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ASTROFUSION  作者: 赤嶺 龍
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第十四話



 《Side-ギルガメシュ》


 [ボッ…ボスぅ~!]

 イヤーマイクから聞こえて来たアツロウの声に、ギルガメシュの統領ガイは素早く反応した。

 「アツロウか、どうだ、本部の状況は」

 [奴等っ…地下階と地下階の間のシェルターに避難してっ…がっ、俺等が侵入してきたら、本部をっ…爆破してっ、その隙に移動するみたいっす!]

 「…それは本当の情報か?」

 [いっ、今っ…データを送りやすっ…]

 ガイのW・PCに着信音が鳴り、ファイルを開くとG・O・Cの本部見取り図が表示され、地上階の赤いマークがいくつも付けられた様子が見え、別の見取り図には、地下階にの間には確かにシェルターらしきものが表示されていた。

 「…なるほどな。うかつに踏み込むとがれきの下敷きか――…アツロウ、セキュリティの中枢には入れたのか?」 

 [ぐっ…ふぁ、はい。今俺っちは、そこから連絡を…]

 (爆破はスパコンを経由してか、それとも無線方式か―――…)

 ガイは素早く頭を巡らせた。

 (アツロウが侵入したことは分かっているはず…なぜ動かないG・O・C…ーーこのまま中枢を破壊されても良いのか?)

 「…アツロウ」

 [へぃいっ!]

 「G・O・Cの武器庫の場所は分かるな?」

 [あ、あぁそりゃあはい、分かります!]

 「そこで、シェルターにいる奴等を殺せる分の爆薬を入手しろ。お前の力を使ってシェルターに爆薬を投下し、奴等を殺せ」

 [へっへい!すぐ行動します、ボスうっ!]

 「終わったら報告しろ」

 [へいっ!]

 通話を終了し、顔を上げたガイは鋭い視線をG・O・C本部棟へ向けた。

 「…いまいち行動が見えん、確実に仕留めるのが一番だな。後は――…」

 ガイは戦闘が続く本部玄関前に目をやった。

 「第参部隊をさっさと仕留めれば…」

 ガイは目を細め、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。

 



 《Side-第参部隊&B・V部隊》


 縁のガトリング砲から放たれた重い銃弾の雨にさらされ、ミソノは両腕で胸部と頭部をカバーしたまま、一歩も動けずにいた。


 ドォルルルルルルルルルッッッ!!!


 銃弾にさらされたミソノの装甲がひしゃげ、ひびが入り始め、片方の角が折れて全身は徐々に凶暴な力に後退していく。

 「―――…その装甲、邪魔ですね」

 『…ッ!?』

 平坦な声と共にミソノの体に黒い霧が吹き付け、その全身を覆った。

 『つっ…!!』

 黒い霧が張り付いて来る感覚を覚えた途端、ミソノの体のあちこちに激痛が走った。虫の這いずる音に似た金属音が響き渡ると、銃弾を防いでいる両腕の装甲がマテリアイーターによって食い破られ、肉をはがされる激痛がミソノの全身を苛んだ。

 『こっんの…―――…やめっろぉおおおっっっ!!!』

 ミソノは右腕を振りかぶると、前方に突きを繰り出した――――ただ、それだけだった。


 ―――ッグォオ゛オ゛ッッッ!!!


 直後発生した衝撃波に黒い霧は吹き払われ、追撃しようとしていたギルガメシュの隊員達は薙ぎ倒され、そしてミソノを攻撃していたヘリは衝撃波にぶつかると銃弾ごと大きくあおられ、姿勢を崩してしまった。

 「―――ッ!!」

 黒霧が吹き飛ばされ、生身をさらしたコウキはミソノの姿を探した―――しかし、その姿は地上にはなかった。


 「ぅわああっっ!!」

 衝撃波のせいで姿勢を崩したヘリの操縦士は、必死で姿勢を戻そうと操縦桿を操作していた。そこへいきなりフロントガラス一杯に、紅い装甲姿の鬼女が現れて操縦士は度肝を抜かれた。

 「くっ…!!」

 副操縦士が腰から銃を抜こうとした瞬間、鬼女は牙をむき出して右拳を振りかぶり、それをフロントガラスに叩きつけた。


 グゴォオ゛オ゛オ゛ッッッ!!!


 「がぁっ…!!」

 「ごはあっ!!」

 ミソノの放った一撃はフロントガラスを粉々にしただけでなく、凄まじい衝撃波で機内の人や物をグシャグシャにしながら突き抜けた。操縦士を失ったヘリは完全に制御を失い、クルクルと旋回しながら落下した。

 ミソノはヘリにしがみついたまま地上を一瞥すると、腕に力を込めてタイミングを見計らい、全身を使ってヘリを片腕で“投げた”。

 ヘリはたやすく軌道を変え、放物線を描きながらギルガメシュのB・V、M・P部隊が展開する玄関前めがけ急落下してきた。

 「…無駄なことを」

 それを無感情に眺めたコウキは更に黒霧を発生させ、部隊が展開する辺り一帯を霧で覆ってしまった。

 急降下して来たヘリが次の瞬間、猛スピードで霧に衝突した。

 通常ならその瞬間、衝突したヘリは辺りに欠片をまき散らしながら爆発しようものだが、ヘリはまるで柔らかいクッションの上にでも着地したかのように、コウキの黒霧がその全てを受け止めていた。

 一旦停止した機体は次の瞬間、激しい金属音を立てながら霧の中へと埋没し、霧がたなびいて辺りから消えるとヘリの姿は忽然と消えて無くなり、ただ二人の操縦士の死体だけが路面に残されていた。

 紅い装甲姿が地面にひびを立てて鈍い音と共に着地し、ゆっくりと立ち上がった。

 三メートル以上にまで巨大化した鬼女の前にいるのは、男としては小柄な黒いバトルスーツ姿のコウキで、しかもその手には何も武器を持っていない。

 しかしその黒い光の無い瞳には、焦りや恐怖や敵意など―――あらゆる感情は浮かんでおらず、真夜中の沼のような静謐な瞳で目の前の鬼女をただ見据えていた。

 『コウキ――…なぜギルガメシュが、あたし等の本部を襲撃する』

 ミソノは言いながら、握った両こぶしを構え戦闘姿勢をとった。

 「―――仕事です、いつも通りの」

 『はっ…あんたにまともな返事を期待するだけ無駄か。いいやもう…どうせ皆潰すから』

 ミソノがコウキに向かい地面を蹴った、その時――――何かが空を切りながら近づく音が響き、空中に陽を受けてきらめく“糸”が複数本ミソノ目掛け襲い掛かると、その全身を一瞬でグルグル巻きにしてしまった。

 『…っ…こんな糸でっ…』

 ミソノは全身に力を込めて糸を引き千切ろうとした。しかし異音に気付いて糸を見下ろすと、いつの間にか糸を伝って体中を濡らした液体が音を立て、ミソノの装甲をその“強酸”で溶かし始めていた。

 『こ…のぉっ―…』

 ミソノが大きく息を吸ったその時。


 ゴボァアッッッ!!!

 

 『がぼぁ…っ!!』

 音による衝撃波をミソノが繰り出そうとした瞬間、頭部全体がいきなり水に包まれて水球と化した水がミソノの鼻や口を塞ぎ、体内に勢いよく水が侵入してきた。

 『がふぁあっ!!!』

 (まずいっ…!!)

 ミソノは急いで息を吐き出し、口を閉じて水を締め出そうとした。しかし鼻から勢い良く侵入した水にむせたミソノは、咳き込んで肺の中の酸素を吐き出してしまった。

 『ッ!!…っ…』

 全身を糸で絡め取られたまま身動きは取れず、暴れ続けるミソノの周囲に3人の影が近づいてきた。

 「見てくれたっすか、隊長!俺の酸は、溶かしたいもんしか溶かしませんからぁ、ちゃ~んと“エリハ”姉さんの糸は切れないっすよぉ」

 現れたのは日焼けした肌に、いかにも染めたと分かる派手な金髪の今風の髪形、小銃を構えて黒のバトルスーツに身を包んだ20代前半に見える若い男ーーー“アイバ・シゲル”は、キツネのように細い目をさらに細め不自然なほど白い歯でニッと得意気に笑った。

 「このまま更に肉まで食い込ませるから。シゲル、さっさと溶かして」

 シゲルにエリハ姉さんと呼ばれた女ーーー“ソウリョウ・エリハ”が、クールな口調でそう諫めた。

 腰までの長いまっすぐな黒髪を後ろで一つに縛った、切れ長の灰色の目をした長身の女だ。メリハリのある体がバトルスーツ越しでも分かり、褐色の肌に彫りの深い顔立ちのエリハはニコリともせずとも、無言で立っているだけで色気を感じる。

 エリハの周囲には、キラキラと光を反射した細かな“糸”が何本も宙を舞い、両手の平をミソノに向けて掲げながらエリハは更にジリジリと近づいた。

 「へへっ、りょーかいっす!」

 エリハは油断無くミソノを警戒しながら、傍らにやって来たもう一人に声を掛けた。

 「あんたはそのまま奴の肺を水で満たし続けて、いい?“リイサ”」

 「――…了解しました」

 答えた声は静謐で、その響きは冷たく透き通った水にどこか良く似ていた。

 年齢は20代前半。肩下までの淡黄色の髪を後ろで一つに縛り、透き通った白い肌にブルートパーズの様な濃い水色の瞳を前髪に半ば隠した女ーーーー“ミズチ・リイサ”は、美しいながらエリハとは正反対のどこかはかなげで影の薄い雰囲気をまとっていた。

 黒いバトルスーツに小銃を構えたリイサは、慎重に距離を測りながら暴れる鬼女を警戒しつつ更に水球を操作した。

 エリハの糸は溶かされた装甲にさらに食い込んでミソノの動きをきつく封じ、頭部をがむしゃらに振っても水球はただ揺れるだけで鼻から水が流入し続け、肺に入った水のせいでミソノは地上にいながらすでに溺れかかっていた。

 『…はっ…!!』

 苦しさに耐え切れずに、思わず空気を吐き出してしまったミソノが巨体を膝折り、地面に倒れこみそうになった―――その時。


 「「「隊長っっ!!!」」」


 複数の声が聞こえた瞬間、ミソノを拘束していた3人の間を一陣の暴風が薙いだ。

 「くっ…!!」

 「――ッ!!」

 「いってぇえっ!!」

 ミソノを縛っていた糸がバラバラと千切れ、エリハ達3人は後ろへ吹き飛んだ。苦しむミソノの前に、画面を早送りから再生に戻したように残像を残して、いきなり第参部隊隊員の男が現れた。

 「サワっ今だっ!!」

 両手に大振りのメテオロイド製アーミーナイフを構えた30代前半、黒い短髪の日に焼けた肌に無精ひげを生やした、全身紺色のバトルスーツ姿の男“ヨツノヤ・タケシ”は叫んだ。

 「ミソノ隊長っ!!」

 ミソノの元へ走って来た黒のバトルスーツを着込み、こげ茶のショートヘアに意志の強そうな顔立ちの20代後半の女“ミズナミ・サワ”が、水球に包まれたミソノに右腕をかざした。

 ミソノの頭部の中心から緑色の半透明の球体が膨張して拡大し、リイサがまとわせていた水球が外に弾き飛ばされ、急速に拡大したサワの球体はそのままミソノの全身をすっぽりと覆った。

 緑の半透明の球体――――サワの能力、強力なシールドの中で倒れこんだミソノは、しばらくして激しく咳き込んで水を吐きながら意識を取り戻した。

 倒れこんだB・V隊員の3人は、コウキの霧がクッションとなってその体を受け止められていた。

 「…――――」

 コウキが現れた2人を無言で見ると辺りの黒霧がいくつも渦を巻き、その中心から電磁重機関銃レールガンが銃口を2人に向けて出現すると同時に、銃身に光が走った。

 まさに発射されようとした、その時。レールガンの銃身が何かに強く引っ張られたように、一斉に下を向いてしまった。


 「いやぁ~そりゃ待ってくんねぇかなあ」


 こんな緊急事態にあってどこかのんびりとした口調で言ったのは、灰色のバトルスーツを着た30前後の、乱雑な紺色の髪に灰青色の瞳が眠たげな、半眼のヒゲ面の男―――ー“シスイ・キイチ”は、45口径のハンドガンを構えて片頬を歪めて笑った。

 全てのレールガンの重心が地面を指したまま、コウキがそれを元に戻そうとしても強力な力で抵抗され、銃身はびくともしない。

 「…電磁気力」

 「そ、お返しするぜ」

 呟いたコウキにキイチが軽く返した途端、レールガンの銃口が一斉にコウキを標的にしその意志に反し銃身が光を宿した。


 ダララララララララララッッッ!!!


 発射された弾丸がコウキに命中した――――全て、その手前で。

 レールガンの標的になっても無表情のままだったコウキの全身を守るように、透明な薄いガラスの様な“膜”が何十枚も宙に浮かび、発射された弾丸の全てを受け止めていた。

 「チッ!“ケイマ”か…――…ッ!?ぐぁあああっっ!!!」

 忌々しげに呟き掛けたその時、キイチは突然叫びを上げて地面にくずおれ膝をついた。

 「がっ…の、フユっ…!」

 まるで熱した鉄串で腹部を串刺しにされたような激痛にいきなり襲われ、キイチは脂汗をかいたまま腹を押さえてうずくまることしか出来ない。その目の前に黒のバトルスーツを着た男が近づいて来ると、小銃をキイチの頭に突き付けた。

 「ユっ、ヒコ…っ」

 「終わりだ」

 サイドを刈り上げたツーブロックの黒い短髪にあごひげ。全体的な顔のパーツが細いため、どこか酷薄なイメージを見る者に感じさせるその男―――B・V部隊員の“ササベ・フユヒコ”は短く言ってトリガーを引いた。


 グニュァアア…ッ!!


 「ッ!!…チッ」

 フユヒコは舌打ちをして、今まさに撃とうとしていた小銃を投げ捨ててしまった。投げ捨てられた小銃の銃身は不自然に渦を巻いて捻じ曲がり、先端の銃口はすぼまるように完全に“丸く”変形していた。

 フユヒコはキイチと距離を取りながら腰のホルダーからオートマチックを抜くと、素早く辺りを見回して一点に目を止め、路上に転がった肌色の“まん丸の物体”に銃口を定めトリガーを引いた。連続した発射音が響いて物体に命中するかと思われたが、物体は全身をプリンの様に震わせいきなりジグザグと素早い動きで移動し、弾丸を全て避けてしまった。

 グネグネと揺れながら離れた場所で止まった丸い物体の表面に、口紅を塗った口が現れてニィッと歯を見せて笑った。

 『フっユヒコちゅわあ~ん、ひっさしぶりぃー!』

 「――…肉塊が」

 フユヒコが銃口を向けながら目を細めると見えない衝撃波が発生し、動き続ける物体に向かって放たれた。

 『お~っとととっ!』

 物体はまたもや柔軟に素早く動き、フユヒコの発する衝撃波から逃れた。

 『怖いねぇ~何それどんな“痛覚”ぅ?きっとえげつないんだろうね~』

 フユヒコの能力―――人間のあらゆる感覚を操作し、人から感覚を奪い、また特定の感覚を味わわせる能力を揶揄しながら、物体は素早くジグザグと移動してフユヒコから離れていった。

 フユヒコが銃口をキイチの方へ転ずると、その姿は無かった。

 「…肉が抉れる痛覚だ、クソ丸女」


 タケシによって次々と攻撃を浴びて吹き飛んだ3人は、コウキの霧によって受け止められた体を素早く起こして立ち上がった。エリハとシゲルは首筋に鋭い痛みを感じて手を当てると、血が付着しているのを見て動揺した。

 [大丈夫、かすり傷程度ですので、次の攻撃に備えて下さい]

 その時2人のイヤーマイクから、至極落ち着いたコウキの声が流れてきた。

 「隊長が防いでくれたのね…」

 「くぅ~かっけぇ!ありがとっす隊長!」

 その二人の様子を横目で見ながら、リイサは水の状態のままの体に異常が無いことを確かめた。

 (…危なかった。目で追えるスピードじゃない、しばらくはこの状態のまま…―)

 [リイサ、怪我は?]

 コウキの声がイヤーマイクから聞こえ、リイサは素早く半透明の水状態の腕を伸ばし、離れた場所に落ちていた小銃を取って引き寄せながら答えた。

 「はい、怪我はありません。キサラギ隊長、これでは乱戦状態に…」

 [他の第参部隊員もいると思います、警戒を。僕はタケシを最優先し、エリハとシゲルはサワを無力化、後の皆さんは他の第参部隊員がその邪魔をしないよう援護してください]

 「了解しました」

 「――了解」

 「了解っす!」

 リイサ、エリハ、シゲルはそれぞれ答えた。


 タケシはシールドの前に立ち塞がってあたりを警戒し、張られた緑の半球状のシールドの中では、自身のシールドの中に入ったサワがミソノの体調を気遣っていた。

 「隊長、動けますか」

 ミソノは荒い息を吐いて咳き込み、気道に入った水を吐き出し続けた。

 『肺が、ゴロゴロいってるっ…けど』

 ミソノは息苦しさと、胸部の熱い痛みを無理やり無視して立ち上がった。

 『やらなきゃこっちがやられる…行くよ、サワ』

 「はいっ!」

 タケシは辺りを見回し次の攻撃を警戒していた、すると。


 ザァア…ッ!!!


 黒い霧が密度を上げて不気味に蠢きながら、タケシを取り囲むように広がり始めた。舌打ちをしたタケシはコウキの気配を探った。

 (クソッ…キイチがいないと分が悪い。本体はどこだよっ…)

 ーーーと突然、あたりに漂っていた粒子がいくつも収束し瞬時に数十センチほどの黒い刃と化すと、タケシめがけ高速で射出された。

 「ちっくしょっ…!」

 タケシは高速で迫る刃を自らの能力―――“加速ヘイスト”で次々とかわしていった。

 その間も黒い霧が幾本もの刃と化して辺りを縦横に薙ぎ、刺突し、タケシはその隙間をかいくぐるように何とかかわしていく。

 刃が空気を断ち切るように振り下ろされ、その直下にいたタケシは自らのナイフでそれを弾き返した。


 ォオ゛ッ…!!!


 「――ッ!!?」

 その途端、黒い霧の間から百本はあろうかという黒刃が、周囲360度切っ先を全てタケシに向けて出現し、それをタケシが視認した瞬間に刃が一斉に射出された。

 「ッ!!クソッ!誘導されっ…」

 (退路がどこにもねぇっ…!!)

 タケシを取り囲んだ黒刃がその体を串刺しにする、刹那。


 「応技――ー…“サイクロン掃除機”っっ!!!」


 男の声が頭上から響いた瞬間、竜巻と化した凄まじいエネルギー波が上空から地上へ向けて吹き下ろしてきた。


 ゴヴァアアアアアア―――ーッッッ!!!


 一気に襲来した暴風は、タケシの周囲の黒刃を巻き込んでめちゃくちゃにかき乱し全て弾き飛ばし、吹き荒れた竜巻はコウキの霧を晴らし、束の間夏の晴天から日差しが射した。

 タケシのすぐ傍らに音を立てて着地した男が、すっくと立ちあがった。

 「……サイクロン、掃除機?」

 タケシは何とも言えない表情で、一応自分を助けてくれた男を振り返った。

 「我が尊敬する師匠、“星竜しょうりゅう”先生は『星竜直伝☆超絶波動技マスター“極”』で仰りました――…“飾り立てたものなど全て偽り。その奥にある真実は常にシンプルで、何の変哲もないものである”と。…あと、“何か、キラキラネームって恥ずかしいじゃん。いや別にっ、俺がそういう名前付けられたとかっ、そんなんじゃないよ!?”とも仰っていたので―――…俺もなるべく師にならって、シンプルで変哲のない技名に…」

 真面目な表情のままそう滔々と語り出したのは、20代半ばの黒い短髪に、黒のバトルスーツ姿の男ーーー“ウルシザワ・ヒロユキ”だった。顔立ちは一見地味だが良く見れば中々に整っていて、スポーツ青年風の真面目で爽やかな風貌をしている。

 タケシはげんなりとした表情で、まだまだ続きそうな男の星竜語録をさえぎって言った。

 「ぁあ゛~そうか分かった!…とにかくありがとな、ヒロユキ」

 「タケシっ!大丈夫!?」

 そこにサワとミソノが駆けつけた。タケシはミソノの姿を認めると、表情を変えて声を掛けた。

 「隊長っ、体の具合は…」

 『ま、あんま良いとは言えないけど、やるっきゃないよね。とにかくこの霧だ――…視界は利かないし、通信も途絶されてるし、いつどこから攻撃されるか分からない。何とかコウキを倒さないと』


 『皆ぁ~大丈夫ぅ?』


 辺りを警戒しながら話していた、その時。20㎝ほどの、肌色の餅の様にまん丸の柔らかな肉塊が、素早い動きでミソノ達の前に現ると唇を見せてニッと笑った。

 「クミコ、キイチは?」

 『ん~、逃げた場所までは知らんねぇ』

 タケシの問いに、クミコーーー“オイナシ・クミコ”はフルフルと肉を震わせて答えた。

 「そうか…――隊長、この戦力で行きましょう。他の奴等は戦闘中かもしれません」

 『あぁ…まずは、コウキを何とかしないと』

 団員達は、決意を込めた眼差しでうなずいた。




 《Side-キイチ》


 「う゛ぁ~いちちっ…腹気持ち悪ぃっ…!」

 フユヒコの攻撃にさらされながらも何とか逃げ延びたキイチは、腹をさすって独りごちた。

 辺りは黒霧がうっすらと景色を燻ぶらせているが、戦闘音は近くで聞こえる。キイチがそちらに戻ろうと踵を返した、その時。


 重い靴音が耳朶を打ち、キイチは足を止めた。


 靴音は初めは一つだったものが、次々と増えていき―――やがてキイチをぐるりと取り囲んだ。

 キイチは苦み走った笑みを浮かべた。

 「おいおいおい…あんた一体何人いんだよ」

 キイチを取り囲んだのは計5人の、一様に漆黒のバトルスーツを隙無く着込んだ小柄な人物―――B・V部隊隊長キサラギ・コウキは、無機質な瞳で目前の人物を標的に定めて口を開いた。

 「あなたはこのまま分断させてもらいます―…」

 5人の両腕が音も無く変形し始め、軽機関銃へと変化して行く。

 「…味方部隊との合流は諦めて下さい」

 黒を纏った死神は、一切の感情無くキイチに宣言した。

 


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