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ASTROFUSION  作者: 赤嶺 龍
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第一話



 《プロローグ》

 

 今から107年前ーーーー惑星“クオン”に、太陽系外から飛来した隕石雨が衝突した。

 人工衛星の軌道予測に反した軌道を取り―――まるでこの惑星めがけ衝突したかに見えた隕石雨は、ムドラ大陸の北東部に集中して落着、多数の都市がその被害をこうむった。

 しかし幸運にも惑星の気候を変動させるほどの大質量の隕石は無く、復興は迅速に進むかに見えた――ーー…


 “メテオラ”の発生が、確認されるまでは。





 小鳥のさえずる声が聞こえる―――…時計が無くても朝の5時には目覚められるようになって数年になる。

 しばらく布団の中で小鳥達の姦しいおしゃべりに耳を傾けながら“イシガミ・スイ”は大きく伸びをした。手足をグッパーと何度も動かすと頭が遅れてはっきりし、勢いをつけてスイはベットから起き上がった。

 夏真っ盛りの早朝の光はすでに強く、これから更に暑くなることを嫌でも予感させる。

 パジャマ代わりにしている紺の半袖Tシャツに、スウェット地の同色の半ズボンを脱いで着替えようとすると、左手の甲の傷がピリッと引きつれたように痛んだ。5日前に出来た傷はかさぶたが付き、あと数日で完全に治るはずだ。スイはタンスの上に置いた鏡を見つめた。

 黒髪のベリーショートはぐしゃぐしゃで、その下で不機嫌そうな顔がこちらを見つめている。

 凛々しい眉に、新緑の森を思わせる碧色の瞳の目はまるで猫の様に眦が上がっていて、薄い唇はいつものように固く閉じられ、それが本人を更に気難しそうに見せている。

 スイはぐしゃぐしゃになった髪を手ぐしで整えながら「…朝から愛想の無い顔だな」と自分で自分にツッコみを入れた。

 黒い時計型のウェアラブル・PCを身に着け、パジャマとあまり変わらないTシャツに短パン姿で身支度を整えてダイニングキッチンへ向かうと、そこからはもう食欲をそそる朝食の香りが漂ってきていた。中に入ると“クニサキ・ヨシノ”がスクランブルエッグをフライパンの上でかき混ぜている最中で、気配に気付いたはヨシノは振り返りながら笑顔を見せた。

 「おはよう、スイ。今日も時間通りね」

 「まあね。そっちだって遅れてるとこ見た事ないよ」

 「ハルも…いつも通りの寝坊ね。少しは出来立ての朝食を食べたいと思わないのかしら」

 「ほんと、もったいないよね」

 肩までの柔らかなこげ茶のミディアムショートに優しげな菫色の瞳を細め、形の良い唇でくすりと苦笑いしたヨシノは手早く出来上がったスクランブルエッグを皿に盛り、その横にサラダを盛りつけながらスイに訊ねた。

 「今日は狩り(ハンティング)なんでしょう、どこの助っ人なの?」

 「ああ、“G・O・C(謝肉団)”だよ。昼からハルと合流して納品が済んだら、ハルと組んでもう一回狩りして来る」

 ヨシノは出来上がった皿をテーブルに置き、心配気にスイの顔を見た。

 「…この頃ちょっと仕事量多くない?もっと間隔を空けても収入面の心配は無いでしょう?」

 朝っぱらからの、いかにもヨシノらしい姉御的お小言にスイは苦笑いしつつ、対面に座ったヨシノを見つめた。

 「実力を付けたいんだよ。――…ゆくゆくは一人で“大型”を片づけられるくらいになりたいと思ってる」

 スイはカップに入った暖かい野菜スープを一口すすった。セロリに玉ねぎ人参、野菜なんて高価なものをこれだけ贅沢に味わえる朝の幸せに、スイはしばし浸った。

 ヨシノはスイのその言葉に眉根を寄せた。

 「大型って…そんなものめったにこの辺りには出現しないし、今だってあなたは十分強いでしょう?」

 「…ううん。まだこの“能力”を十分にコントロール出来てない。大型や“人型ヒューマノイド”にもちゃんと通用するようにしないと、あいつらーー…メテオラの進化スピードに追い付けなくなる」

 「私やハルがいくらだってサポートに入るわ。何もスイ一人頑張らなくたって…」

 「――…それは駄目だよ、ヨシノ。だって…いつまでも3人一緒って訳にはいかないでしょ?お互い、まだ分からないけど――ー…違う道を選ぶ事だって、きっとあるよ」

 ヨシノはスイの言葉に目を伏せて持っていたスプーンを皿に置き、カチリと小さな音を立てた。

 「―――…私が…“あの人”と逢ってるから?だからそんなこと―ー…」

 ヨシノの放った言葉で一気に脳裏によみがえった“あの男”を思い出し、スイは深く眉間にしわを寄せた。

 自らを“ロギア”と名乗ったあの男の事を、スイはどうしても好きになれなかった。初めて会った瞬間に全身が総毛立ったあの感覚がいまだに忘れられず、月日は経ってもあの日に覚えた警戒心が薄まることなど無かった。しかもあの男は――ー…

 「あいつの目的が、ただヨシノが好きなだけとはとても思えない。…本当はあんな奴の所になんて私は――…」

 二人の間に重い沈黙が降りた。

 いつもこうだ、この話題になると二人の間に越える事の出来ない溝が生まれる。

 「――ーとにかく、それとは関係無い。私はもっと強くなりたいってだけだよ、単純に。ハルに造ってもらった自分の武器も早く使いこなしたいし」

 「―――…そう…本当に気を付けるのよ、無理はしないで」

 「ふふっ、またオカンみたくヨシノなってるし」

 「ッ!あなた達が不甲斐無いからでしょう!?ハルはあんなだし、スイだって不器用で人付き合い悪いし、結果私がしっかりするしかなくなるじゃない!」

 ヨシノはぷりぷり怒りながらカップを持ち、スープを飲んだ。

 二人の間の空気はいつの間にか普段通りに戻っていた。その事にスイは内心ほっとしながら、また食事へと邁進した。


 食事があらかた終った頃、

 「おはょ~ざぃまあす…」

 ピンクがかったアイボリーの、二つに分けたくせのある長い三つ編みも崩れたまま“ヒノモト・ハル”が、ずれた赤紫の眼鏡を押しあげながらのそのそとダイニングへやって来た。そのままヨロヨロと椅子に辿り着いたハルは、頭をぶつけるようにテーブルに突っ伏した。

 スイは、毎度のことながら朝に弱いハルのその惨状に呆れ果てた。

 「おはよハル。徹夜してたの?」

 ハルは顔だけ上げ、クマの浮かぶ青色の瞳でスイを見上げた。

 「うん。納品にミスがあると怖いから…」

 ヨシノがその傍らに野菜スープの入ったカップを置きながら、ハルを見てため息を吐いた。

 「向こうが無理を言ってしてあげてる事でしょう、少しくらい不備があっても…」

 「だぁあああ…っ!!」

 ハルは叫び、髪をぐしゃぐしゃとかき乱しながらがばっと上体を起こした。

 「だって相手はマフィアだよっ!?“ブラック・スカッダー”だよっ!?もしあたしの製品が動かなかったりしたら…~~っ…ボコボコにされてっ、魚のエサにされちゃうよぉお~~~っっ!!」

 ハルは自分の中の妄想を思い切り暴走させながら、テンパって叫び続けた。

 「ぁあ゛~あたしまだ17になったばっかりなのにぃ~~っ!運命の人にも会ってないのに魚のエサなんて不幸すぎるぅう~~~っっ!!」

 「落ち着け」

 スイはわめくハルの口にパンを突っこんだ。ハルはフガフガと口に詰まらせていたが、やがて幸せそうな顔をしてパンを食べ始めた。

 「私が一緒に行くんだから、そんな事はさせない」

 ハルはパンを口一杯頬張りながら、安心したように何度もうなずいた。

 「はふぁひふひょうぃふぁひっふぉひひっふぇふも~(あたし一人じゃきっとちびってるよ~)」

 「は?」

 「口に物を入れて喋らない!」


 「じゃあハル、後の片づけお願いね…あと花や野菜の水やり忘れないでね!」

 ヨシノは慌ただしく身支度をしながら、バタバタと家を出て行った。ハルはのんびりした表情でそれを無言で見ながら、ヒラヒラと手を振って送り出した。

 大きなバッグを一つ担いで、スイはハルを振り返った。

 「ハル、待ち合わせはヨシノの店に11時40分頃だから」

 「うん。絶対来てよ?来なかったら逃げるからね、あたし」

 スイはプッと吹き出してツッコんだ。

 「いいけど…そっちの方が魚のエサ決定じゃない?」

 「ッ!!待ってる、いつまでも死んでも待ってるからあっ!!」

 「はいはい、行ってくるね」

 「いってらっしゃ~~い」

 スイは颯爽と大股に歩き出して、家を出た。



 《Side-スイ》


 スイは食事の終わった後にいったん自室に戻り、狩り(ハンティング)に出かけるための準備を始めた。

 そっけないほど物の無い部屋には大きなボストンバックと、その隣にハンガーにつるされた一見すると“ツナギ”の様な真っ黒な服とその下にごついブーツ、その傍らには木のスタンドに立てかけられた一振りの“刀”があった。

 スイはポイポイと無造作に服や下着を脱ぐと、全裸になった。

 その体は筋肉がうっすらと付き、無駄な贅肉が無い引き締まった体をしている。胸は小ぶりで形が良いが、スイは自分の女としての体に筋力以外特に興味が無いため、しげしげと全身鏡に映った自分を見ては少し太った、などと悩むような事は一切無かった。

 スイはハンガーに掛っていたツナギ―――ではなく、ハル特製の戦闘用人工繊維防御服ARtificial-Muscle-SUIT―――“AR・M・SUITアームスーツ”を取ると足を滑り込ませ、胸元までスーツを引き上げて腕を通していった。

 灰色がかったマットな黒色のインナースーツは、電気信号を体の動きに合わせて送受信して伸縮するいわば“人工筋肉”であり、着た者の力を何倍にも高める機能を備えていた。複雑な電子部品の様なメテオラの神経回路を模した繊維が全身をめぐり、スイの全身をぴったりと覆っている。

 その上にスイは、灰色のパーカーとカーキ色のパンツを身にまとった。

 パンツに通されたベルトを装着し、スイは自らの愛刀“紫粋シスイ”を手に取った。

 一見すると黒にしか見えない刀の柄や鞘は、光が当たると黒紫へと色を変えた。装飾は一切なく、鞘はまるですりガラスのような手触りで、鞘の両側面が曲線を描きながらへこんでいるぐらいだった。

 つばも、素材は違うが規則的に並んだ曲線状のへこみが模様となっていた。柄はメタリックな黒紫の“メテオロイド”で、銀色の質感の異なるメテオロイドが目貫として柄に施されている。

 スイは柄を掴んですらりと鞘から刀を抜いた。

 刀はまるで漆黒の黒曜石で出来ているかのようで、光に透けると黒紫に輝いた。

 刀の側面の真ん中―――鎬の部分にメタリックな紫の金属が刀身に沿って埋め込まれていて、細かな回路がその全体に走っている。

 ハルによってスイだけのために造られたこの刀は、スイの“エーテル能力”と呼応して様々な力を発揮可能としていた。


 エーテルとはーーーーこの惑星クオンの地下数~数百キロメートルを、血管の様にめぐりおおっている金属生命体“リディウス”が発するエネルギーを指し、この惑星の総人口の約7%がエーテルを自力で発動出来る能力を持ち、その発動可能なエーテル能力を持つ人間の事を“アノミア”と古くから呼んでいた。


 リディウスは太古からこの惑星に存在し、この星の全生物と共に進化してきた存在で、長い年月の中で何度か進化や変異を果たし、人類の文明の興亡に何度も影響を与えた。


 形質こそ鉱石だが、地表にまるで樹木や奇怪なオブジェのように伸びた“晶樹リディカ”を採掘しても、同じ部分からまた成長するその様は植物とほぼ同じだった。

 近代においてリディウスは、この惑星のマグマを養分として成長する、群知能型原始金属生命体と定義づけられている。

 約300年前ーーーー人類が文明の進歩とともに晶樹を乱伐し、地下にまでその手を伸ばそうとした時、リディウスはある種の蟻を変異させる“緑生鉱”(リディリウム)を生み出した。変異した蟻は進化と同時に凶暴化しながら緑生鉱と共生関係を築き、晶樹を採掘しようとする人類に対し牙をむいた。

 原因は不明だがーーーその蟻は凄まじい繁殖力で大陸さえ飛び越えて勢力を伸ばし、晶樹を採掘する鉱山を占拠していった。

 人類が爆撃や生物兵器を使用しても地下深く潜った蟻を撲滅することが出来ず、その間に人類は晶樹の恩恵を無くし、結果文明は衰退することとなった。

 人類が衰退し乱伐を止めると数十年後、リディウスが蟻の変異を促した緑生鉱を段々減らしていき、それにともなって蟻もその数を減らしていった。

 過去にも何度か似たような事例があったことが歴史を紐解くなかで発見され、リディウスには“知性”が存在するのではないかという疑問が人類の間に生まれた。

 それが証明されたのは約200年前、この惑星上の生物とは全く異なるリディウスの遺伝子や、それを構成する物質が新たに発見された。その発見により人類はこれまで以上にリディウスを活用する範囲が広がり、技術躍進を飛躍的に進歩させることとなった。

 そしてさらに百年後、技術的に“人工的な”リディウスを生み出せるのではないかという所で、人類は未知なる災厄――――メテオラの惑星クオンへの落着に見舞われた。

 メテオラが爆発的な増殖をし世界に勢力をふるう中、奇妙な現象が世界各地から報告された。

 それはメテオラが晶樹を“食べている”というものだった。

 初めは同じ金属性だからだろうとみられていた。確かにメテオラは他の金属も食べているらしかった。

 しかし増殖するにつれ、他の金属を無視し組織的ともいえるほどにリディウスに対し激しい攻撃性を見せ、晶樹を枯らし続ける姿を見た学者達が捕獲したメテオラを調べたところ、リディウスと同系統の遺伝子が発見された。


 つまりリディウスとメテオラは“同種”だという最終結果は、世界中で衝撃を伴って広がった。


 そしてその結果に伴って世界中で再発見されたのは、リディウスもメテオラと“戦っている”という事実だった。

 まるでその様は、戦いながらお互いを食らいあう蛇を彷彿とさせた。

 リディウス側もエーテル能力や化学物質を駆使し、晶樹の形を罠の様に変化させるなどして、メテオラを捉え同化――――喰らっていたのだ。

 初めはメテオラに晶樹を枯らされ続け形勢的に不利に見えたリディウスは、だんだん手段を洗練化させ巧みにメテオラを撃退、同化し始めた。メテオラの人類への攻撃性が弱まった時と時を同じくして、枯れていた晶樹も徐々に再生し始めた。

 そうして数十年――――今現在、メテオラやリディウスの争いは一見すると鎮静化しているように見えた。

 その間人類はメテオラに受けた大打撃からようやく復興の勢いを加速させ、その勢いに梃入れするようにメテオラから採取される新物質“メテオロイド”の研究開発が、各国で驚異的なスピードで進められていた。

 そして研究開発は次の段階として、とうとう緑生鉱とメテオロイドを“融合させる”複合実験へと進み始めていた。

 スイの目の前の刀紫粋シスイも、ハルが新たな要素――――緑生鉱とメテオロイドの融合を実験的に取り入れた、新しいバージョンの刀だった。

 多分に実験的な要素を含んだ新刀なのでまだ扱いなれない部分が多くあるが、攻撃力だけ取って見れば見違えるほど向上していた。自身のエーテル能力と合わせれば、きっと単身で大型のメテオラを倒すことも夢ではなくなるかもしれない。

 スイは凪いだ湖面の様な紫粋の刀身にしばし見入り、静かに刀を鞘に戻した。

 左腰のベルトに備わった2か所のアタッチメントを、紫粋の鞘にある通し穴にそれぞれ通し留め具でカチッと固定した。

 次に、右側のベルトに装着された銃のホルスターに、ベットサイドテーブルに置いていたオートマチックに似た濃い青灰色の銃を手に取った。

 オートマチックにしてはやや大きくやたら複雑な部品で構成されたその銃も、ハルが造り出した“パラテオラ”で構成された特殊な銃だった。

 一見普通に見えるこの銃――――“蒼龍ソウリュウ”は可変型の銃で、音声認識で形態を変化させながらスタンガン、グレネード、散弾や麻酔弾など用途に応じ様々な種類の銃弾を撃つことが可能となる。

 スイはグリップの後方に付いたエーテル残量を示すメーターを見、そこが満タンであることを確かめた。蒼龍をホルスターにしまい、ホルスターの後ろのベルトに着けてあるウエストポーチ内の予備の弾倉もとい、エーテルチャージャーも満タンであることを確かめた。

 バッグの傍らに置いてある繊維状のメテオロイドで編まれた黒いブーツをはき、最後に灰色のパーカの前ポケットからAR・M・SUITアームスーツと同素材の指無し手袋を取り出し装着した。

 スイは壁際に置かれたずっしりと重い、暗い灰色の大きなボストンバッグを肩に背負って部屋を出た。

 

 ダイニングキッチンに入ると、ハルがカップを両手で持ちながら猫背でスープをすすっていた。

 「ハル、待ち合わせはヨシノの店に11時40分頃だから」

 ハルは振り返り、実に情けない顔ですがるような口ぶりで言った。

 「うん。絶対来てよ?来なかったら逃げるからね、あたし」

 スイはハルのその表情に、思わずぷっと吹き出しながらツッコんだ。

 「いいけど…そっちの方が魚のエサ決定じゃない?」

 ハルは途端に蒼褪めて泡を食う勢いで答えた。

 「ッ!!待ってる、いつまでも死んでも待ってるからぁっ!!」

 「はいはい、行ってくるね」

 「いってらっしゃ~~い」


 スイは玄関へ向かいながらやれやれと首を振った。

 今回のブラック・スカッダー―――略して“ブラスカ”からの依頼は、スイ達にとって頭痛の種だった。

 この仕事は、この辺りのNo.1ハンターギルド“ギルガメシュ”の首領“タカザキ・ガイ”を通して依頼された仕事だった。

 ブラスカのボスーーーオロチの私邸のセキュリティー改新のために、ぜひともハルの製造した監視カメラを10機購入したいという依頼内容だった。

 最初はもちろん、マフィアなどとコネなどもちたくないスイ達は即座に断った。しかしガイはしつこく再度依頼し驚くのはその報酬金額で、通常の相場の10倍以上の報酬を相手は提示してきた。

 確かに金額は魅力的だが、その分裏に何かあるのではないかという警戒心は拭えず、スイやヨシノが前面に立って再度その依頼を断った。

 するとガイはこの依頼でブラスカとコネが出来る訳も無く、この一回限りだと再度しつこく念を押すように食い下がって来た。実は最近組織の中で内通者がいるらしく、私邸といえど安全とは言えなくなってきたためどうしても高性能の監視カメラが必要なのだと、ガイは初めてブラスカの内情を明かした。

 そしてそれから時を同じくして、ギルガメシュの隊員“イオカ・マサキ”とその仲間がなにくれとなくハルに嫌がらせをし始めた。

 まるでハルが外出するのを待ち伏せているようにハルを囲み、言葉や軽い暴力でハルにプレッシャーを与える。スイやヨシノはそれに怒り、ハルと共に外出するようにしたがその時はマサキ達は一切現れず、ハル一人の時に限ってなぜか正確に狙ってくるのだった。

 スイ達がガイに訴えても知らぬ存ぜぬを繰り返し、しかしその後にブラスカの依頼をちらつかせる。

 スイやヨシノがこのままでは我が家を突き止められるかも知れないと危惧し始めた時、ハルの方から涙ながらにブラスカの依頼を受けると言ってきた。

 スイはG・O・ギャング・オブ・カーニバルの団長、“オビナタ・ヘイザ”に相談しようとハルに説得を試みた。しかし争い事がとことん苦手なハルは、自分のことでNo.1ギルドとNo.2ギルドであるG・O・Cが争うような大事にしたくないと言い張り、その代わり今回の依頼はこの一回限りにしてほしいと訴えた。

 スイとヨシノは相談し、二人でガイの元に出向きこの一回限りだと念押しし、しばらくギルガメシュのハルへの依頼は受け付けないとはっきり告げた。もしもこの後ハルにギルガメシュの連中がちょっかいを出そうものならそいつを殺す、とスイは本気の眼でガイに告げた。ガイは無表情のままスイ達の条件を受け取り、かなり不本意ながらこの依頼を引き受けることが決まった。

 「――ったく…ギルガメシュの奴ら――…いつか目に物見せてやる」

 スイは不快感を抑えられず、低い声で呟いた。

 玄関の扉を開けるとビルのシルエットが黒く浮かぶほど夏の空は白み始めていて、鳥や虫の鳴き声はやかましいほど盛んになっていた。

 スイはW・PCで電子錠をロックすると、家の右手を回るように歩き始めた。そしてふと、自分が先程出てきた我が家を振り返った。

 家は古びた外観の平屋建てだった。

 かつては黒かったであろう屋根は褪せて灰色になり、水色の横板の外壁も同じように色褪せ、所々ペンキが白く剥げてしまっている。4LDKのこの建物を偶然発見出来たのは、まさに僥倖としか思えない幸運だった。

 スイは視線を周囲に転じた。

 周囲は緑に囲まれ、木々が家を覆い尽くす勢いで育っていた。家の右側から奥にかけて3人で世話をしている花やら野菜畑があり、そんなのどかな風景の上空には―――今にも倒れ込んできそうな折れた高層ビルの上半分が、まるで家を覗き込む巨人のように空の半分を占めていた。

 四方をビルに囲まれ、その内の2棟が真っ二つにほぼ“八の字”になりながら、家が建つそれほど大きくはない空間を塞ぐようにして向かい側のビルの上に倒れ込んでいる。

 徐々に明るさを増す空は、周囲の廃ビル達をまるで息を吹き返すのを手伝うかのように、その日差しで刻々と鮮明に廃ビル群を浮かび上がらせていた。

 窓ガラスはほぼ全て割れて暗く、中の物が今にも落ちそうに引っ掛かっているものもある。真っ直ぐに立っているビルなど半分ほどで、周囲全てのビルに人が住んでいる気配など微塵も無かった。

 そんな人の住まなくなったビルにも、植物達が失われた領土を回復するようにたくましく勢力を伸ばし、かつてマンションだったと思われる部屋は今や植物がその住人となっていた。

 “大侵攻”後、街ごと廃墟と化したこの地区で狩りの仕事の途中にこの場所を発見した時、スイとハルは何かの冗談を見ているようなキツネにつままれた気分で、今こうしているのと同じように空を見上げていた。

 まるで長い間二人を待っていたかのような――――そんなバカげた感情さえ抱いてしまいそうなほど、その水色の平屋は見事に無傷のまま建っていた。

 二人は導かれるように家をこわごわ覗き込み、中を探索した。人気のない部屋は、鳥のフンや獣の毛だらけではあったが構造自体はしっかり保たれていた。

 それから4年間――――現在この家は確かにスイ達3人の“我が家”として、帰るべき場所として3人の心に着実に根を張っていた。

 スイは愛しささえ感じている我が家にいってきます、と小さく呟いて歩き出した。

 

 家の壁に沿って歩き、そのまま真っ直ぐ進むと草むらの中に細い道が続いていた。

 人一人歩けるほどのけもの道(もちろん、その原因はスイ達が歩いたからだ)を通り、ビルの隙間をくぐるように歩いていくと突き当りになり、一見するとそこで行き止まりの様に見えた。

 しかし突き当りのすみに目立たないように地下への階段があり、スイはそこを降りて行きながらバッグに付けたペンライトのスイッチを入れた。30段ほど降りた先は、コンクリートの壁が光の届かない奥まで続いている。

 数十メートルほど何度か角を曲がりながら進んでいくと、段々前方に光が溢れ出してやがて目の前に上り階段が現れた。段の先にはまたビルに囲まれた裏道といった風情の細い道が続き、そこをさらに右に折れて初めて大きな通りへを出ることが出来た。

 スイは周囲に人影が無いことを確かめ、素早く通りの反対側に移動した。

 周囲は刻々と強くなる朝陽が満ちはじめていたが、相変わらず人の気配は感じられず植物や獣の気配しかしなかった。通りには形だけを残した幾つもの車の残骸、窓が割られとっくの昔に略奪し尽くされた商店の数々、今にも倒れそうな人気の無いビルなど、まともな建造物が周りに見当たらなかった。

 通りを塞ぐように横倒しになった巨大なビルの、倒れた先のビルの下に空いた空間を通り抜け、スイはここから数キロ先の“ギルド通り”を目指した。


 

 《Side-スイ》

 

 この世界は大半を“インフェルノ”と人々が呼んでいる、人類が生活圏を放棄したエリアが広がっている

 特に107年前ーーー隕石雨が衝突したムドラ大陸北東部の落着地点中心部から、同心円状に広がる数百キロメートルの範囲は“ゲヘナ”と呼ばれ、人間は近づくことも不可能なほど強大なメテオラが多く生息する地域とされていた。


 その“メテオラ”とは―――――隕石雨から発生した異星金属生命体の総称を指す。


 初めは微生物の一種として新発見され、人類は初めての異星生命体の発見に沸いた。しかしそれも、その微生物が驚異的なスピードで原始生物→昆虫→両生類→爬虫類などと、まるでこの惑星の進化をなぞるように爆発的な進化を遂げていき、人類に対し牙をむくまでだった。

 人類は慌ててこの生命体を駆逐するため攻撃を開始した。

 隕石雨を標的に、次々と爆撃を――――ありとあらゆる種類の攻撃を繰り出した。

 しかしタイミングが遅きに失した。

 もはやメテオラの生息範囲は隕石雨の傍にとどまらず、その数も天文学的な数字に近づく勢いで増えていった。

 周辺の都市が次々と侵攻にあい、人々は大波に呑まれる木片の様にあるいは殺され、あるいは生まれ育った土地を放棄し逃げ延び――――この文明が壊滅するまでの期間のことを“大侵攻”と呼ぶ。

 そしてその間にメテオラとリディウスが同じ起源の生命体であること、リディウスもまたメテオラと戦い続けていたことが、人類が混乱し絶望していたこの期間に判明した。   

 もう少し早くそれに気付けば、人類は現在の様な惨憺たる状況を迎えることは無かったかも知れないと、各国の政府機関やマスコミからリディウスの研究者達へ激しいバッシングがおきた。

 しかしそれが判明したとしてあの混沌とした暗黒期、人類がメテオラの襲撃を食い止めるに足る研究を、まともに行える場が一体どこにあっただろう。リディウスさえ晶樹を次々と枯らしていくような強敵を相手に、人類に資源もまともに採掘出来ないこの状況で、メテオラを阻止する手段を開発することなど事実上不可能だっただろうと、冷静な常識人なら気付いたはずだった。

 そして最初に隕石雨が衝突してから数十年余り―――――人類は惑星のほぼ全域をこの異星金属生命体“メテオラ”によって侵攻された。

 人類の約50%が死に、長い年月をかけて築き上げた輝かしいはずの文明は広範囲で瓦解してしまった。

 しかしその後、メテオラは生息範囲を惑星全体に広げたのと時を同じくして、なぜか今までの異常な攻撃性がピタリと鳴りをひそめ、模倣進化は依然として進んだものの大都市を襲撃し、人間を皆殺しにするような大規模な侵攻はなぜかほとんど起こらなくなった。

 こうして訳も分からないまま人類は息をつく様にして、国家や文明の再建に着手する余裕を何とか手に入れることが出来た。リディウスもまた同じだったらしく、人類とリディウスはまるで手を携える様にして、それぞれの復興を目指し活動を開始した。

 人々はあるいは都市国家を建設し、都市を囲む兵器化された巨大な兵装防御壁“アイギス”を次のメテオラの大侵攻に備え建設したり、地下や海中など新たな生活圏を創り出そうとしたりと、それぞれの工夫と努力によって自らの生活圏をそれから数十年をかけ立て直した。

 そして現在――――隕石雨衝突から107年経ち、人類は確かに復興しつつあった。


 スイは廃墟化した街並みを抜け、車やバイクがひっきりなしに通るにぎわった通りに出た。

 朝の活気にあふれた大通りにはビルやアパートが立ち並び、破壊の爪痕はありつつも窓ガラスが張られ、辺りは人が住んでいる生活感にみなぎっている。

 スイはいくつかの路地を勝手知ったる様子で曲がり、それにともなって周囲はますますにぎやかさを増していった。

 やがて入った細く暗い路地を抜けた先は光にあふれ、周囲の情景がはっきりと表れた。通りの両側にひしめくように並んだ天幕や店舗。その全ての棚に一見すると乱雑に置かれているものは、機械部品と見まごうメテオラの部品や体の一部だった。


 ここはメテオラ部品の闇市――――通称“石ころ市”と呼ばれている場所だった。


 闇市というにはあまりに堂々と陳列された商品には、風体の怪しい者から、薄汚れたツナギを着た技術者やら様々な人間が行き交っている。そしてその中には、やたらガタイの良い目付きの鋭い武装した者達が、陳列されたメテオロイド製の武具を真剣に品定めしていた。

 スイは自分と同業であろうその者達から意識的に目を逸らしながら、目的地に向け人ごみを移動した。


 そのスイの目の前に、巨大な壁――――兵装防御壁“アイギス”が周囲の建物を圧倒しそびえ立っていた。


 高さ350m厚さ150mさし渡し100kmはある、都市国家“アタランテ”を取り囲むこの分厚い壁は、壁面に等間隔にミサイルや、電磁重機関銃レールガトリングや地対地砲など様々な兵装が装備され、壁の頂上にも地対空砲が等間隔に設置された、“壁型の軍事要塞”そのものだった。

 もし今大型のメテオラがここへ進撃してきたら、あの壁に備わった兵器の銃口はこちらを狙い迷わず発射ボタンが押されるだろう、そこに何人逃げ遅れた人間がいたとしても――――。

 インフェルノ地帯に接するように暮らしているスラム街や様々な組織、集団の人間も、彼ら壁の向こうのアタランテ市民にとっては、増えることはあっても少なくなることは無い害獣と大して変わりないのかも知れない。

 この壁に近づく度に獣が警戒しながら牙をむき出す様な、苛立ちを含んだ警戒心をスイは常に覚えた。

 (まあ、私達ハンターがこれだけメテオラを狩って、アタランテにそのほとんどを収めているわけだから、そう簡単に裏切るかどうかわかんないけど)

 もしアタランテがここら一帯を大型メテオラごと破壊したとしたら、彼らの軍事力や科学力を支えるメテオラ部品が品切れや高騰を引き起こしてしてしまうだろう。

 スイは一つ大きな息をつき、起こってもいないことを真剣に考え続ける不毛で疲れるだけの思索を振り払った。

 まだまだ先へと続く石ころ市を左に曲がると、そこは市場と雰囲気を異にした通りが広がっていた。

 先程の市よりも広い道には最前までの人混みは少なく、代わりにトラックや装甲車、ジープなどが停車し、その周囲に武装した数人から数十人の集団がたむろしていた。皆どことなく高揚した雰囲気をまとい仲間と笑いあったり、装備のチェックにいそしんでいる。そしてその傍らをスイが通り抜けると、すれ違いざまに何人かの人間が意味ありげにスイを振り返った。

 「よう、スイ!今日はどこの助っ人なんだ」

 通りしな声を掛けてきたのは黒縁の太いフレームの眼鏡に、薄汚れたツナギに同じようなキャップをかぶった50がらみの男だった。

 日に焼けた荒れた肌に無精ひげをたくわえ、くわえ煙草の口を歪めるように笑った男――――“サエジマ・ジロウ”は、自分が整備していたハンビーから離れ腰を叩きながらスイに手を振った。

 「おはよう、ジロウさん。今日はG・O・Cの人達と仕事。その車両ガイのとこの?」

 ジロウは傍らのハンビーを見上げながら言った。

 「おお。今調整が終わったところだ。アタランテの払い下げ品をハンター用にチューンアップしてくれって頼まれてな」

 「ギルガメシュは今盛ってんだってね…こんな新品に近いやつを買える位なんだから」

 「ああ。おかげでこっちも儲けさせてもらってる―――…ハルの奴はどうだ?また作ってもらいたい物があるんだがな」

 「何を?」

 「小型無人偵察機だよ。あれは人気商品なんですぐ売れちまうんだ」

 「う~ん、今ハルの奴手一杯だから…難しいな」

 ジロウは火の付いてない煙草を、指の間でクルクル回転させながらため息をついた。

 「だよなぁーー…優先的に頼めないか?古い付き合いだろ」

 スイは軽く頭をかきながら返答に窮した。ハルはこの頃精神的にいっぱいいっぱいで、グチが多くなってきている。あまり打たれ強い性格ではないので本人の負担にならないよう、ハルへの依頼はスイやヨシノがスケジュール調整をしていた。

 「…今やってる仕事が今日一段落するから…その後でいい?確約は出来ないけど、詳しい事はあたしの方にメールしてよ」

 「助かる。報酬もそっちになるべく有利にしとくからよ、頼むよ」

 ジロウは破顔して答えた、その時。


 「あんたこんな所で何油売ってんだよ、スイ」


 鋭い声がスイの背中を叩いた。

 振り向いた先には20代前半の女が腕を組みながら仁王立ちし、まるで睨み付けるようにスイを見ていた。

 「7時からミソノん所で仕事だろ」

 尖った声でスイを詰問する女を見てスイは思わずうげっ、と声に出してしまった。

 「…カエデ」

 呼ばれた女ーーー“ヒダモリ・カエデ”は濃紺のシャギーを入れた肩までのおかっぱに、気の強さを隠そうともしない顔立ち、切れ長の橙色の瞳に厚い唇、背の高い全身をツナギに似た防御仕様の紺のバトルスーツのアンダーウェアを着込んで、その上から黒のパンツを履いたカエデは不機嫌そうにスイを見下ろしていた。

 「別にまだ7時前だろ。あんたにどうこう言われる筋合いないし」

 スイの方は何とも思ってないのだが常日頃からカエデに目の敵にされているため、出来ればこんな朝早くから顔など合わせたくなかった。カエデは顔を合わせるたびスイに剣突を食らわしてくるので、はっきり言って一々相手にするのも面倒臭くてたまらない。

 カエデは唇を尖らせ、さらに眉間のしわを深くした。そして「あんたさあ―…」と、さらに言葉を続けようとした時。


 「あれ~、スイ!朝早くから偉いなぁ」


 場の空気をぶった切るような爽やかに明るい男の声が、二人の間に割って入った。

 スイはまるで疫病神にでも声を掛けられた気分で、恐る恐る声のした方を振り返った。

 そこには―――まるで朝の光を天使の様に後光にした、美しい顔に美しい笑顔を浮かべた20才前後と思われる青年が、ニコニコしながらスイに手を振ってこちらにやって来た。

 「ヒ、ヒイラギ…」

 呼ばれた男ーーー“ゴジョウ・ヒイラギ”は、180前半の長身で均整がとれた体格の足はスラリと長い。カエデと似た灰色のバトルスーツ用アンダーウェアに、灰色のパンツで闊歩するその姿はまるでモデルのようだ。健康的なツルツルの肌に、ゆるくウェーブのかかった濃い金髪のサイドに流した髪ーーー上品に整った目鼻立ちでにこやかに笑いながらヒイラギはスイの目の前にやって来た。 

 「偉いなあ、スイは。5日前にも会ったよね。何か困ったことは無い?あったら遠慮しないでちゃんと僕に言うんだよ、いいね?」

 まるで可愛い妹を心配する過保護な兄の様に心底優しくスイを見つめながら、ヒイラギはぽんぽんとスイの頭を撫でた。

 スイはホラー映画の1シーンの様に、見なけりゃいいのになぜか後ろを振り返る犠牲者予定の脇役の如く、顔を引きつらせながら怖々と後ろを振り返った。

 そこには―――全身から怒りのどす黒いオーラを放つカエデが、顔を俯け立っていた。

 「…ッ!!」

 (まっ、まずぃいいっっ!!)

 カエデに嫌われている大きな原因が多分これだ。

 ヒイラギは身寄りも無いまま女3人で暮らすスイ達に対して、保護者めいた親切心を何くれとなく示してくれている。そこに異性に対しての恋愛感情など微塵も無く、本当に何の下心も無いただの親切心なのだが、多分ーー…いや十中八九ヒイラギを憎からず想っているカエデには、それが面白くないのだ。しかもカエデは強情で天邪鬼という実にメンドくさい性格のため、自分の感情をヒイラギに絶対告げようとしないしーーーまたヒイラギの方も、それはどうなのよとツッコみたくなるほどのド天然な鈍感男だからもうスイは本当の本当に、この災厄の化身の様な二人と絡みたくなどなかった。

 スイはバッ!とヒイラギから飛びずさって慌てて言った。

 「ああ、平気平気!いや、こんな困ってる人に親切にしてくれるなんてヒイラギは良い人だね!ほんっと“良い人”っ!!」

 “良い人”という部分を強調し、自分はこの人の事何とも思ってないよ~的アピールをカエデにしながら、スイはちらりとカエデの顔色をうかがった。

 しかし―――カエデはメラメラと燃え盛る瞳でスイを、襲い掛かる獣の如くして睨み付けている。

 (全っ然メッセージ届いてないぃいっっ!!)

 この事態の根本原因で当の本人であるヒイラギは、必死なスイの様子に全く気付いていない。

 「今日はうちの仕事なんだろ?本部まで一緒に行こう、スイ。―――…あれ、カエデさん居たんですか?おはようございます」

 (ぎゃあああああっ!!火に油を注ぐようなこと言うな―――っっ!!)

 カエデはヒイラギの隣でブンブンと首を振る蒼い顔色をしたスイを、殺人的な視線で見据えながらドスの利いた声で答えた。

 「あ゛ぁ――…良い朝だなあ、ヒイラギ」


 スイは一緒に行こうというヒイラギの誘いを頑なに拒み、ジロウに一言挨拶を交わしてから逃げるようにG・O・C本部へ向かった。

 朝日が顔を出し、日差しがさらに熱くなることを知らしめるように強まり始めた。かなり広い通りを挟んで建物が立ち並び、中小のハンターギルドからは早くも車両が砂煙をあげながら続々と出発していき、スイの脇を通り過ぎていく。

 通りを奥へ進むと、やがて大きな建物が右側に見えてきた。

 アイボリーの横に長い長方形の3階建てで、一階は赤茶のレンガの外壁に、同じレンガで彩られた等間隔の柱がぐるりと覆っている。

 その奥には建物よりも3倍ほど大きなガレージが併設されていて、そこは車が20台は余裕で入るほど広かった。そのガレージから今も、ジープやハンビーの出発準備を慌ただしく進める整備員や団員達の姿が見えた。

 「スイ」

 本部の玄関口を見ると今日の狩りのリーダー、G・O・C第参部隊隊長の“エニシ・ミソノ”がスイに向かい手をあげていた。スイはミソノに駆け寄りおはようございます、と挨拶した。

 玄関口を二人で抜けると、そこは厳重なゲートが設置された検問所となっていた。

 ゲートの脇に2人の警備員役の団員がいて、ミソノはその二人に「あたしとスイは顔パスでいいでしょ」と、表情の薄い顔で聞いた。

 はいもちろん、と警備員はうなずき二人はゲートを通り抜けた。

 通り抜けた先は広いロビーとなっていて2台のソファーセットが置かれ、何人かの団員がそれぞれの時を過ごしていた。二人はロビーを左に曲がって次の角を右へ行き、そのまま建物の奥へと進んで二階への階段を上った。階段を上がったすぐ脇に女性専用の更衣室があり、スイとミソノはドアを開けそこへ入った。


 「それは災難だったね、スイ。…カエデもさっさとヒイラギにコクればいいのに」

 「本当ですよ。さっさととくっつくかフラれるかして欲しいです」

 ジロウと別れた後、G・O・C本部へやって来たスイは、女性団員専用の着替え室でボストンバックからアウター用の上下のAR・M・SUITアームスーツを取り出した。インナーとして着ているものより若干厚く、筋力増加よりも各種防御性能に特化させたものだ。

 スイはパンツの方を取って足を通した。

 パンツの両足の外側部分は布が縫い合わさっていない状態で開いていて、インナーにある溝にアウターのアタッチメント部分を装着し、溝にそってファスナーの様に引き上げていくとインナーとアウターがつながり、ぴったりとフィットする。

 同様にジャンパータイプのアウターの前面と両腕の部分も開いていて、パンツと同じくアタッチメントを引き上げると、完璧なスイの戦闘着となった。

 黒いマットな質感の人工筋肉繊維で複雑に織り込まれた黒い模様に、首や胸、肩や両手両足の関節部分は蛍光色に近い黄緑色のメタリックな、一見すると模様のような装甲が施されスイの体を守っていた。

 最後にアウターと同じ素材で出来た、耳当てに似たヘッドギアをバックから取り出してかぶり、スイは完全にハンターモードに入った。

 「――ーミソノさん、今日はどこに出張するんですか?」

 傍らでブーツのひもを結んで支度していたミソノに、スイはたずねた。

 ミソノは20代後半―――地味な顔立ちに一つにまとめた長い黒髪の女性で、普段からあまり感情を表に出さずにいつも穏やかに淡々と話す。170後半の長身を、暗紅色のバトルスーツに身を包んだミソノはブーツを履きながら答えた。

 「今日はアタランテから南東へ行って、海中のメテオラの群れを狩る。おとりが海上までおびき寄せたのを――…」

 ミソノは言葉を切ると、スイを見上げた。

 「…私が“ハッキング”するんですね。数や相手のクラスは分かってるんですか?」

 「先遣隊の報告じゃあ、ほとんどが小~中級だそうだよ。中級もS~Mサイズだから、あんたの能力でも大丈夫」

 「―――…問題は数ですか?」

 ミソノは自身のベルトに装着した銃火器を点検していきながら、淡々と答えた。

 「それははっきりしないけど、でもここ数年、ここら辺にはあまりメテオラも出なくなってきてるからね。…まあ心配しなくてもうちらがサポートするから」

 「それは心配してないです」

 スイが答えると、ミソノは微かに笑いながらたずねた。

 「どう、ハルは一人でちゃんとやってんの」

 スイは、ミソノのその言葉に苦笑いしながらため息を吐いた。

 「今、ギルガメシュのガイからの依頼で、ちょっとトラブル続きで…」

 ミソノは表情を改め真剣な顔になった。

 「ガイが…?あんたのとこに依頼するなんて珍しいね」

 「ええ。最初は断ったんですけど…相手が執拗で、仕方なく今回だけって事で引き受けたんです」

 ミソノはあごに手を当てしばらく思案して言った。

 「金絡みかな…あいつ金にがめついから、大きな取引が絡んでるとか?」

 「そうですね、きっと。それでハルも相当にプレッシャー感じて参ってるんです。でもそれも今日で終わりです、私と一緒に取引先に納品するんで」

 ミソノはため息交じりに笑った。

 「そりゃあハルも災難だね。ったく、ガイのとこは相変わらず評判悪いね。…スイ、何かあったらうちらを頼りなよ、いいね」

 スイは笑顔を見せ、素直にうなずいた。

 「はい。ありがとう、ミソノさん」


 スイ、ハル、ヨシノが今より幼い頃からこの街では何とか長く居続けられているのも、G・O・Cとの出会いがあったこそだった。


 それまでも幾つかの街でハンターの仕事をしながら糊口をしのいできたが、そうすると必ず金儲けのために3人を利用しようという輩が現れ、酷い時には命まで狙われるケースもあった。

 3人ともそれぞれ“特殊な能力”の持ち主だったため、それを他人になるべく知られたくなかったが、街に長くいれば何かしらの噂は立ち、その度にトラブルに巻き込まれるはめになったスイ達は、何度も街を離れる事態へと追い込まれた。

 根無し草のような生活がしばらく続き、それに疲れ果てながらこの街にたどり着いた時も、そう長くは居続けられないだろうと思っていた。

 しかし偶然にもG・O・C団長のオビナタ・ヘイザと出会い、団の寮で寝食まで与えられ、3人は何か裏でもあるのではないかと最初は警戒しながらハンター家業を続けた。そして長く寮にいて分かってきたのは、スイ達の他にも似たような境遇の少年少女が団には何人かいて、驚いたことに読み書きや勉学を強制的に学ばせられているという事実だった。

 ヘイザがいわく『知識を身につけない奴はサル以下だ。そんな奴はろくな人間にもハンターにもなれん』という、人生訓に基づいているらしかった。

 それから3人が警戒心を薄れさせてもヘイザの3人への態度は一貫して変わらず、スイ達は“信用出来る大人”というものがこの世の中に実在することを知った。

 それからしばらく経って一人前になった3人は独立することを決心したが、その時もヘイザや副団長のソウジは決して頭ごなしに否定せず、まだ十代前半の3人の話を真剣に聞いてくれた。

 そして現在、スイ、ハル、ヨシノはG・O・Cからの依頼を中心にこなしながら、順調にこの街で暮らし続けていた。

 

 「準備の方はどう、“ノリオ”副隊長」

 スイとミソノは本部の外へ出て、その左隣にある大きな倉庫の前に来ていた。

 ここにはハンビーや装甲車、果ては戦車まであり、今は他の団員も各地へ狩りへ出発しているのか空きが目立っていた。

 ミソノの声に振り向いたのは、やせぎすで目だけがやけにギョロッとした神経質そうな30代前半の男ーーー“イシヅキ・ノリオ”だった。

 黒髪のきっちりとした堅苦しい髪型に、ひょろりと長い体に灰色のバトルスーツを着込んでいる。肌が軍人にしては青白く、何か病でも患っているのかと疑いたくなるような、陰湿な雰囲気を常に身にまとっている男だった。

 「船のメンテは済んだとの報告が先程ありました。隊長達が乗船する船の調達も何とか済みましたよ」

 「おーよかったよかった」

 ミソノの部下―――第参部隊副隊長のノリオは、大げさにはぁ~っと深いため息をつき悲壮な顔でぼやいた。

 「良かったじゃないですよ!最低1週間は欲しかったのに2日って!僕がいたから何とかなったものの――…僕がいたから何とかっ…!!」

 血走った目を見開きグイグイ迫ってくるノリオを、ミソノは両手で制してなだめなた。

 「あーはいはい。いやぁ、さすが優秀な副官だよノリオは。私は幸せ者だ、こんな“優秀”で“完璧”な人間が私の相棒なんて」

 大して思ってもいない風に淡々と言うミソノの言葉に、ノリオは頬を上気させみるみる鼻を高くして得意気に言った。

 「ははは!まっ、そうでしょうね。隊長は実力はあるが、実務能力はミジンコ以下ですからねぇ!僕がいなきゃあぜぇえ~んぜん駄目ですからねえっ!!」

 (…相変わらず面倒臭い性格してるな…)

 わりと日常茶飯事な光景に内心呆れながら、スイは二人を見比べた。ミソノはノリオの失礼な発言に全く頓着せず、頭をガリガリと掻きながら顔をしかめぼやいた。

 「このところ依頼が立て込んでるからね、ったく…少しは休ませろっつーの」

 スイは本部の横にある大きなガレージを見た。確かに、いつもは半分ぐらいは車両でうまっているはずのガレージは、今は3、4台しか入っていない。

 「今日は特に酷いんだよ、細々とした依頼が多くて。―――じゃあ、スイはそこのバイクであたし等の後ろから付いて来て。そろそろ出発しよう」

 「ええ。ノリオさん、今日はお世話になります」

 「今日は特別に忙しく、ミソノ隊長と僕は別行動なんです。君には期待してますからね、くれぐれも和を乱すようなことはしない様に」

 ノリオはスイにビシッと指を突きつけながら宣言した。

 スイは面倒臭ぇなと思いつつ「…はい」と、おとなしく答えた。

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