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第18話 魔王軍 十三将 其の二

「ぎゃー」


 ウェリスは遅れて来た痛みに悲鳴を上げ、膝をついてずくまった。小次郎は駆け寄り、左肩を支えながら彼女の体を気遣った。


「ウェリス、気をしっかり持て。この国の魔法なら治るはずだ、そうだろう」


 小次郎は懐から襷を取り出し、ウェリスの腕を縛ってハイポーションを飲ませた。エスタに見せれば治せるはずだと祈るように思った。そのとき、再び赤い線を感じて咄嗟に振り返る。背後に迫る斬撃を、彼はウェリスを背にして弾いた。


「プエラ、聞こえるか。ウェリスがやられた。今すぐ来てくれ!」


 赤い線が小次郎めがけて交差している。だが背後には負傷したウェリスがいる。避ける余地は少ない。小次郎は迫る幻影と実体を見比べ、身一つで斬撃を弾いた。


 蒸気が立ち込める戦場の中央に、水と火の渦――ウォータートルネードとファイアトルネードが絡んだ霧が立ち上る。その中に、甲冑を着込んだ武人が立っていた。金属の鎧は水蒸気で濡れ、赤い炎を反射して不気味に輝く。大刀を携えたその姿は圧倒的な威圧を放っていた。


「我が斬撃を弾くのは一体誰だ? うぬの名をあかせ」


 声は低く、冷酷に戦場に響く。小次郎は応える。


「人に名を聞くなら、自分の名を名乗れ」


 武人は自分を見てもひるがない小次郎に少したじろいだ。


「我は、魔王軍十三将の一人、ガラル・ドッティニである」

「巌流 佐々木 小次郎 用心棒でござる。いざ勝負」

「その恐れ知らぬの太々しさは褒めてやる」


 小次郎はウェリスを守るため、ドッティニの前に立ち塞がった。


「小次郎!」


 パスコの声が聞こえる。右手前の方を見ると、彼の身体は出血も傷もないのに、氷のように融けて頭のみが残るような有様だった。血も骨もなく、魔力だけで構成された体が崩れていくかのようだ。


「お主に身体強化魔法をかける。すまん、今の儂ではどうにもならん」


 小次郎の周囲に魔法紋が現れるのを彼は見た。


「先生!」

「この魔導書が残っていたら、拾ってくれぬか。無理するな」


 パスコはそう言い残すと、頭も溶けるように消え、ただ魔導書だけが地に残った。


「先生……」


 小次郎が再び呼びかけても返事はない。パスコの消滅を見たドッティニは勝ち誇ったように嘲笑う。


「なに、うぬも直ぐに後を追うことになる」


 ドッティニの目には残酷な殺意が宿っていた。武人同士の勝負などどうでもよく、無辜の命を平然と切り捨てるだろうという狂気を小次郎は察した。ウェリスを守るため、彼には斬撃を弾く以外の選択肢はない。


「どうした? 怖気付いて動けぬのか? 受けてばかりでは勝負にならんぞ」


 ドッティニは大刀を撫でるように呪文を与え、踊るように振るって風を切る。赤い線と幻、その実態の刃が交差し、衝撃で木の枝や土が舞い上がる。1、2、3と飛来する斬撃を辛うじて弾くうち、小次郎の肩や太腿に切創が浮かんだ。


 連撃は続く。小次郎が覚悟を決めて斬り込もうとしたその時、背後から赤い線が現れ――続く六つの斬撃を矢が射抜き、火花が散る。


 小次郎はちらりと振り返った。プエラだ。冒険者たちが大盾でウェリスを取り囲んでいる。


「悪い。遅れた」


 その声を聞いた瞬間の安堵は大きかった。しかし小次郎はすぐに次の行動へ移る。


「プエラ、俺が奴の気を引く。その間に、あの書物を回収できるか?」

「了解」


 プエラはパスコの書物の重要さを理解していた。パスコがそこにいないことで何があったかを察したのだ。


「俺が突っ込む。プエラは俺の背後から、奴が大刀を振り下ろす瞬間を狙え。必ず避ける、信じろ」

「えっ?」


 プエラは息を呑んだが、小次郎の目には揺るがぬ決意が映っていた。それを見たプエラは軽く頷く。そして矢筒から四本の矢を取り出し、弦に掛けながら小次郎の目を見て語る。


「僕の矢は小石とは違うぞ。必ず避けろよ」


 信頼できる相棒がいるから成り立つ作戦だった。プエラは胸を熱くし、姿勢を正す。敵は待ってはくれない。次の強力な斬撃が迫る。


 小次郎は長光の刀身に左手を添え、湾曲に沿わせて滑らせるように弾いた。そして左下に剣先を向けてドッティニに駆ける。プエラの放った赤い線が胸を貫き、その線はドッティニの眉間に達していた。


ドッティニは、小次郎が仲間のために捨て身で突っ込んだと読み違えた。


「切り捨てるのみ」


 大刀を上段に構え、小次郎を待つ。二人の距離は一気に縮む。間合いに入った瞬間、ドッティニの大刀が小次郎の脳天を目がけて振り下ろされた。しかし、幻影を見切っていた小次郎は左へ身を翻した。


「小賢しい」


 ドッティニは大刀を横薙ぎにする体制に入ろうとした瞬間、小次郎の影から現れた矢に驚く。次々と尋常でない速度の矢が飛来し、彼は捌くために大きくバックステップを踏んだ。


 矢の飛来は早くても遅くても意味が無い。この時、この瞬間をプエラは正確に読んでいた。


 最後の一矢を叩き落とそうとした瞬間、左下に影が動く。師を失い仲間が傷ついた怒りを刃に込め、小次郎は懐に入り切り上げた。左腕、右手首が大刀とともに宙を舞った。ドッティニは驚愕する。人族の剣が魔族の小手を断ったのだ。魔族の耐性をもつ鎧を容易く切り裂かれたことに戦慄した。


「ググググアー。おのれ雑魚が!」


 恐れは屈辱に、そして怒りへと変わる。雄叫びと共に彼の鎧の赤い炎が一時的に青く変わった。ドッティニの雄叫びと共に爆風が起き、強烈な風圧で木片と土煙が空を舞う。炎の熱が土をも焦がした。小次郎は受け身を取った。周囲は火の海に変わったが、小次郎は髪に煤が付く程度で済んだ。


“先生……あなたの遺してくれた力だ”


 小次郎は被害の少なさに感謝した。だがプエラたちは、大盾で爆風を耐えしのいだものの熱には耐えられなかった。


「プエラ、ウェリスとパスコの本を守って安全な場所まで下がれ。ここは俺が止める」

「しかし、いくら小次郎でも一人じゃ……」

「いいから従え! 今は俺の言うことを聞け!」

「ああ、悪かった。ウェリスはエスタが必ず治す。だから早く連れて行ってくれ」


 小次郎は、プエラ達が引くまで絶対にここを死守すると心に誓い、備前長船長光を正眼に構えてドッティニに対峙した。


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