隊の会議室では、時計の音だけが響いていた。
獣衛隊の曹長、青木翔太郎と向かい合って座っている森田が、報告書をパラパラとめくってうんざりしたように横を向いた。
室内には、もう一人無口な女性副官、榎本マリもいる。
報告書を読んでいた青木が、森田に視線を向けた。
「つまり、あの双子は遺伝子操作された受精卵から誕生したということだな。詳しい検査が今後も行われるとはいえ、人工的に産み出されたということは間違いなさそうだ」
「その遺伝子操作した犯人が、恐らく双子の父親、篠原宏一、と。どうして親が実のわが子に針や羽根を付けたのか、その動機を聞いてみたいものですね。しかも妻の産後すぐに蒸発して現在も行方不明とは、タチが悪い」
呆れたように乾いた笑みを浮かべる森田。
「篠原は、T大出身の遺伝子研究者だ。その知見があれば、動物とヒトを組み合わせたゲノム編集も可能だったんだろう」
「双子の母親は、本当に何も知らなかったんですか?実は今でも連絡とってるんじゃ」
「報告書に書いてある限りでは、その可能性は低そうだな。不妊治療した病院の院長は父親とグルだったようだが、もう5年前に亡くなっている。真相は藪の中、というわけだ」
青木が小さく息を吐いた。
森田は眉根を寄せる。
「双子からいきなり針や羽根が生えた理由は?あの二人の様子だと、昔からあったようには見えませんでしたが」
「恐らく、第二次性徴が関係していると考えられる。12歳といえば、男女ともに身体が大きく変化する年頃だ。一定のホルモン放出によって特性が現れるようにデザインされていたとしたら、突然現れた針や羽根にも説明がつく」
「···で、この調査結果は、双子には開示しないんですね?」
「こちらから告げる義理はないだろう。下手なことを知らせて、反感を持たれても困る」
「なるほど、承知しました。それじゃ、僕はそろそろ失礼します。これから双子を教育しなけりゃいけませんから」
森田はそういって青木とマリに敬礼し、部屋を後にした。
扉を閉めた森田の足音が聞こえなくなってから、青木はマリに向かって口を開いた。
「これで、よろしいですか?」
マリが頷く。
「あのプロジェクトのことは、トップシークレットよ。双子に直接関わる彼に、知られるわけにいかないわ。あなたも、そのつもりで」
マリが冷めた声で言った。




