第17話 魔王軍 十三将 其の一
「プエラ、ウェリスとパスコの本を守って安全な場所まで下がれ。ここは俺が止める」
辺りの木々は、炎の葉を纏ったかのように赤々と揺れていた。
「しかし、いくら小次郎でも一人じゃ……」
「いいから従え! 今は俺の言うことを聞け!」
これまで見たことのない小次郎の気迫に、プエラは言葉を失った。取りつく島もなく、なす術はなかった。小次郎はプエラの驚いた顔を見て、少しだけ反省する。
「ああ、悪かった。ウェリスはエスタが必ず治す。だから早く連れて行ってくれ」
◇ ◇ ◇
大惨事が起きる少し前――――
小次郎一行はペンナ氏の護衛を終え、ステラと交渉したのち、四つのパーティを伴ってアロン村に戻ってきた。今、各パーティの魔法使いたちが森を囲むように結界を張っている。その様子を、小高い丘から小次郎、プエラ、ウェリス、パスコは眺めていた。
今朝、アロン村の村長に案内され、森の中の平地にやって来た。ここを伐採して広場とし、魔犬を集めて一網打尽にする算段だった。
「この場所なら森の中央で平らです。木は伐採しても構いませんが、どうか影響を最小限に抑えていただきたい。それからお願いがございます。瘴気の残る死骸は処理が厄介でして……できれば強い火炎の魔法で、跡形もなく燃やし尽くしていただければ大変助かります。どうか、強い火炎の魔法で――何卒お願い致します」
村長の頼み方はしつこく、必死だった。小次郎はその必死さに違和感を覚える。依頼者の切羽詰まった様子を超えて、どこか「儀式」を求めるような異様な熱意が混じっていると感じたのだ。パスコも若干眉をひそめ、煙たがるように応じた。
「分かっておる。ここに集めた魔犬をファイアストームで焼けばよいのじゃ。さあ親方、手筈どおり木を伐採してくれ」
パスコの合図で、三人のドワーフが木を伐り始めた。ほかの冒険者たちは周囲を警戒し、襲撃もなく作業は完了した。今は四パーティに任せきりで、小次郎たちは手持ち無沙汰である。そんな中、プエラが弓を確かめながら気怠げに言った。
「魔法使いたちの結界は魔物避けだけど、囲んで範囲を狭めれば一匹残らず広場に集められるんだってさ。あとは火炎で焼き払っておしまい」
プエラは伸びをして弓の弦を撫でた。ウェリスは州都でのワイバーン討伐の報酬に不満があり険悪だったが、今は村長と談笑し、すっかり和んでいる様子だ。
“村長と話して気が晴れたらしいな”
小次郎は笑うウェリスを見てそう思った。そんなことを思い返していると、パスコが近寄ってきた。
「お主、紋は見えておるか?」
小次郎は少し上を向いて答えた。
「ええ、大きすぎて全体は分かりませんが、星のような模様が幾つも重なって見えます」
「ふむ。星の模様は光属性かもしれん。重なり合っているところも興味深い」
少年のような背丈のパスコが腕を組み、空を見上げる。今日も大きな書を背負っている。
「先生、いつも背負ってらっしゃるその書物は何ですか?」
「ん? 気になるかの」
「ええ。食事の時も馬車の中でも、いつもですから」
「これは儂じゃ」
最初、小次郎には意味が分からなかった。だが自らの長光もまた分身のような存在である。パスコも同じなのだと理解する。
“俺も長光を手放すことはない。そういうことか”
「小次郎、見よ。そろそろ終わりじゃ」
広場に魔犬が追い立てられていた。百頭はいるだろうか。瘴気を放ち、霞のように見える。その上空に、新たな紋が浮かんだ。
「先生、また違う紋です。波線が並び、中心には三角形が重なっています」
「それは第六階魔法、ファイアトルネードじゃ。風と火を示す図形じゃろうかのう。四人の魔法使いの中で、一人しか使えぬ上級魔法じゃ。もちろん儂なら使えるがな」
パスコは小次郎を伴い丘を下りた。小次郎は燃え盛る魔犬を見たくはなかったが、打ち漏らしに備えて同行する。途中でウェリスが声を掛けた。
「最後の仕上げね。気持ちのいいものじゃないけれど、見届けないと」
討伐依頼の陳情団を率いたのは実質ウェリスである。責任感の強い彼女は最後まで確認するつもりだった。
上空の模様は複雑さを増し、赤い線が広場の中心を指し示す。
「随分長いですね」
「第六階ともなれば詠唱も長い。あやつの力では時間がかかる」
「先生が、やった方が早いのでは?」
「それでは後進が育たん」
小次郎はふと、地面に走る紋に気付く。それはこれまでの紋とは異なり、大地がひび割れ、そこから光が漏れるように見えた。
「ところで先生、地面の紋も誰かが発動しているのですか?」
「何じゃと? そのようなことは指示しておらぬ。どのように見える?」
「全体は分かりませんが、大地の割れ目から光が溢れ、こんな模様がありました」
小次郎が指で形を描くと、パスコの顔色が変わった。
「儂としたことが……見落としておったわい」
そして魔法使いたちへ大声で叫んだ。
「ファイアトルネードを止めよ!」
だが既に遅く、炎の竜巻は降り立った。魔犬は瞬く間に消え去ったが、大地からの光がさらに強まり、地面が裂け、炎が噴き出す。火柱は衰えるどころか、ますます高くなっていった。パスコは即座に逆相の第六階魔法、ウォータートルネードを放つ。水の渦が炎を包んだが、勢いを抑えるには至らない。
「いかん……!」
パスコの顔色が蒼白に変わった。
「小次郎、ウェリスを連れて退け! どうやら我らは……魔族の封印陣を解いてしまったらしい……」
彼は一瞬、唇を噛みしめた。『責任は自らにある』――そう悟ったのだ。
「良いか……できればこの本は守ってくれ。これは儂の、全てじゃ。儂の過ちでこの事態を招いた。だからこそ……もし儂が果てても、せめてこの本を……州都にいるサリー・マクナエル女史のもとへ、必ず届けてくれ……!」
パスコの声は震え、悔恨と切迫に満ちていた。だがその眼差しは、仲間に未来を託す者のそれであった。パスコは高速詠唱に入った。舌をもつれさせるほどの早口で、小次郎は尋常ならざる事態を悟る。
後ろを振り返ると、ウェリスの顔は不安に満ちていた。小次郎が駆け寄ろうとした瞬間――爆発が起き、空間そのものが裂けたかのような無数の斬撃が奔った。咄嗟に身をひねったが、斬撃が肩を掠め、左肩に痛みが走る。小次郎はウェリスから目を離していた。
“ウェリスは……!”
振り返った視線の先で、彼女の右腕が切り落とされ、鮮血が吹き上がっていた。




