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聖女は王宮へ召喚される

「リリエル様、ぜひ王宮へお越しください!」


 王宮の使者が満面の笑みで告げる。


「そ、それは……その……」

「大変喜ばしいことです! 王子殿下も、聖杯の数値をご覧になり、大層感銘を受けられまして」

「王子……?」

「ええ、第二王子イザック殿下です!」

「ええええええ!?」


 第二王子のイザック殿下といえば、王国最強の魔術の使い手であり、第一王子を差し置いて将来の国王へと担ぎ上げようとする派閥もある程の人物だ。

 そんな王子が、私に興味を……?


「聖杯に溢れる魔力を拝見し、ぜひお会いしたいと!」

「お会いするだけですか?」

「いえ、側妃としてお迎えしたいと!」

「…………」


 ……………いやいやいやいやいや!?!?


「ちょ、ちょっと待ってください!!」


 私は慌てて手を振った。


「そ、それはさすがに……!!」

「ですが、これは王命です」

「ぐぬぬぬぬ……」


 無理!! 絶対バレる!!

 私は泣きそうになりながら振り返った。


 すると――

 クロヴィス様が、とんでもなく機嫌の悪い顔をしていた。


「………………」


 ……え?


「クロヴィス様?」

「王宮へ?」

「えっと……はい?」

「王子が、リリエル様を妃に?」

「そ、そうらしいです……」

「…………ほう」


 クロヴィス様の周囲の空気が一気に冷え込んだ。


「そちらの王子殿下は、なかなか命知らずのようですね」

「クロヴィス様!?」

「リリエル様、この国、滅ぼしますか?」

「いやいやいや!?何言ってるんですか!?!?」


 魔族ジョーク?いや、これ、本気だ。


「もう少し穏便に対応しましょう!話せばわかってくれるはずです!」

「では、王宮へ行く準備をいたしましょう」

「えっ!?」

「もちろん、私も同行しますよ」


 クロヴィス様はニッコリと微笑んだ。


「……王子殿下が、リリエル様を妃に迎えると言うのなら……それ相応の覚悟があるのでしょう」


 その笑顔が、どこか不穏なのは……気のせいじゃないと思う。



   ◆



 数時間後、私は王宮にいた。

 第二王子イザック殿下との謁見のため、豪華な謁見の間へと通される。


「初めまして、聖女リリエル殿」


 第二王子イザック殿下は、整った顔立ちに鋭い金色の瞳を持つ青年だった。


「あなたの魔力には、私も驚かされた」

「あ、あの……」

「王国には、あなたの力が必要だ」


 王子殿下は真剣な表情で言った。


「だから、私の妃になってくれ」

「……はっ!?」


 直球すぎる!!


「ちょっ……ちょっと待ってください!! 私、魔力を――」

「確かに、その魔力量は規格外だ。だが、私が受け止めよう」

「えっ!? いや、そういう問題じゃ――」

「安心してくれ、側妃なので基本的に政務は不要だ。あなたには聖女として、民の希望の象徴となって欲しい。あなたが王族として民を導く存在になってくれれば、王国は安泰だ」

「だから、話を聞いて……!!」


 ……どうしよう!? このままだと話が進んでしまう!!


「……リリエル様」


 その時――


「少し、よろしいでしょうか。」


 クロヴィス様の冷たい声が響いた。


「ん? 貴殿は……」

「リリエル様の守護騎士を務める者です」

「守護騎士?」

「はい。そして……婚約者でもあります」

「は?」

「はあああああ!?!?」


 私は思わず叫んだ。

 クロヴィス様、何言ってるんですか!?!?


「婚約者……?」

「ええ、ですから、王子殿下。リリエル様を妃に迎えるのは……私が許しません」

「………………」


 クロヴィス様は余裕の笑みを崩さずにいたが、私は大困惑だ。


(こ、婚約者!? いつの間にそんな話になったの!?)


 思わずクロヴィス様の袖を引っ張ろうとしたが、彼は軽く手を添えるだけで、それ以上の抗議を許さなかった。

 一方、イザック殿下は厳しい表情でクロヴィス様を鋭く見据えていた。


「貴殿が聖女リリエル殿の婚約者、だと……?」

「ええ。そして、リリエル様がその膨大な魔力を正しく使用できるのは、私という婚約者がいてこそのこと」


  一瞬、聖杯の秘密がバレるのではないかとヒヤッとしたが、考えたらクロヴィス様がいないと魔力が使えないというのはうまい言い訳だ。

 王子妃になっても、私は聖杯を満たせないとなれば、このまま神殿に置いておいた方が王族にとっては都合がいいはずーー


「それは、誠か?」


 イザック殿下の目線が、クロヴィス様から私に移る。

 私はそれはもう、真実だと言わんばかりに首を縦に何度も振る。


「つまり、貴殿がいなければ、彼女の力は十分に発揮できないと?」

「そういうことになりますね」


 クロヴィス様は肩をすくめる。


「なるほど……ならば、その役目は私が引き継ごう。これでも国一番の魔術師と言われている。魔力を引き出すのも、整えるのも、私の得意分野だ」


 イザック殿下の言葉に、心臓が跳ねる。


「ちょ、ちょっと待ってください、王子殿下! 私はまだ何も――」

「……リリエル様を妃に迎えることは、私が許しません」


 クロヴィス様の声は静かだったが、確固たる威圧感があった。


「お前に許しを得るつもりはない」


 イザック殿下もまた、負けじと睨み返す。

 一触即発の空気が張り詰める。

 私は戸惑いながら、二人の間を見つめるしかない。もう、泣きそうだ。


「……ふむ、なるほどな」


 しばしの沈黙の後、冷えた空気を破ったのはイザック殿下だった。私もふっと息をつく。


「貴殿はまるで、彼女を守護するように動いているが……いや、違うな。まるで『所有している』かのようだ」

「さて、それはどうでしょう?」


 クロヴィス様は涼しい顔で応じたが、その指先は私の手をしっかりと握っていた。


「……とりあえず、今日のところは意向を伝えるだけに留めよう。だがーーこれは本気の話だ」


 イザックの表情が急に真剣になる。

 空気が変わる。


「実は……魔族が王国に侵攻を開始した」


 背筋が凍った。


「魔族が……?」

「そうだ。すでに国境付近で小規模な戦闘が始まっている。」


 イザック殿下は深く息をつきながら続けた。


「聖杯を集めているのも、そのためだ。王国の兵たちだけでは魔族に対抗できない。本来なら、かつて魔王を討ち取った勇者の血筋を頼りたかったのだが……」

「そうですよ!勇者様はまだ四十そこそこ。第一線で直接戦わずとも、戦の指揮をとっていただければーーそれに、確か当時国一番の聖女様とご結婚されて、ご子息ももう大きくなられているはずでは!?」


「……その勇者がな、怠惰な生活を送りすぎて、まともに戦えなくなっていたのだ」

「…………は?」


 私は思わず聞き返した。


「魔王を討ったあと、勇者は褒美として領地を与えられ、贅沢三昧の生活を送るようになった。そして今では剣すら満足に振れぬ体たらくだ」

「そ、そんな……」

「そして勇者と聖女の息子は、この数年引きこもってまともに外にも出ていないらしい」


 信じられなかった。

 勇者は、王国を救った英雄だ。その力を頼りにしていたのに――


 いや、よくよく考えたら、祖父の仇なのか。なら、いいのか?いや、ダメだ。勇者がいないと、こっちにお鉢が回ってくる。


「だからこそ、聖杯の力が必要なのだ。だがそれには、そなたの協力が不可欠となる。」


 イザック殿下の言葉が、胸に重くのしかかる。

 国が危機に瀕している。

 それなら、私は聖女として、できることをしなくてはならない。


「王国のため、真剣に考えてほしい」


 両肩を掴まれ、イザック殿下の真摯な眼差しが、まっすぐ私を見つめていた。

 私の握りしめた拳を手に取り、騎士の誓いのようにキスを落とされた。


(ひえっ……!)


 一瞬のことで、防げなかった。すぐ横にいるクロヴィス様から冷気が漏れている気がする。ずっと握られたままの反対側の手に、クロヴィス様の力が込められたのが伝わった。


(どうしよう……)


 王国を守りたい。

 それは、私にとって揺るぎない想いだった。


 けれど――


(私、イザック殿下に嫁ぐのは……やっぱり嫌だなあ……)


 王族としての責任感は理解できる。

 けれどーー


 ちらりとクロヴィス様を見る。

 彼は、無言のまま冷えた笑みを貼り付けて、私とイザック殿下を見つめていた。


「……今日のところは、お答えを控えさせていただきます」


 私はそう答え、そっと目を伏せた。

 イザック殿下は少し眉を寄せたが、やがてゆっくりと頷いた。


「いい返事を期待しているぞ、リリエル殿」


 重々しくそう告げられ、私は深く息をついた。


(……どうすればいいんだろう?)


 王国の未来。

 自分の気持ち。

 そして、クロヴィス様のこと。


 心の中で渦巻く想いを抱えながら、私たちは王宮を後にした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


次話『聖女は守護騎士に翻弄される』

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