聖女の甘美な血は守護騎士を狂わせる(前編)
少しだけ流血表現とR15表現があります。
苦手な方はブラウザバックをお願いします。
王都での暴動は、予想以上に混乱を極めていた。
異端者と呼ばれる者たちが民衆を煽り、広場には火の手が上がっている。クロヴィス様と共に駆けつけた私は、傷ついた人々に癒しの術を施していた。聖杯を満たすのと同様に、神に捧げた魔力を聖なる力に変換して、癒しの力とする。
「大丈夫、もう痛くないはずです……」
私の手から放たれた聖なる力が、倒れた少年の傷を塞ぐ。少年は驚いたように目を見開き、それから泣きそうな顔で「ありがとう!」と叫んだ。
私の聖なる力はとても微かだ。本来なら、これだけの魔力を費やせばもっと多くの人が救えるのはずなのに。
それでも、こんな私でも、人の役に立てる。そう思うと、胸が温かくなる。
暴動が鎮圧された広場には、火の燃え尽きた煤と、ざわめきの余韻が残っていた。私以外にも多くの聖女が人々を癒し、混乱はだいぶ落ち着いたように見えた。
「はぁ……ようやく落ち着きましたね……」
私は深く息を吐いたが、その拍子にズキリと腕が痛んだ。
「あ……」
見ると、袖が裂け、血が滲んでいる。どうやら暴徒の投げた瓦礫の破片が掠ったようだった。
もう、魔力はわずかしか残っていない。これくらいの傷なら、癒しの術をかけるのは勿体無いだろう。
「リリエル様、血が……!」
クロヴィス様が鋭い声を上げる。
「大したことありません、すぐに治――」
「だめです。すぐに手当てを!」
クロヴィス様は私の手を取り、そのまま力強く抱き上げた。
「えっ……?」
気づいた時には、神殿の馬車の中だった。
ふかふかのクッションに押し込まれるように座らされ、扉が閉められる。
「クロヴィス様?」
馬車の中は静かで、外の喧騒が遠くなった。
暗がりの中、クロヴィス様は私の腕をじっと見つめる。
「こんなにも……」
彼の指が、私の腕をそっとなぞる。傷口から零れた血を、彼の美しい指がすくい、それをじっと見つめた。
クロヴィス様の目の奥に、得体の知れない熱が宿る。
「クロヴィス……様……?」
その瞬間、彼は私の腕を持ち上げ、ゆっくりと唇を寄せた。
「えっ――」
クロヴィス様の舌が、傷口をそっと舐める。
「……っ!」
ゾクリとした感覚が背筋を駆け抜ける。
クロヴィス様の舌は熱を帯びていて、まるで炎のように私の肌をなぞった。傷の痛みが和らぐどころか、妙な痺れが身体の奥に広がっていく。
「クロヴィス……さま……?」
彼は私の腕を口元から離し、うっとりと目を細めた。
「……これは……」
掠れるような声だった。
唇の端を舐めながら、クロヴィス様は熱に浮かされたような表情を浮かべている。
「なんて……甘美な味だ……」
「え?」
何を言っているのかわからない。
けれど、クロヴィス様の紅の瞳の奥に灯る熱が、私の胸をざわつかせた。
彼の唇が、私の指先に触れる。
「クロヴィス……さま……?」
囁くように名を呼ぶと、彼は私の目をじっと見つめながら、血が伝った私の指の先端にそっと舌を這わせた。
「っ……!」
心臓が跳ねる。
舌の柔らかな感触が、指の関節をゆっくりとなぞる。そのまま、クロヴィス様は一本ずつ、丁寧に指を舐めていく。
「ん……!」
くすぐったいのに、ゾクゾクする。
「リリエル様……」
クロヴィス様は私の手を包み込むように握り、舌を這わせながら囁いた。
「こんなにも……魅惑的な血の味……」
「な、なにを言って……」
戸惑う私を余所に、クロヴィス様は舐めることをやめない。
指の付け根、手のひらの中心、血が滲んでいた場所を何度も何度も味わうように舌を這わせる。
「く、クロヴィス様……?」
「あぁ……リリエル様……」
彼の声が、妙に甘やかに響く。
「……あなたの血は……特別だ」
舐めた唇を少し開き、恍惚とした笑みを浮かべるクロヴィス様。
「っ……!」
その表情に、私は得体の知れない恐れと、言葉にできない高揚感を覚えた。
クロヴィス様の目の奥に、確かに宿る熱。
――まるで、私を捕らえようとする獣のような眼差し。
「リリエル様……」
囁く声と共に、クロヴィス様はそっと私の頬に触れた。
「あなたこそ……新たな魔王となるお方……」
「ーーっ!!?」
私は、凍りついた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本日もう一話投稿します。
次話『聖女の甘美な血は守護騎士を狂わせる(後編)』