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第4話 異国での初任務

【遠つ国日記 慶長十七年 六月二日】

 エスタもウェリスも、拙者が居候していることなど、さほど気にしておらぬ様子である。しかし、このまま世話になり続けるのは、やはり侍として心苦しい。とはいえ、ここは日ノ本ならぬ異国の地。右も左も分からず、どうしたものかと日々思案している。この状況を打破せねば、刀が鈍ってしまう……。


 そういえば、この地には「ギルド」と呼ばれる、腕利きたちが集う寄り合い所があると聞いた。そこでは、さまざまな仕事を請け負うことができるらしい。もし拙者もそこへ行けば、自分の力で暮らしていけるかもしれぬ。剣の腕を活かせるのであれば、これほど願ってもないことはない。

———【了】


 その日の午後、村長であるジョエルが慌てた様子でウェリスの家に駆け込んできた。表情はにこやかだが、時折ふっと視線が遠くなるような、どこか不自然ながあった 。


 エスタは担ぎ込まれた怪我人から聞いていたことをジョエルに聞き直す。


「魔犬が南東の森に出たって?」

「ドッティニの切り通しあたりらしい 。参ったよ。州都の役人に討伐依頼を出そうにも、あの辺りにいたら行くに行けない。北回りで迂回すると何日もかかる、奴らそれを見抜いてる」


「ずる賢い奴らじゃな 。それでジョエル、怪我人を運ぶだけのために儂らのところに村長が来たわけじゃないじゃろう?」

「話が早くて助かる。その討伐依頼を陳情するための使者を送ろうと思う。それで……」

「ダメじゃ」


 村長が言う前に、エスタは即座に拒否した。


「えっ、まだ何も言ってないのに?」

「使者に治癒師のウェリスを連れて行きたいんじゃろう? ダメじゃ」

「いや、お願いだよ。ウェリスの治癒の腕もそうだが、村の中でまともに交渉できるのはウェリスちゃんしかいない。だから頼む。護衛は若い者をつける」

「お前が行けばいいじゃろうが」

「いや、行きたいのだが……私、蠅も叩けぬし、馬に乗る自信もない。それに道具を持つ手も力不足、州都までの道も長く、私、方向音痴だから迷いそうで……」

「何を言っておる。この期に及んで、儂を試しておるのか」

「そ、そうだ! でも、収穫の分配もあるし、まとめなきゃならんし……そうも行かないだろ? うーん、仕方ないなぁ……」


 秋の収穫の分配がこの村にはある。余剰作物を分け合うのだが、うまく収めないと喧嘩になり、最悪殴り合いになることもある。それを取り仕切るのが村長の大事な役目だ。しかし、エスタにはそんなことは関係ない。


「おばあちゃん、私なら大丈夫よ。もう子供じゃないんだから。それに冬までに魔犬を追い払わないと大変なことになる。でしょ、フラルさん」


 フラルは村長の名字だ。村長は相槌を打つが、どこかおどけた様子で、にこにこと笑っている。笑顔の端に僅かな焦りが混じり、目先をそらすような仕草がちらりとあった。


「どういうことじゃ?」

「州都へ行くにはドッティニの切り通しを通るか、北ルートで迂回するしかないけど、北は遠すぎるし冬には閉ざされるから、切り通しが村の命綱になる 。今年は収穫も少なかったし、冬の間、食料を州都で買うことも考えないと。でも魔犬がいたら荷物を背負って通るのは難しいわ」


「なるほど、じゃがそれだけじゃお前が行く理由にはならんじゃろ」


 エスタはまだ納得していない。


「支部長と交渉するなら、私が有利だと思うの」


 村長はにこやかに頷き、どこかお茶目に身体を揺らしているが、その笑みの合間に時折言葉を選ぶような間が生じた。口調は軽いが、どこか言葉の奥が固い。


「隣国アワル公国との関係も悪化してるから、役人は手いっぱいのはず。悲しいけど小さな村は後回しになると思うの。だからギルドを頼ることになる。それで、支部長が何を要求するかもわかるでしょう?」

「法外な金か、クエストの手伝いか……仕方ないのう。で、誰を護衛に付けるのじゃ? 儂らの村には腕の立つ男がおらんじゃろうに」


 渋々許可したエスタは、護衛についても注文を付ける。


「プエラちゃんは快く引き受けてくれた。ウェリスちゃんもそれで安心だろう?」

「それなら、私も心強い」

「プエラの弓は確かじゃが、女だけでは心許ない。足手まといの男はもっと困る」


 三人の話を聞いていた小次郎は、自分がこの世界で通用するか少し躊躇した。しかし、居候のままでは侍の名折れ、木片相手では剣がなまる。


「この国の事情は知らないが、拙者でよければ露払いくらいはできるかもしれん」


 小次郎の自薦に、村長はひょこひょこと身体を揺らし、一瞬、愛嬌を忘れ怪訝そうな顔をした 。知らぬ人物が村にいるだけでも気がかりのような仕草を見せている。


「えーっと、この青年はどちらの方?」

「紹介が遅れました。佐々木小次郎と申します」


 自己紹介を受けても、村長は警戒しつつ、愛嬌を振りまいている。


「ほれ、海岸でウェリスが見つけた怪我人じゃ」

「ああ、名前からすると異国の方か?」

「日ノ本の国から来ました」

「ヒノモト? 知らないな。それで腕に自信があるそうだが、魔犬がいる森を突破できるか ……」


 ジョエルは小次郎のことを、背は自分より高いが全体的にひょろっとしていると感じた。


「ふむ。小次郎が引き受けてくれるなら……大丈夫じゃろ。小次郎のバランスの取れた筋肉、それに1か月ほど一緒にいたが、好青年であることは儂が保証する」


 村長はまだ完全には信用せず、眉をひそめたり目を丸くしたりして、どこかおどけた仕草を見せる。その可笑しさの奥に、僅かな違和感を漂わせる視線の揺らぎがあった。


「では外で、拙者の腕前を試していただけますか?」


 四人は、いつも小次郎が薪割りをしている場所に集まった。


「この木片をこちらに投げてもらえますか?」


 木片といえどずっしりと重い。村長は受け取って手をばたつかせ、「あわわ、う、うむ……」と声を漏らし、前後に揺れる。小次郎は数歩下がり、長光を抜き、剣先を左下に向ける。


 それを合図にジョエルが木片を投げた。


 ヒュー、と鋭い風切り音が響く。下段の構えで左下を向いていた長光の剣先は、目にも留まらぬ一閃のうちに右上に払い上げられていた。木片は宙で瞬時に二つに分かたれ、ポトリと地面に落ちた。三人には小次郎の剣の動きは全く見えなかった。


「な、何だこれは……! まさか魔法か? いやいや、魔法じゃあるまいに……」


 村長のいつもの愛嬌は消え失せ、前後に小さく揺れ、眉をひそめ、目を丸くし、口元に手を当てたまま、言葉を失ったように硬直した。

小次郎の天眼には、その愛嬌を上書きしようとする、微かに濁った光が見えた。まるで偽りの装束を纏っているかのようだ。


「剣で切ったんじゃ。これで文句はあるまい」


武蔵の木刀さえ刃こぼれさせられなかった長光であれば、この程度の木片は当然であった。


「はい、文句はありません」






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