ハリネズミの少年
「お前、今ネズミに何をした?」
金髪にグレーの瞳の男は、尻もちを着いているアランを睨みつけた。
「わ、わかりません···」
アランは青ざめて尻もちをついたまま答えた。
ミランと他のクラスメイト達も、突然の出来事に凍りつき、動くこともできない。
「わからない?···まぁいいや」
男はそれ以上の追及は止めて絶命している優子に近付き、中腰になってため息を着いた。
男の名前は森田カイ、獣衛隊の2等獣曹で、教育隊の班長をしていた。
遅れて到着した獣衛隊隊員、水川志穂が、森田に声をかける。
「班長、ネズミは!?」
「もう倒した。被害者1名、搬送しろ!」
水川の後に続いて入室する獣衛隊員達に向かって、森田が言った。
「ま、待って下さい!」
瞬が優子の元へ行き、力が抜けたように床に座り込んだ。
「先生、どうしてこんなことに···」
瞬の言葉を聞いてハッと我に返ったミランと他の生徒達も、優子の元へ駆け寄った。
「嘘でしょう?さっきまで、ここで話してたのに」
呆然とするミラン。
「うわっ、こ、これは何事ですか!?」
大きな音に気付いて駆けつけた校長が、倒れた優子と大ネズミを見て叫んだ。
「すみません、世田谷区の獣害用フェンスがネズミに突破されたようです。報告を受けて飛んできましたが、一歩及ばず」
獣衛隊の志穂が校長に向かって頭を下げた。
隊員達によって、優子と大ネズミが搬送されて行く。
それを見届けた森田がくるりと踵を返し、アランの前に立ちはだかった。アランの手を持ち上げ、マジマジと観察する。
「ネズミが襲ってきた時、俺にはお前が手の甲辺りから何かを発射したように見えた。実際、ネズミの目の周りにはこの針が刺さっていたわけだが、この針について説明できるか?」
「俺は何も···ただ、手が勝手に動いて、指の辺りが熱くなった気がしただけで」
「なるほど。やはり手から針のようなものが発射されたということかな。今までに、体から針が出たことは一度もなかったのか?」
「体から針!?あ···そういえば朝、転びそうになった時にヒゲが針みたいに固いせいで、指をケガしました」
「···つまり、こういうことか?」
森田はそう言いながら持っていた剣をアランの首に向けて振った。
アランとクラスメイト達が、一気に青ざめる。
アランの体中から短い針が飛び出す。その首の皮ギリギリのところで、剣が止まった。
アランの体からは、まるでハリネズミのように針が出ていた。
クラスメイト達は驚いた顔で呆然とアランを見ている。
自分の体の変化に戸惑うアラン。
「つまり、恐怖心がトリガーになった、と」
「班長、なんてことするんですか!?上にバレたら首が飛びますよ!」
一人納得した森田に向かって、志穂が慌てて言った。
「別に首は切ってねーぞ」
「いや、そういう意味じゃなくて。それにしても、君は特異体質か何かなの!?こんな体質の子、初めて見たよ」
志穂がアランに向き直って尋ねた。
戸惑ったまま首を傾げるアラン。
森田がアランに声をかけた。
「お前、名前は?」
「篠原、アラン」
「よーし、アラン。お前は今日から獣衛隊で面倒見てやる。自慢じゃないが、うちの隊は万年人手不足だ。その針の威力なら、凡人を鍛えるより効率的にネズミが狩れるだろ。てか、その針はハリネズミみたいだな。ハリネズミの少年がネズミを狩る。ハハ、こりゃおもしれー」
自分の思いつきに自分で笑う森田を、覚めた目で見る志穂。
「あの、みなさんは獣衛隊の方々なんですよね?」
瞬が森田達に話しかけた。
「そうだよ。ごめんね、いきなりこんなことになっちゃって。今日はもう授業にならないと思うから、みんなのことは獣衛隊が責任持って家まで届けるからね」
志穂が瞬に向かって言うと、瞬が首を横に振った。
「いや、そうじゃなくて。僕も、獣衛隊に入れて欲しいんです。アランが獣衛隊に入るなら、僕だって何かの役には立ちますよね?」
瞬の言葉に驚くアランとミラン。
ニヤリ、と笑う森田。
「おうおう。そういう話なら大歓迎だぞ。っても、さすがに普通の小学生にはちょっと重労働なんだがなぁ」
「でも明日は卒業式で、もうすぐ中学生になります!僕の父さんも獣衛隊で働いているんです。お願いします!」
瞬が森田達に頭を下げる。
「父親が獣衛隊って、お前の名前は?」
「青木瞬。父は獣衛隊の曹長だと聞いてます」
驚く森田と志穂。
「青木曹長の息子!?こりゃ断るわけにはいかないな」
「じゃあ、いいんですね!やった!」
喜ぶ瞬。
「ちょっと待てよ!篠原と瞬が獣衛隊に入るなら、俺も入るぞ!先生がこんなことになって、クラスまで壊されて、これ以上ネズミの好きにされたくねーよ!」
玄真が語気を強めて言った。
「私も!アランと瞬が入るなら、私も入ります!」
ミランも手を上げた。
俺も私も、とクラス全員が獣衛隊の参加に名乗り出た。
「先生の敵、みんなで取ろうぜ!!」
「おー!」
玄真の言葉に、クラスメイト達が拳を突き上げて応えた。




