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ASTROFUSION  作者: 赤嶺 龍
11/15

第十一話



 《Side-ヘイザ》


 「おいおい…一体どういう事だ、これは」

 目の前で閉ざされていく物流ゲートを見上げながらーーーオビナタ・ヘイザは渋い顔でぼやいた。

 黒のバトルスーツの上に同じく黒の着流し姿という、一風変わった格好のヘイザは豊かなごま塩のヒゲを片手でしごきながら、もう一方の腕を着物の合わせ目の中に入れて立っていた。

 歳は50代後半、そり上げたスキンヘッドによく日に焼けた肌にはしわがいくつも刻まれ、糸のような目と鷲鼻にヒゲ面姿が、まるで熟練の職人のような風貌を醸し出している。

 「戦闘音を聞いて駆けつけて見れば、街に帰れないとは…いやはや、参りましたねぇ」

 嘆く口調と裏腹に柔和な笑みの表情を崩さないのは、ヘイザの隣に立った30代後半のやたら背の高い男だった。

 全身黒のバトルスーツを着込み、オレンジっぽい茶色の髪を無造作にバックに流し、彫りの深い面長の顔はどこか野性味と穏やかさを兼ね備えた、野生の馬の様な雰囲気を見る者に感じさせた。

 G・O・Cの最高精鋭部隊―――“ゼロ番隊”隊長である“サオトメ・ヨウスケ”は、ヘイザに向き直ると言葉を続けた。

 「団長、戦闘ヘリがこれだけ街中の施設を攻撃ってことは――…」

 「…ああ分かってる。おい、あんた」

 ヘイザは顔を横に向け、ヨウスケとは反対の隣に立っているスーツ姿の男に声をかけた。

 「アタランテ内で契約するってんで来てみれば、準戦闘警戒態勢ってなんだ」

 灰色のスーツを着た、いかにもお役所関係だと見て取れる30代後半の男は、事務的な態度で答えた。

 「アタランテ域外で、大きな戦闘が行われているようです。戦闘がこちらに及ばないための措置ですので、戦闘が終わるまでは人も物も出入りが制限されます」

 「しかし俺等は外の人間だぞ。それに戦闘の起こった場所が俺等のとこの本部だったらどうする」

 「…警戒態勢は、発令と同時に外部との完全封鎖が施行されます。例外などありませんので」

 「―――――…」

 無言でスーツの男を見つめるヘイザの視線が鋭くなり、そのプレッシャーを浴びて男は思わずギクリとなった。

 「…なら、俺達がここにいる限りは何の問題もないんだな」

 「えっ…ええ。とにかく、今このアタランテからは外に出るなど不可能です」

 「―――分かった、おい“シュウ”」

 「うぃ~っす」

 呼ばれて進み出たのは、団長とヨウスケの後ろに控えた2人の男の内の一人だった。

 頭からつま先まで完全装備の紺色のバトルスーツを着込んだ男は20代後半、戦闘員にしては黄土金色の髪が毛先を遊ばせた今風の髪形で、身だしなみもどことなくこじゃれて見える。

 涼やかな薄い青緑色の二重の瞳や、顔立ちも全体的にシュッとしていて、いかにも女慣れしていそうな軟派な雰囲気のその男―――ー“ハチヤ・シュウ”は軽い口調でヘイザに答えると、片頬で笑いながらヘイザの傍らに立った。

 「なんっすか、団長」

 「上に上がって、壁の外がどうなってるか見てこい」

 「了解」

 「なっ、ちょっ…ここを動かないで下さいと…」

 「俺等は別に、外に出ようとは言ってねぇ。上だよ上、一歩も動いたりなんかしねぇだろう」

 ヘイザは人の悪い笑みを浮かべて、指で空を指した。

 「そ、そんなのは屁理屈で…」

 「――行け、シュウ」

 「うっす」

 シュウは膝を曲げてしばし力をためると、一気に地面を蹴った。

 「あっ…!?」

 スーツの男は目を見開いて空を見上げた。シュウの体は重力を完璧に無視して一気に数十メートル近く浮上し、さらに上昇し続けた。350メートルにまで達するアタランテの防壁をやすやすと越えたシュウは、その向こうに見えた光景に目を見開いた。

 「おいおい嘘だろっ…やばいだろ、これ」

 シュウは呟くと、その体がエレベーターが降りるように地上へ向かって降下し、地上数メートルの地点でブレーキがかかりその体がゆっくりと地上に降り立った。

 「団長ヤバいっす、やっぱり俺等の本部の辺りに戦闘ヘリが展開してます!」

 報告を聞いたヘイザはスーツの男を振り返った。その雰囲気は先程の比ではなく、蛇に睨まれた蛙の如く、男は全身を強張らせて無意識に後ずさっていた。

 「―――どういう事だ…戦闘ヘリなんて御大層なもん持ってやがるのは、ここらじゃギルガメシュぐらいのもんだ。何が目的だか知らねぇが、俺等の勢力を分断でもしようって腹積もりか…アタランテの小間使いよ」

 「わっ私に言われても困るっ!!私はただ、上司に命令されただっ、だけで…」

 「なら――…その上司ってのはどこにいる」

 「…っ…い、今は出張中で…ここには」

 「この場での最高責任者はおめぇだってことだな」

 「いやっ私はただの…」

 「――ー…シュウ、こいつを人質にしろ」


 『そこまでだっ、G・O・Cっ!!!』


 鋭い警告は、兵装防御壁アイギスに設置されたスピーカーから流れた音声だった。巨大な気か機械駆動音が響き渡ると、防御壁に取り付けられた各種の銃座が稼働しヘイザ達を目標に据えた。

 「悪いな、兄さん」

 「なっ…!?」

 シュウは役人のスーツの襟首を掴むと、そのまま猫の首根っこでも掴んでいるような軽い動作で男を自分達の前へ突き出し、反対の手に握ったオートマチックを男の後頭部へ突き付けた。

 「えぇっ!?な、何でっ…!?」

 男は地面から離れた自分の両足を見て慌てふためいた。自分の体に全く“重さ”というものが感じられず、まるで風船にでもなってしまったかのようだ。

 「この男まで俺等と心中させるつもりか、お前等っ!!」

 「―――ッ!!」

 シュウが叫びながら役人の男を高く掲げると、スピーカーの向こうの声が一瞬息を呑んだ気配がした。


 『…“我等は全、個より尊きもの――…”』


 役人の男はスピーカーから再び流れ出したその言葉にハッとなり、顔色を失い震え出した。

 「?一体何言って…」

 「つっ…強きものっ…」

 震えていたはずの男が呟くように言うと、青ざめた顔を上げ目を見開いて叫んだ。

 「何物にも侵しえぬものぉおっ…!!私のことは構わず、全なるアタランテのため任務を遂行なさって下さぁあいっ!!!」

 「はぁ!?命が惜しくないのかお前!」

 シュウは声をかけたが男は両手で顔を覆い、ただ震えるばかりで返事をしなかった。

 「――…シュウ、無駄だ。そいつに人質の価値はねぇみてぇだ」

 『そこを一歩でも動いた瞬間、お前等は我々アタランテに対し攻撃の意図有りと判断し、即刻射殺する!!それが嫌ならそこを動かず、準戦闘警戒態勢が解除されるまで待てっ!!』

 「あはは、めちゃくちゃな理屈だね~。一歩でも動けば僕らハチの巣かあ」

 「…いや、きっと肉片すら残らないと思います、隊長」

 そのあまりに緊張感のない発言に生真面目なツッコミを入れたのは、ヨウスケの横に立ったやたらガタイの良い、イガグリ頭に黒の太いフレームの眼鏡をかけた男ーーー“ササギ・ユウゴ”だった。

 年齢は20代半ば。身長が2メートル近くあり、隙無く着込んだ黒のバトルスーツとそのニコリともしない眼鏡に隠れた強面な表情のせいで、近づきがたいプレッシャーを周囲に無駄に与える男だ。

 「やだよぉユウゴ君ったら。その顔でそんな怖いこと言ったら、それがツッコミだとは分らないじゃない」

 「…ツッコんだつもりはないです。事実を述べただけで」

 「やだそれ超怖ぁい」

 「…どうしても俺等を出すつもりは無いらしいなーー…お前等、戦闘準備だ」

 ヘイザが低く言った瞬間、男達の雰囲気が静かに一変した。

 「俺があのゲートを開く。お前達は俺の援護を頼む」

 短く言い置いてヘイザはゲートへ向かい歩き出し、やがてスピードを上げて走り始めた。

 「んじゃあ僕が団長を守るから、後の人はアイギスの兵装の排除よろしく」

 ヘイザと並走したヨウスケが後ろを走るシュウとユウゴにそう告げると、ヨウスケの体がバトルスーツごとメタリックな質感へと変化した。

 「隊長、この男は?」

 『ああ、そこらへんに捨てときな』

 「うぃ~っす、ご苦労さん」

 シュウは持っていたスーツ姿の男をそのまま放り投げた。男は尻もちをついて着地し、呆けた顔で目の前を横切っていくヘイザ達を見つめた。

 走り続けるヨウスケの上半身が、不定形に歪みながら銀色の液体金属と化して広がり出し、並走するヘイザの上空を傘の様にすっぽりと覆ってしまった。下半身は金属質な人間の足のままヘイザと並走し、上半身は液体金属で出来た歪な傘という、何とも奇妙な形態へとヨウスケは変形しつつ走り続けていた。

 『その行為は敵対行動とみなし、お前達を排除するっ!!各銃座、奴等を撃てっ!!』

 走り出したヘイザ達に対しスピーカーの声が宣告すると、アイギスに取り付けられた各種の砲門がヘイザ達を標的に定め、一斉に火を噴いた。


 ドドドドドドドドドォオオオッッッ!!!


 シュウが迫り来る銃弾の雨を見て片頬を歪めて笑うと、右腕を斜め上へと掲げた。

 『なっ…んだとっ!!?』

 スピーカーの声が動揺して思わず口走った。

 走るヘイザ達をハチの巣にするはずだった銃弾の雨は、ヘイザを中心に半円状の範囲の上空で―――すべての銃弾が宙に浮いてしまっていた。

 銃弾はその直後、バラバラと雨粒のように地面へと次々と落下していった。

 『…っ…撃て…――撃ち続けろ――っ!!』

 声に呼応するように様々な発射音が響き渡り、轟音を立てて鳴り続けた。


 ッヴィイイ゛ッッッ!!!


 攻撃の中にレーザー砲が紛れていて、シュウの能力――――“質量操作”の半円に届くと、レーザーはわずかに軌道を歪めてシュウのすぐそばの地面をえぐった。

 「クッソ!レーザーは操作しづれぇんだよ!!――ーおい、ユウゴっ!!」

 「了解」

 ヘイザ達は、ゲートまで続く通路までもうすぐの距離まで来ていた。その間様々な砲弾がたった4人の人間を標的にし、シュウの能力の範囲外のアスファルトは銃弾の雨にさらされ、大きくえぐられた路面が地面むき出しの状態へ無残に変わっていた。

 ユウゴが体をかがめた次の瞬間、その全身が一気に“巨大化”し、鈍い音を立てながら更に大きくなっていく―――体長30メートル近くまで巨大化したユウゴは、銃弾の雨を平然と浴びながら大きく数歩踏み出すと、構えた拳をレーザー砲に向け叩き込んだ。


 ドゴォオオ…ッッッ!!!


 その一発の衝撃でアイギスが揺れ、レーザー砲は紙で出来たおもちゃか何かの様に原形をとどめず破壊されてしまった。


 ドゴォッドゴッドゴォオッッッ!!!


 ユウゴは無表情のまま、手近にあった砲口を次々と拳の乱打で潰していく。

 巨大化したユウゴの足の傍らを通り抜けた3人は、ゲートへ続く通路の手前までやってきた。アイギス壁は分厚く、出口側のゲートまでは壁の中に作られた四角いトンネルの中を数十メートル走って行かなければ到着しない。そのトンネルの通路の上下左右の壁にもまた、いくつもの銃砲が設置されていた。

 「ユウゴ!そっちはもういい、こっちに早く―…」

 シュウが叫んだ瞬間、砲門が稼働し出して複数のレーザー砲が斉射された。

 「ちっくしょう…っ!!」

 対処しようとしたその時、巨大な腕がシュウのすぐ頭上に勢いよく突っ込まれほとんどの攻撃を防いだ。

 『ぐっ―…!!』

 体をかがめてとっさに腕を突き入れたユウゴは、痛みに顔をしかめた。腕部分のバトルスーツの装甲が何か所か貫かれ、その下の腕には火傷が出来ていた。

 「ユウゴ良くやった、お前も早く来い!!」

 『了解っ…』

 ユウゴは巨大な手のひらを上にしてかぎ爪を立てるように指に力を込めると、そのまま天井部分を自身の手で引っ掛けて兵装を破壊しながら腕を戻した。天井部分や砲門がガレキとなって天井から降り注ぎ、側面の兵装までを巻き込んだ。

 先行するヘイザとヨウスケの上にもガレキは降りかかってきたが、ヨウスケの液体金属の傘に衝突したガレキはことごとく傘の表面を滑ってその外へと落下し、後のガレキはシュウによって無重力になって散らされた。

 周囲の状況を全て無視して走り続けていたヘイザの目の前に、高さ20メートル以上はあろうかという物流専用のゲートが迫って来た。

 ヘイザは腰に差した刀をスラリと抜くとヨウスケを抜いてスピードを上げ、その紺碧の刀身の刀に“光”が宿り、内側から青い輝きを放った。輝く刀の周囲に、星の光のような光の粒子がいくつもたなびいて尾を引き、それは見る間に勢いを増して青い彗星と化しまばゆく輝いた。

 ヘイザが刀を深く構えた瞬間、その糸のような目がカッと見開かれた。


 ――ーッギギギギィイインンンッッッ!!!


 ヘイザが振るった刀身は閃光となり、分厚い金属のゲートに何本もの光の軌跡を描いた。

 刹那の沈黙ののち―――ゲートが低く軋んだ音を立て、ヘイザが斬り付けた範囲の内側の扉が雪崩をうって崩壊し始めた。


 ゴッ…ドドドドドドドォオオ…ッッッ!!!


 まるでナイフで柔らかな物でも斬り付けた手応えのなさで、厚さ数メートル以上はありそうな金属製のゲートは断面も鮮やかに斬り捨てられ、轟音を立てて崩れ落ちた。崩壊の治まったゲートの向こうに物資の運搬場が姿を見せ、ヘイザと追い付いたヨウスケは、折り重なったゲートの欠片の山をスピードを落とさずに駆け上った。

 一回り小さくなったユウゴが遅れて駆け付け、その途中の銃座を虫を叩いて潰すように次々と破壊し、破壊し損ねた砲門からの攻撃は、ユウゴを待っていたシュウが弾丸を質量を0へと変えて浮かせていった。

 シュウの元へやって来た時ユウゴの体は数メートルまでさらに縮み、シュウの体を片手でやおら掴んでそのままゲートの欠片の山を登り始めた。

 「だっ、いってぇ!もっと優しく掴めねぇのかよっ!!」

 『すみません』

 『お~い2人とも、置いてくよー』

 ゲートの欠片の山の頂でシュウ達を待っていたヨウスケが、液体金属の姿のまま能天気に声をかけた。

 扉の向こうは先程まで通って来た通路と同様、左右と天井の壁にずらりと砲門が並び、その砲口を4人に向けていた。

 「―――…“アンゴ”。壁の兵装を全て無効化しろ」

 前を向いたままヘイザが言い誰もいないかと思われたその時、ヘイザの“影”が水面の様にユラリと揺らめき、ヘイザではない“別人”の姿をとった。

 『…わ、分かりました』

 よく聞き取りずらい男の声で答えたその影は、ヘイザから離れゲートの欠片の山の表面をスルスルと下りて向こう側の通路に移動すると、影が2Dから3Dに変化する様に立体化して真っ黒な人間の姿で立ち上がった。

 それを視認したのか、銃弾の雨がその影の男に向け放たれた。しかし銃弾は全て男の体を貫通し、その周囲の地面を次々と穿って行くばかりだった。

 『――――…』

 ヘイザに呼ばれた男ーーー“スミエ・アンゴ”は、うつむきがちに立ったまま両腕を横に水平に掲げた。


 ズッ…ズォオオオオオオオオオッッッ!!!


 するとアンゴの体から影があふれ出しそのまま四方へと広がると、3方を囲むアイギスの壁を伝って更に拡散し続けた。

 アンゴを標的に銃弾の雨を降らしていた銃座だったが、広がる影に浸食された途端に砲身が沼に沈むように影の中へと沈みこむとやがて爆発を起こし、同様に浸食された銃砲が次々と破壊されていった。アンゴの影は左右の壁を伝ってとうとう天井まで覆い、辺りは光を反射しない闇に包まれてしまった。全ての兵装が破壊されると機械の爆発音が辺りにこだまし、先程までの耳を聾するほどの銃弾の音はパタリと止んでしまった。

 人影のままのアンゴは、そこでおずおずとヘイザ達を振り返った。

 『…あの、完了、しました…』

 「良くやった、アンゴ」

 ヘイザが一言告げて一人で小山を下り始めると、握った右手の刀が再び青く輝き始め刀身に光の粒子が宿った。

 「壁の外に出て、砲撃の的になるのはごめんだからな。―――…アタランテとの商売も、これで終わりってわけか」

 歩みを止めたヘイザは、ごちるように言うとユラリと刀を構えた。その瞳は口調とは裏腹に非情な鋭さを帯び、静かな怒りで燃えていた。

 「ギルドだと思って―――…軽く見てんじゃねぇぞ、ウドの大木が」


 刹那ヘイザの刀が、無限大を表す大きな“8の字”の光の軌跡を描いた。


 刀を引いたヘイザが泰然と顔を上げたその時、異音が響いてアイギス全体が揺れ始めた。異音が轟音へと変わり―――それが頂点へと達した瞬間。


 ズッ…


 ゲートの左右の分厚い壁面に縦線が走り、真っ二つにされた切断面を街側に見せた壁面が、斜め下へと“ずれた”。


 オッ…ゴゴゴドドドドドォオオアアアアアアアアッッッ!!!


 町全体に轟く爆音を発しながら、縦横100メートル近くある切断された左右2つのアイギスの一部が、地面へ向かって雪崩をうって滑り落ちていく。切断された壁が地面へと衝突すると土煙が盛大に舞い、辺りは地震に見舞われたかのように激しく揺れ、そのまま壁はアイギスに寄りかかりながら、地面に接した地点が倉庫の方へと横滑りし続けた。

 2つの壁は倉庫をいくつか巻き込みながら更に滑り続けると、しばらくしてその動きをようやく止めた。辺りから人の騒ぐ声や機械の音が聞こえ始め、運搬場は大パニックに陥った。

 「行くぞ」

 ヘイザが声をかけるとアンゴの影の体が地面に吸い込まれ、アンゴはヘイザの影に戻った。ヘイザはアイギスのトンネルを抜け暑い日差しが照り付ける外部へと歩み出ると、その日差しの強さに目を細めた。

 「ははっすっげぇ!!アイギスが縦に割かれる場面を、この目で拝めるなんてなぁ」

 「…改めて、団長の実力を認識しました」

 シュウが左右を見渡しながら興奮して言い、ユウゴはメガネを押し上げながら真面目に答えた。

 「これでアタランテとは敵対関係になってしまいましたねぇ。どうしますか、団長」

 元の人間の姿に戻ったヨウスケが穏やかに笑いながら問うと、ヘイザはあごひげをしごきながら何を考えているのか分からない表情でしばらく黙り、やがて口を開いた。

 「…ソウジとお前達で練っていた計画を、前倒しするしかねぇな。本拠地もこうなっちまった以上、手放すしかない。――――…」

 ヘイザはW・PCを操作しソウジに電話をした。呼び出し音が鳴り続けるが、なぜかソウジには繋がらない。

 「ソウジと繋がらねぇ、やっぱ本部で何かあったようだ。シュウ、ユウゴ、お前は本部にいそうな事務局の人間に片っ端から連絡しろ。―――…おい、“リッカ”の奴はどこ行ったんだ」


 ヘイザが言ったその時、左の倉庫と倉庫の間の通路の方から爆音を響かせて、軍用ハンビーが猛スピードで現れ右へ大きく急カーブを切ってヘイザ達の元へ近づいてきた。


 手前で乱暴にハンドルを切り、横づけにドリフトしながら目の前で急停止した車中から顔をのぞかせたのは、すり切れた青い野球帽を被り、ニンジンのように派手なオレンジ色のクルクル天パの肩までの髪に、赤茶の太い縁メガネをかけた10代後半の若い女ーーー“コマイ・リッカ”だった。

 オレンジのノースリーブのパーカーベストに、擦り切れたジーンズの短パン姿のリッカは、緑色の瞳を生き生きと輝かせて笑いながら、明るくどこか飄々とした声で話し出した。

 「いやぁ~大変大変!団長、ギルガメシュの奴等が襲撃してきました。護衛の“ワンコ”達が頑張ってますけど、取りあえず早く乗っちゃってください!」

 全員が乗り込むと、ハンビーはタイヤを空回りさせて急発進した。

 「リッカちゃん、本部へ急行頼んだよ」

 3列目の左側に座ったヨウスケが声をかけた。その右隣にヘイザが座り、2列目の左右にはシュウとユウゴが座っていた。

 「はいはい~。アタランテで何かあったんですか?市街地にヘリが飛んできたら、駐車場所にギルガメシュの装甲車がやって来て、いきなりガトリング撃ってきて参りましたよ~」

 「相手の規模は?」

 「装甲車3台、ハンビー4台。それとなぜか、運搬場の作業員の姿がいつの間にか消えてました。とにかくバイクも含めて相手の人員が多くて…」

 リッカが言い掛けた、その時。


 ――ッドガァア゛ア゛ッッッ!!!


 リッカ達が乗っているハンビーのすぐ前方で爆発が起こった。ハンビーはそのまま爆発の中へ突っ込むと、深い段差を強引に突っ切っていき、車両が大いに揺れた。

 「…とまあ、さっきからこんな感じです。団長達に連絡取ろうとしたんですけど、ジャミングされてて、それで今まで戦闘しながら逃げ回ってたんですよねぇ~」

 そう話す間にも爆撃は続き、左右から銃撃されたリッカは表情一つ変えず巧みにハンビーを操作し、爆撃を避けつつスピードを下げないまま運搬場のはずれを目指した。

 「っくしょう!!連絡つきません。多分ここら一帯、広範囲にに電波妨害されてんすよ」

 「俺の方も駄目です、すみません団長」

 シュウとユウゴが匙を投げたようにそう言って報告した。

 「―――なら直接俺等が本部へ出向くしかねえな。リッカ、本部に急いでくれ」

 「はいさー!…ぉお?あたしのワンコ達が帰って来たみたいですよ~」

 途端に右斜めから現れた装甲車が回転しながら空を舞い、軽々とヘイザ達のハンビーを超えて倉庫の屋根に激突し、装甲車は爆発炎上した。

 機械の駆動音が近づき、右の交差路から暗い青色の機影が走行して来た。

 全体的に流線形のボディをしているその機体は、2本の腕にライフル、両肩にはレーザーミサイルが装備され――――どこをどう見てもワンコには見えない、体長7、8メートルはありそうな“2脚型ロボット”は、両足に装着された青色に光るエーテルジェットの推進器のスピードを緩めるとハンビーの背後につき並走し始めた。

 「お帰り“ハウンド”~!やっぱ君が一番敵を倒したねぇ、えらいえらい!」

 リッカが嬉々として声を掛けるとハウンドと呼ばれたロボットは、2つの金色の目のライトをチカチカと瞬かせ、落ち着いた音色の電子音で答えた。

 「フムフムなるほど…団長、ハウンドからの報告で敵はあと装甲車1、ハンビー2台、バイク13台だそうです」

 「そうか、良くやったと奴等に伝えてくれ」


 ―――ッブォンンンッッッ!!!


 その時突然黒い機影が空を切って現れ、リッカ達の目前のアスファルトに轟音を立てて着地した。勢い余ってグルグルと回転しながら、やがてその機体はリッカ達の乗るハンビーの前方を走行し始めた。

 黒くマットでメタリックな質感のガッチリとしたボディ、人間に似た両腕に重火器を携帯し、両肩と背後にもミサイルを装備した重装備な機体の脚部は、4つに分かれたエーテルジェットフロー型の4脚になっていた。

 「お帰り“マスチフ”~!あれ、そのバイク…」

 マスチフと呼ばれたロボットは、右手に持ったレーザー砲の先にへしゃげた軍用バイクを突き刺していて、それをやおら口元へ近づけるとバイクをバリバリと貪り始めた。

 「もぉ~相変わらず食いしん坊さんだねぇ、マスチフは。可愛い♪」

 リッカは吹き出しながら言った。

 ハンビーの背後にいたハウンドが電子音を立て、バイクを食べ終えたマスチフは振り返ると低い電子音で何か言い返し、いきなり左手に持ったレーザー砲を横に薙ぎ払ってハウンドの左肩を小突いた。ハウンドはそれに気を悪くしたように鋭い電子音を強く立て、2機は一触即発の雰囲気になった。

 その瞬間軽快な電子音が上空に鳴り響き、倉庫の屋根の上にハンビーと並走する機影が現れた。

 「“セッター”お帰り~!」

 全体的に細身のシルエットをしたオレンジ色の機体のそのロボットは、両手にレーザーブレードを持ち、2脚の足にエーテルジェットの推進器を装着し、滑るように素早くジャンプして次々と倉庫の屋根を移動しながら、リッカ達のハンビーと並走し出した。

 「ほらほらハウンドにマスチフ!二人ともケンカしてる場合じゃないよ、敵さんのご登場だよー」

 爆音とともにマットな黒灰色のハンビーが2台、リッカ達の後ろから追い掛けてくると、その屋根の上に装備された重機関銃で攻撃してきた。

 ハウンドが上半身を180度回転させ、走行したまま両手のアサルトライフルでそれに応戦した。倉庫の屋根の上を並走していたセッターが、続いて両肩からミサイルを発射しリッカ達の後ろに爆炎が巻き起こった。

 ミサイル数発がハウンドとギルガメシュのハンビー2台の間の路面にヒットし、大きく陥没したそこへ避け切れなかった1台が突っ込み、地面へ衝突する形になり走行不能になった。陥没を避けたもう一台が爆炎の中から現れ、リッカ達に攻撃を再開した。

 ギルガメシュの兵士が乗った複数のバイクが通り過ぎた横道から現れ、バイクの荷台部分に装備された超小型ミサイルを放った。


 …シュッ…ッドガガァアッッッ!!!


 「どわっ…!!」

 「うひゃおぅっ!!」

 ハンビーが大きく揺れて重い車体が衝撃で跳ね上がり、シュウとリッカは声を上げた。

 マスチフが上半身を回転させ、ミサイルを撃ってきたバイクに向けレーザー砲を撃ち横に薙ぎ払った。レーザーは3台のバイクを高熱で切断し、2つに分かれたバイクはドライバーもろとも路面を転がった。

 ハウンドは追撃してきた敵のハンビーから掃射される重機関銃の弾丸を、左腕のエネルギーシールドで防ぎつつ下半身を回転させ敵へと向けると、スピードを一気に上げてハンビーに向かい突進した。銃弾がシールドに当たり続け耐え切れず破壊されたその瞬間、ハウンドはハンビーに思いきり体当たりをかました。


 ッゴッッッ!!!


 2トンを超える軍事用ハンビーが潰れたフロントを上にしながら浮き上がり、そのまま車体を仰向けにして重い音を立ててひっくり返った。ハウンドはすぐに全身を転回させ、リッカ達を攻撃しているバイクに向けライフルを放った。重い発射音が連続して鳴るとバイクは散開して散り散りになり、数台がライフルの餌食となった。

 リッカ達一行が横道を過ぎるたび、左右からバイクが次々と現れる。

 リッカは車体を大きく左右に振りながら、ミサイルや機関銃を打って攻撃してくるバイクを回避したが、窓ガラスにいはヒビが入り車体には穴が開いていく。

 「あ~もう!うっとうしいなぁっ」

 「でもあと少しで倉庫街を抜ける、頑張れリッカ!」

 シュウが座席から身を乗り出してそう励ました。

 車は倉庫街のはずれ、普段は従業員の駐車場として使われている場所に到達しようとしていた。

 いつもなら車で満杯であるはずの、数十メートル四方のそこは今はガランとしていて車はほとんど駐車されておらず、リッカと2体のワンコ達はスピードを緩めないまま駐車場を突っ切ろうとした。

 セッターが倉庫の屋根から大きくジャンプし、バイクの群れの中心に勢いよく降り立った。その勢いで数台のバイクが衝突したり踏み潰され、セッターは両腕のレーザーブレードを伸ばすと姿勢を低くし、素早く円を描くようにブレードを薙ぎ払った。


 ザンンッッッ!!!


 辺りに展開していたバイクを巻き込みながらブレードは一閃し、セッターはスピードを上げて走り出すと上半身だけ振り返り、軽機関銃で背後のバイクを攻撃しつつリッカ達と合流した。

 リッカのハンビーを中心にしてマスチフが先頭を、ハウンドとセッターが後方の左右を守りながらくハンビーは駐車場を突き進む。

 「良かったぁ~…これなら何とか…」

 リッカが一安心してそう口にしたその時、マスチフが鋭い電子音を響かせた。

 マスチフの前方に黒銀色のバトルスーツに身を包んだ一団が立ち塞がり、その一団の一番先頭にいたイカツイ体格の男が、ニヤリと歯をむき出し獰猛な笑みを浮かべた。


 「おいおい、どこに行くんだよG・O・C…―――俺等ともっと遊ぼうぜ」


 瞬間マスチフは、自身の全身に小さな“昆虫”が何十匹も張り付いているのに気付いて電子音を上げ掛け―――昆虫達が鋭い光を放ちマスチフがその強烈な光に照らし出されたのは、ほぼ同時だった。


 ッッドゴゴゴゴゴゴォオ゛オ゛オ゛オ゛―――ーーーッッッ!!!


 マスチフとハウンド、セッター、そしてリッカ達の乗ったハンビーが一気に爆発した。

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