第12話 段位認定試合
【遠つ国日記 慶長十七年 六月十二日】
(段位覚え書き)
昨日、ギルドで段位の話が出た。プエラから聞いたので覚え書きを付す。
近接職(剣士、戦士など) 初段、二段、三段、四段、五段、剣伯、剣王、剣帝
"初段"から"五段"までは実戦経験と勝敗で上がることが多く、模擬戦やクエストで実績を積むのが近道らしい。 "剣伯"以上は希少で、単なる強さだけでなく格式と公的な認定が必要になる。剣帝は世界で一人しかいないという話だ。
遠距離職(弓師) 初段、二段、三段、四段、五段、弓伯、弓王、弓帝
弓も段位の体系は近接に似ている。精度と戦術理解、領域での実績が問われるらしい。プエラは四段だが、実力は弓伯級と本人談。これは拙者も頷ける。彼女は段位そのものにはあまり興味がないようだ。"人族が始めた階級だし、そんなことはどうでもいい"と本人曰く。
魔法職 初級、中級、上級、準特級、特級、伯級、王級、帝級
魔法の段位は学術的評価も絡む。上位ほど学術論文や試験、研究機関での評価が必要になる。特に"準特級"以上は大陸大魔法研究所と関わりが深く、職員資格が得られることもあるという。
治癒師 初級、中級、上級、準特級、特級、伯級、王級、帝級
治癒師は魔法職に似ているが、昇級には「実際の治癒実績」が必須らしい。病や怪我を治した記録が評価に直結する。最も昇級が難しい職種の一つだと聞いた。エスタは伯級で、ウェリスは表向き上級だが実力は準特級だと聞く。
補足覚え書き
○上位段位へは、実戦・試験・学術論文・治癒実績など、複数の評価軸が求められる。
○大陸の公的機関や研究所が昇級に深く関与するため、ただ強ければ良いという話ではない。
段位というのは、力そのものよりも誰がそれを公的に認めるかの世界だ。拙者は己の剣を磨きつつ、段位の帳尻に踊らされぬように心すべし。
———【了】
試合会場は皆が固唾を飲み、静まりかえっていた。
”長い片刃の剣とは珍しい。それに全く力みのない構えだ。何処にも隙がない”
ステラは小次郎と対峙しただけで、その実力を感じ取っていた。
”隻眼の剣士 佐々木小次郎とは何者なのだ。相当の修羅場をくぐってきたに違いない”
二人の剣士から放たれる闘気が、張り詰めた空気をさらに重くした。観衆は呼吸すら忘れ、ただ刃が交わる瞬間を待っていた。
”来た”
最初に仕掛けたのは小次郎だった。正眼を少し寝かせ、前に出て切っ先で喉仏を狙う動き。
”相打ち覚悟の捨て身か?”
両手で持った長光を前に突き出せば、半身を開いて片手で持っている風切りの方が有利だ。しかし長光は風切りにそっと触れ、そのまま前に出る。片刃の刀身は緩やかに湾曲しているため、自然と風切りを抑え込んでいく。日本刀の反りはただ斬るためだけのものではない。相手の剣を受け流し、その勢いを逸らすこともできるのだ。
”内小手狙いか”
ステラは小次郎の攻撃を見抜き、一旦風切りを引いて離れ、手首を回して小次郎の顔面を狙う。風切りが通常の直剣なら剣で止められるが、しなやかな風切りは抑えた剣の後ろへ回り、顔面を狙う。
長光が風切りを抑えた。これで風切りがしなり長光の後ろ、つまり小次郎の顔面へ届くはずだった。しかし小次郎は後ろへ引きながら長光を滑らせる。すると風切りはしなることなく、小次郎の顔面はその軌跡から外れた。
”この剣技……! これは異界の剣だ。私の経験則が通用しない!”
会場の群衆には、小次郎が前に出て後ろに下がったことしか分からなかった。この間に日本刀の特性を知り尽くした小次郎の技が織り交ぜられていることを見切った者はいなかった。
次にステラは体術も使って苛烈に仕掛けるが、小次郎が裁き返す。
”これは一体。なぜ風切りの先手を取れるのだ”
ステラが仕掛けようとすると、長光がその動きを封じるように先手を取り急所を狙ってくる。仕方なく風切りを引いて急所を防御することになった。
”風切りが封じられる……! 伯級の私が、ここまで剣技で追い込まれるとは!”
ステラには、流れるような長光の動きが辛うじて認識できたが、信じられない程の距離を一瞬に詰める剣士二人の縮地に群衆は追いついていけなかった。しかも、刃と刃の打つかる音が殆どしない、無音の剣戟を不思議な感覚で見つめる。
二人は一度離れ、お互いを牽制し合う。会場は静まりかえり、剣士の静かな息づかいだけが辺りに木霊する。
少し目を細めたステラは、右足を引き風切りを握った右手を返して頭の高さに構え、左手を腰の後ろへ隠した。一方の小次郎は長光を正眼に構える。
瞬きまばたきもできない緊張感の中で、剣士も群衆も一瞬、一瞬が異常に長く感じられた。
(パタパタ)
小鳥が、緊張感に耐えられず飛び去った。
ステラは右足を大きく前に出して踏み込み、常人には信じられないほどの距離を詰めて、小次郎に迫った。そしてほぼ同時に風切りを突き出す。それを滑らすように長光が受けるが、風切りは直ぐに引かれ、さらに突きの追撃。
突きの連撃が小次郎を襲う。
(シャーン、シャン ………)
凡人の立ち合いなら、刃と刃が打つかる短い金属音が鳴り響くところだが、小次郎とステラのそれは、金属が擦れる小さな音しか聞こえなかった。
こうして、全ての突きを凌ぎきった長光は上段に構えられ、ステラの脳天めがけて振り下ろされる。咄嗟にステラは後ろに引き、長光は空を切り降ろした。
”隙”
ステラは小次郎がミスした唯一の隙だと思い、風切りを小次郎に届くように動かした。しかし、刀身が一瞬で軌道を反転し、まるで刃先が滑るように弧を描いて戻ってきた。目で追ったつもりでも、身体がついて行けない速さと角度だ。風切りで小次郎を捉えようとした瞬間、既に攻勢が逆転しており、ステラの胸に冷たい違和感が刺さった。
”フェイント。風切りが間に合わない――! こうなれば、仕方ない!”
ステラは左手に準備していた風魔法を発動した。追い込まれ、冷静な選択の余地は既に失われていた。咄嗟の手段として魔法に頼らざるを得なかったのだ。瞬間、足元の石畳が砕け、凄まじい風と土煙が会場を襲った。強烈な風が巻き起こり、小次郎を吹き飛ばした。観衆が一斉に声を上げる。今の瞬間、誰もが伯級の剣士が追い詰められ、魔法によって辛うじて有利を取り戻したのを見たのだ。
◇ ◇ ◇
「参った。降参だ。マトゥティーナ殿には敵わない」
小次郎は吹き飛ばされながらも受け身を取ったが、会場の壁に叩きつけられた。土煙が収まる中、左肩を押さえて立ち上がると、会場からは大きな歓声があがった。
「「「凄かった。あんな剣は見たことなかった」」」
皆がステラを讃え、健闘した小次郎に拍手を送った。
「小次郎さん、大丈夫ですか。すぐに治療します」
ウェリスが駆け寄ってきて、小次郎の左腕の治療を開始する。そこへ風切りを収めたステラが近づいてきた。
「小次郎、もう一度、支部長室に来てくれないか。君の段位について話そうじゃないか」
◇ ◇ ◇
「うっ」
ウェリスは小次郎の左腕を持って様子を見た。
「肩が外れていました。うまく継げたと思うけど、少しの間、痛むでしょう」
こうしてウェリスの診察が終わったころ、ステラが支部長室に戻って来た。自分の大きな机へ向かい椅子に座る。
「小次郎、怪我をさせたのは悪かった」
「何のこれしき、心配には及びません。この程度の怪我、稽古にはつきものと心得ています」
「そうか」
ステラは楽しげに笑った。
「ところで君は、何故魔法を使わないのだ?」
こちらの世界では剣士と言っても、魔法も使うのが普通であった。
それを問われた小次郎は心の中で反芻した。
”魔法の発動は見えた。光がステラの左手に集まるのも見えた。しかし、それを防ぐ術が、今の拙者にはない”
「日ノ本では魔法というものはありませんでした。なので拙者も魔法は使えません」
「ふむ。そうか」
ステラは考え込んだ。
「……惜しいな、小次郎。君に魔法があれば、私が壁に叩きつけられていたかもしれん。剣技に限って言えば、君は私を圧倒していた」
「いえ、手加減していただいたこと、拙者も分かっております」
ステラは椅子に座り直し、両手を机の上で組んで認定試合を思い浮かべる。確かに小次郎がどのような魔法を繰り出してくるのかを見極めるために、自身の魔法の発動を抑えていた。しかし結果的には剣技で押され、苦し紛れに魔法を発動したのだ。もっとも重要なことは、小次郎の受け身が魔法の発動より若干早かったことである。
”小次郎は異常に勘が良いのか? いや、あれは常人ならざる見切りだ”
ステラは悩んだ。彼女は規律には厳しいが、石頭ではない。自分の経験や価値と異なったとしても、良いものは良いと肯定する度量があった。しかし、師範級の上級段位者が皆そうであるわけではない。
”魔法に頼り切ったこの大陸の剣士どもに、魔法を持たぬ佐々木小次郎という一石を投じるのも、面白いかもしれん”
「私の裁量で技量のみを評価すれば五段を与えても良い。しかし、魔法を使えないことは、現在の高難度クエストを鑑みると致命的な欠陥であり、今は減点せざるを得ない。だから、申し訳ないが四段から始めてくれないか?」
「ご配慮いただき、痛み入ります」
「ふっ。随分と聞き分けの良いことだな」
「拙者はこの国に来て日が浅い。だからステラ殿の評価に異論はない。むしろ、この地で魔法という新しい課題を得たことに感謝する」
ステラは組んでいた手を解いて笑った。
「ハハハ、そうか。小次郎、君がどうやって魔法を抑えるか、是非見てみたい」
次話は、来週の金曜日22時ごろ公開します。ご感想、ブックマークなど頂けると励みになります。




