第四話
《Side―ヨシノ》
午前8時から開店したクジラ亭は、今日も市場で働いた人などで大盛況だった。
目まぐるしく来客が続いた朝の混雑も一段落し、今は昼に向けての準備に取り掛かろうとしていた。ヨシノは食洗器から出した食器を布巾で拭きながら、これからの手順を考えた。
(今の内にポトフを継ぎ足して、ハンバーグの種を作って…ご飯も炊かなきゃ)
食器を全て片付けると、野菜を切るためにヨシノは裏口にある野菜の貯蔵庫へ行った。
野菜を箱に入れてキッチンへ戻ると、ダイゴがカウンターを出て誰かと話している最中だった。そばにはチカコもいて、二人は賑やかな声で楽しそうに話している。
(――…?誰だろ…)
ヨシノは気になりながらも仕事に戻り、野菜を洗い始めようとシンクに野菜を置いた。
「ーーーあぁ、そうだ。お~いヨシノ!面白い奴が来てるぞ」
ダイゴが笑顔でヨシノを振り返り、その向こうに擦り切れた黒い野球帽を被った背の高い男が立っているのが見えた。呼ばれたヨシノは野菜を持つ手を止め、カウンターに近づいた。
「ヨシノはハンターもやってるだろ?ならこの男には会っとかなきゃ損だろ!ほれ、自己紹介しろよ」
ダイゴはそう言って男をヨシノの前にグイッと押し出し、押された男は苦笑いしながらヨシノを見た。
男は20代半ば―――日焼けした肌に野性味のある顔立ち、でもその琥珀色の瞳には、男の性格でもあるのだろう人懐こい愛嬌が滲みでている。黒い短髪にすり切れた黒色の野球帽を被った男は、ふいに笑顔になった。
その笑顔がまるで少年の様に開けっ広げで、ヨシノもつられて微笑んでいた。
「面白い奴って…――ダイゴさん俺をなんだと思ってんだよ。―――初めまして、“サガノ・ジュンイチ”って言います。一応君と同じ、ハンター業をやってる」
「ジュンイチ…さん?」
(ん?あれ、どこかで…)
ダイゴがジュンイチの肩をわっしと掴んで話した。
「こいつはなぁ…No.1ハンターと名高い、あの“化神”のジュンイチだぞ!めったにお目に掛れるもんじゃない、レアもんだレアもん!」
ヨシノは目を大きくして、改めて男を見返した。
「ぇええっっ!?あ、あの大型メテオラ100体を、一人で倒したっていうっ…!?」
ジュンイチは困った顔で笑い、手を振りながら答えた。
「いやいや、それはいくらなんでも。せいぜい数十体だよ。それに大したことじゃ…」
「なぁに言ってんのジュンちゃん!マシンでならともかく、生身で大型メテオラと渡り合う奴なんてそうそういないよ」
「そ、そうです!私なんか大型一体でも難しいです!――…あっ、私ヨシノと言います。一応私もハンターのはしくれっていうか…」
「今はヨシノは、料理人がメインで働いてるけどな。ほら、お前さんの恩人のヘイザさんのところに居たんだ」
ジュンイチはヨシノを興味深そうに見つめた。
「へぇ…G・O・Cに。俺も一時期いたことがあるよ」
「はい。伝説として良く聞いていました」
ジュンイチはうなじをガリガリ掻きながらぼやいた。
「…っ…“失敗談”の間違いだよ。あの頃の俺、性格ひん曲がってたからなぁ」
「よくむっつりと店で食事してたっけなあ。俺が話し掛けるのも無視して」
「いやぁ、それを言われると…」
ジュンイチ達三人は、昔の思い出話に花を咲かせた。
ヨシノは生ける伝説ともいうべき人物が目の前にいることが俄かに信じられず、ドキドキと高鳴る胸に手を置いた
(凄い…こんな凄い人に会えるなんて…―――あぁ、スイが今ここに居たらな…顔真っ赤にさせて喜んだだろうなぁ)
きっとまともに相手の顔も見れないに違いない。スイはジュンイチを自分の目標にしている。そのくらい、彼のハンターとしての腕は“ケタ違い”だった。
「でもこの時期に、こんな所に来るなんて珍しいねぇ。いつもはゲヘナ辺りに行ってるじゃない」
「ゲ、ゲヘナ!?」
ヨシノは強大なメテオラがウヨウヨといるという地の名を聞き、そこに当たり前のように行っているジュンイチのもの凄さに改めて圧倒された。
「あぁいや…ーー俺もそのつもりだったんだけど…。途中の街で事件に出くわしてさ、その事件を起こしたメテオラを追ってここまで来たんだ」
ヨシノはジュンイチのその言葉でロギアのことをハッと思い出して、途端に焦り出した。
(な、何浮かれてるの私…。“ヒューマノイド”と付き合っているのに、No.1ハンターと仲良くしてどうするの!―――…でも、ジュンイチさん良い人そうだし…い、言わなきゃ大丈夫…よね?)
「へぇ…お前さんでも倒せなかったのか」
「―――ああ、この辺で仕留め損ねた。でもまぁ致命傷は与えたと思うから、まさか街中に来ることは無いと思うけど。念のため、何日か様子見ようと思ってここに来たんだ」
「あらぁ、なら安心じゃない。――ーそうだ!ジュンちゃんの大好きなハンバーグオムライス、食べたいんでしょ!父ちゃん作ってやりなよ」
「ちょっ、女の子の前で…!」
「食の好みはガキのまんまだよなぁ、ジュンイチ。待ってろ、特製の作ってやるからな!」
「勘弁してくれよ…」
ダイゴとチカコにからかわれ、化神と呼ばれるジュンイチもさすがの形無しだ。
「あっ、じゃあ私もダイゴさん手伝います」
「あぁいいよ、ヨシノちゃん。あんたはもう少しジュンちゃんと話してな。昼食の準備はあたしがやるから」
「え!でも…」
チカコは手を振って笑いながらキッチンに入り、ヨシノが洗おうとしていた野菜を洗い出した。
「―――…あーもう。本当にあの二人にはやられっぱなしで、敵わないな」
ジュンイチは帽子を脱いで、片手で短い黒髪の頭をワシワシと掻いた。そして不意にヨシノを見て人懐っこい笑みを浮かべた。
「こっち来たら?G・O・Cが今どんなかも聞いてみたいし」
「…はい…そうですね」
ヨシノはチカコの好意に甘えることにして、キッチンを出てカウンター席に座ったジュンイチの左隣に腰を下ろした。
「はいジュンちゃんお水。何か飲むかい」
チカコがカウンター越しに、水の入ったカップを二つ置いた。
「あ~~コーク。キンキンに冷えたやつ」
「じゃあ、ヨシノちゃんもそれでいい?」
「え?あっはい、すみませんチカコさん」
チカコがキッチンに戻りヨシノが振り向くと、ヨシノを見つめていたジュンイチと目が合った。
「――…ハンバーグオムライス、好きなんですか?」
ヨシノが聞いた途端、ジュンイチは盛大に顔をしかめた。
「いや、他のも好きだよ。ここのものは全部美味いからさ」
言い訳がましく弁解するジュンイチに、ヨシノはクスリと笑って言った。
「私も好きですよ。ハンバーグオムライス」
「いやまぁ、うん。女の子はね、似合うよな」
「はい、コーク2本」
「おっ」
ジュンイチは顔を輝かせ、一気にビンをあおった。
「あぁ~…うっま…!!」
生き返った心地のジュンイチは、そう言って大きく息をついた。
「それで…――G・O・Cの方は変わりない?なんかトラブってたりしない?」
「そうですね…ギルガメシュとは相変わらず険悪ですけど。でもG・O・Cもメンバーが増えてますし、これといって大きなトラブルは無いですよ」
「あぁ、それ聞いて安心した。ガイのおっさんも健在かあ」
「殺しても死なないと思います」
「ぶはあっ!!たしかにそうだなっ!あ~懐かしいな、俺がG・O・Cいたのは…確か10歳から13くらいまでか」
「ジュンイチさんは、この街出身ですか?」
「―――…いや、もっと西の方の生まれ。10歳頃この街に流れてきたんだ」
「――…じゃあ…私達と同じですね」
「私達?」
「あ、私達っていうのは…―――私と他に二人の子とこの街にやって来たんです、11、2歳位の時かな」
「じゃあ、君もここの出身じゃないわけだ」
「はい、私は…―――ハインファードの出身です」
ジュンイチは目を丸くした。
「ハインファード?あそこってけっこう経済的に豊かで治安も良いだろ。君みたいな女の子が…一人で?家族も一緒だったとか」
ヨシノは、表情が暗くならないように努めながら答えた。
「いえ―――…でもその後に他の二人の子と出会って、その子達が今は家族の様なものですね」
「その子達も、君と同い年くらい?」
「はい。皆メテオラの被害にあって、難民…みたいなものですね」
「そうか―…」
「でも、今は幸せですよ。G・O・Cでお世話になって、こうやって自分のしたい仕事も出来て、家族の様な友達も一緒にいて」
ジュンイチは目を細めて笑いながら言った。
「――ー…誰にだって、辛い事の一つや二つあるよな、こんな時代だから。――…頑張って来たんだな」
その細めた琥珀色の瞳が暖かみに満ちていて、ヨシノは内心ドキリとした。
「ジュ…ジュンイチさんだって、誰か家族や友人は…?」
ジュンイチは破顔した。
「いやぁ~俺、一つ所に居んの苦手でさ。ま、あちこちに友人はいるんだけど、だいたい長くて半年やそこらだな」
「え、じゃあこの街に来たのって…」
「3,4年ぶりか?あんまり詳しく覚えてないけど」
「じゃあ…その街その街で、依頼をこなしてるっていう生活ですか?」
「ああ、あと俺個人あての依頼も今じゃ多いから、ほぼそっちがメインだな」
「そうなんですね―――…あの!」
コークを飲み干したジュンイチが、ヨシノを振り返った。
「あの、こんな事不躾だと思うんですけど…―――私がさっき話した家族みたいな友人が、あなたにすごく憧れてるんです。それで…この街にいる間に、一度その子も交えて会ってもらえませんか!?」
勢い込んで一気に話したヨシノを、ジュンイチは面白そうに見返した。
「――ーいいよ。俺もしばらくは居ると思うから」
ヨシノは嬉しそうに顔を明るくした。
「ありがとうございますっ!あ、あの、じゃあ連絡先を交換しませんか?」
「うん」
W・PCの機能でお互いのアドレスを交換した時、ダイゴがぬっとカウンター越しに姿を見せた。
手に大皿を持ち、皿には特盛のオムライスに、これまたでかいハンバーグがでんと盛られ、デミグラスソースがたっぷりと掛ったその横には、コロッケやエビフライや目玉焼きが添えられていた。ダイゴはそれを勢い良くジュンイチの目の前に置いた。
「おまち。“ジュンイチスペシャルデミグラオムライス”だ!」
ジュンイチは子供の様に顔を輝かせた。
「うぉお~~っ!!すっげぇ美味そうっっ!!」
興奮も隠さずに、いそいそとスプーンを持つとジュンイチはさっそく食べ始めた。ヨシノはそのジュンイチの無邪気な様が少年のようであまりに微笑ましく、クスリと小さく笑った。
「じゃあジュンイチさん、三日以内には連絡出来ると思いますけど…いいですか?」
口一杯オムライスを頬張ったジュンイチが振り返り、こくこくとうなずきながらスプーンを持った手の親指を立てた。
ヨシノは笑いながら「どうぞ、ごゆっくりしてください」と言い席を立った。ジュンイチと自分の分の空きビンを持ってキッチンへ戻り、昼食の準備に取り掛かった。
空きビンを洗いながらヨシノは、自然に浮かんでくる笑みを抑えられなかった。
(ふふっ…スイったらどんな顔するかな…、早くあの子に話してあげたい)
《Side-スイ》
スイはバイクに乗って、ジープ二台の後ろを走り続けた。
街を出てから40分余り、辺りから人の気配が無くなり、朝日に照らされるのは破壊されたまま廃墟と化したかつての住宅街だった。
道路はハンターや輸送車が良く使うため瓦礫は綺麗に撤去されていたが、アスファルトは大侵攻後整備されていないため所々陥没したり大きなひびが入っていたりして、気を付けて運転しないといけなかった。
視界の右側には、街中を流れやがて海へと注ぐ大きなナイアード河が朝日を浴びて、バイクと並走するかの様に滔々と流れている。
この辺りまで来るとメテオラが出没するようになるので、スイは自身の能力をセンサー代わりにして、車両を襲う敵はいないか警戒しながら走った。
スイはチラリと、W・PCのホログラムに映っているGPSを見た。それによればあと少しで現場に到着するようだ。
(海か…――水棲型のメテオラは、あまり相手にしたことないな…)
タコとかだったらどうしよう…何か面倒臭くなりそうな気がする。メテオラは種族が同じでも、体格や性質にばらつきがあるため油断出来ない。水面におびき寄せた瞬間、素早く自分の能力で出来る限りの敵を足止めしなければならない――――スイは身が引き締まる思いがし、作戦を確実に遂行しようと改めて気合を入れ直した。
するとその時スイのW・PCが震え電話が入ったことを示した。表示は“ハル”となっていて、スイは何事かと思いながらW・PCをタップした。
幸い今被っているのがフルフェイスのメットだったので、左耳のイヤリング型のマイクで通話可能だった。電話がつながった音がし、スイが話した。
「ハル、何かあったの」
マイクの向こうからは、微かに街の喧騒が聞こえてきた。
(…?こんな早くから街に出てるの、ハル)
[あ、あ、スイ?あのね、わわ悪いんだけど午後の狩りあ、あたし、行けそうにないんだけど…]
「は?何、まさかまた何かトラブルにでも巻き込まれたの」
ハルは生まれついてのトラブルメーカーと言っていいほどに、様々な不運に見舞われるという実に厄介な体質の持ち主だった。だから今外にいるんだろうか?
[いや…あの~…]
スイが何かあったのか聞こうとした時、ハルはやけに慌てた口調で話した。
「…っ…あああのっ、何かあんまり体調が思わしくなくっ!の、納品は行けるけど狩りまではちょっと…!」
ストレスを感じて気分転換に外に出てるって事?だったら…。
「体調って―――病院行かなくて大丈夫?もし悪いなら…」
[やっ、そっ、そこまでじゃなくて。お腹の具合がなんかこうキュルルルル~~っていまいち]
「じゃあ納品の方も辛いんじゃない?1日位伸ばしてもらっても…」
[いやややっ!そ、それは大丈夫!な何とか頑張るから、何とか必死でっ!]
ハル…――本当にブラスカに行くのが嫌なんだな。さっさと嫌な事は終わらせたいという、ハルの必死な想いがスイに伝わってきた。
「本当に大丈夫なの?」
[う、うんうんうん!だから昼にはクジラ亭行くから絶対!]
「―――…分かった。直接会ってみて、行けるかどうか決めよう。じゃあ、待ってるから」
[う、うん。ハンティング気を付けてね、スイ]
「ありがと。じゃあね、お腹冷やさないようにね、ハル」
[うん]
そう言って通話は切れた。
スイは運転に集中し直しながら、今日の納品の事を苦々しく思い奥歯に力がこもった。
(やっぱり…――受けるべきじゃなかった…。ハル、大丈夫かな…本人はああ言ってたけど、会ってみて無理そうなら私一人で納品に行こう)
これ以上ハルの精神にプレッシャーを与えたくない。あの子は純粋すぎて世間のゴタゴタについていけないのだ。だから―――私やヨシノが防波堤にならないと。
視界の先に、朝日を浴びて白く輝く海が見えてきた。
「―――…私は…“あいつ”の様には絶対ならない。私の家族は―――私が守る」
ジープが小さな港に到着し、G・O・Cの団員が車から降りそれぞれの装備を用意し始めた。スイもその傍らにバイクを止め、背中に装着していた紫粋を腰に付け直しバイクの後部に括り付けたバックを外すと、依頼人であろう町の人と話しているミソノの元へ行った。
風はほとんどなく天気は快晴で、穏やかな波の音と潮の香りが普段とは違う場所にいることをスイに感じさせる。港には漁船が幾つか停泊し、漁から戻ってきた船から魚が荷揚げされている所だった。
「それで…―――数は大体どのくらいか分かりますか?」
「あ~…そうだなぁ、数は十数匹って所か…とにかくやたら攻撃的で、こっちもほとほと困ってんだよ。奴ら半月くらい前から漁場にやって来て―――…多分、海中に晶樹でもあるんじゃねえかなあ」
G・O・Cに依頼した地元の漁師だろうか、ミソノが詳しく話を聞いてるみたいだ。
「おじさん、そいつらの大きさはどれくらい?」
「大きさは、自動車より少し小さいくらいか。形は魚に近い。でもな、ここ、額の所に長い刃みてぇなのが生えてて、それで船を攻撃してきやがる。俺等も銃とかで応戦したが、あんにゃろうすばしっこくってまともに当たりゃしねぇ」
ミソノはそこでスイに気が付き、話し掛けた。
「スイ、聞いてた?」
「はい。その額の武器でこっちの船を一斉に襲われたら、私達が危ないですよね」
「そう。あんたの能力で支配したメテオラを素早く海面に浮かせて、あたし等が仕留めるか…」
「―――…相打ちを狙ってみますか?仲間を攻撃させて、その隙に奴等の動きも止めてみます」
「そうしてくれるとありがたいけど、出来そう?」
「全ては無理かもしれません。なので、動きを止めたものは浮かんでくると思うので、それを手早く仕留めてもらえれば、すぐ次に移れます」
「よし、じゃそれでいこう―――おじさん、現場への案内よろしく」
二隻の漁船で沖に出て数十分―――ー気温は高くなっているはずだが、波を蹴立てて進む船の上は涼しい。
スイは陽の光が海面に反射し、狩りの邪魔にならないようにゴーグルをかけながら海面を見つめていた。
スイは自らの能力―――“ハッキング”を発動させ、自身のセンサーに引っ掛かるメテオらが現れないか、感覚を研ぎ澄ましながら船首に陣取って周囲を探索していた。
『そろそろ問題の海域だぞ―!』
船長がマイクで告げた。
スイが更に集中して気配を探っていた――――その時。
自身のセンサーが、船の直下から近づいて来るメテオラの気配を察知した。
海の深い所からそれは高速で浮上し、船を目指していた。
(1、2、3―――7体…)
スイは軽く目を閉じ、近づいてくる気配に力を集中させ始めた。
『レーダーに魚影が映った!下からやって来るぞ!!』
[全員戦闘準備!!浮かんできたメテオラを仕留めろ!!]
左耳のイヤーマイクから、ミソノの号令が聞こえた。
(まだ―――まだ深い…もっと、もっと近く――…)
スイの能力発動時にいつもそうなるように、スイは自分が“異空間”に存在するのを感じたーー…
広大な空間、数多のメテオラの集合意識“アミターバ”に。
光の粒子が、まるで細かな血管の様に漆黒の空間に張り巡らされている。
中心部へ行くほど光の血管の密度は高まり、光量が増している。それを見るたびスイは“まるで銀河のようだ”と感じる。あるいは脳の神経細胞を画像にしたらこんな感じではないかと。
空間には様々な情報や意識が混沌として存在し、強いメテオラほど明るい輝きを放っていた。
その空間で今――――小さな光がスイの方へ近づいてきていた。
その数7体。スイは目ではなく眉間の白毫の辺りの感覚で、近づいて来るメテオラの正体を見極めようとした。
確かに―――額に長い金属性の“刃”が生えていて、流線型の体は普通の魚と違い硬そうなメテオロイドのウロコに覆われている。
(―――もっと…もっとお前達の“魂”を見せろ…!!)
スイが力を集中すると、“映像”がスイの頭の中に流れ込んできた。
光がかろうじて届くほどの深さの海中に岩山があり、そこにびっしりと晶樹が生えている。様々な色の形状もバラバラな晶樹の生えたその場所に、メテオラがやって来て刃で晶樹を破壊しては仲間と奪い合いながらそれを貪っていた。
そして場面が移り変わり―――…。
今メテオラ達は、自分のテリトリーを侵した船を攻撃しようとしていた。
アミターバにいたスイはその瞬間、メテオラの意識と融合する様にして目前まで迫ってきた1メートルほどの光に向け手を伸ばした。
『――ッ!!!ギィ゛…ッ!!』
今まさに船を攻撃しようとしていたメテオラ達はその瞬間、目を見開いたまま突然全身のコントロールが出来なくなり、時々痙攣しながら海中で体勢を崩して浮遊し始めた。
「―――ッ!!」
スイはその直後、海底からさらに船を目指して浮上して来るメテオラの存在を知覚した、その数9体。
「チッ!――…操作出来るのは…」
スイがアミターバで、ハッキングしている個体の中で自身の能力を及ばせるものがどれくらいか確かめた。イメージとして“光”を自身の中に取り込んでみると、5体がせいぜいの所だった。
スイはその5体の中に、樹が根を張るように“自身を”侵食させていった。すると海中を横ばいになりながら浮上していた5体のメテオラの目が、蛍光色の“碧色”へと変化した。
スイは意識を集中し、5体に向かって命令を下した。
“下からやって来るメテオラを迎撃しろ”
途端に5体は体の自由を取り戻し、海底からやって来る9体のメテオラを標的に定めた。
スイはミソノに連絡を入れた。
「ミソノさん、2体が浮上します。それと7体に加えて、さらに9体がこの船を目指してやってきて、私が支配した5体が迎撃します。取りこぼしたのが船を攻撃するかもしれません」
[おっけー。2体仕留めたら、9体の中の動きも止めれそう?]
「やってみます」
[頼んだ]
ミソノはW・PCを、全員に同時に音声を送るスピーカーモードにした。
[これから2体が浮上してくる。さらに9体が下から攻撃してくるから、各自迎撃して]
スイは、今まさに戦闘しようとしている5体の視界をジャックし戦況を確認した。
5体が下からやって来る9体に攻撃を開始すると、下の9体は戸惑ったようにバラバラに散った。その中の1体を、スイの支配下にある2体が一緒になって額にある刃で切り裂いた。横っ腹を深く切り裂かれたメテオラに、もう1体が相手の右目に深く刃を突き立てた。
それを知覚した8体は、5体を“敵”と認識して攻撃に転じた。
(これで8体――…1体ずつじゃすぐにやられる)
“――…二組に分かれてそれぞれに距離をとれ、お前達”
5体は3体と2体に別れ、それぞれに距離をとった。敵の6体が3体ずつになって、スイの支配下にあるそれぞれを追い、残りの2体が船に突進してきた。
スイはハッキングする時に感じる、重く感じる独特の脳の疲労を覚えつつミソノに連絡した。
「ミソノさん!2体がこっちに来ます」
[ん。こっちで浮いてきた1体は仕留めた。あと1体はあんたの船が追ってるね]
スイの乗った船は移動し、左前方で腹を見せて浮いているメテオラに船を横づけしようとしている所だった。3人の団員達が銃や槍を持って、浮いたままのメテオラを攻撃した。
その時スイの乗っていた船が、下から突き上げられるような大きな衝撃を受けてぐらりと傾いた。
「攻撃してきやがった!!」
スイが海面を見ると、魚影が大きく左側へカーブしながら再度こっちへ突進しようとしていた。大きな音がして離れた場所のミソノの船を見ると、ミソノの船も攻撃を受け大きく揺れていた。
「―――よしっ!!スイっ、こっちの1体も仕留めた!」
傍らの団員から報告を受けた瞬間、スイは攻撃してくる2体に対して“ハッキング”を発動した。
『ギキィ…ッ!!』
スイの乗る船を攻撃しようとしていたメテオラが、海中で一際大きく暴れそのまま動かなくなった。ミソノの船を攻撃し続けていたもう1体も、その攻撃が途絶えてスイの能力に捕捉された。
海中では、2体に別れていたスイの支配下にあるメテオラが不利な状況に陥っていた。体が切り裂かれ、1体が瀕死の状態だった。3体に別れていたほうは逆に有利な状況になっていて、3体で1体を殺して数で有利になっていた。
スイは2体で戦わせていたほうの瀕死の1体の支配を解き、近くの敵の1体へ支配の手を伸ばした。アミターバでスイがその光を自身の中に収めた瞬間、残りの1体を攻撃していた敵の3体の内の1体の目が蛍光色の碧へと変化し、手近な仲間を攻撃し始めた。
その同じ頃―――ミソノの船では、ミソノがメテオロイドで製造された小さな“槍”を持ち、横腹を見せて浮かんでいるメテオラめがけそれを突き刺した。
槍がメテオラの“眼”を射抜いた瞬間、その衝撃でメテオラの体が一瞬にしてバラバラに引き千切られ、ほとんど原形を留めずにメテオラは破壊された。
ミソノは特に表情も変えずに、スイに連絡した。
「スイ、1体仕留めた」
それを聞いた時、スイは2対2で戦っていた敵のメテオラの1体の動きを止めた。眼を碧色にして硬直した1体を置いて、残りの1体を攻撃するようスイは命じた。
3体に分かれて戦っていた方は今や3対2になり、支配下の内の1体がかなりやられていた。スイはそのメテオラの支配を解き、手近の敵のメテオラ1体を支配した。それで状況は3対1になり、かなり有利になった。
「スイっ!こっちの1体も仕留めたぞっ!」
同じ船に乗っていた団員からの報告を聞き、スイは3対1にした残り1体の敵の動きを支配し止めた。硬直したメテオラを3体が刃でズタズタにし終えるのを見届けると、海中で動きを止めている敵のメテオラの1体の方へ3体を向かわせた。
その時点でスイの脳はかなり疲労して、集中力が鈍って来ていた。それでもスイは気力を振り絞りながら作戦を続行した。
残りは9体―――その内の1体は支配していないが瀕死の状態で、動く力は残っていない。
スイは2対1で戦闘中のメテオラの状況を確かめると、敵の1体の動きを止めた。2体の支配下のメテオラは、その1体もズタズタに引き裂いていった。
3体で、動きを止めた1体に向かわせたほうがその仲間を仕留める終えると、スイはそのまま残りの海中に漂うだけの、支配を解いた2体のメテオラに2体と3体のチームをそれぞれ向かわせた。
「ミソノさん、残りはあと7体です。これから仕上げに入ります」
[分かった、どんどんメテオラの死体が浮かんできてるね]
5体のメテオラは、忠実に瀕死の2体を引き裂いて殺した。スイはそれぞれのチームの内の一体―――合計2匹の動きを止め、それを残りのメテオラに攻撃させた。それによって残りは3体になり、スイは分かれていたメテオラを全て合流させると3体の内の1体の動きを止め、そのメテオラを攻撃させた。
3体が2体になり、残った2体の内の1体の動きを止め、スイは粛々とメテオラを仕留めていった。
そしてとうとう最後の1体になった時――――スイは最後の1体の動きを止め、浮上させた。
「…ミソノさん、最後の1体が浮上します。最後の締め、お願いします」
[ん、分かった]
ミソノは、イヤーマイクを全員へのスピーカーモードに変えて話した。
[皆、あと1体で終わりだって。浮かんで来てるメテオラの死体を各自押収して]
「スイ、ご苦労さん」
「よくやったわね」
同じ船の団員達が、笑顔で労ってくれた。
移動しようとした途端体が思わずよろめき、スイは船の縁に手をついて体をかがめた。
頭の芯ががズンと重く感じて意識が疲労で緩慢になり、今支配しているメテオラ以外の、海中にいる関係の無い小さな雑魚のメテオラの方にまで気が散ってしまう様になっていた。
動きを止めた最後のメテオラが浮上してくる――――その時。
「――…ッ!!?」
スイはアミターバで、“大きな光”が海底からスイの船めがけ急浮上してくるのを突然感じた。