第10話 冒険者登録
【遠つ国日記 慶長十七年 六月十日】
州都アランクライン。高き城壁に囲まれ、南蛮寺とも異なる、奇妙な石造りの建物が立ち並んでおり、街は活気に満ち、馬車が絶え間なく往来し、物資を運んでいるなり。大通りには人の波が溢れ、賑わいは見事なものながら、城壁の圧迫感と石造りの町並みのためか、どうにも息苦しく感じられる。まるで戦を控えた城下町のようだ。やはり、海と山に囲まれ、緑豊かなアロン村の方が性に合う。
食い物についても記しておこう。ここでは饅頭のような「パン」とやらが主食たるや。アロン村での味付けは塩と香草が中心で、魚を入れた汁物なら旨かろうが、野菜ばかりでは物足りぬ。
もっとも、日ノ本では滅多にお目にかからない珍しい果物も見かける。林檎に似た赤き実は、甘酸っぱく旅の疲れを癒すに足る味わいであった。また、蜂蜜を練り込んだ菓子も口にしたが、これがなかなかに美味なり。自然な甘味が舌に広がり、幼き頃に口にした干柿を思い出させた。異国の食にも、わずかながら口に合うものがあるものなり。
ただ「チーズ」なるものを口にしたが、これがまた鼻につく強い臭みを放ち、どうにも舌に合わなんだ。ああ、やはり飯に味噌汁、漬物が恋しいことよ。
そういえば、先日助けた親子だが、この州都にも大店を構える商家の主と娘であったようなり。ともあれ、ギュエル討伐の証を発行してもらい、これでギルドにて懸賞金を受け取れるとのこと。まずは路銀については一息つけたというところなり。
———【了】
「何だ。あの騎士、いつ、対応出来るか分からないだってよ」
プエラは、ウェリスの顔色を伺いながら、言葉を掛ける。騎士団支部での魔犬討伐の依頼交渉は、他の重要案件があるからと言う理由で後回しにされたのだ。ウェリスがガッカリしているかと心配になったが、そうでもないようなので安心した。
「これも想定の内よ。魔犬の討伐依頼は上手くいかないことは分かっていたじゃない。それよりアワル公国との関係は大分悪いみたいね。その影響でしょうけど」
こうして話しながら歩いている時でも、兵士や馬車がひっきりなしに行き交っていた。戦国末期を経験している小次郎も、このような街の緊迫した雰囲気を知っている。しかし、小次郎が目を引かれるのは、行き交う人々だった。猫のような耳の人、ウサギの様な人物、背が低くガッチリとした人、背がやたらと高い人。プエラと同じように耳が長い人。どれも日本では絶対に見ない人達である。
「小次郎、珍しいか?」
プエラがキョロキョロする小次郎に言った。
「いや、日ノ本では見ない方々なのでなぁ。どうしても目が行ってしまう」
それを聞いたプエラは、小次郎の前に出て、足下から頭の先までなめ回すように見る。
「でもさ、小次郎のその格好も目立ってるよな。髪型はまあまあだけど、その服装は……うーん、異国風で相当個性的だと思うぜ。まるで芝居の衣装みたいだ」
小次郎は気になって自分の服装を見てみる。武蔵との決闘の時にこだわった、一張羅である。
「あら、そんなにおかしくないわよ。なんて言うか小次郎らしい感じが良いと思うの」
ウェリスが小次郎の加勢に加わった。
「あっ、ウェリスちゃん、小次郎の肩を持つの? ひょっとして ……恋?」
「ちっ、違うわよ」
ウェリスが珍しく顔を赤らめて取り消したのでプエラは面白がった。
「ぷっ。ウェリスから一本取った。ははは、まじ、最高」
「もう、プエラったら。それより、ほらギルドが見えてきたわ」
このやり取りは、途中から小次郎が出汁に使われた格好になった。
◇ ◇ ◇
「ウェリス・サナティ様。ペンナ商会様の証明を確認しました。お尋ね者のギュエル及び手下に掛かった懸賞金5,000ディーをお受け取り下さい」
狸の耳を生やした受付係から、ウェリスは金を受け取った。小次郎は金よりも、その受付の姿に驚いた。
”先程らい、様々な種族は見たが、まさか狸耳の受付係とは……”
「あと、冒険者登録をお願いしたいのですが、可能ですか?」
ウェリスは金をプエラに預けると、受付に話しかけた。受付はメガネをクイッと上げて答える。
「はい、お二人はすでに登録済みの様ですので、そちらの異国の方ですね。クエストランク2の討伐依頼を完了させたので、とりあえず初段の登録が出来ます」
初段と聞いて小次郎は少し不満だった。
”初段とは随分と見くびられたものだが、異国の地で自分がどこまで通用するか分からぬ以上、致し方なしか”
「あい分かった。それで後学にお尋ねしたいが、どうすれば段位が上がるのだ?」
「1つはクエストを熟して実績を積むこと。もう1つは模擬戦をやることですね」
模擬戦と聞いて、小次郎の片頬がピクリとあがる。ハッキリ言えば段位よりも、この異国の地で自分がどの程度なのか、それが気になった。また、様々な剣術を体験することにも興味があった。
”日ノ本では見られない、剣術があるやもしれぬ”
「それは、御前試合のようなものか?」
「そうです、試合です。ただし王家が立ち会う御前試合は、剣伯以上の場合だけで、滅多にありません」
「剣伯? それは何だ?」
小次郎の思わぬ食いつきに、ウェリスは長くなりそうだと感じて話を遮った。
「小次郎さん、ごめんなさい。段位の話はプエラに聞くと良いわ。今日はギルドマスターと話すことがあるから」
「ああ、済まぬ。そうだな。今回はそれが目的だった」
ウェリスは小次郎に笑顔を向け、受付に話しかける。
「マトゥティーナ支部長に取り次いで頂けませんか?」
◇ ◇ ◇
「おや、エスタがよく許したね。ウェリスがここに来るなんざ、どういう風の吹き回しだい」
「おばさま、ご無沙汰しております。お元気そうですね」
「ああ、ぼちぼちだ。それで何の用だい」
そう言って老婆は机からソファへ移動した。小次郎は、見た目の年齢からは考えられぬ軽やかな足取りに気付く。そして非常に濃い緑の光を纏っているのを見逃さなかった。
”この老婆、相当の使い手だな”
「ん?」
小次郎の心の中が分かったように老婆も小次郎に鋭い眼光を向けたが、すぐに表情に戻しソファに腰を下ろした。
「さあ、突っ立ってないでここに座りな。プエラも、それからそこの異国人も。立ってられると落ち着かない」
「は、はい」
プエラは、いつもの軽口とは違い、緊張していた。
「それで?」
「アロン村に出た魔犬の討伐をお願いしたいのです」
「数は?」
「四日前の段階で20匹ほど」
「今の状況じゃねぇ。森を丸ごと燃やさないのであれば、4パーティは必要だね」
「すると、1万2000ディーでしょうか?」
「いや、遠くで雷鳴が鳴り響いているからね」
「なるほど。ではお困りのようですね」
「ん? ふっ。相変わらず目端の利く子だね」
プエラは二人のやり取りについていけず、小次郎に視線を送った。だが小次郎は頷いて見せる。プエラは、自分だけが話しを理解していないのかと思いショックを受ける。——しかし実際には、小次郎も全てを理解していない。ただ、先ほど道中で散々からかわれた意趣返しとして、分かったふうに頷いて見せただけだったのである。
「それでは明日の朝、もう一度来ておくれ。あんた達に合った物を見繕っておく。ああ、それから異国の方、名前を聞いてなかった。私はステラ・マトゥティーナ。ここの支部長をしている」
「拙者は佐々木小次郎。用心棒でござる」
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