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悪役令嬢の娘の母親に転生したけれど、夫に冷遇され義母にはいびられ娘は悪役として破滅予定? そんな破滅フラグだらけの人生を全部ひっくり返して、娘も私も幸せになってみせます!

作者: 結城斎太郎

目を覚ますと、私は見知らぬ豪奢な天蓋付きのベッドの上にいた。

額には冷たい布が乗せられ、傍らではメイドらしき女性が不安そうに覗き込んでいる。


「奥様、お目覚めですか? レティシア様、レティシア様!」


レティシア――その名に聞き覚えがあった。

目を閉じ、記憶を呼び起こす。じわりと広がる頭痛とともに、前世の記憶が蘇る。


私は日本で社畜をしていた三十代女性。趣味は乙女ゲーム。

その中でも特にハマっていたのが『運命の薔薇に捧ぐ誓い』という王道恋愛ゲーム。


そして今、私がこの体で目覚めたのは……悪役令嬢・リリアーナの“母親”レティシア。

あのゲームで最も存在感の薄い、けれども圧倒的な不幸属性を背負った、モブ中のモブだ。


夫である侯爵は政略結婚の相手に冷たく、

義母には“平民上がり”と見下され、

挙げ句の果てに娘リリアーナは主人公に嫉妬して婚約破棄→断罪エンド。


私たち親子、詰んでる。


「ふざけんなあああああああ!!!」


天井に向かって叫んでから、気絶しかけた。


***


「……あの、それで……リリアーナ様をおしかりに?」


「叱らないわよ」


メイド長の驚いた顔に私は笑って返した。

現状、リリアーナはまだ幼く、原作の悪役令嬢になるには数年ある。


ならば、その間に教育して、“悪役令嬢”ルートを避けさせればいい。


「リリアーナの素直な気持ちを否定するのではなく、どうすれば周りと心地よく関われるかを一緒に考えてあげたいの」


「……お優しいのですね」


「いいえ。これは私のため。娘が破滅したら、私も道連れ確定だもの」


私は娘を愛している。そして、前世で何も言えず我慢していた自分に、もう戻る気はない。


この人生、必ず変えてみせる。


***


最初に手を打ったのは、“義母”のいびり対策だった。


義母エミリアは侯爵家の前代当主の未亡人で、今でも女中や執事たちに絶大な権威を持つ。

彼女は私が平民上がりの“商家出”と見下しており、日々私を侮辱するのが日課だ。


「まぁレティシア、また書庫で本を読んでいたの? 文字など、下賤の娯楽でしょうに」


「ええ。そうですね。ですが、“侯爵家の財産目録”の記述が古かったので、最新版と照合しておりましたの」


「……何ですって?」


義母の目が細められる。狙い通り。


「それから、商家で学んだ“帳簿”のつけ方もご存じですか? 複式簿記というのですけれど……」


「…………」


私は侯爵家の財政を洗い直し、細かな不明瞭会計を整理。

それを義母の面前で“丁寧に”解説してやった。


結果、義母は数日後からピタリと嫌味を言わなくなり、

逆に領地の女主人として私に管理の一部を委任するようになった。


勝因? 数字は誤魔化せないってことよ。


***


そして問題の“夫”グレゴール。原作ではリリアーナを冷遇し、最終的に破滅への道を後押しする戦犯。

だがその理由は、“リリアーナが自分の子ではない”と疑っているからだった。


「まったく、あの子は私に似ていない。お前が勝手に……」


「似ていないのは当然です。あの子は可愛いですから」


「な……!」


「それより、あの子があなたに懐かないのは、あなたが全く関わらなかったせいでは?」


「口答えをするな!」


「事実を述べただけです。グレゴール様」


私は正面から夫を見据えた。怯えもしないし、媚びもしない。

政略結婚だったとはいえ、あの子はあなたの娘です。あなたが拒絶するなら、私が守ります――そう瞳に込めて。


夫は何も言わずに立ち去った。でもその日から、彼の視線が少しずつ変わっていった。


***


リリアーナはというと、徐々に自信をつけ始めていた。

お茶会での礼儀作法や話し方、感情の扱い方まで、丁寧に指導した。


「でも、わたし……わたし、あの子みたいに可愛くないし、みんながすきって言ってくれないの……」


「リリアーナ」


私は彼女を抱きしめた。


「ママはあなたが一番大事よ。あなたの心が綺麗だから、ママは世界一幸せなの」


リリアーナの目に涙が浮かぶ。


大丈夫。あなたの未来は、私が守る。




---



「グレゴール様、またお一人で?」


夕暮れ時、私はバルコニーにいる夫を見つけ、そっと声をかけた。

無言でグラスを傾けるその横顔は、どこか疲れているように見える。


「……レティシアか。どうせまた、私を叱りに来たのか?」


「いいえ。今日はただの報告ですわ」


私は静かに手に持っていた書類を差し出す。


「リリアーナが学園に入学してから、3ヶ月が経ちました。成績は常に上位。

特に礼儀作法と魔法の実技では教師陣からも高く評価されています」


「……あの子が、そんなに」


「ええ。先日は王太子殿下のお茶会にも呼ばれたとか」


グレゴールの手が止まった。


「王太子殿下……まさか、リリアーナを妃候補にでも?」


「それはまだ分かりません。けれど、リリアーナが“悪役令嬢”として孤立していた未来は、もうどこにもない」


グレゴールが目を細める。


「……まるで、お前はこの世界の未来を知っているかのようだな」


「もしそうだとしても、誰も信じませんわ」


私は軽く微笑んだ。夫はしばらく黙っていたが、ふとぽつりと呟いた。


「……あの頃、お前が怖かった」


「え?」


「結婚してすぐのお前は……いつも黙っていて、俺に笑いかけることもなかった。

だが今のお前は……まるで違う。まるで、別人のようだ」


ドキリとした。まさか、本当に“中身が別人”とは口が裂けても言えない。


「それが悪いことでしたら、今からでも元の無表情なレティシアに戻りますけど?」


「……いや、それは……嫌だ」


グレゴールが赤くなった。


まさか、こいつ……照れてる?


何この微妙な距離感の夫婦。今さら恋愛フラグ立て直そうとしてない?


だが私の目標は“娘の幸せ”であって、恋愛成就ではない。なのでここは、軽く受け流す。


「ともあれ、リリアーナの未来は変えられました。あとは、あなた次第です」


「俺……か」


「父として、娘と向き合ってください。せめて、今からでも」


夫は深くうなずいた。


***


翌週、学園で小規模な舞踏会が開催された。貴族子女たちの社交の場であり、リリアーナの“真価”が問われる舞台でもある。


私は執事に馬車を用意させ、会場を訪れた。

そこで見たのは――リリアーナが、王太子とペアで優雅に踊っている姿だった。


「素晴らしい……!」


あの人見知りで泣き虫だった子が、まるで本物のお姫様のように堂々としていた。


周囲の子女たちも笑顔でリリアーナに話しかけている。

陰口も侮蔑もない。これが、私が望んだ“彼女の未来”。


舞踏が終わり、リリアーナは私に駆け寄ってきた。


「ママ! 王太子殿下がね、今度、屋敷にお茶に来てくれるんだって!」


「まあ、素敵なお誘いね」


「でも緊張するの……変なこと言わないか、心配で……」


「大丈夫よ。あなたならきっと大丈夫」


私は彼女の手を握った。


そこへ、遅れてやってきたグレゴールが近づいてくる。


「リリアーナ、踊りを見たぞ。……見事だったな」


「え、パパ……?」


リリアーナが戸惑った顔で夫を見上げる。


「今まで……話しかけてくれなかったのに……どうして……?」


「すまなかった。私が愚かだった。お前を遠ざけたのは、私の罪だ」


「ううん……パパが、褒めてくれたの……うれしい……」


娘が涙ぐみながら夫の胸に飛び込む。


私はそっと目を伏せた。

この光景が、どれほど遠い未来に思えていたことか。


原作では決して訪れることのなかった、“家族の和解”。


だけど私は、それを掴み取った。


***


それから数年。リリアーナはついに王太子の婚約者に選ばれた。


王宮に正式に招かれたその日、私はひっそりと彼女の後ろで微笑んでいた。


「お母様、今までありがとうございました」


「お礼なんていらないわ。あなたの未来は、あなた自身のものよ」


「でも……お母様がいなかったら、私は……今ここにいなかったと思う」


娘の手は、あの日のように温かかった。


***


夜、自室に戻った私は、ふと鏡を見つめる。


「前世で何も成せなかった私が、こんな未来を得られるなんてね」


夫とは、まだ“恋人”のような関係にはなっていないけれど、

互いを尊重し、時に言い合い、時に笑い合える、そんな距離にまで来ていた。


娘は幸せそうだ。私も――幸せだ。


これはモブの人生じゃない。

誰よりも愛し、誰よりも強く生きた母の物語だ。


「さあ、ここからは“私の物語”よ」


私はそっと目を閉じ、穏やかな夜に感謝を捧げた。


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