第16話 ギフテット
【遠つ国日記 慶長十七年 六月十四日】
本日も街を歩き、人族・亜人・獣族それぞれの暮らしぶりを観察した。初めて見る光景に戸惑いつつも、興味は尽きない。
人族の服装は日ノ本の着物や鎧とかなり異なり、動きやすさを重視している。男は丈の短い上着にゆったりとしたズボンなるものを合わせ、足元は革製の靴を履く者が多い。女は布を工夫して腰に巻き、動きやすさを保ちつつ色や模様で美を表す。
エルフ族は背が高く耳が尖り、髪は光を帯びて見える。職業で装いが分かれ、魔法使いは体を覆う長衣、剣士は軽鎧、弓使いは動きやすい布を纏う。女の弓使いプエラの服は肌の露出が多く、太ももや腰のラインがはっきり見えるほどで、目のやり場に困る。布の面積が小さく機能性と美意識が同居しているが、矢の技量を見れば一片の侮りもできぬ。
ドワーフ族は小柄で頑丈、長いひげを手入れし、革や金属の衣で身を守りながら工房で働く姿は凛としていた。
獣族は男女問わず、大抵は薄着である。耳や顔、尻尾などの特徴はあるが、体つきは人間と変わらない。中でも猫耳の女は、胸元を椀のような布で押さえるように覆い、乳房を辛うじて隠す程度の軽装だ。太ももや腰の形も露わで、最初はどこを見ていいか困り、顔を赤らめてしまった。しかし、観察するからには礼儀正しくせねばと自分に言い聞かせたものだ。日が経つにつれて、冷静に観察しつつも慣れてきた。ウサギ耳や虎耳の者たちも同様に薄い布を纏い、耳や尾の形に合わせた衣服の工夫が興味深い。
我の衣についても一言。日ノ本から持ってきた一張羅は今も形を保つが綻びが出始めた。洗濯し繕っているが、長旅を考えると不安になる。布の裁ち方や色合い、動きやすさにおいて、この土地の服とは隔たりがある。さて、どう整えようか。
———【了】
草原の東の空が紅く、まだ日が昇る前の早朝。小次郎は木刀を手に日課の修練をしていた。両手で二百回、左右と片手それぞれ百回の素振り。日本での修練よりも倍近く楽にこなせるように感じていた。
その後、過去の対戦を思い返し、相手の太刀筋や間合い、表情や呼吸まで細かく思い起こしてなぞる。微細な剣の軌道や足運びを検証し、勝因・敗因を徹底的に分析する。努力を惜しまぬ姿勢が小次郎の強さを支えているのだが、結局は巌流島での武蔵との立ち合いが思考の終着点となる。
“あの時、なぜあれほど動けなかったのか。調子が悪ければ別の立ち回りがあったはずだ……”
この日も思いは結論に至らず朝の修練を終える。日は昇り、眼帯を直して着物を整え、石の上の日記を開いた。
“昨日のパスコ殿の話は難しかったが……魔法は深い”
小次郎は日記を見返していると、自分で線を引いた言葉に目がとまる。
”『テラリミナス』。パスコ先生はこの世界をそう呼んでいた。自分達が居る世界の呼び名だそうだ。日ノ本で言う現世に相当するものだろうか。少し頭がこんがらがる”
自分で書いた図形に目が移った。ステラの言葉『この国の剣士は魔法も使う』を思い出す。
”この世界、テラリミナスの上級剣士と立ち合う際は、魔法対策が課題となろう”と思った。
視線を上げると、対岸の森が左目に映った。濃い緑や薄い黄、深い青が揺れ、風が頬を撫でる。
その瞬間、赤い線が胸から地面に弧を描くように現れた。小次郎は、魔犬、ワイバーン、ギュエルを相手にしたとき、そしてステラとの認定試合で見えた線と同じだと瞬時に判断し、半身を開いて避けた。すると、小石が転がっていく。
”背中から狙われたら、今みたいに赤い線が出てくるのか”
小次郎は、赤い線の特性について、また一つ新しい発見を得た思いになった。すると石を投げた主の声が聞こえてきた。
「ちぇっ。ぼーっと突っ立ってるから当たると思ったのに」
茂みからプエラが現れた。いつの間にか近づいて投げたらしい。アオダイショウを投げつけてきた春姉の悪戯に比べれば可愛いものだ。
「プエラ、耳の具合は良いのか?」
「全然平気! でもなんで分かったんだ? 僕の消音魔法は結構有名なんだぜ」
「なるほど、音を消す魔法か。確かに近くに来るまで気づかなかった。ただ……俺は勘が良いのさ」
「勘だって? 小次郎、背中に目でもあるようだな」
昨日、パスコに、赤い線のことや幻影については、「余り人には言わぬ方がよい」と釘を刺されている。
「ははは、それより、その消音魔法、面白いな」
プエラの足元を見ると、足首に輪のような魔法紋が浮かんでいた。
「効果はずっと続くのか?」
「いや、普通は使わなくなったら消す。付けっぱなしだとマナが減るからな」
「ふむ……そういうものか」
「身体強化魔法の一種だよ。小次郎も試してみる?」
「いや、俺には魔力がないから」
「問題ないぜ! こういったバフ系魔法は、 魔力が必要なのは付ける側だから」
プエラが指を向けると、小次郎の足首に輪が浮かんだ。
「さ、歩いてみろ」
音がまったく消えることに小次郎は驚いた。足踏みしても足を引きずっても、埃が立つだけで音はしない。生まれて初めて触れる魔法に思わずはしゃぐ。
「おお、これは面白いな!」
嬉しさのあまりドタドタ走り回り、片足で跳ね、踊るように身をひねった。プエラは腹を抱えて笑い転げる。
「お前、子供みたいだな! そんなに喜ぶとは思わなかったぜ!」
二人の笑い声が草原の朝に響いた。
「プエラの遠目も魔法なのか?」
「そういう時もあるけど、基本は生得的能力だな。僕の場合は目と耳。エルフの中でも数倍、人族と比べたら桁違いに良いぜ。小次郎の『縮地』や『神影瞬歩』と同じ類だ。俺たちのギフテッドは、無詠唱や強力な魔法に対抗するための、この世界の物理職の特権みたいなもんだ」
「……えっ? 俺が何だって?」
「縮地と神影瞬歩。ステラとの一戦で使ってただろ?」
「いや、よく分からないが」
「自覚なしか? まあ、ギフテッドは自分で気づかないことも多い。小次郎の所作の速さは、剣伯ステラと同等、下手すればそれ以上だぞ」
“速さは剣術に欠かせぬが、日本では紙一重の差にすぎぬと思っていたが……この国では差が大きくなるのか”
「誰でも持っているのか? ギフテッドというものは」
「一人一つはあると言われるが、大抵は気づかず一生を終える。磨かなきゃ現れないし、その道の達人は自分のギフテッドを活用している」
「なるほど……」
“とすれば、上級剣士は皆なんらかのギフテッドを使っているのだな”
「それより、ウェリスを待たせてるぜ。朝食を済ませたら州都へ帰還、やっと魔犬討伐だ」




