時は、令和1X年
令和1X年の中国における内乱を発端としたユーラシア動乱は、強大な独裁政権による華夏民主主義連合共和国成立と、新ロシア連邦成立と言う結果を残して終結した。華連は国内統一後の、不満募る国民のガス抜きとして、中国時代から計画してきた他国への侵攻を、本格的に模索し始めていた…
令和1X年元旦の事である。
東北地方の某町にて。
「あけましておめでとうございます」
この言葉の意味を深く意識させられたのは、後にも先にもこの年だけであった。
我が日本国が華連及び新ロシア連邦に降伏してから1週間が経つ。2日後には、東京で調印式が行われるそうだ。
「凄惨なる戦争が終わり、我が国の復興が急がれる年となりそうですが、現在の国際情勢と…」
ニュースキャスターは引きつった笑顔で、新年に似つかわしくない重々しい報道を始める。
無言でチャンネルを変える。いつもなら初日の出と共に映される富士山が、今年は全く映されない。やはり、新年早々に国家を象徴する山が、あの様な悲惨な姿になった映像を流すまいとする、テレビ局なりの配慮だろう。
私は新年早々、去年を思い返した。
昨年の12月8日の早朝。
私、村山東三郎は、本土決戦に備えた、予備役召集訓練の最終日を迎えていた。高校卒業後に2年間国防軍に勤め、退役後は予備役登録をしつつ、民間企業でトラックの運転手をしていた。しかし、8月に行われた石垣沖遅滞作戦後の劣勢で、11月上旬から召集されたのである。遅滞作戦と言うのは後に付けられた名称で、敗北や後退という言葉を使う事が「不謹慎」とされていたからである。昨日の朝から続く状況下は、毎年参加している召集訓練とは、当たり前だが雰囲気が違った。本当に実戦を前提としているからだ。戦前では予備役の訓練では着用している体だった防弾チョッキは中古ではあるが支給され、また召集された予備役隊員は訓練後民間に戻るので、世間の目を気にした所謂「お客様待遇」がされる事もあったが、今回はその鱗片すら残らぬ厳しさであった。
タコツボに隠れ、敵役を発見次第空砲で撃破する。ドローンは小型なら偽装網を兼ねた対ドローン用ネットで防護できたし、別陣地の対ドローンレーザー狙撃手が撃墜判定を出してくれた。実戦でも頼りになるであろう腕前だ。しかし、一番怖いのはやはり戦車であった。華連は物量に物を言わせ、撃沈覚悟で大量の輸送船団に、機械化歩兵を伴った重戦車を主力とする部隊を載せて日本海を横断し、九州と新潟に上陸。その後は圧倒的火力で戦線を分断、撹乱してくると予測されていたからだ。既に九州の一部は華連軍が上陸し、激戦が繰り広げられているそうだ。敵は多数。装備も充実している。しかし、こちらも士気旺盛にして軍事技術も向上していたから、負けはしないだろうと思っていた。国民も、都市に相次ぐ爆撃で反華連の憎悪を募らせていたから、徹底抗戦派が多数で、訓練に励み、戦う軍人達を英雄と称えてくれていた。私の妻も、部隊に向かう当日、家の玄関先で、心配ながらに武運を祈ってくれた。命をかける理由はそれだけで十分だった。
状況終了の合図がかかり、鋼矢板の撤収だ穴埋めだといった訓練資材の撤収作業を終え、演習用廠舎に同じく召集された仲間とともに急ぎ足で向かった。
「いやあ村山さん。早く着替えてシャワーでも浴びたいですねぇ」
「全くです。汚いままじゃ敵と戦う前に病気になっちまいますからね」
「寧ろ臭いで華連の奴らを窒息させてやりましょうや」
その様な他愛もない話をしながら、風呂に入りたいがために急いで軍服を着替えていると、廠舎のテレビから緊急速報が流れてきた。
「えー、只今入った情報によりますと、ふ、富士山南斜面が…融解。森林火災が広がっているとの事です」
いつも冷静な男性アナウンサーが、冷や汗の滲んだ顔を青くしていた。
誰かが手に持っていたペットボトルを落とした。こぼれた水はコンクリートの床に吸い込まれ、冷たい染みとなった。
華連の衛星兵器による攻撃だと判明するのに時間は掛からなかった。不審な動きをする華連衛星を日本の衛星兵器「トビウオ」が急遽追跡。事によっては破壊措置も辞さない命令だった。
格闘の末にトビウオは華連の衛星兵器を破壊するも、不審な動きをした華連の衛星兵器は、陽動であった。戦前に華連が打ち上げた宇宙望遠鏡が、偵察衛星との予測はあれど、小型原子炉を積んだ衛星兵器であるとは夢にも思わなかったのである。
後に「屈辱の焼印事件」と呼ばれるこの出来事は、日本国民の高揚した戦意をへし折るには十分だった。
12月25日正午。
日本政府が無条件降伏を受諾したという知らせが入った時、短い休息日を終えて本土決戦に向けた資材準備をしていた私は、膝から崩れ落ちてしまった。屈辱の焼印事件は私に恐怖を植え付けるどころか、憎悪を焚き付けていたからだ。しかし、それと同時に微かな安心感があった事も否定できなかった。死なないで済むかも知れない。その気持ちに気がついた時、私は倉庫の壁に頭を打ち付けた。私は最低な非国民だと。
痛みの余韻が私を冷静にさせ、深くため息をつくと、もはや使うことの無いであろう資材の準備を再開した。
回想にふけっていると、洗顔を済ませた妻が寝間着姿のままそばに寄ってきた。
「これから、日本はどうなってしまうのだろうね」
不安そうな顔を浮かべる妻に私は
「前向きに生きていれば、悪い方には行かないはずだよ。まあ、御節料理でも食べてさ、悪いことは忘れてしまおうや」
そうは言ったものの、元とは言え軍歴のある私が占領軍にどのような扱いを受けるかは、予想がつかなかった。
それでも今の私は、妻がそばにいてくれるだけで心強く、とても安心できた。
ふと茶の間の窓から外を見ると、気がつけば太陽は高く昇り、敗戦国の凍えた町をいつもと変わらぬ輝きで照らしていた。
この話に登場する国家、団体、人物は架空のものです。また、特定の政治思想を助長するものでありませんので、ご了承願います。




