新人類プロジェクト
多数の大ネズミを駆除したものの、東京の街はまだ停電したままだった。
公園や学校では、避難した多数の人々が休んだり治療を受けたりしていた。
獣衛隊のテント周辺では、獣衛隊員達がネズミの出現を警戒し、見回りや警護をしている。
テントの中、椅子に腰をかけるマリと対峙するように、机を挟んで森田と志穂が座っていた。
「それで、何が知りたいの?」
冷えた体に毛布をかけたマリが、投げやりな態度で足を組んだ。
「あなたが知ってること、全てですよ。まずはあの羽根の生えた子どもについて、説明してもらいましょうか」
森田が刺すような目でマリを見た。
マリは森田を見返して薄く笑った。
「何か、勘違いしてるんじゃない?あの子を作ったのは私じゃないわ。私はただ、命令通り子ども達の面倒を見ていただけ」
「じゃあ、副官に命令したってのは誰ですか?」
「政府よ。これは国家の命運をかけたプロジェクトだったの」
黙って聞いていた志穂が、いきなり机をドン、と叩いた。
「こんな人権を踏みにじるようなことを、政府が主導してやっていたって言うんですか!?なんのために!?」
「もちろん、日本人のためよ。2026年のパンデミック以降、ネズミの食害も影響して、いまや日本人の人口は5000万人未満。夏は気温が40℃を超えるせいで、屋外での作業はすぐ死者がでる。その上、この国では地震や噴火のリスクも高いのよ。こんな状況で日本人が生き延びて行くためには、もう遺伝子を進化させて行くしかないの」
冷静だったマリの口調が、だんだんと熱を帯びたものになった。
「確かに、地球は危機的状況だ。とはいえ、子どもに羽根を生やす必要はなかったのでは?政府は、日本人をコウモリにでもしたかったんですか?」
マリが鼻で笑った。
「まさか。政府だってそこまでバカじゃないわ。だけど、遺伝子の改変技術が容易に利用できるようになったせいで、デザイナーズベイビーはすでに世界中で作られるようになってしまった。しかもこの異常気象。G5の初期計画では、プラスマイナス60℃にも耐えられる脳と体を持つ人類を想定して、プロジェクトが発足したの。ところが、パンデミック後に力をつけた独裁国家が兵器転用できる人類の開発を進めていることがわかって、G5の足並みが乱れたのよ。どの国も我先にと色々なタイプの人類開発に着手し始めてしまった。そのせいで、日本もタイプA·B·Cの3タイプを作らざるを得ない状況になったの」
森田が小さなため息をついた。
「まさか、遺伝子の改変を先進国が率先して行うとはね。じゃあ、あの子は兵器になるために生まれてきたのか?」
森田の声音に、怒りの響きが混ざった。
「そうよ。あの子は最終手段として作られたタイプC。見た目が普通の人間と変わらないタイプA·Bはすでに10人以上生まれていて、これから量産化の態勢に入るところだったの。でも施設は燃えて、あの子以外は助からなかった。先週EUのプロジェクト施設がネズミに襲われたと聞いているから、恐らくそこから日本の情報が漏れたのね。新人類プロジェクトは、もう失敗よ」
マリが疲れた様子でまぶたを閉じた。
青ざめた志穂が何か言おうと口を開いたその時、ドンッという大きな爆発音が聞こえた。
「班長、近隣のビルが爆破されたと報告が入りました。テロリストが潜伏していたようです」
テントに入ってきた菅原が、早口で報告した。
「すぐ行く。副官、あなたはここにいて下さい。話はまだ終わっていない」
そう言うと、森田と志穂はテントの外に出た。
◆
テント側の公園で男の子を両手に抱きながら、ミランは小さく微笑んだ。
男児が眠ってしまうと、その羽根は小さく折り畳まれて体内へと収まった。耳が少し尖っただけの幼子の寝顔からは、なぜかいい匂いがする。思わず顔を寄せてみたら、不思議と心が温かくなるのを感じた。
大ネズミに襲われた東京の街には人が溢れ、停電が更なる混乱を生んでいた。
ミラン以外の隊員は、負傷者の手当てに当たっている。ミランも何か手伝いたかったが、幼い子どもを放置するわけにもいかない。どうするべきか迷っていたら、凛が抱っこ紐を持ってミランの下へとやってきた。
「ミラン、これを使って。うちで昔使ってたものだけど、まだ使えるはず」
凛はそう言うと、ぱぱぱっと抱っこ紐をミランに装着して男児をその胸の中に寝かせた。
抱っこ紐のズレがないことを確認した凛がその場を去ろうとすると、ミランは慌てて声をかけた。
「凛、ありがとう」
もっと何か言わなければいけないと思いつつ、ミランにはそれ以上の言葉が見つけられなかった。
凛は小さく頷いただけで、すぐにその場から離れて行った。
「すみません、誰か傷の手当てができる人はいませんか?」
暗闇の中で、背の高い若者大橋蒼太が声を上げていた。
声に気付いたミランは、獣衛隊のトラックから救急箱を取り出して蒼太に声をかけた。
「どうしましたか!?」
「ネズミが壊した店の窓ガラスが、友達に当たったんです。腕が切れてしまって」
蒼太の側には、腕から血を流した若者が座り込んでいた。
「診せて下さい」
ミランは若者の腕をささっと手当てし、包帯を巻いた。
「とりあえず、止血はできました」
「ありがとうございます!」
止血を終えたミランに、蒼太が謝意を述べた。
「誰か、助けてくださーい!」
再び助けを呼ぶ声が聞こえ、ミランは立ち上がった。
「お大事にして下さい」
それだけ言うと、ミランは急いで他の患者の下へと走って行った。
ミランの後ろ姿を見て、蒼太は初めて背中に羽根があることに気が付いた。
「え、天使?」
蒼太は、ミランの後ろ姿を見つめた。
◆
破壊されたビル現場から、負傷者を運び出す獣衛隊員。飛んできたドローンを撃ち落とす森田。
(このドローンの数、敵の目的はなんだ!?)
崩れたビルの一角に身を潜めた森田の通信機器から、声が聞こえてきた。
「班長、榎本副官が何者かに撃たれました」
「shit!」
森田は一人、舌打ちした。




