番外編 クロヴィスが風邪をひいた!?
魔界は今日も平和です。
魔王城の廊下を歩いていたリリエルは、遠くから聞こえてくる騒がしい声に眉をひそめた。
「大変だーっ! クロヴィス様が風邪をひいたぞーっ!!」
「悪魔の霍乱だ! いや、これはもう魔界の危機だろ!」
「クロヴィス様って風邪ひくんだな……なんか、もっとこう、病気とは無縁な感じかと……」
「まさか、日頃の魔王様への溺愛がたたったのでは!? ついに精も根も尽き果てたのでは!?」
(そんなわけないでしょ!!)
思わず心の中で突っ込みながら、リリエルは騒然とする部下たちをかき分けて前へ進んだ。
そこには、壁にもたれかかるクロヴィスの姿があった。普段は余裕たっぷりの彼が、今日はどこか力なく見える。リリエルと目が合った瞬間、クロヴィスはふっと膝をついた。
「クロヴィスっ!」
彼が崩れ落ちるよりも早く、リリエルは駆け寄った。
「ひっ……!?」
「ク、クロヴィス様が……意識を失った……!!」
魔族たちが震え上がる中、リリエルは慌ててクロヴィスを抱きかかえた。
(こんなに熱い……!?)
普段のクロヴィスの体温は、人間よりも低い。それが、今は炎のように熱い。
「とにかく、寝室に運ぶわよ! みんな、手伝って!」
リリエルの号令で、部下たちは慌てて動き出した。
◆
なんとか寝室に運び、ベッドに寝かせたクロヴィスの額に手を当てる。
「……すごい熱……」
いつもは冷たい肌が、今は驚くほど熱を持っている。
「リリエル……様……?」
掠れた声が聞こえ、リリエルが顔を覗き込むと、クロヴィスがゆっくりと瞳を開いた。
「クロヴィス、大丈夫ですか?」
彼は朦朧としながらも、リリエルの手をぎゅっと握る。
「そばに……いて、ください……」
その弱々しい懇願に、リリエルは息をのんだ。
(こんな風に頼られるの、初めて……)
クロヴィスはいつも強く、揺るぎない。だからこそ、こうして弱った姿を見ると、胸が締めつけられるような気持ちになる。
「……はい。だから、早く元気になってくださいね」
リリエルが頷くと、クロヴィスの表情がわずかに緩んだ。
「ふふ……リリエル様の優しさに、感謝します……」
そのまま眠るのかと思いきや――。
「では……膝枕をしていただいても?」
「は?」
「……リリエル様の膝であれば、心地よく眠れそうです」
「いつも使ってる枕があるでしょ!!」
「頭痛のせいか、枕が固く感じて……ふぅ……」
熱が上がってつらいのか、クロヴィスは息を詰まらせるように微笑む。その表情が妙に艶っぽく、リリエルは言い返せなくなった。
「……わかりました」
しぶしぶ膝を貸すと、クロヴィスは満足げに目を閉じた。
(いつもはあんなに余裕たっぷりなのに……)
そんな風に思いながら、リリエルはクロヴィスを見つめていた。
しばらく膝枕をしていると、クロヴィスがふと目を開ける。
「リリエル様……手を、握っていただけますか……?」
「……はいはい」
呆れながらも手を握ると、クロヴィスは安心したように息を吐く。
「それから……髪を撫でてもらえませんか?」
「……もう、仕方ないですね」
クロヴィスの美しい銀の髪をそっと撫でると、彼は猫のように目を細めた。
(熱があるとこんなに甘えてくるんだ……)
そんな風に思い始めた矢先――。
「……リリエル様の温もりが心地よくて……つい、もっと欲しくなりますね」
クロヴィスが起き上がり、その手がリリエルの腰にまわる。
「ちょ、ちょっと!?」
「うつすとまずいので、キスは我慢します……ですが、それ以外なら……?」
「~~~っっ! もう!!」
顔を真っ赤にしながらも、リリエルは押し切られてしまうのだった。
◆
翌朝。
「……ふぅ、すっかり回復しました。リリエル様の膝枕と、適度な運動で汗をかいたからでしょうか」
クロヴィスはすっきりとした顔で起き上がり、部下たちを集めた。
「さて……」
彼は冷ややかに微笑み、部下たちを見渡す。
「昨日、私が倒れた際に失礼な発言をした者がいたと聞きましたが……?」
「ひっ……!」
「あ、あれは……あの、その、魔界の未来を憂いて……!」
「クロヴィス様が倒れるなんて、あまりにも衝撃的で……!」
「『精も根も尽き果てた』という発言があったようですが……?」
「……!!」
「言い訳は結構です。リリエル様がいる限り、私の精力が尽きるなんてあり得ないというのに。……まあ、少し『教育』が必要ですね?」
ぞくり、と背筋が凍るような笑みを浮かべるクロヴィスを見て、部下たちは顔を青ざめた。
(ああ……元気になったクロヴィスは、やっぱり怖い……。あと、尽きないんだ……)
リリエルは部下の無事と今夜の我が身の無事を祈りつつも、どこか安心するのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
弱ったクロヴィスを書いてみたかったのですが、なかなか手強いです。
次話『番外編 夢か現か』