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獣乱のゲノム  作者: 大野 響


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2/10

ハリネズミの少年

「お前、今ネズミに何をした?」

 

 金髪にグレーの瞳の男は、尻もちを着いているアランを睨み(にらみ)つけた。


「わ、わかりません···」


 アランは青ざめて尻もちをついたまま答えた。

ミランと他のクラスメイト達も、突然の出来事に凍りつき、動くこともできない。


「わからない?···まぁいいや」  

 男はそれ以上の追及は止めて絶命している優子に近付き、中腰になってため息を着いた。


 男の名前は森田カイ(モリタカイ)、獣衛隊の2等獣曹で、教育隊の班長をしていた。

 

 遅れて到着した獣衛隊隊員、水川志穂(みずかわしほ)が、森田に声をかける。


「班長、ネズミは!?」

「もう倒した。被害者1名、搬送しろ!」


 水川の後に続いて入室する獣衛隊員達に向かって、森田が言った。


「ま、待って下さい!」 

 瞬が優子の元へ行き、力が抜けたように床に座り込んだ。

「先生、どうしてこんなことに···」


 瞬の言葉を聞いてハッと我に返ったミランと他の生徒達も、優子の元へ駆け寄った。


「嘘でしょう?さっきまで、ここで話してたのに」

 呆然とするミラン。


「うわっ、こ、これは何事ですか!?」 

 大きな音に気付いて駆けつけた校長が、倒れた優子と大ネズミを見て叫んだ。


「すみません、世田谷区の獣害用フェンスがネズミに突破されたようです。報告を受けて飛んできましたが、一歩及ばず」

 獣衛隊の志穂が校長に向かって頭を下げた。


 隊員達によって、優子と大ネズミが搬送されて行く。


 それを見届けた森田がくるりと踵を返し、アランの前に立ちはだかった。アランの手を持ち上げ、マジマジと観察する。


「ネズミが襲ってきた時、俺にはお前が手の甲辺りから何かを発射したように見えた。実際、ネズミの目の周りにはこの針が刺さっていたわけだが、この針について説明できるか?」


「俺は何も···ただ、手が勝手に動いて、指の辺りが熱くなった気がしただけで」


「なるほど。やはり手から針のようなものが発射されたということかな。今までに、体から針が出たことは一度もなかったのか?」


「体から針!?あ···そういえば朝、転びそうになった時にヒゲが針みたいに固いせいで、指をケガしました」


「···つまり、こういうことか?」

 森田はそう言いながら持っていた剣をアランの首に向けて振った。


アランとクラスメイト達が、一気に青ざめる。

アランの体中から短い針が飛び出す。その首の皮ギリギリのところで、剣が止まった。


アランの体からは、まるでハリネズミのように針が出ていた。


 クラスメイト達は驚いた顔で呆然とアランを見ている。

 自分の体の変化に戸惑うアラン。


「つまり、恐怖心がトリガーになった、と」

「班長、なんてことするんですか!?上にバレたら首が飛びますよ!」

 一人納得した森田に向かって、志穂が慌てて言った。


「別に首は切ってねーぞ」

「いや、そういう意味じゃなくて。それにしても、君は特異体質か何かなの!?こんな体質の子、初めて見たよ」

 

 志穂がアランに向き直って尋ねた。

 戸惑ったまま首を傾げるアラン。


 森田がアランに声をかけた。

「お前、名前は?」

「篠原、アラン」

「よーし、アラン。お前は今日から獣衛隊で面倒見てやる。自慢じゃないが、うちの隊は万年人手不足だ。その針の威力なら、凡人を鍛えるより効率的にネズミが狩れるだろ。てか、その針はハリネズミみたいだな。ハリネズミの少年がネズミを狩る。ハハ、こりゃおもしれー」


 自分の思いつきに自分で笑う森田を、覚めた目で見る志穂。


「あの、みなさんは獣衛隊の方々なんですよね?」

 瞬が森田達に話しかけた。


「そうだよ。ごめんね、いきなりこんなことになっちゃって。今日はもう授業にならないと思うから、みんなのことは獣衛隊が責任持って家まで届けるからね」


 志穂が瞬に向かって言うと、瞬が首を横に振った。

「いや、そうじゃなくて。僕も、獣衛隊に入れて欲しいんです。アランが獣衛隊に入るなら、僕だって何かの役には立ちますよね?」

 

 瞬の言葉に驚くアランとミラン。

 ニヤリ、と笑う森田。


「おうおう。そういう話なら大歓迎だぞ。っても、さすがに普通の小学生にはちょっと重労働なんだがなぁ」

「でも明日は卒業式で、もうすぐ中学生になります!僕の父さんも獣衛隊で働いているんです。お願いします!」

 

 瞬が森田達に頭を下げる。

「父親が獣衛隊って、お前の名前は?」

「青木瞬。父は獣衛隊の曹長だと聞いてます」


 驚く森田と志穂。

「青木曹長の息子!?こりゃ断るわけにはいかないな」

「じゃあ、いいんですね!やった!」

 喜ぶ瞬。


「ちょっと待てよ!篠原と瞬が獣衛隊に入るなら、俺も入るぞ!先生がこんなことになって、クラスまで壊されて、これ以上ネズミの好きにされたくねーよ!」

 玄真が語気を強めて言った。


「私も!アランと瞬が入るなら、私も入ります!」

 ミランも手を上げた。

 俺も私も、とクラス全員が獣衛隊の参加に名乗り出た。


「先生の(かたき)、みんなで取ろうぜ!!」

「おー!」

 玄真の言葉に、クラスメイト達が拳を突き上げて応えた。


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