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第5話 旅立ち

【遠つ国日記 慶長十七年六月五日】

 この仙境には、魔族、獣族、人族、亜人族といった種族が暮らし、さらに獣の中にも魔獣という尋常ならざるものがいるらしい。日ノ本では御伽噺にしか語られぬ存在が、ここでは実際に生きているとは、驚くほかない。なかでも拙者が心を惹かれるのは、龍の存在。神にも近いとされるその姿、その理を剣で砕けるか、 ぜひ一度はこの目で拝んでみたいものだ。


 ああ、そういえば、この地と日ノ本とでは暦や季節の巡りが合わぬようだ。慶長暦では六月の筈が、此方では秋口とのこと。ウェリスが冬支度を気にしていた訳も、今になってようやく合点がいった次第である。

———【了】


「クォーターエルフが珍しいのか?」


 小次郎は、ついプエラ・シルウェイを凝視してしまった。


「いや、済まぬ。深い意味はない」


 特徴的な耳もそうだが、何と整った顔立ちだろうか。ウェリスもそうだが、こちらの国では美人が多い。エスタは歳相応かな、と小次郎は頭の隅で考える。


「ウェリス、こいつ、むっつりスケベだぞ」


 プエラはウェリスの方を向いて、小次郎への評価を伝えた。ウェリスは何とも言えない笑顔になり、小次郎は照れて頭を掻く。


「いや、参った。美しい花につい見とれた」

「むっつりでキザね。まあ、いいや。魔犬のことが聞きたいんだっけか」


 小次郎は、切り通しを突破する際の魔犬との遭遇を想定し、プエラに話を聞きに来たのだった。


「大きさは、どの位だ?」

「狼と変わらない。大体この位」


 プエラは両手を一杯に広げて大きさを表す。こちらの狼が子馬ほどの大きさなのかと、小次郎は舌を巻いた。


「うーん、そうか。他に特徴は?」

「爪と牙に毒があるから要注意だね」


 小次郎は、以前運び込まれた猟師の傷口を思い出した。さらに森の地形や最近の天候のことも尋ね、手帳にメモを取る。


「お前、几帳面だな。いつもそうなのか?」

「プエラ殿、敵を知り己を知れば百戦危うからず。戦いにおいて最も重要な心得でござるから、なるべく前もって調べるでござる」


 プエラは腕を組み、小首を傾げる。


「ふーん。つーか、お前、変な奴だな」

「いや、変ではなく心得でござる」

「フフッ、やっぱ変だわ、お前。ほら、何だか真面目に語ってる姿が……面白いんだけど」


 小次郎は、ちょっと顔を赤らめながらも、少し得意気にメモを直した。


「そうか。まあ、色々教えてくれて助かった。ありがとう」

「礼なんていいよ。それよりさ、ほら、村長が呼んでるぜ」


 小次郎には何も聞こえなかったが、振り返ると村長が手を振っていた。恐らく、出発前の打ち合わせだろうと思い、村長の方へ歩き出す。プエラとウェリスはその背中を追う。


「おい、ウェリス、なんつうか、彼奴の服装、変わってるな」


 紫の羽織に、軍勝色の長着と袴、そしてわらじという装いに長い刀を背負っている。


「小次郎さんの故郷の服装らしいです。血が付いていましたが、ご自分で洗ったみたい」


「ふーん」


 使者は、ウェリス、プエラ、小次郎に加えて三人の村人。総勢六人であった。村長が、一人一人に餞の言葉を掛けていく。


「佐々木さん、異国から来られて、面倒な事に巻き込んでしまったですね。しかし貴方の剣の腕前ならウェリスを守れると思います。ウェリスをよろしくお願いしますね。必ず、魔法使いを連れて帰ってきてください」

「心得た」


 切り通しは馬車では通るのがやっとの幅で、不測の事態の時に身動きが取れない。そのため、徒歩で突破し、一日目の宿場で馬車を借りる事になっている。順調にいけば四日で州都に着くと説明を受けた。


◇ ◇ ◇


 森は次第に深く、道は狭くなってきた。小次郎は背中の長光を腰に差し直し、不測の事態に備える。


「大きな森だな。それに深く暗い」


 小次郎は横を見て感想を述べた。木々が生い茂り、先は暗くて良く見えない。


「ここは八百年前、魔王軍のドッティニ将軍の砦があったの。その将軍が山を魔剣で切り裂いて、切り通しが出来たって言われているわ。峠の先がその切り通しよ」


 ウェリスは小次郎に説明した。小次郎も襲撃の予測を答える。


「数を頼む魔犬の襲撃は、あの峠を越えた直後。人ほど頭が回ればだが」

「なるほど。勉強になります」


 襲う側の数が少なければ登り坂の途中で、数が多ければ、登り切ったと安堵した下り坂。小次郎は多くを語らなかったが、ウェリスはそれをすぐに理解した。


 六人は峠を目指して狭い道を登っていく。そしてもう少しで登り切ると思ったそのとき、先を歩いていた三人の村人が、緊張から早く逃れたいと駆け出してしまった。


「いかん、先に行ってはダメだ。仕方が無い、ウェリス、プエラ殿、駆けるぞ」


 小次郎は声をかけ、ウェリスを気遣いながら先に行った村人を追う。しかし、先の三人が峠に消えたとき、悲鳴が上がった。


「ひぇー!」

「まずい。プエラ殿、ウェリスを頼む」


 小次郎は全力で駆け上がり、峠を越える。黒い魔犬に三人は既に取り囲まれていた。その数は二十頭ほど。


「聞いていた数より、多い」


 小次郎は抜刀し駆け寄り、一頭を後ろから切り倒した。さらに進んで一頭の首を刎ね、返す刀でさらに一頭の体を切断する。流れるような三連撃に、怯んだ魔犬は数歩下がり、輪は広がった。ここで初めて小次郎は魔犬の姿を凝視する。


「口から毒を吐き、目が三つある。日ノ本の狼よりはるかに大きい」


 そして、天眼で見えるのは、赤黒い光、純粋な悪意と魔を感じさせる光だった。


 魔犬達は警戒しながらも、右に左に動き、一度広がった輪を縮めていく。一頭が牙を剥きだし、小次郎に飛びかかってきた。すっと半身を開いて避けて切り下げる。この時、不思議な光景を目にした。


「今の犬の黒い光がブレたような……」


 小次郎には、魔犬の光が、右目で見ている実体から少し前方にブレたように見えた。しかし、今は深く考える余裕はない。魔犬が次々に襲い掛かってきたからだ。小次郎は直ぐに気を取り直し、飛びかかってきた魔犬の間を縫うように、長光を滑らせていく。後には肉塊が地面に落ちるだけである。


「まだ、続けるか?」


 小次郎は、右前に居る一際大きな魔犬に声を掛けた。それが、恐らくこの群れの頭であると踏んだのだ。小次郎の言葉が分かったのか、頭は牙を剥き唸り返してきた。


「小次郎!」


 後ろからプエラが大声で声を掛けた。ほぼ同時、三本の矢が鋭く飛び、三頭が勢いよく吹き飛んだ。プエラの加勢を見た魔犬の頭は後ずさりし始め、踵を返し、仲間を引き連れて森に消えた。


「プエラ殿、ウェリス、無事か?」

「大丈夫です。お怪我はありませんか」

「拙者は大丈夫だが、そっちの一人が怪我をしている」


 小次郎は、腰を抜かしている三人のうち、一人を指差して答えた。


「プエラ殿と二人で、あのまま殲滅した方が良かったか?」


 小次郎は、先ほどのプエラの弓を見て、相当の使い手だと思ったからだ。二人であれば二十頭ほどの魔犬の殲滅も可能と感じた。


「いや、確かにお前の剣は凄いが、僕たち二人では取り逃がす。奴らは逃げ足も早いし、一匹でも逃せば、直ぐに増える。大人数で囲んで殲滅しないと駆除できないんだ」


 プエラは、小次郎の剣筋に驚いていた。まるで水が流れるように、淀みなく滞りなく、剣そのものが意思を持っているかのように魔犬を切っていた。感心、いや、感動したが、それをもってしても、二人では魔犬を殲滅することは不可能だと思ったのだ。


「ん? 一匹でも逃すと増えると申すか?」


 小次郎の常識では、雄雌の(つがい)でなければ増えることはないし、番として残ったとしても、群れを作るまでには相当の時間が掛かると思った。


「魔犬はな、1匹残すと分裂してあっという間に増えるんだぜ。知らないのか?」


 プエラの小次郎への剣の評価は吹っ飛んだ。


「日ノ本には魔犬そのものが居ない」

「えっ、そうなん。ふーん」


 プエラはちょっと不思議な顔をした。



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