聖杯を満たせない聖女は偽装工作を決意する
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『聖女リリエル・エヴァンス、至急、聖杯を満たし提出せよ』
王国の勅命を記した書状を見た瞬間、私は凍りついた。
やばい。これ、めちゃくちゃやばい。
「聖杯……?」
隣にいたクロヴィス様が、私の肩越しに書状を覗き込んだ。
「なんですか、今更?」
「あの、年に一度の聖女資格の更新の通達が来まして……今年は証として、聖杯を満たして提出せよと……」
「なるほど。それができなければ?」
「聖女として認められません!!」
クロヴィス様は、ふむ……と考え込んだ後、ニコリと微笑んだ。
「では、問題ないですね」
「問題しかないですけど!? だって私、聖なる力とめちゃめちゃ相性悪いんですよ!!」
「ええ、存じ上げております」
ニッコリいい笑顔で即答された。
「昨年までは、怪我人に癒しの術をかけたり、修行の実績でクリアしていましたよね?」
「はい……でも今回は、何故か更新条件が聖杯提出のみで……どうやっても誤魔化せません!! 聖杯をちゃんと満たして提出しないと、聖女資格剥奪されちゃう!!」
(聖女でなくなったら――魔王にされちゃうううう!!)
クロヴィス様はそれがわかっているのだろう。だから「何か問題でも?」と涼しい顔をしている。むしろこれ幸いとでも言わんばかりだ。
私はクロヴィス様の服をギュッと掴んだ。
「クロヴィス様……まだ私は聖女のままでいたいです。何か……一緒に手を考えてください」
こんなお願い、聞いてくれるはずがない。だって、クロヴィス様は私を魔王にしたいのだから。でも、私が頼れる人はクロヴィス様しかいない。
潤んだ目で見上げた私の頭をポンと撫でて、クロヴィス様は微笑んだ。
「ふふ、わかりました。リリエル様のご意向に沿いましょう」
「えっ、わかってくれた!?」
「ええ。ただ――」
クロヴィス様の目がキラリと光った。
「この機会に、リリエル様の魔力をもう少し確認してみましょう」
「えっ……?」
「リリエル様の魔力を味わい、分析すれば、聖杯を満たす方法も見えてくるかもしれません」
「い、今、味わうって言いました!?!?」
三分前の自分の判断に迷いが生じる。不安しかない。
「さあ、始めましょうかーー」
◆
クロヴィス様の指先がそっと私の手を包み込む。
「……では、リリエル様の魔力、しっかり、たっぷり、ねっとりと味わわせていただきますね」
「言い方っ!!」
「ふふ、怯えなくても大丈夫ですよ。リリエル様は、何も考えず、私に身を委ねてください」
低く囁く声に、背筋が微かに震えた。
「ま、待ってください! 味わうって、いったい――」
言葉を最後まで言い切る前に、クロヴィス様の唇が私の指先に触れる。
「――っ!」
ひやりとした感触のあと、ふっと温もりが広がる。
指の関節をなぞるように、ゆっくりとキスが降りていく。まるで繊細なガラス細工を愛でるかのように、優しく、丁寧に。
「ん……リリエル様の魔力、やはり格別ですね」
吐息混じりのその声の甘さに、喉がひくりと鳴った。
「そ、そんな、魔力に格別も何も……!」
「こんなにも豊かな魔力をお持ちなのに、ご自覚がないのですね……困りました」
クロヴィス様は小さく息をつくと、私の手をゆっくりと離す。そして、次の瞬間――
「っ……!」
首筋にひやりとした感触が走った。
「クロヴィス様っ!? な、何を――」
「……甘くて、熱い」
囁くような声とともに、クロヴィス様の唇が私の肌を掠める。優しく、じんわりと染み込むように。
「ふ……」
かすかに歯が当たる感触。くすぐったさと、ゾクゾクするような感覚が入り混じって、体が強張る。
「こ、こんなことしなくても、さっきみたいに指先だけで十分では――」
「……いいえ。リリエル様の魔力は繊細で、ただ指先の流れを読むだけでは足りません」
クロヴィス様の手が私の肩を包み込む。指が肌の上を優しく滑るたび、そこから魔力が波紋のように広がっていくのを感じる。
クロヴィス様の唇が、耳のすぐそばに触れる。
「――っ!」
鼓膜をくすぐるような甘い水音と、じんわりと伝わる温もりに、膝の力が抜けそうになる。
「リリエル様の魔力……本当に美しい」
クロヴィス様は恍惚としたように呟きながら、指先でそっと頬をなぞる。
そして、ゆっくりと顔が近づいてきた。
「……!」
唇が触れそうなほどの距離。
心臓が跳ねる。
このまま――
「リリエル様」
クロヴィス様はすんでのところで動きを止める。
唇の間に微かに息が触れる距離で、じっと私を見つめていた。
「このまま……私の魔力も感じてみてください」
艶やかな声に、私の思考はぐらりと揺らいだ。
「クロヴィス様の、魔力を……?」
「――ふふ、緊張しないで。少しずつ、感じてみてください。」
「か、感じるって何を……!?」
戸惑う私をよそに、クロヴィス様は私の手をそっと彼の胸元へと導いた。ちょうど、心臓の真上。
手のひらに、クロヴィス様の体温と鼓動が伝わってくる。いつも冷静な彼の内側が、マグマのような熱を持っていることを知った。
「……やはり、すごいですね」
「え?」
クロヴィス様が静かに呟く。その声はどこか陶酔したような響きを含んでいて、思わず背筋が震えた。
「リリエル様の魔力は……純粋で、そして底知れぬほど甘美です」
「え、甘美って……ちょっとクロヴィス様、何言って――」
「リリエル様も、私の魔力を味わってください」
言うが早いか、クロヴィス様の指先が、彼の胸に置かれた私の手の甲をなぞる。そこから、じわりと魔力が流れ込んでくるのを感じた。
「――っ!」
ぞくりと背筋を駆け抜ける感覚に、思わず肩を震わせる。
「ほら……魔族の魔力にこんなにも反応する。やはり、あなたは魔に連なるものです」
「……っ、そ、そんなこと言われても……私は聖杯を満たさないと……」
「大丈夫ですよ」
クロヴィス様は微笑むと、ゆっくりと私の魔力に干渉し始めた。
「私が少し手を加えれば、この魔力も『聖なる力に見えるもの』くらいには調整することができそうです」
「ほんとうに……?」
「ええ。ただ、もう少し……深く魔力を交わらせないといけませんが」
「ふ、深く!?」
「では、少し試してみますね?」
クロヴィス様がぐっと手を握り込む。その瞬間、魔力がどっと流れ込み、思わず体が熱くなる。
「っ……あ……!」
「……そんなに可愛らしい声を出されると、こちらも困るのですが」
「な、何言ってるの……!」
「ふふ、リリエル様がこんなに素直に私の魔力受け入れてくださるなんて、嬉しい限りです」
「そ、それってつまりどういう……?」
彼の意味深な言葉と、今まで見たことがない意地悪な微笑みに、胸の奥がざわめいた。その瞳はどこか愉しげで、そしてどこまでも深く、私を絡め取るように見つめていた。
「大丈夫そうですね。このまま、聖杯を満たしてしまいましょう」
「え……?」
クロヴィス様は一瞬だけ離れると、私を背後から抱き込んだ。
「ちょっ、ちょっと待って!!」
「何です?」
「え、えっと……距離……」
「今から私と魔力を送り込みながらリリエル様の魔力を調整し、聖杯を満たすのです。近い方が効率的ですよ?」
「そ、そりゃそうかもしれないけど、でも……!」
「ほら、リリエル様、力を抜いて」
「えっ、えええっ!?」
クロヴィス様の腕が私の腰に回り、しっかりとホールドされた。
これ……俗にいう……バックハグ……!!?
「お、おおお落ち着いて……!?!?」
「では、聖杯に手をかざして」
言われるがまま、私は震える手で聖杯を持ち上げた。
「はい、そのまま……」
クロヴィス様が再度、私の手にそっと自分の手を重ねる。
指が絡む。
背後から耳元に吐息がかかる。
(心臓が飛び跳ねそう……!!)
「リリエル様、力を抜いてください」
「む、無理です!!」
「大丈夫、私が導きます」
クロヴィス様の魔力が流れ込んできた途端、身体が熱くなるような感覚が走った。
「あっ……」
ぶわっとした感覚が広がる。
「ああ……私の……が、リリエル様のナカに……」
「待って!?!? 変な言い方しないで!?!」
「ふふ……」
クロヴィス様は楽しそうに笑いながら、さらに魔力を流し込んでくる。
すると――
聖杯が、まばゆい光を放ちながら、あっという間に満ちていった。
「あ……」
私の手の中で、聖杯が輝いている。
「……できた……?」
「ええ、完璧です」
クロヴィス様は満足げに微笑んだ。
私は、ホッと胸をなでおろした。
「これで、聖女のままでいられる……」
「そうですね。ですが――」
クロヴィス様は私の耳元でそっと囁いた。
「この魔力、明らかに濃厚すぎですが、大丈夫ですか?」
「……えっ」
……確かに。
今までの私のスカスカな聖杯と比べると、違和感しかない。聖なる力も元は魔力だから、鑑定すれば私の魔力で満たされた聖杯であることは証明できるけれど……。
「これ、バレたら……?」
「まあ、問題はないでしょう。」
クロヴィス様は涼しい顔をしていた。
でも、その言葉は完全にフラグだった。
◆
「リリエル様の聖杯の魔力量が、異常数値を記録しました!!」
数日後、私は王宮から呼び出されることになった。
「今までお力を隠していたのですね?とんでもない聖女なのでは!?」
「いやいやいや、そんなことは!!」
「ぜひ王宮へお越しください!」
「そんな!! 無理!!( 絶対バレる!!)」
「でも、王命ですので……」
「くぅぅぅ……!!」
私は頭を抱えた。
聖杯が異常な数値を記録したせいで、王宮に呼び出されてしまった。
しかも――
「王子が、リリエル様にご興味を持たれたようです」
「……へ?」
「ぜひ、側妃として迎えたいとのこと」
「…………は?」
「これは、大変名誉なことですよ!」
「………………えええええええええ!?」
この展開、どう考えても詰んでる――!?
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次話『聖女は王宮へ召喚される』