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獣乱のゲノム  作者: 大野 響


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14/15

暗澹

 青空の下、アランは訓練場の一角で一人、剣を振るっていた。


 正面から迫りくる自動運転車に向かって、アランは剣を持ち構える。車に斬りかかるが、斬れるわけもなく、ひかれそうになって道路に倒れた。


 しかしアランはすぐに立ち上がり、切迫した表情で再度車に向かって行った。2台の車が交互に迫る中、必死に立ち向かって行く。その瞳には、涙が光っていた。

 もう、瞬はいない。その悲しみと救えなかった自分への怒りが、アランを奮い立たせていた。



 薄暗い部屋の中、茫然自失状態のミランとそれを心配そうに見守る真歩が、部屋の隅で静かに座っていた。

 

 他の獣衛隊員達も、言葉を発する者はいない。若い獣衛隊員を失った悲しみと、突然現れた巨大ワニに今後対峙する必要がある恐怖が、隊員達から余裕を奪っていた。


 そんな中、トントン、とドアをノックする音がした。


 ノックの音に気付いた凛は、誰も動こうとしないのを確認してドアを開けた。

 そこには、メガネにヒゲ姿の初老男性、大熊直道(オオクマナオミチ)が立っていた。


「やあやあどうも、いつもご協力ありがとうございます。ネズミの調査にうかがいました、大熊です。保管されてるネズミの部屋、開けてもらっていいかな?」


 首から下げられているネームプレートには、「里山動物研究所 研究員」と記入されている。

 大熊は里山に生息する動物を調査している研究者だった。獣衛隊では、捕獲した大ネズミの一部を保管し、その生態研究や調査に協力していた。


 凛は大熊をネズミのいる部屋へと案内し、顔認証で扉を開けた。

「どうぞ、こちらです」


 扉が開くと、檻に入った大ネズミの姿があった。その口には、専用の口輪をつけている。

 部屋の中にはその他にもはく製やホルマリン漬けにされた動物など、色々なものが保管されていた。 


 檻の中でうずくまっていた大ネズミは、凛達を見ると威嚇するようにこちらを睨んだだけで、もはや暴れる余力もないのか大人しかった。


「はっは、こんにちはネズミ君。それじゃあちょっと体長から測らせてもらうよー。」

 大熊は軽快な口調でそう言うと、持参したメジャーの端を凛に持たせ、大ネズミの体長を測り始めた。


「うーん、やっぱり体長は3年前の個体と変わらないねー。マンモスネズミの成獣はやはりヒグマの1.2倍程度ってところかな。いやー、どこまで大きくするつもりかと思ったけど、このくらいに落ち着いたかぁ。ひとまず記録しなくちゃね」


 大熊は鼻歌を歌いながら、計測した大ネズミについてメモに記録した。


「ネズミの調査、楽しいですか?」

 大熊の様子を近くで見ながら、凛が聞いた。


「んー?好きでやってる仕事だからね。地味だけど、やりがいのある仕事だよ。そちらは?今日はなんだかみんな暗い雰囲気だったけど」


「最近、仲間が亡くなったんです。だからみんな落ち込んじゃって」

 凛は下を向いて小さな声で答えた。


「そうかぁ。残念だったね。うちの研究所でも、たまに被害者が出るよ。今のマンモスネズミは、生物兵器みたいなものだからね。まったく、どこの誰が作ったんだか」

 大熊がため息をついた。


 凛は驚いたように顔を上げた。

「え?ネズミは遺伝子操作されてるって噂、本当なんですか?」


「10年前まで成獣でも30cm程度だった生き物がほんの数年で10倍の大きさになるなんて、こんなことはさすがに自然界では考えられないよ。証明が難しいから政府も公表してないけど、遺伝子操作されてることは間違いないだろうね。最近東京湾で見つかった巨大ワニも、遺伝子をいじってると思うよ。僕が写真で見た限り、恐らく古代に生息していたサンコスクスをイメージしたんじゃないかなー」

 大熊が腕組みをして言った。


「ひどい、動物をこんな風に利用するなんて」

 いつも冷静な凛が、珍しく顔を歪めた。


「同感だね。マンモスネズミは主に人を襲うが、飢えてくると動植物を見境なく食べてしまう。早く完全に駆除しないと、人も動物も日本には住めなくなってしまうよ。そうならないためにも、僕らの研究が必要なんだ」


 大熊の話に頷く凛。

「そうなんですね···」



 夕暮れの中、アランはまだ車と闘っていた。

「アラン君、そろそろ休んで!」

 志穂がアランに声をかけた。


「もう少し、やらせて下さい!」

(もう少しだ、もう少しで何か掴めそうな気がする)

 息を切らしながら、車との格闘を続けるアラン。


「水川、アランはまだやってるのか?」

 宿舎に戻らないアランの様子を確認するため、やってきた菅原が志穂に声をかけた。


 志穂は頷いた。

「あのワニを斬るなんて、鉄を斬るようなもんだって私が言っちゃったから···」


 元来、ワニの骨は固い。その上巨大ワニは皮も筋肉も固く、骨まで含めると鉄に近いほどの強度であった。


精神を統一させているアランの身体からは針が立ち、わずかに空気も震えている。

ふいに、アランが菅原と志穂に向かって言った。


「コウモリが鳴いてる!二人とも気を付けて!」

 アランがそう言った後に、大量のコウモリが空から飛んできた。


 志穂と菅原は、頭を下げてコウモリが通り過ぎるのを待った。

(コウモリの鳴き声は、人間には聞こえない周波数のはずだ。まさか、アランには超音波が聞こえるのか!?)

 菅原は驚いてアランを見た。


 傷だらけで目だけが光るアランの顔は、どこか野獣のようにも見える。次の瞬間、車に斬りかかるアランの剣が光って閃光が見えた。


 光の後、車が真っ二つに切られて倒れた。

 アランも力尽き、その場に倒れた。


「車を、斬りやがった」

 菅原は目を丸くして固まった。


 

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