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第6話 盗賊 其の一

【遠つ国日記 慶長十七年六月六日】


 魔犬の放つ赤黒き光は、奇妙に「ずれて」見えた。拙者は後ろへではなく、前へとずれるのを見た。最初は目の錯覚かと思ったが、その後に斬った三匹も同じ現象を示した。まことに、不思議なることもあるものなり。


 されど、この魔犬――分裂するという。プエラは実際に目にしたことがあるらしく、悍ましい光景であったと語った。まず頭が二つに裂け、次に胴が割れて、内臓が露わになるのだと。拙者も真剣勝負の折に腸が飛び出す場面を幾度か見たれど、自分の意思にて分裂する獣など聞いたこともない。気味の悪いことよ……いや、されど一度はこの目で確かめたき思ひもある。


 さて、切り通しを抜けた先の小村にて、馬車を借りることとなった。ここでウェリスが交渉を引き受け、なんと半額にまで値を下げてみせた。魔犬の被害と、アロン村がその討伐の代表を務める利を説いたとのこと。まことに、噂に違わぬ腕前なり。


——————【了】


「さあ、これに乗っていけば四日ほどで州都に着くわ」


 助け出した村人の一人が御者となり、残りは荷台に腰を下ろす。小次郎は長光を抱えて胡座をかき、目を閉じたままウェリスとプエラの会話を聞いていた。


「さっきの村で聞いたんだが、最近、旅人を狙う盗賊が出ているらしい。だいぶ被害も出ているとか」

「そう……心配だけど、小次郎さんとプエラがいれば大丈夫よね」


 二人が視線を向けても、小次郎は目を閉じたまま。


「此奴、狸寝入りしてるぜ」


 言われて小次郎は目を開け、微笑で返す。日ノ本であれば、侍に女子がこういう口をきくことはまずない。だが小次郎は気にする様子もなかった。三人の姉に弄られ育った末っ子ゆえ、こうしたやりとりに慣れていたのである。


「プエラったら、小次郎さんに失礼じゃない? ……小次郎さん、気を悪くしないで。プエラに悪気はないの」

「大丈夫だ。プエラ殿の心根は、放つ矢を見ればわかる」

「へっ、何言ってるのか分からねぇが、殿はやめろ。プエラでいい。殿なんて言葉は……」


 プエラがウェリスに目配せする。


「「お貴族様しか使わない」」


 二人同時に声を合わせ、腹を抱えて笑った。


”この笑い声と、この二人を、拙者は守り抜かねばならぬ。夏姉のような悲劇を、二度と繰り返させてはならぬ”


小次郎は、姉たちがよく声を合わせて笑っていたのを思い出し、『守られた者の義務』を改めて胸に刻んだ。


◇ ◇ ◇


「お頭、いい鴨が来やしたぜ。魔犬退治を陳情しに、アロン村から州都へ向かう一行だそうで」


 『陳情』と聞いて、盗賊の頭ギュエルは目を光らせた。役人に取り次ぐとなれば、金を用意しているはずだ。


「どんな奴らだ?」

「男が四人、女が二人。女の一人はエルフの弓師、もう一人は治癒師らしい。どっちも若くて美人で……へへへ」


 下卑た笑いを浮かべる手下。


「エルフの年は見た目じゃ分からんがな。上玉の治癒師か。傷を治せる奴は、高く売れる。州都の貴族なら、喉から手が出るほど欲しがるだろうよ、男どもは?」

「三人はただの村人風。だが一人は異国者で、妙な格好をして長い棒を担いでましたぜ。治癒師にいつもくっ付いていやした」


 手下の目には、長光もただの棒にしか見えなかった。


「棒担いだ護衛か。雇われの流れ者だろう。鼻薬を効かせりゃ靡く。厄介なのは弓師だな」

「どうします? やめますか?」

「馬鹿言うな。策がある」


 すると手下がすかさず口を挟む。


「さすがの神算鬼謀ですぜ!」


 ギュエルは顔をしかめ、手下の頭を叩く。


「うるせえ。まだ、何も言ってねぇだろうが。治癒師さえ手に入れりゃ、陳情の金以上の大金になる。さて、如何するかなぁ。おい、昨日の行商人の親子を連れてこい」


 こうして手下の前で言葉を抑えつつ、策を練るギュエル。昨日捕らえた行商人の親子を囮に使う計画を思いついた。


「お頭、連れてきやした」


 手下たちは、怯えた表情の親子を連れてきた 。


「おめぇら、この者たちを連れて、昨日襲った場所に行け。そこで此奴らにこう言わせるのだ—『盗賊に襲われ、仲間や子供が連れ去られました。どうか助けてください。場所は山の中腹の盗賊の根城です。少し離れた高い木からなら、中の様子も見えます』とな。そして弓師は、ここから見える一番高い木に登らせろ」


 ギュエルは自らの根城から見える大木のことを言った。その木なら、こちらは見えるが、弓が届く距離ではないと踏んでいる。


「しかし、頭、弓師がのりますかね」

「馬鹿、弓師は遠目が効くんだ。仲間の弓師もそうだろうが。木登りも得意だろうし、木があると言えば登る。そこから様子を探るさ」

「なるほど。しかし、此奴、言うことを聞きますか?」


 手下は、父親の方を見ながら頭に訊いた。


「だから、こうするんだ」


 そう言うとギュエルは子供の襟首を掴み、母親から引き離した。


「お母さん! お父さん!」


 母親は半狂乱、父親も必死に抵抗する。しかし縄で縛られた二人は膝を打たれ跪かされる。


「よく聞け。子供の命が惜しければ、これから襲う旅人を騙せ。うまくいけば解放してやる。失敗すれば、どうなるか分かるな」


 勿論、ギュエルに約束を守る意思はない。男は殺され、女は今日の慰み者に、子供は奴隷に売られる運命である。


「ところで、弓師が木に登ったら?」

「これを使え。ルートルの爆発玉だ」


 ギュエルは赤い液体の入った瓶を手に見せる。水分の多い生木に触れれば烈火を噴く危険な爆発薬である。手下はそれを受け取り、懐にしまった。


「弓師が炎上したところで、残りの者どもに襲いかかれば一網打尽だ。治癒師は絶対に殺すな。弓師は惜しいが仕方ない。異国人は、俺らに加わりたければ連れてこい。他は皆殺しだ」

「さすが、お頭。俺はいつまでもついていきやすぜ」


 手下の言葉に満足したギュエルは椅子に座り直し、耳打ちした。手下は何度か頷き、「分かりやした」と答えて現場に向かった。








第7話は、28日午後10時ごろ公開です。感想をいただけるとありがたいです。

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