第11話 エールに乾杯
【遠つ国日記 慶長十七年 六月十一日】
エール、エール、エール! さあ乾杯だ! 日ノ本では酒に弱く、一升も飲めぬ無粋な拙者も、このエールの美味さに、つい歌が口からこぼれる。
泡きらり 黄金の波に 酔いしれて
麦の香りの 余韻楽しむ
麦の息 香る泡立ち 喉を抜け
心ほぐれる 宵のひととき
さて、酔いのままにもう一首。
杯重ね ついには舞うぞ 腹の音
笑い転げて 麦の精呼ぶ
うむ、己の腹が楽器のように鳴るとはな。これは古今和歌集も真っ青の傑作ではないか!
さらにもう一首。
酔いどれな 拙者が詠めば 川も笑う
魚も踊るぞ 黄金の波に
ああ、これぞ大伴旅人も羨むであろう極上の酒。黄金色に輝くエールよ、汝を讃えん!
———【了】
小次郎はジョッキを掲げて陽気に言う。
「エール、美味な。日ノ本にはない酒だ。……よし、もう一首思いついたぞ!」
「えー、またですか、もう十分でしょう?」
プエラは苦笑しつつも、空のジョッキを小次郎から引き寄せ給仕に渡す。
「ふー、次から次へと思いつくぞ、ほら———
麦香る 笑いの声に 宵も揺れ
友と笑えば 腹も踊るぞ
ばっ、ハハハハ」
「もう、もう沢山! お腹いっぱいだ」
プエラは止めるように手を振る。小次郎はむっとした顔をするが、すぐにニヤリと笑った。
「むむ、拙者の歌、まだまだいけるのに……まあ、よかろう。宴はまだ長いからな」
小次郎はノートを開き、何かを書き付けた。
「おい、小次郎、何時も何を書いているのだ?」
プエラはエールを飲み干し、筆を走らしている小次郎に声をかけた。
「美味いエールを讃えているのさ。
麦風に 心ほどける エール飲み
夜長語らう 友の笑顔と
ほら、これだ」
小次郎はノートを開いて、ウェリスたちに見せるが、二人には読めない文字だった。
「これは文字なのか? お前の故郷の」
「そうだ。日ノ本の字だ。そしてこれは、題して『遠つ国日記』。この異国で見聞きした事や思った事を書き留めているのさ」
「へー、小次郎って筆まめだったんだな。それで日ノ本ってどんな所だ?」
プエラは、給仕から受け取ったエールのおかわりを小次郎に押しつけた。それを受け取った小次郎は、喉仏を動かし飲み干す。
「ふー、日ノ本。美しいところだ。山、川、海、花、紅葉。どれを取っても美しい」
「アロン村よりか?」
「うーん。日ノ本の方が美しい」
「此奴。罰だ。飲め」
「プエラ、そんなに小次郎さんに勧めちゃダメよ」
「あ――――、ウェリス。大丈夫、大丈夫」
小次郎の目は据わってきた。
「そう言えば、小次郎、その日ノ本では何をやっていたんだ? やっぱ冒険者だったのか?」
プエラのこの問いにウェリスも感心を寄せた。
「そうだな。まず日ノ本にはこっちの冒険者なんて者はいないな。いるのは、帝、公家、将軍、大名、侍、あー、坊主、神主、職人、商人、百姓、それから悪党。まあ、こんなもんだ。で俺は侍だった。それも端くれの」
このとき、武蔵との決闘が頭を過る。
「そう、端くれだ。しかし、あの立ち会いだけは許せねぇ」
「立ち会い?」
プエラは、またジョッキを空にして、おかわりを頼む。
「いいんだ。そんなもの。エールの前じゃ些細なことさ。あっはははは」
こうして小次郎たちは、話が弾み夜が更けた。
◇ ◇ ◇
「小次郎さん、飲み過ぎです。プエラと飲み比べするなんて無謀ですよ」
朝は二日酔いから始まった。ウェリスは程よいところで切り上げたが、プエラと小次郎は日本の話をつまみに飲み明かしたのである。頭痛で頭を抱え込む小次郎に、プエラは何事もなかったようにケロッとしていた。
「いや、面目ない。しかしプエラがあれほど強いとは思わなかった」
「そりゃそうです。エルフにとって、お酒は水と変わらないのよ。もー、これからおばさまと会わなきゃいけないし、お酒をゆっくり抜く時間はないから、荒療治で行くわ。苦しいかも知れないけど、それも良い薬です」
ウェリスはなかなか手厳しい。小次郎は椅子に座らされ、かなり多くの水を飲まされた。そして肩に手を置かれると呪文がかかる。体内のマナの流れを制御され、強制的に血中の不純物を抽出される感覚がした後、頭をグワっと鷲掴みされる錯覚を覚え、「うーん」と唸り声を上げる。ウェリスが手を離すと、強烈な尿意に襲われた。
「トイレに行って出してきてください」
こうして厠に駆け込んだ小次郎だが、出てくるとスッキリした。
「ああ、ウェリスは名医だ」
「おべんちゃらはいいです。あまり飲みすぎると肝の臓がダメになりますよ」
「ああ、済まん……」
小次郎は、袖姉に怒られたような感覚を思い出した。
◇ ◇ ◇
三人は昨日言われたとおり、ステラを訪ねた。
「さて、ウェリス、マルコサンまでの護衛の依頼が来ている。ペンナ氏のたっての願いだ。盗賊から助けられたお礼もしたいと言っている。あと途中で薬草を採取して欲しい。どちらも簡単なクエストだ」
ステラの大きな机の上に依頼書が並べられている。それをウェリスがのぞき込み、薬草の相場とノルマ以上に採取した薬草の扱いについて指摘し交渉を始めた。
「あー、細かい子だね。一体誰に似たんだい? 全く。分かったよ、余った分は持って行っていいよ。出発は明日だ。ペンナ氏とは途中で落ち合ってもらう」
取りあえず、組合支部長から2つのクエスト依頼を受けた。その後、ウェリスと支部長は、魔犬討伐に派遣するパーティーメンバーの選定について、熱い議論が交わされる。
一方で小次郎は出された赤いお茶を優雅に飲み、プエラは暇そうな顔で部屋の中を見回していた。
「プエラ、この赤い飲み物はなんだ?」
「ローズティー。花のお茶だ」
「ふむ、悪くない。落ち着く」
ウェリスと支部長の厳しいやり取りが終わり、一行が支部長室を出ようとした時、ステラが声を掛けてくる。
「ちょっと待ちな。佐々木某、あんた認定試合に興味あるだって?」
小次郎は振り返る。
「拙者、腕試しには興味がある」
その時、ステラの目が光った。
「なるほど。では私と手合わせ願おう」
◇ ◇ ◇
ステラ・マトゥティーナ。大陸冒険者組合 州都アランクライン支部長。段位 剣伯。
「おい、支部長自ら段位認定試合を行うってよ」
「まじか、支部長って、剣伯だろう? 相手はどの位の手練れなんだ?」
「異国人らしい。それも初段の」
「初段だって? 冗談だろ。異国人だから、支部長の実力を知らねぇだろうな。持って一分、いや一秒も、もたねぇじゃねえか」
認定会場は、噂を聞きつけた野次馬で黒山の人だかりだった。皆、口々に勝手な寸評を述べて、どれも小次郎が一秒持たないと結論づけていた。
「おばさまだから、酷いことにはならないと思うけど。残念ながら、私、剣のことはよく分からないの。小次郎さんの剣、プエラはどう思う?」
「そうだな。これまで見た限り、相当の使い手だと思うぜ」
「そう」
会場が奇妙な興奮に包まれる中、小次郎とステラが出てきた。ステラは、胸当て、小手、拗ね当ての軽装の鎧を身につけていた。
「おいマジか、真剣だぜ。異国人、死ぬな」
「いや、一応寸止めのはずだぞ。そうだとしても、挑戦者は度胸があるな」
二人は、模擬戦用の模造品ではなく真剣であった。ステラの得物は風切りの異名を持つ、長くてしなやかな直剣。対して小次郎は備前長船長光である。双方、寸止めが義務付けられた。
「胸をお借りします」
小次郎は、深く頭をさげた。そして、面を上げて会場の雰囲気を感じた。
”御前試合と似ているな。ただ違うのは会場全体が薄い緑に包まれているところか”
「ふむ、こちらこそ、よろしく頼む」
ステラは、胸に右手を当てて、こちらの国の返礼をした。そして風切りを鞘から抜き半身を開いて、切っ先を小次郎に向けた。対して小次郎も鯉口を切り、長光を正眼に構えた。
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