第14話 ワイバーン討伐
(ドッサ)
大地を揺るがすような衝撃音が森に轟き、ワイバーンの巨体が地表に叩きつけられた。
「まだ来るよ」
プエラは弓を構え、耳をそばだてて警戒を解かない。その直後———バリバリと木々が裂け、幹ごと薙ぎ倒される音が轟いた。圧倒的な質量を持つ何かが、猛烈な速さで迫ってきている。
(ギャーオーー!)
耳を震わす咆哮が森を貫く。小次郎の隣にいたプエラは咄嗟に膝を折り、弓と矢を放り出して耳を押さえ、縮こまった。驚いた小次郎が声を掛けると、ウェリスが素早く寄り添い、プエラを支えた。
「聴覚を強化してたのよ……それなのに、そのまま雄叫びを浴びてしまったの。プエラ、動ける? あそこまで頑張って!」
プエラは小さくうなずき、手をついて立ち上がろうとするが、膝がまだ震えている。ウェリスは手を添え、弓と矢を拾って物陰まで導いた。
ちょうどその時、森がさらに裂けるような轟音を放ち、樹々を押しのけて巨大な影が現れた。
赤い鱗に覆われた長大な首、鋭く縦に裂けた瞳孔。
「なんだ、あれは……」
小次郎が息を呑む間もなく、ワイバーンは再び耳を震わす咆哮を放ち、敵を探す瞳が湖畔のパスコに突き刺さる。出現に目を奪われたのか、杖を掲げ立つ彼の魔法の図形はまだ半ばであった。
「まずい、間に合わん!」
天眼に映る赤黒い線は、ワイバーンの口からパスコへ一直線に伸びている。歯の隙間からチラつく炎——— 次の瞬間、小次郎は迷わず駆けた。
全身を弾丸のように放ち、ワイバーンの頭部へ体当たりした。小次郎の肋骨に強烈な衝撃が走る。しかしワイバーンはわずかによろめき、吐き出しかけた炎は逸れて湖面を蒸発させた。だが爆風に弾かれたのか、パスコの姿は見えなくなった。
「ちっ……」
探す暇もなく、巨大な瞳が小次郎を睨み据える。
「まあ、落ち着け」
言ったところで通じる相手ではない。ワイバーンは憤怒のまま頭部を振り回し、巨岩のような質量を叩きつける。小次郎は背を翻して走るが、かすった衝撃で地面を転げ飛んだ。
「ぐっ……肋骨が痛む……!」
すぐさま立ち上がり長光を探すが、手は空を掴むだけ。吹き飛ばされた拍子にどこかへ飛んだ。当たれば即死、迫る唸り声に目を逸らせぬまま、小次郎は巨大な瞳を正面から見据えた。
「間合いを……取る!」
後退してワイバーンの全身を視界に収めると、赤黒い線が翼から半弧を描き、小次郎の頭を狙った。辛うじて回避した瞬間、鋭い風切り音が耳を裂く。
"一撃でも喰らえば終わりだ……!"
集中を極限まで高め、赤黒い線の軌跡を目で追う。今までは右目だけで追っていたが、わずかに意識を左目に分散すると ——— 実体の他に、微かに揺れる幻も同時に捉えられた。赤い線がワイバーンの口元から小次郎の頭へ引かれる。
”今度は口だ”
巨大な幻の顎が迫り、赤黒い光で揺らめきながら虚を噛む。続いて実体の巨大な牙が現れ、衝突して火花を散らした。線、幻、実体が次々と襲いかかる正に悪夢の連撃に、小次郎は冷汗をにじませた。
(ギャーオーーーー!)
咆哮が森を震わせた瞬間、ワイバーンからではなく、別の赤い線が視界を走る。その先には杖を探している様子のパスコがいた。確かに彼から伸びている。
だが、その光景が小次郎の胸に冷たく刺さったのは、線が伸びていたという事実だけではない ——— パスコは、明らかによそ見をしていたのだ。こちら側を見ていない。魔法を完成させるべき立場にありながら、彼の視線は杖でも魔法の図形でもなく、どこか遠くを彷徨っていた。にもかかわらず赤い線は、パスコから小次郎へ、一直線に伸びている。
「なに…? ワイバーンの攻撃の線ではない。これは人為的、だが異質な線だ ……… ?」
一瞬、時間の流れが歪んだように感じた。仲間のはずの男が、よそ見をしながら自らの線で ——— いや、誰かの線か? ——— 自分を狙っている。理屈が追いつかない恐怖が胸をよぎる。だが考える暇はない。ワイバーンの幻の翼が弧を描いて振り下ろされる。
小次郎はパスコからの赤い線とワイバーンの羽の弧の交差を読み、大きく跳んだ。その刹那、翼が胸をかすめると同時に、湖の方向から一筋の影の塊が音もなく飛来し、それが突き刺さった。翼を貫いた氷の槍は、小次郎が回避した空間を寸分違わず通過していた。
(ギャァッ!)
絶叫をあげてのたうつ巨体。両翼を貫かれ転げ回るワイバーンの眼前に、長光が転がっていた。
「そこか……!」
小次郎は一気に駆け、左手で長光を掴んだ。鞘に収まっていたそれを腰に差し直し、呼吸と連動させて抜刀した。炎を吐かんと首をうねらせるワイバーンに弧を描いて近づき、全身の力を刃に込める。
長光を上段に構え ———
「はッ!」
刃筋を一点に合わせて振り下ろす。頸椎を断ち、椎間を割り、肉を裂き、喉奥まで切り下げた。すると、巨大な頭が落ち鮮血が噴き出した。痙攣した巨体は轟音と共に崩れ落ちたが、小次郎は残心の形のまま静止する。
荒い息をつく音だけが、戦場に残った。
◇ ◇ ◇
「「「ワイバーンの首を一刀で落としただと!?」」」
「「「嘘だろう」」」
「「「信じられぬなら首の断面を見てみろ!」」」
祭りの音楽と喧噪に討伐の武勇談が混じり、大広場は大いに沸き立った。小次郎らは英雄として迎えられ、最上のエールが注がれる。
「プエラの容態は?」
「大丈夫よ。明日にはケロッとしているはずだわ」
上座の席で小次郎とウェリスが語らっていると、ペンナが現れた。
「いやはや、あのワイバーンを一刀両断とは恐れ入りました! 助けていただいた折は意識が朦朧としておりましたが、今日のご活躍でよく分かりましたぞ。そうそう、あのワイバーン、近隣を徘徊していたようで、山向こうの村も被害に遭ったとか。収穫祭の匂いに誘われたのでしょうな」
"あれが村に降りていたら……大惨事だった"
小次郎は一瞬、黒煙を上げる村の光景を脳裏に浮かべた。
「さて、そこでですが———ワイバーンの素材、ぜひ我が商会で買い取らせていただきたく。如何ですかな?」
揉み手をしながら笑顔を見せるペンナに、ウェリスが小次郎へ視線を送る。
「小次郎、私に任せてもらえる? 一応、確認だけど」
「ああ、構わん。この国の商売のことは分からんし、ワイバーンの価値も知らぬ」
「任せて」
ウェリスは笑みを浮かべて交渉に向かう。小次郎はウェリスの背中越しに見たペンナの顔がみるみる引きつっていくのを見た。
"商人は顔色を崩さぬものだが……ウェリス相手ではそうもいかんか。さて———俺は俺で確かめたいことがある"




