落ち込んでる親友と撫でられ理論の話
努力すればなんでも叶うわけじゃない。でもさ、褒められたい今ってあるだろ?
「あの時計止まってるじゃん」
「そーだよ悪いか?」
ちょっと沈んだ顔で言う我が親友は最近何かあったらしい。
顔もいつもより暗いし雰囲気も落ち込んでる感じだ。
最近も引きこもりがちで流石の親御さんも心配しているらしい。
そんな中、その親御さんが「ちょっと見てやってくれ」、なんて言うからドキドキしていたがフツーに会話はできるみたいだ。
そんで俺はコイツの家に行ってやるつもりだったが親にでも心配されたか、はたまた別の何かを言われたのか、散歩がてらと俺の家にコイツからやって来た。
「なんで止まってる時計かけてんの?」
「めんどくせーし、別に目覚まし時計あるから時間わかるし、それにあれでもアイツ、1日に2回、正しい時間を示すんだぜ?」
「…当たり前だし…」
ズズズッとホットミルクを飲む音がする。
最近寒くなってきたし、飲むにも今のコイツにも丁度良いだろう。
「…私も止まってるの。」
ふと漏らしたその言葉。
「…」
少しの間を埋めるのは目覚まし時計の音。
白い湯気が二つ並んでいる。
「…勉強も、人間関係も、疲れて…」
「…うん。」
静かな会話。
いつも元気なコイツにしてはほぼ見ないような会話。
彼女は下を向いていて顔が陰っている。
「…心配されたいわけじゃなくて、態度を変えてほしいわけじゃなくて…」
「ん。」
「……本当に、ちょっとだけ、疲れて、止まりたくなっただけ、だがら…」
「あぁ、」
「ごめんね、巻き込んで。」
「そう思う?」
「え?」
やっと顔を上げた。
そんな彼女は驚いた顔をしていた。
「知ってる?俺問題児。」
「え、あ、うん。」
「そこは否定しろよ…」
速攻だったなあ、なんて思いながら体制を少し変える。
真正面で目を合わせて…なんてことはしないけど。
少し体重をテーブルにかけだらける様な、テーブルに寄りかかる様な体型にする。
「つまり迷惑かけて、休憩すら苦しくて…ってことだろ?」
「…」
彼女らしくない、下を向く姿。
今日は弱気なんだなぁ。
「誰もさ、結果を出したヤツだけが撫でられるべきじゃないんだよ」
「は?」
突然の脈拍のない言葉に眉を顰めるのも、やはり今日は弱々しく見えるな、なんて感じながら少し顔を下げる。
「良くあるじゃん、良い子は頭撫でられる的なヤツ」
「…まあ、…うん、そうだね。わかるよ」
「そう、それだよ。」
沈黙、息苦しいわけではない。ただちょっと、静寂の中時計の針が動くみたいな沈黙。
「この会話も俺の一つの表現方法だ。わかって欲しいとかじゃなくて、
でさ、頭を撫でられる良い子って大人基準だろ?」
「例えば…そう、テストの点数がいい、親の手伝いをする、聞き分けがいい、自分が食べたいおやつを弟に我慢してあげた…とかだろ?きっと、」
俺は指折り数えて顔を上げる。
「…」
「でもさ、撫でられることをしてたら、目的が良い子になって撫でられ褒められることになっていって、勝手にすり替わって。でもさ、それって本当に自分の意思なのか?」
彼女の喉が動くのが分かる。息が詰まる感覚なのか、彼女はまた一口ホットミルクを飲む。
「褒められたきっかけが積もって積もって人生縛られるなんて、たまったもんじゃないよな。
良い子以外にも頭撫でられるべき子は案外いるモンだと思うのよ。
でさ、だったらさ、たまには打たれる経験とか、賛否両論とか、別に褒められないけど自分の中で達成感感じることとかさ、正義とか、他人って言う外側に求めるだけじゃなくて、自分って言う内側での自分なりの何かを持つとか、自分の中で褒められるべきこととか…必要じゃない?」
俺はコップに手を伸ばし一口息つく。
考えながら、ゆっくりと言葉を口にする。
「でもだからって『一人ぼっちでコツコツ積み重ねるの大変だ〜』っつって自分の選択とか努力の方向性すらも全部他人任せにするのも違うと思う。
結果それって自分の自尊心とか諸々相手に託すのと同じようなモンだしさ。周りの人はさ…自分の人生の舞台装置でしかなくて、だから周りの人に合わせて最後早死にするとかなんか、…なんかヤじゃない?」
「…ひっどい考え方」
「だろ?」
笑う。すると彼女も少し笑った。
考えながらで語尾がまとまってなかったりした気がする。
だが伝わったみたいで良かった。
あんしん。
「でもさ、この時計みたいに、普段ダメなヤツでもたまにマジのことを示すこともある。」
「オマエはオマエ自身が『止まった』と思ってたとき、何も示さなかったのか?」
「…うん」
落ち着いた、小さい声。
「俺はそうは思わないな。」
そう返すと彼女は何も言わなかった。
でも目は口ほどになんとやらってやつだ。
「ここに来たろ。」
「…親に言われたから、」
「ノリ気だったの?」
「…それは、……」
「別に答えなくていーよ」
申し訳ないのか居心地が悪いのか、少し彼女は肩をすくめた。
湯気がさっきより小さくなっている。薄くて白い水蒸気。
「嫌々だったとしても、別にそこまでじゃないってしてもさ?結果自分の足で来た。つまり撫でられ理論でいくと『正しい』ことをしたってこった。
ってことは何も示してないってことはない。でも、俺は…」
テーブル越しに話してた俺は身を乗り出して左手を前に伸ばした。
「俺は良い子だけじゃなく、頑張ってる子も撫でたくなるけどな。」
笑って彼女の頭を撫でた。
すると親友チャンは顔を上げたと思うと時間差で顔がほんのり赤くなった気がした。
しょうがないな…と「よっこいせ」と言いながら立ち上がり手を広げる。
「は…?ち、違う!泣かないし、そんな声出して歳じゃ、」
「おーよしよし〜」
そのまま親友の横に移動し、覆い被すと少し近い形で親友に寄りかかる。
それで暴れられて…なんてことはなくおとなしかった。
されるがままだったのでそのまま撫でていた。
ネコみたいだ。
「ばいなら〜」
彼女が帰ったのは数時間後。
ついでに一緒に家でメシも食った。
意外と俺の手料理が美味かったらしい。
“意外”はまあ余計だったが。
途中突然なんでオマエは態度を変えないのかと聞かれて『なら態度を変えて欲しいのか?それって結構堪えるし俺はいつでも自然体よ?』と言う感じのことを言ったら黙ってしまった。
いや、小さくお礼を言っていた。
やはり俺の親友はツンデレなのだと思う。
その後ゲームをしたりなんなりして帰る時間。
家まで送ると言っても断られた。
なので玄関先まで送ったが小さく『距離感バグってるしアンタヤバいよ。』と小さく言われた。だが見た感じ拒絶などではなく、アレはそうだな…照れ隠し的な感じだったと思う。
そのあと自室に戻りふと止まった時計を見ると丁度正しい時間を示していたもんだから。
ふっと笑ってしまった。
そんで笑って、少し伸びをして、肩の力を抜いて、
親友が落ち着いた頃にはとっくにコップから湯気は立っていなかったことを思い出した。




