第13話 魔法使い アラン・パスコ
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【遠つ国日記 慶長十七年 六月十三日】
近距離職、遠距離職、魔法職、治癒職———それぞれについてもう少し書き残しておく。
近距離職は剣や短剣、斧、槍などを主に扱う者たちだ。遠距離職は弓を主に使う者が多いが、つぶてを投げる者も含まれるらしい。魔法職は文字どおり魔法を操る者、治癒職はウェリスのように人を癒す者を指す。
とはいえ、魔法職だけが魔法を使う訳では無い。プエラは遠距離職だが、風の精霊魔法を矢に添えて放つ。矢は森の木々の間を縫うように飛び、寸分違わず標的を射抜いた。驚くべき技だが、彼女曰く、それは風の精霊が導いた結果だという。
剣術に見える「線」と、魔法に見える「模様」———これらはいずれも、この世界の現象を支える理なのだろう。その理を探ることは、日ノ本での修行とはまた違った面白みがある。
———【了】
小次郎は依頼人であるペンナ氏が用意してくれた馬車に揺られながら、ステラとの手合わせを思い起こしていた。
”光の筋は相手の動作の少し先を示す。線が現れ、ステラの剣はそれに沿って動いた。俺はその裏を掻いて急所を狙ったのだ。日ノ本でも剣筋を読む術は幾度となく用いたが、目に'線'が見えるという事実は剣術の様相を根本から変える。さらに、ステラの魔法だ。左腕の輪が、風の発動直前に模様へと変化した。ウェリスの治癒魔法とは別種の模様だ。もしその『模様』が魔法の法則を示すのなら、発動前に種類が判れば対処の余地も生まれるかもしれない”
こうして考え事をしているとき、プエラが覗き込んできた。
「小次郎、おい、大丈夫か?」
「ああ、ちょっと考え事をしていただけだ」
「ぼーっとして動かないから心配したぜ」
小次郎の癖で考え事をしていると、微動だにせず遠い目をして無表情になる。時には口が半開きになっていることもあり、一番下の姉、春姫からは、
"昼行灯 阿呆ずらさらし 涎垂れ さては夢でも 切り結ぶかや"
と馬鹿にされた。
「そうか。そんなにぼーっとしていたか?」
「ああ、結構長く口を開けて、まるで大陸亀が甲羅干ししているようだったぜ」
「ぷっ」
プエラの返しにウェリスが笑う。小次郎は、春姉と夏姉を思い出した。
「そうか?」と小次郎は口元を緩めた。
◇ ◇ ◇
二人の女子は談笑し、時には鈴が転がるように笑い合っていた。それから小一時間ほどして馬車が止まった。
プエラが扉を開け、外へ出ようとすると、ひょっこりと小さな男の子の顔が現れる。
「僕、僕もマルコサンに行くのかな」
プエラが声を掛ける。すると、少年は少しムッとする。
「エルフの血を引く娘よ。人を身なりで判断するでない。儂はこう見えても貴殿と同年代じゃ」
プエラは頭を撫でようと出した手を引っ込めた。
「ああ、ごめんなさい」
「よいよい。皆、そういう反応じゃ。さてと……」
その男の子は、小次郎に目を付ける。
「佐々木何某。ステラとの試合、なかなかなものじゃったぞ」
小次郎は、少年の背格好や声に似つかわしくない物言いに一瞬戸惑う。
アラン・パスコと名乗った少年のような老人は、ひょこっと馬車に乗り込み、小次郎と向かい合う席に腰を下ろした。背負っている大きな本が目に付く。
「さて、しばらくお主の特異な剣技と、それに付随する現象の観察をしたくてな。それで一緒に行くことにした。クエストに支障をきたすような迷惑はかけんから心配するな」
突然現れて自分を観察すると言うパスコに小次郎は少し驚いたが、その澄んだ目は好奇心に輝いていた。
「拙者の何を観察する……のですか?」
見た目と物言いのギャップに丁寧語がおかしくなる。
「お主の剣捌き、それとその剣、最後に……服装じゃ」
服装の指摘に間があり、小次郎はパスコが取り繕ったように感じた。
「そうですか。この着物は拙者の生まれ故郷、日ノ本の衣装です」
小次郎は少し体を捻って上半身を見せた。
「ほう、日ノ本とな。して生地は何じゃ」
「綸子、御召縮緬。まあ、絹織物です」
「絹? あまり聞かんの。そういった服は、その日ノ本とやらでは一般的なのか?」
「ええ、拙者のような侍には一般的です」
「ふむ。そうか……」
パスコは記憶の糸をたぐるように考え込んだ。そこへウェリスが戻ってくる。
「あら、この子は? えっ、パスコ教授ではありませんか。なぜこんなところに?」
「おお、首席殿。元気じゃったか? 治癒魔法の研鑽は続けておるか?」
「ええ。まあ」
ウェリスの返答は曖昧で、軽いため息をついて白けた笑みを浮かべた。
「治癒魔法の系統発生学的考察によれば、サナティ殿の唱える短縮呪文の効率は、発動速度を上昇させる一方で、マナの局所的消費を増加させる。これについて、君の経験的見解を述べよ」
パスコの講義が始まり、ウェリスは時折頷きながらじっと聞くしかなかった。プエラはウェリスを憐れむ目で見ていた。
◇ ◇ ◇
「なるほどのう。日ノ本では徳川という君主が平定したのじゃな。権力機構の集約化と封建制度の構築に関する、非魔法文明における事例として非常に興味深い」
「ええ」
馬車に揺られて数時間。小次郎はパスコの質問攻めにあっていた。ウェリスとプエラは、昼食後さっさとペンナ氏の馬車に避難したため、馬車には二人だけである。剣術から日本の食べ物、様々なことを聞かれたが、なぜか歴史に興味があるらしく、神代の時代から関ヶ原まで、小次郎が知っていることをかいつまんで話して聞かせていた。
もちろん、黄泉の国の女については伏せておいた。
「第六天魔王と自称した織田上総介は、遺体が無かったのじゃな。これは魔術的介入、あるいは特異な消滅現象の可能性を考察する必要がある」
「はあ、そうですか」
「面白いの。魔法の無い国に異国の歴史、その国の英雄英傑の生涯とは、どの世界でも興味深いものじゃ。しかし …… のう、小次郎、儂が知っているこの世界で、魔法が無い国はない」
パスコはある学説を思い出していた。それは、世界は一つではなく、複数あるという学説。余りに突飛な学説で、空想の産物と考え、信じている学者は殆どいない。
小次郎には、パスコの言葉の意味がよく分からず、黙っていた。しばらく馬車の音だけが車内に響いていたが、2人の沈黙は馬車の停止と供に終わる。
(ガタン)
外から楽しそうな音楽が聞こえてくる。
小次郎は少し気分を変えたくて扉を開けて外を見る。村のあちこちが花で飾られ、中央では曲に合わせて踊っている男女が見えた。
「祭りか?」
小次郎は誰に聞かせるまでもなく呟いた。そこへペンナ氏とウェリスがこちらに向かってくる。その顔は楽しそうな音楽には似つかわしくない難しい表情だった。
「おばさまに嵌められたわ」
「どうした?」
「ペンナさんから聞いたんだけど、軍隊がやって来て周辺の薬草は粗方採っていったそうよ。こうなったら森の奥に行くしかないわ。時間がかかるし、魔物に遭遇する可能性があるの。場合によっては、討伐もしなきゃならなくなるわ」
最初から魔物討伐を依頼するとウェリスが色々と条件を付けそうなので、薬草採取と言ったのかもしれないと小次郎は思った。ほくそ笑むステラの顔を思い浮かべる。
”ウェリス、まだまだだ”
◇ ◇ ◇
結局、一晩、村で宿を取り、翌朝に森の奥へ挑むことになった。プエラは所々で木に登り、耳を澄ませながら辺りを探った。目の良さと耳の良さは、まさに物見としても一級品だった。
「あー、湖の向こう側が開けている。あるね、薬草。結構多い」
小次郎も目を凝らすが、湖の向こう岸は森にしか見えない。
「湖を回ると半日かかるな。日の高いうちには戻って来れないかもしれない」
プエラが言うと、ウェリスは頬を膨らませて不満そうに顔をしかめた。すると、湖の向こうを眺めていたパスコが声を掛ける。
「回る必要はないじゃろう。湖面を物理的に硬化させ、踏破経路を短縮すれば、一時間ほどじゃ」
ウェリスの不満を打ち消すようにパスコが応える。そして右手を虚空に差し出すと、次の瞬間、パスコの手の一部がぐにゃりと形を変え、背丈ほどの杖になった。
「……如何した?」
パスコが目を丸くしている小次郎に聞いた。小次郎には、腕がそのまま杖に変形したように見えた。
「あっ、いや、便利だなぁと思って」
「そうじゃろう」
小次郎は周りを見回したが、ウェリスやプエラは何やら話し込んでいて、この光景には気づいていない。
「どれ、儂が湖を凍らせる故、そこを渡れば良かろう」
その声に、ウェリスが振り返って応える。
「パスコ博士、よろしくお願いします」
「ふむ」
パスコは大きく頷き、湖の畔に立った。
「何か調子狂うよな。どう見ても子供なのに、言ってることは爺だ」
プエラがウェリスの横に立って小声で言う。ウェリスは人差し指を口に当てて(シーッ)とプエラを抑えた。
「大いなる冬の精霊よ、冬の嵐を起こし、凍てつく風を呼び、万物を凍らせ、時を止めよ」
パスコが杖を振り下ろすと、杖が向いた湖の水面が凍結して氷の浮橋が出来上がった。小次郎以外 ——— 魔法を発動したパスコ自身でさえも、そう見えた。だが天眼を通して見た小次郎には、違う景色が広がっていた。まず緑の光が杖の先に集まり、呪文とともに模様が描かれる。次に光が湖上を滑るように線を引き、杖が振り下ろされると、線に沿って模様が移動して氷の橋が形作られた。
小次郎がその理を考えている時、プエラが結構大きな声で呟いた。
「おお、へんな奴だけど、魔法はすげぇな」
それを聞いたパスコが振り返り、ジロリと睨み付けた。ウェリスは慌ててプエラを肘で突き、仲裁に入る。
「さあ、さっさと渡っちゃいましょう」
こうして一行は対岸に渡り、茂みに少し入ると、そこは一面、青い色の草が生えていた。四人は手分けをして薬草を摘む。
ウェリスは左手に持てるだけ摘んでは、決めた場所に置いたカゴに入れ、また摘みに戻る。プエラは一株ごとに摘んで、風魔法でカゴ近くまで飛ばしていた。パスコはただ見て回るだけで、摘むのは申し訳程度。小次郎は広げた手拭いに薬草をまとめ、いっぱいになるとカゴに入れた。そのついでにプエラが散らかした分も拾い集めていた。
「89、90、91、92、93株よ。へへへ、大収穫だわ」
小次郎は今まで見たことがないほど楽しそうに笑うウェリスを見た気がした。楽しそうというより、少し不気味さが漂う。思わずプエラにそっと尋ねる。
「ウェリスって、あんな顔するんだな」
「あら、知らなかったのか? 何と言うか……守銭奴? でもそんなにケチじゃないし、法外な治療費を取るわけでもない。ただ、不思議とお金を集めるのが好きなんだよなぁ……」
プエラは会話の途中で言葉を切り、耳を澄ました。そして大声で叫ぶ。
「何か来る! 空だ、あの山の向こう! 羽ばたく音――ただの魔物じゃない、ワイバーンだ!」
小次郎には『ワイバーン』が何かは分からなかった。だが皆の慌てぶりを見て、退く間もない襲来だと直感した。
「ここで止めないと、村が襲われてしまうわ! このクエストは、もう護衛の範疇を超えたわよ!」
ウェリスが叫び、パスコに視線を向ける。
「ここで仕留めねばなるまい。小次郎、ワイバーンを落とすから、切るのじゃ!」
パスコが腹を括り、山の方に視線を向けて詠唱を始める。プエラも矢を三本番え、声を張ってカウントを取った。
「3、2、1 ——— 今だ!」
矢は風を裂いて飛び、ほとんど音速で崖上のワイバーンの翼を貫いた。その衝撃はすさまじく、ワイバーンは体勢を大きく崩す。そこへパスコの火球がやや遅れて着弾し、爆ぜた炎が翼を包んだ。
——— 右の翼を折られたワイバーンは、咆哮を上げながら落下していった。




