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私は魔王になんて絶対ならない!……はずなのに

「リリエル様、魔王たるもの、臣下には威厳を示さねばなりません」

「いや、だから魔王にはならないって言ってるでしょ!?」


 私は叫んだが、クロヴィス様はまったく聞く耳を持たない。

 私が魔王の血筋だと暴露されてからというもの、クロヴィス様は私を立派な魔王にすべく、あれやこれやと熱心な家庭教師と言わんばかりの世話を焼き始めた。

 話が通じなさすぎて、クロヴィス様への言葉遣いはかなり雑になってしまっている。


 お祈りの職務の時間は、すっかりクロヴィス様との攻防戦の時間と化してしまっていた。

 どんなに頑張っても魔力の質が違うから成果が出ないのだと言われてしまうと、こちらも真面目に取り組むのがバカらしくなり、今となってはお祈りは以前の三割くらいの力しか使っていない。それでも聖杯に貯まる聖なる力は以前の九割ほどは維持できているのだから、やってられないというものだ。

 相変わらず聖杯の回収の時には白い目で見られているが、より大きな悩みができると小さな悩みはどうでもよくなるらしい。以前ほどは陰口も気にならなくなった。


「では、練習しましょう。私が魔族の臣下役をやりますので、リリエル様は魔王として堂々と命じてください」

「そんな練習しなくていいです!!」

「さあ、どうぞ」


 クロヴィス様は跪き、まるで神聖な儀式のように私を見上げた。


「えっと……」

「魔王らしく、威厳のある命令をお願いします」


 そんなこと言われても、そもそも「魔王らしい命令」って何!?


「え、ええっと……えー……」

「ああ、リリエル様……その美しいお口から漏れ出る悩ましげな囁きすらも、魔王としての気品を感じさせます……!」

「違う!! 私はただ戸惑ってるだけ!!」


 クロヴィス様の視線が熱い。でも、私が欲しいのとはちょっと……いや、かなり違う。残念すぎる。


「では、このように言ってみてください」


 クロヴィス様はスッと立ち上がると、私の背後に回り込んできた。


「ちょ、近い!!」

「いいえ、まだまだです」


 耳元で囁くように言われて、私は肩をビクッと震わせた。


「も、もっと離れてください!」


 クロヴィス様はクスリと笑うと、私の手をとり、そっと持ち上げた。


「ご命令いただければ従いますよ?『我が愛しき臣下、クロヴィスよ。我に従え』……と」

「いやいやいや!! そんな偉そうなこと言えるわけないでしょ!?」


(しかも、さりげなく『愛しき臣下』って言わせようとしている!?)


「おかしいですね……魔王として相応しいセリフだと思うのですが」

「おかしいのはあなたです!!」


 私がツッコミを入れると、クロヴィス様は楽しそうに微笑んだ。


「ふふ……可愛らしい魔王様です」

「だから魔王じゃないってば!!!」



   ◆



「次は、魔王としての振る舞いを学びましょう」

「いや、だから!! もう!!!」

「魔王は堂々と構え、いかなる時も品位を失いません」

「うん、そうでしょうね……でも私には関係ないです」

「では、まずは歩き方から」

「聞いてない!?」

「リリエル様、こちらへ」


 クロヴィス様は私の腰に手を添え、ゆっくりと歩き出した。


「ちょ、ちょっと!! 近いですっ!!!」

「魔王たるもの、堂々と優雅に歩かねばなりません」


 クロヴィス様の手がしっかりと私の腰に添えられ、歩幅を合わせてくる。

 まるでダンスを踊るみたいな距離感で、意識しないわけがない。


「えっと、その……!!」

「落ち着いてください、リリエル様。私が支えていますから」

「支えなくていいんですけど!!」


 必死に抗議するが、クロヴィス様の手は離れる気配がない。


「……ほら、意識するとぎこちなくなりますよ」

「だって意識するでしょ!! こんな距離感で歩かされたら!!足を引っ掛けて転んでも知りませんよ!?」

「リリエル様は私のことなど意識せず、好きにお歩きください。私がいる限り、リリエル様が倒れることはありません」

「そんな大げさな……って、うわっ!?」


 早速足をもつれさせた私を、クロヴィス様がしっかり抱きとめた。

 気づけば、私は彼の腕の中にすっぽりと収まっていて――


「ほら、ね」

「……!!」


 バッと飛びのいた私は、恥ずかしさを誤魔化すために、全力で顔をそむけた。


 クロヴィス様はクスッと笑っている。

 なに、その余裕……!!



   ◆



「……リリエル様は、なぜそんなに魔王になることを嫌がるのですか?」


 お茶を淹れてくれながら、クロヴィス様が尋ねる。


「……そりゃ、普通に考えて嫌ですよね!?」

「普通とは?」

「だって、魔王になったら世界中から敵視されるし……!」

「誰がリリエル様を敵視するのです?」

「えっ、それは……!」

「少なくとも、私は敵になりません」


 クロヴィス様は、まるで絶対の約束をするかのように言った。


「私はどこまでもあなたの味方です」

「……」


 優雅な所作でお茶をサーブすると、彼は微笑んで言った。

 その言葉が、強く胸を打つ。


「だからこそ、あなたには魔王になっていただきたい」

「……って、だからそこが違うんだってば!!!」


 私は力いっぱい否定する。


「私は魔王になんてならない!!私は聖女……は無理でも、 ずっと普通に人間として生きるの!!」

「……そうですか」


 クロヴィス様は、わずかに目を伏せた。


「それでも、あなたが何者であろうと、私はあなたを崇めます」

「なっ……!」

「あなたが聖女であろうと、人間であろうと、魔王であろうと、私にとっては唯一無二の存在なのですから」


 いつの間にか距離を詰めていたクロヴィス様が、そっと私の手を取り、優しく口づける。

 その仕草があまりにも優雅で、心臓が飛び出しそうになる。


「……あなたは、私にとって特別な方です」

「~~~~っ!!」


 ダメだ、これは心臓に悪い……!!

 この人は私を崇拝してるだけ……私を恋愛対象として見ているわけじゃない。


 なのに……


(なんで、こんなにドキドキするのよ……!!)


 私は魔王になんて絶対ならない。

 でも……クロヴィス様に惹かれてしまう心だけは、どうしようもなかった――。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

こういう掛け合い、大好物です。


次話『聖杯を満たせない聖女は偽装工作を決意する』

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