第九話
《Side-G・O・C》
ここはG・O・C本部――――
社内食堂で昼食をとった団員達が、それぞれの場所で午後からの仕事に備えていた。
そんな中ソウジ副団長は早々に昼食を取り、そのまま休むことなく仕事へと取り掛かっていた。
「今日はやたら仕事が多いな―――…今本部に残っているのは2チームか。午後から依頼が来たら、対応出来るかどうか…」
その残っている2チームの中の一つも午前中大立ち回りをしたミソノの第参部隊で、正直なところ一日に2回も大きな仕事はさせたくはなかった。
ソウジは改めて目の前のPCの画面を見つめた。
一見ガラスに見える3Dモニターには、ある地域の市街地図や情報が表示され、別のウィンドウには団員達のリストが並んでいた。
ソウジはその前で肘をついて両手を組むと、一つため息を吐いた。
「大体の骨組みは準備で来た…―――あとはヘイザから正式な通達が団員達にされれば…」
ソウジが呟いた―――その時。
ドッ…ッドゴァアアアアアアア―――――ッッッ!!!
轟音と共に本部全体が激しく揺れ、ソウジはイスごとスライドしながらなんとか踏ん張ってその衝撃に耐えた。
「ッ!!?な―…」
次の瞬間、
シャッ…―ッゴヴァアアアアアアアア――――ッッッ!!!
窓ガラスが全て砕けたと同時に部屋が爆発し、爆風が一瞬にしてソウジを吹き飛ばした。
離れた場所からプロペラの旋回音が近づき、更にミサイルで黒煙を上げる本部を追撃した。次々と本部正面の窓に着弾したミサイルが一気に爆発し、地響きが辺りを揺るがした。
本部に近づいた2機の軍用ヘリコプターが、装備したガトリング砲を空回りさせた。
ダガガガガガガガガガガガガァアッッッ!!!
本部各階の窓ガラスをそれぞれ左右の端から攻撃し始めると、背後から来たもう一機のヘリコプターは本部隣のハンガー棟に向け、ミサイルを発射した。
巨大なオレンジの爆炎を立ててハンガーは爆発し、そこへ間髪入れず何発ものミサイルは発射されると、ハンガーの棟は雪崩をうって崩壊した。
ビィ――ッビィ――ッビィ―――ッッッ!!!
G・O・C本部全体に警報が鳴り響くと、玄関に轟音を立てて分厚い防弾隔壁が自動的に下り、一階の全ての窓の外にも、同時に違う種類の防弾シャッターが下りて下界を遮断した。
上空を4機のヘリに囲まれ周辺の同業者が何事かと建物から外をのぞく中、本部前を通る道路を猛スピードで車両の列が走ってきた。
キャタピラを蹴立てて先頭を走って来た小型戦車が、本部の玄関前に横付けされた瞬間、砲身が回転し正面玄関に向け止まった。
――ーッドゴォオオンンンッッッ!!!
一瞬、周囲を聾するほどの衝撃が一帯に走り、近隣の窓ガラスにひびを入れ爆風が周囲を薙ぎ払った。
それと連携する様にして、複数の車両が本部に通じる正面の道路と裏口に面した通りを占領し、次々と通りを封鎖していった。
G・O・C本部の正面に接する道路を塞いでいた装甲車やハンビーから、次々とバトルスーツを纏った兵士達が降り通りの隅に分隊ごとに散開した。
その車輛群の背後に遅れて止まった指令車から降りたギルガメシュの首領―――“タカザキ・ガイ”は、もうもうと黒煙を上げるG・O・C本部を眺めながら口を開いた。
「―――“A・S(アーティック・スパイダー=屋根裏のクモ)”部隊、配置状況は」
ピアス型のイヤーマスクから聞こえた不愛想とも取れる低い声が答えた。
[こちらスパイダー。…各員移動中だが、すぐに完了する]
「出てくる奴は全て狙え。―――“ユギ”、そっちはどうだ」
冷静で硬質な声がそれに答えた。
[こちらは動きなし。監視カメラは潰しましたが扉がメテオロイド製の物と思われ、攻略に時間が掛かるかも知れません、突入しますか?]
「…俺からの合図を待て」
ガイは40代後半。日に焼けて荒れた肌に無精ひげを生やし、顔に大きな古傷を残している。
美男とは言い難いが味のある顔立ちで、油断のない目付きにどこか人を緊張させる凄みのある雰囲気を纏った男だった。
上下を暗い迷彩柄のバトルスーツに身を包んだガイは、正面玄関脇に展開を終えたと報告してきた隊に向かい告げた。
「“B・V(ボグヴァイパー=沼地の毒蛇)”、“M・P(ミーンピッグ=さもしい豚)”部隊、状況は?」
[こちらヴァイパー、玄関に敵戦力の展開は認められません。本部棟内での待ち伏せか、籠城を狙っているもようです]
まるでロボットが話してでもいるかの様な、人間味を感じない冷たく平坦な男の声が応答した。
「“アツロウ”、お前が先行して偵察後、M・P部隊を突入させろ」
[イエッサァアボスぅっ!!喜んで囮なり的なり何でもなりますんでっ!オラ毒蛇どもどけえっ!邪魔なんだよボケっ!!]
野太いだみ声でガイに答えたのは固太りの男―――ギルガメシュネームド部隊、M・P部隊隊長タブチ・アツロウが、一人平然と敵が待ち受けるであろう本部棟内へズガズガと向かった。
身長は低く、暗い灰色のバトルスーツを着込んだ全身は、がっしりとした筋肉が分厚くその体を覆っている。潰れた獅子鼻に厚ぼったい唇、細い眼は猜疑心と嘲りを含みながら常に周囲を睥睨している。
アツロウは、背後で突入の準備をする部隊を振り返った。
「俺様が内部を制圧した後、この防御壁をぶち壊す。したらお前ら突入しろよ!」
30前後と思われる男ーーーM・P部隊副隊長“タンザワ・オウミ”が答えた。
「了解しました、隊長。お気をつけて」
あまり表情のない兵士としては穏やかな雰囲気のオウミは、アツロウと同じ暗灰色のバトルスーツに身を包んだその体は細身で柳のようにしなやかで、ずんぐりむっくりな隊長のアツロウとは何もかもが正反対だった。
「う~っス、ちょっくら行ってくるわ」
崩壊した玄関へと歩くアツロウは、両腰に下げた二振りの刃渡り40センチのアーミーナイフを引き抜くと、それをクルクルと手の中で回しながら野卑た笑みを浮かべた。
「さぁ~ウサギ小屋のウサギちゃあんっ…狩りの時間ですよお~~っ!!」
―…ゴゥウ――…ンンンッッッ!!!
「――…ぁあ゛?」
突然聞こえ出した機械音に、アツロウは眉をしかめて出所を探した、その時。
ゴゴゥンッ…ッゴォオオオオオーー…ッッ!!!
一階部分にずらりと並んだ付け柱(※…壁に取り付けられた装飾柱)の頂から、機械音と共に折りたたまれたアンテナの様に見える機器が上昇し姿を現すと同時にそれらが変形を開始し、その“銃口”を本部前に展開する部隊や装甲車に素早く向けた。
「おぅ?やべぇんじゃね?」
それを見ていたアツロウが大して思ってもいない風に呟いた、次の瞬間。
―――ッダラララララララララララッッッ!!!
レールガンが一斉に火を噴いた。
豪雨の如く迫った銃弾が2つの部隊員を肉塊に変えようとした―――刹那、突如玄関前に展開していたB・V、M・P部隊全員を粘り気を帯びた“黒霧”が覆い隠した。
レールガンの弾が、その黒霧めがけ横殴りの雨の様に発射され続けた。だが毎分何百発もの銃弾が撃ち込まれているにもかかわらず、黒霧の中から絶命の悲鳴が聞こえる事が無い。
その黒霧の中から――――人の男が現れた。
年は20代中ほど。170cmに届かない小柄な体格だが、その全身は固く引き締まった筋肉で覆われている。頭の形が分かるほど短い黒髪に、アーモンド型の二重の濃いまつ毛に縁どられた黒い瞳、まっすぐな眉の顔立ちは童顔だが端正に整っているーーーしかしその表情は、レールガンにハチの巣にされている状況にもかかわらず、まるでロボットの様にあらゆる感情を現さなかった。
黒いバトルスーツを一部の隙無く着込んだその男は、黒霧と外との境に霧に身を浸すように立ち、自分達を攻撃し続けるレールガンを無感動に見上げた。
「ぐわっだぁあ゛…っ!!だあ~ぁ気持ち悪ぃい!!コウキてめえっ、いきなり能力発動すんじゃねぇ、このポンコツブリキ野郎があっっ!!」
上を見上げているギルガメシュの精鋭ーーーーネームド部隊B・V部隊隊長“キサラギ・コウキ”に向かい、黒霧から飛び出したM・P部隊隊長のアツロウががなった。
その文句を垂れていたアツロウの体を銃弾が何十発も襲った。しかし雨の様な銃弾はなぜかアツロウの体を“透過”し、その標的としては適した体に穴を開けることが出来ないままに地面を穿っていく。
「…こうしなければ全部隊員が負傷、もしくは死亡します。あなたの部隊員までカヴァーした僕に、文句を述べるのは筋違いだと思います」
コウキは銃弾の雨の中、無表情に淡々と反論した。
「退避ぃっ!!退避しろぉおっ!!」
G・O・C本部前の通りに展開していた、ギルガメシュの隊員が車両を盾にする形で退避していく中、対レールガン装甲が施されたハンビーや装甲車が、初めは装甲がへこむ程度の損害だったが、何百発も撃ち込まれる内に装甲が耐え切れず、何台かの車両に穴が空いて車体がガタガタと動き始めた。
本部前に止めていた小型戦車が2機のレールガンに標的にされ、分厚い装甲が耐え切れずに穴を開け、車体が衝撃で大きく動いた瞬間キャタピラに銃弾がヒットし、本体が衝撃で弾き飛ばされた。
更に標的を変更し、レールガンが装甲車に狙いを定めた―――その時。
ドォルルルルルルルルルルルルルルッッッ!!!
ヘリから掃射された機関銃によって、一機のレールガンが鉄クズにされた。残った一機がそのヘリを標的に定め銃口を向けた、瞬間。
―――ッバンッ!!ババッッッ!!!
重く乾いた音と共に、残った一機のレールガンを正確に狙撃した弾がヒットし、レールガンが火花を散らしてショートした。その間にホバリングしたヘリは機体をスライドさせ、並んだレールガンを集中的に狙い始めた。
ダァララララララララララララッッッ!!!
重低音を轟かつつ背後の壁ごとハチの巣に変えながら、ヘリは地上を攻撃していたレールガンを次々と鉄クズへと変えていく。
ガイは離れた指令車を盾にして、裏口の前で展開しているユギに連絡を取った。
「ユギ、そっちの状況は」
スピーカの向こうから激しい弾音が聞こえる中、声が答えた。
[A・S部隊とヘリの支援で何とか耐えていますが、装甲車が2台やられました]
「少し後退しろ。攻撃よりも、部隊の維持に努めろ」
ガイはW・PCのチャンネルを変え、イヤーマイクで他の部隊へ連絡を取った。
「アツロウ、今どうしてる」
[ボスぅ!いや今…]
「さっさと中の奴等を制圧して、両部隊を本部の中へ入れろ」
[わぁかってますって、ボス。んじゃ行ってきますわっ!!]
ガイは上空でレールガンを掃射しているヘリ部隊へチャンネルを変えた。
「“クラウト”、レールガンはあと何機残ってる」
[あと4機です。インドアと連携し攻撃を続行します]
「…ああ」
(このまま終わるはずがないな。――…さぁ、次はどんな手を…)
ガイが沈黙を守るG・O・C本部を睨み据えた、その時。
…フォッ…――ッゴカァアアッッッ!!!
「――ッ!!?」
振り返ったガイの視線の先に飛び込んだのは、上空で鉄骨によって“串刺し”にされているヘリの姿だった。
ハンガーを攻撃した後、屋上をカヴァーしていたそのヘリはパイロットごと貫かれ、その直後機体はコントロールを失いクルクルと回転しながら落下し始めた。
「退避しろぉおっ!!!」
「こっちに来るぞぉお…っ!!!」
ハンガーの前の通りに待機していた数台のハンビーの方へ向かい、ヘリの機体は旋回するローターを下にして墜落すると、ハンビーの装甲をローターでズタズタに引き裂いてヘリの残骸を辺りにまき散らしながら、一気に衝突した。
落下した瞬間ーーーーエンジンに引火しヘリは大爆発を引き起こした。その様を炎に照らされながら目にしたガイは、イヤーマイクに指令した。
「A・S部隊、あの鉄骨はどこから来た」
[――…ハンガーの中からです。今反撃します]
ギルガメシュネームド部隊、A・S部隊の隊長“イイダ・グンジ”は気負いなくそう宣言しイヤーマイクへ声を上げた。
「――――ノゾエ、ハンガーから攻撃した奴をあぶり出せ」
[了解]
G・O・C本部を取り囲むように展開していたA・S部隊の最も後方――――本部から2キロほど離れた場所でドローンを操作し映像を部隊に転送していた“ノゾエ・ヒカル”は、傍らに設置された高さ2メートルの深緑色の設置型地対空地ミサイルランチャーを起動させ、W・PCでドローンを中継点としてハンガーを目標に設定した。
ノゾエはW・PCのホロ画面をタップした。
シュッ――…ゴォオオオオオオッッッ!!!
ミサイルランチャーから機械音が響くと一発のミサイルが発射され、放物線を描いて高く上空へと打ちあがった。
放物線の頂点を通過すると、全長60センチのサーメ芯弾がドローンから受け取った信号を元に位置を調整――――弾頭を地上へ向けた直後、推進機を噴射した。
特殊貫通弾は高速で地上に着弾後、地中を貫通しそこで爆発する――――はずだった。
――――ッカッッッ!!!
しかしミサイルが上空数百メートルまで近づいた、その時。地上から射出された“黒い棘”が、寸分違わず正確にサーメ合金の弾頭を射抜いた。
ッッッドゴァア゛ア゛ア゛ア゛ン゛ン゛ン゛ッッッ!!!
刹那、ミサイルは空中で大爆発を引き起こし辺りに衝撃を発した。
「うぉいお~い、ありゃあクソ神経質野郎の棘じゃねぇか」
アツロウは、入り口の前に立ったまま上空を見上げぼやいた。
「おいブリキィっ!!ハンガーにはたぶん第参部隊が居やがるぞ!!お前等で何とかしろっいいな!!」
アツロウはそうがなるとその巨体を前に進めた。分厚い装甲扉が眼前に立ちはだかっていたが、アツロウはそのまま歩みを止めずに進んだ。するとアツロウの全身が光を帯び――――装甲扉の中に“沈んだ”。
扉の中を進みながらアツロウは両手のアーミーナイフをクルクルと回し、舌なめずりしながら野卑た笑みを浮かべた。
「クソ目障りなギャング野郎どもぉっ…そこらへんに売ってる肉みてぇに全員細切れにしてやる…!!」
地上から数百メートルまで伸ばされた、黒いメテオロイド製の棘を地上へと引き戻しながらノリオはホッと一息ついていた。
『んじゃ、あたしは先行ってくるから。皆も後から付いて来て』
「いいですかっ、近隣の同業者の方々にくれぐれもご迷惑を…」
『んじゃ』
「ちょっとは人の話を聞いてくださぁあいっ!!!」
ノリオの叫びも虚しく、ミソノは矢のように駆け出した。
大破したガレキの間をぬって暗紅色の影が、通りを封鎖しているギルガメシュの装甲車部隊へと単騎突進していく。
それを察知したA・S部隊の隊員が標的に定めようとした瞬間――…
「なっ…!?」
ギギギギギギギィイインンッッッ!!!
メテオロイド製の黒い棘が茨が生い茂る様に、無数の長い棘を駆け抜けるミソノの周囲に張り巡らさせていく。
「あなた方も隊長を追ってください。私はここに留まってハンガーが攻撃されないように負傷者を守りながら、狙撃部隊を攻撃します」
「頼んましたよ副隊長!俺等も行くぞおっ!!」
8人の部隊員がそれぞれに武器を携帯し、黒い茨のトンネルを通って先行するミソノの後を追った。
「各員撃て――っ!!!」
ギルガメシュの部隊員が迫り来る紅い影に向け、軽機関銃を斉射した。
毎分数百発放たれる銃弾の雨が、紅い影を捕えんとしたその瞬間――――影は傍らで剥き出しになった壁の一部を掴むと、銃を構える部隊員めがけ軽々とそれを“投げつけた”。
「――ッ!!!」
銃弾に穴を開けられつつも、減速せず猛スピードで飛来してきた重さ数百キロはありそうな大きなその壁を部隊員は避けられなかった。
ッドゴァアアアッッッ!!!
ミソノが投擲した壁が、敵の部隊員を幾人か巻き込んで向かいの建物の壁に地響きを立てて衝突した。
「くっ…そぉおおっっ!!!」
傍らのハンビーの屋根に設置された銃座にいた部隊員が、重機関銃を回転させトリガーボタンを押し込んだ。
ドォルルルルルルルルルルルルッッッ!!!
コンクリートさえやすやすと貫通する威力の凶弾の嵐が、紅い影を襲った。金属の激しく打ち合う音が響き、ミソノはそれ以上進むことが出来ないままその場に釘付けとなってしまった。
動きが封じられた事で、やっと紅い影の全貌を視認することが出来た。
体長は3メートル前後。両腕で顔と心臓をカバーしたその姿は、全身紅色の金属装甲で覆われている。
鋼の質感を持った長く真っ直ぐな腰までの紅色の髪に、長い2本の紅い角を生やしたその“異形”は――――銃弾の雨に曝されながら牙の生えた歯をくいしばると、紅色の瞳を見開いて自分を攻撃する機関銃を睨み付けた。
『グォウ…』
その相貌はまるで紅い面をかぶった羅刹そのもの――――“鬼女”と化したミソノが吐息を吐く様に声を発した、次の瞬間。
『ッッォオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛―――ーッッッ!!!』
鬼女の発した大絶叫は、衝撃波を伴って周囲の人や物を吹き飛ばした。
2トンもの重量のハンビーさえ耐え切れずに車体が大きく弾み、銃座にいた隊員は耳や鼻から血を流して後ろへ吹き飛んでしまった。
「か…っ!!!」
激しい耳痛と脳みそをシェイクされたようなめまいに襲われ、吹き飛ばされたままうずくまっていた隊員は、車体がグラリと傾ぐとその片側が宙に浮き、自分の体が沈んだ方角へと急激に傾いて行くのを感じた。
紅の鬼女は両手で掴んでいたハンビーの車体から片手を放し、そのままその手を車体の下へ入れるとハンビー全体を“持ち上げた”。
「なっ…やめー…」
銃座の隊員が顔を蒼白にして呟くのを無視し、鬼女は足を大きく開くとハンビーごと振りかぶり、本部前に展開する車列に向け――――ハンビーを一気に投擲した。
ブォッッ…ッゴシャアアアアアアッッッ!!!
「ぎゃあああ…っ!!!」
「ぐおあっ…!!」
「…ッ!!!」
重さ約2トンもの金属の塊が、まるでボウリングの玉のように転がりながら人や車を次々と破壊し跳ね飛ばしていく。
ハンビーは更に奥の車列をもそのまま巻き込もうとした―――その時。
ズォアアア…ッッッ!!!
突如発生した“黒い霧”が転がってきたハンビーの前に湧き上がり、その車体を受け止めた。
『―――…コウキか…』
呟いた鬼女が視線を向けたその先で、異様な光景が繰り広げられていた。
横倒しになったハンビーは、黒い霧に半ばうずもれる形で停止していた。次の瞬間、異音が響くと同時にハンビーの巨大な車体が霧の中へと勝手に埋没し始めた。
ガキィッ…ヴァリッヴァキキィッコゴォアアッッッ!!!
音が鳴り響くたびに、車体は黒い霧の中へと飲み込まれていく。
『“マテリアイーター”ーー…ぞっとしないね』
その黒い霧に飲み込まれた全物質は吸収、分解、あげくの果てには再構築されるー―――それがギルガメシュ精鋭ネームド部隊、B・V部隊隊長キサラギ・コウキの能力だった。
黒い霧がハンビーを全て飲み込み終えた時、獲物を咀嚼しているかのように不穏に渦巻く霧の粒子の中から、一人の小柄な男が姿を現した。
「―――相変わらず、無茶な戦い方をしますね」
コウキが無表情に言った、その直後。
ドゥオルルルルルルルルルルルッッッ!!!
レールガンを攻撃し、ミソノの咆哮で姿勢を崩していた戦闘ヘリが離れた場所からミソノ目掛けガトリング砲を撃ってきた。