毎日100回愛してる
人が溢れる公園内で怪我人の手当てをしていたミランの後方から、いきなり悲鳴が聞こえた。
振り向くと、そこには大ネズミ2匹が、園内の芝生から顔を出して男性の足に齧りついているところだった。
(まだいた!)
ミランは急いでショットガンを構えるが、逃げる人がこちらに大勢向かってきて危険なため、銃は使えなかった。
(ダメだ、ここじゃ危ない)
ミランは銃を撃つため、羽根を広げて飛び上がった。すると、先に大ネズミの下へ来たアランと青木が、それぞれネズミを倒した。
しかし同時に、テント内から銃声が聞こえて何者かがテントから出ていった。
(まさか!)
ミランが飛んでテントに向かうと、大ネズミを倒したアランと青木も合流してテント内に入った。
そこには、銃に撃たれて椅子から転げ落ちているマリの姿があった。
青木が急いで心臓マッサージを始めると、マリは薄目を開けてミランを見た。
「その子の名前···は···マモ···ル」
(だめ、死なないで)
ミランは咄嗟に瞬が倒れた時のことが頭の中に蘇り、恐怖で倒れそうになった。
それに気付いたアランが、ミランの体を支えた。
後から入ってきた複数の隊員と青木が、担架でマリを運んで行く。
ミランが青ざめて震えていると、その振動が伝わったのか、眠っていたマモルが泣き始めた。
「どうしたの!?」
子育ての経験などないミランには、子どものあやし方がわからない。アランと一緒に困っていたら、テント内に森田が入ってきた。
「班長!副隊長が!」
「報告はもう受けた。まだネズミがどこかに潜んでいるかもしれない。油断するな」
森田はアランに答えてから、ミランの胸で泣くマモルを一瞥した。
「子どもが泣いてるぞ」
「はい!でも、どうして泣いてるのかわかりません。えーと」
アランは答えながら頭をかいた。
すると、森田は一旦テントから出て水筒の水にストローを差して戻ってきた。
「ちょっと借りるぞ」
そう言うと、ミランの抱っこ紐からマモルを出して腕に抱きながら、水を飲ませた。
マモルは泣きながら水を飲み、だんだんと落ち着いてきた。
「良かった!マモル、喉が乾いてたんだね」
ミランがホッとしてマモルに話しかけた。
「マモル?その子の名前か?」
「はい、副隊長がそう言ってました」
ミランが応えると、森田は眉間に皺を寄せた。
「···そうか」
「班長、この子、どうなるんでしょうか?」
ミランは心配になって尋ねた。
「そうだな。とりあえず、ミランが面倒をみろ」
そう言うと、森田はマモルを抱っこ紐に戻した。
「でも、私、子育てなんてしたことありません!今だって、班長のおかげでやっと落ち着いたのに」
「子育てなんてもんは、何か食べさせてオムツを変えて、後は毎日100回愛してるって言ってやればそれで終わりだ」
「毎日100回!?」
ミランとアランは、驚いて声が揃った。
「俺は忙しい。後は頼んだ」
そう言うと、森田はテントから出て行った。
◆
その夜はそれ以上大ネズミやドローンが出てくることもなく、明け方には電気も復旧した。
しかし獣やドローンによる襲撃の爪痕は深く、多くの人々に疲労の色が残る翌日となった。
森田は港区の獣衛隊関連施設の廊下を歩きながら、会議室と書かれた場所で立ち止まった。扉を開けると、そこには青木がいた。
「聞きたいことがあるんだろう?」
青木は森田が部屋に入ると同時に言った。
「ええ。隊長は、何をどこまで知っていたんですか?」
「俺は、政府の命令であの施設の警備を任されていただけだ。プロジェクトについての概要くらいは聞かされたが、それ以上のことは何もわからない。獣衛隊は所詮、防衛隊の下部組織だ」
パンデミックの後に現れた大ネズミの存在は、日本を大いに混乱させた。それまで日本を守っていた防衛隊にも、いきなり大きくなり始めたネズミへの対処は容易ではなかった。そこで防衛隊の有志や警察、全国の猟師を募って結成されたのが、初期の獣衛隊だった。
「では、ネズミと一緒に襲ってきたドローンについては?」
「さあな。防衛隊からの情報提供はまだない。だが、中央アジアの独裁国家、ナモスタン共和国にテロ思想があることは知っているだろう?あの国から日本への旅行者には、大量のスパイが混ざっていたこともわかっている。今回の襲撃にも、恐らく彼らが関係しているはずだ」
世界中に突如現れた大ネズミの混乱に乗じてか、世界各地でテロが起きる頻度は上がっていた。
特に一部のテロでは、ナモスタン共和国との繋がりを専門家が指摘することもあった。しかし大ネズミの出現以降、世界の治安は大幅に悪化し、強盗や殺人の件数も各地で増えたことから、各国政府の対応は後手に回りがちだった。
「日本を狙う理由は?あの国から日本までは距離がある。なぜこんな東の外れに手を出そうとするんですか?」
「これ以上は、獣衛隊が知る必要はない。後は防衛隊に任せるべきだ」
森田は自嘲するように笑った。
「獣衛隊は、獣だけ狩っていればいいと?」
「森田、お前は強い。獣衛隊の中でも、お前に敵う者はいない。だがお前は純粋な日本人ではない。これ以上秘密に立ち入るな。自分の首を絞めることになるぞ」
青木は森田と目を合わせずに言った。
「···なるほど。了解しました。では、失礼します」
森田は一瞬苦いものを飲み込むような表情をしてから、部屋を出た。
森田が獣衛隊の施設を出ると、そこには金髪にグレーの瞳の美女が立っていた。
「お兄ちゃん!」
そこにいたのは森田の妹、森田ミアだった。
森田はミアの前で立ち止まると、その肩を抱きしめて胸の痛みを隠した。




