エピローグ 魔王は側近に溺愛される
本編最終話です。
前半だけ三人称視点となっています。
後半はリリエル視点に戻り、イチャイチャします。
「陛下!魔族が!魔族が和平を申し出てきましたぞ!」
王宮の廊下を駆け抜ける宰相の叫びが、王の執務室に響き渡った。
王国は今、前代未聞の事態に直面していた。魔族の方から、和平を求めてきたのだ。
もちろん、そんなことを信じられるはずがなかった。魔族といえば人間の敵、長年王国を悩ませてきた存在だ。
しかし、事態はさらに予想外の展開を見せた。
和平交渉の席に現れたのは――
「お久しぶりです、皆様」
堂々と玉座の間へ歩み入ったのは、一人の若い女性だった。
聖女リリエル。
かつて落ちこぼれの聖女と呼ばれ、ある時突如才能を開花させたかと思ったら、侵攻してきた魔族に攫われてしまった人物。
しかし今や彼女は、魔王として君臨していた。
――そして、その隣には彼女を守るかのように控える、魔族クロヴィスの姿があった。
和平交渉の使者としてテーブルについた第二王子イザックは絶句し、廷臣たちは青ざめ、周囲の騎士たちはその威圧感から思わず剣に手をかける。
しかし、クロヴィスが一歩前に出ただけで、全員が凍りついたように動きを止めた。
……いや、実際に一瞬、空気が凍った。
「おっと、手荒な真似はお控えください。陛下の前で争うのは、本意ではありませんので」
微笑を浮かべるクロヴィスに、王国の騎士たちは完全に怯えた目を向けている。
(……このままじゃダメだ)
リリエル息を吸い込み、大きく宣言した。
「私は魔王として、世界の平和を望みます。王国と魔族の戦いに、終止符を打つためにここに来ました!」
そう、彼女がこの場にいるのは、王国を滅ぼすためではない。
王国と魔族が互いを知り、手を取り合う世界を作るためだ。
「私たちは、無意味な戦いを終わらせるために、和平を望みます。どうか、王国の皆さんも私たちの話を聞いてください」
王国側は困惑し、顔を見合わせる。
しかし、クロヴィスが穏やかな笑みのまま、静かに言った。
「――とはいえ、もしお断りになるようでしたら、その場合は……」
途端に王国側は一斉に動いた。
「話を聞かせていただきましょうとも!!!」
イザック王子も廷臣たちも騎士たちも、誰もが勢いよく頷いた。
(……え、そんなに怖いの!?)
こうして、王国と魔族の和平交渉は驚くほどスムーズに進み、数ヶ月後には正式な条約が結ばれることになった。
長きにわたる対立は、リリエルが魔王になったことで、あっという間に終わりを迎えたのだった。
◆
(……で、これは何なのかしら?)
私は思わず目を細めた。
私の部屋。豪華な天蓋付きのベッドや、可愛らしいインテリアに囲まれたお気に入りの空間。
その壁には――なぜか、朝にはなかったはずの、隣の部屋へと繋がるドアがある。
私はゆっくりとドアノブに手をかけ、開いた。
その先にあったのは、見慣れた夜空の星の瞬きのような艶やかな銀髪と、どんな宝玉よりも美しい紅の瞳ーークロヴィス様が、優雅に紅茶を飲んでいた。
「ああ、リリエル様。お休み前にお顔を見られるとは嬉しいですね」
「……いや、嬉しいじゃなくて!なんでクロヴィス様のお部屋と繋がってるんですか!?」
「当然でしょう?」
何がおかしいのかわからないという顔で、クロヴィス様はティーカップを置いた。
「リリエル様は魔王であり、そして私の大切な方です。魔王の安全を守るために、側近である私が隣に控えるのは当然のことですから」
「鍵、ついてないんですけど!?」
「開けっ放しの方が便利でしょう?」
爽やかに微笑まれた。
この人、本当に……!私は思わず頭を抱えたが、クロヴィス様はすっと立ち上がり、私の顎をそっと指で持ち上げた。
「さあ、もう遅い時間です。そろそろお休みになられては?」
彼の顔が、少しずつ近づいてくる。
あ、これ、絶対キスされる流れ――
「ちょ、ちょっと待っ――」
抗議の言葉は、クロヴィス様の唇に遮られた。
触れるだけの優しいキス。
でも、それが少し物足りないとおもってしまう自分がいる。
「おや?」
私の顔を覗き込むクロヴィス様。
「リリエル様、顔が赤いですね。もしかして……まだ、魔素が馴染みきっていませんか?」
「違う!!!そうじゃない!!!もう寝ます!!!」
私は顔を真っ赤にして自分の部屋に戻り、バタンとドアを閉めた。
――よし、これで一安心。
……と、言いたいところだったのに。
――カチャ。
「……!?!?」
私が全力で閉めたはずのドアが、まるで当然のように開かれる。
「おや、どうしました?」
そこには、優雅に微笑むクロヴィス様の姿。
「……ちょっと待って。なんで開けるの!?」
「ええ、鍵がついていませんから」
「つけてください!!!!!」
「それは困ります」
彼は涼しい顔で、私の部屋に堂々と入ってきた。
「……な、何しに来たんですか?」
「お休みの前に、リリエル様に触れたくなりまして」
「触れたくなりまして、じゃないの!!!」
なんでこんなに自然に言えるの!?
「……そんなに冷たくしないでください」
クロヴィス様はゆっくりと近づいてくる。
「リリエル様、もう少しだけ」
「なにが『もう少し』なの……っ!?」
私はジリジリと後ずさるが、彼は確実に距離を詰めてくる。
――気づけば、ベッドの際。
後ろには逃げ場なし。
「待っ――」
言い終わる前に、ふわりと腕を取られ、あっさりとベッドに押し倒された。
「えっ、ちょっ……!?」
クロヴィス様は私を逃がす気がさらさらないらしい。
片手で私の手首を押さえつつ、反対の手でそっと私の髪を撫でる。
「リリエル様……あなたは私のものだと、もっと自覚してください」
「わ、私は魔王で、魔族全体の――」
「魔族全体の?」
クロヴィス様はわざとらしく言葉を切り、じっと私を見つめる。
「リリエル様は、私のものですよね?」
その言い方が、妙に甘くて。
ずるい。
「……はい、そうです……」
「……ええ、それでいいのです」
彼は満足げに微笑み、そっと顔を近づける。
それだけで、心臓が爆発しそうなほど跳ねた。
そしてーー
「もちろん、私のすべてもリリエル様のものです」
「っ……!!!」
柔らかい唇が、そっと触れる。
先ほどよりも長く、深く、そして優しく。
キスが終わったあとも、クロヴィス様は私を抱きしめたまま、離れようとしなかった。
「……今夜は、このままここで休んでも?」
「ダメに決まってるでしょ!!!!!」
私は全力でクロヴィス様を押しのけ、なんとか距離を取った。
クロヴィス様は残念そうに微笑んだが、その瞳には「どうせすぐ隣にいるのだから」という余裕が見えて、私は思わず頭を抱えた。
「……もう知らない」
「ふふ、ではまた明日」
彼は名残惜しそうに微笑み、ようやく自室へと戻っていった。
――とはいえ、隣なのだけど。
私は枕を抱えながら、大きくため息をつく。
外で魔族の臣下たちがひそひそと話していることなんて知る由もなくーー。
「……魔王様とクロヴィス様、仲良すぎでは?」
「ていうか、あの人の独占欲、怖すぎて誰も手出せねぇ……」
「俺らもう、見て見ぬふりするしかなくね?」
「それな……」
こうして、世界の平和は今日も保たれているのだった。
最終話までお読みいただき、ありがとうございました。
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クロヴィスはもっとクールな守護騎士になるはずだったのに、どうしてこうなった。リリエルには彼の手綱をしっかり握ってもらって、世界平和を維持していただきたいところです。
この後、番外編を投稿して完結となります。
次話『番外編 凍れる獣が甘露の果実に魅せられた日〜クロヴィスとリリエルの出会い〜』