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第2話 共振する声

隣室の少年――健太けんた。彼との出会いは、モノクロームに沈んでいた悠の世界に差し込んだ、一筋の虹だった。引っ越してきた日の翌日、インターホン越しに聞こえた健太の心配そうな声。「あの…大丈夫ですか?引っ越しのご挨拶に…菓子折り、持ってきたんですけど…」。あの時、閉ざしていた心が、かすかに震えた気がした。「…誰かが…俺に話しかけてくれた…」。健太は、壁の薄いボロボロのアパートで独り暮らす悠を不憫に思い、毎日のように様子を見に来てくれた。「一人じゃ寂しいでしょ?僕も一人暮らしだから、よくわかるんだ」。温かい手料理、他愛もない会話、そして、屈託のない笑顔。健太の純粋な優しさは、乾ききった悠の心にゆっくりと染み渡り、生きる希望の芽を育んでいった。「こんな…温かい気持ち…忘れてた…」。無属性であるがゆえに孤独だった悠にとって、健太の存在は、この冷たい世界で初めて出来た温かい“繋がり”だった。


それから二年が経った。悠と健太は、まるで本当の兄弟のように、固い絆で結ばれていた。毎朝一緒に学校へ行き、帰り道には屋台のラーメンを食べ、週末には二人で映画館に行く。「このラーメン、魚介系のダシが効いてて、最高だね!」「この映画、CGがすごい!まるで本当に魔法を使ってるみたいだ!僕もいつか、あんな魔法を使ってみたいなぁ…」。何気ない日常のささやかな幸せを、二人は分かち合った。健太は料理が得意で、よく悠のために手料理を作ってくれた。「悠くん、これ、僕が作った新作パスタ!食べてみて!今回は、隠し味にレモンを使ってみたんだ!」。悠は、健太の手料理を食べる時、初めて「家族」の温もりを感じていた。「…おいしい…」。言葉にならない温かさが、悠の胸に広がっていく。「…こんな風に…笑って過ごせる日が来るなんて…」。


休日には、健太のアパートで一緒にゲームをしたり、悠が作ったロボットで遊んだりした。「見て!このロボット、僕が作った最新型なんだ!音声認識で動くんだよ!」「すごい!悠くん、本当に機械いじりの天才だね!いつか、僕たちで会社を作って、世界を変えようよ!魔法がなくても、才能を発揮できる社会を…!」。健太は、いつも悠の才能を褒めてくれた。それは、兄たちに否定され続けてきた悠にとって、何よりの喜びだった。「…健太…ありがとう…」。いつか、健太の夢を叶えてやりたい。悠は、心の中でそう誓った。


しかし、魔法が使えないという現実は、常に二人の前に立ちはだかる壁だった。学校では、属性持ちの生徒たちから蔑まれ、無視され、いじめられる。「おい、無属性!魔法も使えないゴミが、なんでここにいるんだ?」「こっち来るな!穢れる!」。教師からもまともな教育を受けられず、将来の展望は全く見えない。「君たちは、残念ながら魔法適性がない。将来は、単純労働に従事することになるだろう。魔法社会に貢献できるよう、精進するように」。社会から見捨てられた存在。「…僕たち…本当に…生きてる価値…あるのかな…」「…そんなことないよ、悠くん。僕たちは、僕たちのやり方で、幸せになれるよ…きっと…」。それが、無属性の現実だった。


「こんな世界…いっそ…壊れてしまえばいいのに…」「…そうだね…こんな世界…」。


ある日の放課後、いつものように屋上で二人で将来の夢を語り合っていると、健太が上級生たちに囲まれた。「おい、無属性!俺たちの邪魔をするな!ここは属性持ちの場所だ!」。彼らは、健太を突き飛ばし、罵声を浴びせた。「この…ゴミが…!」。健太は、恐怖で顔を青くして震えていた。「…健太…!」。悠は、怒りで体が震えるのを感じた。同時に、過去の記憶がフラッシュバックする。兄たちに罵倒され、おもちゃのように扱われた日々。両親の失望した顔。「出来損ない」「役立たず」「お前は何もない」。あの時の恐怖、屈辱、絶望。全てが、悠の心を締め付ける。「…また…あの時のように…」。


その時、抑えきれない感情が、悠の奥底に眠る力を呼び覚ました。過去のトラウマ、積もり積もった負の感情、そして、健太を守りたいという強い思い。それらが複雑に絡み合い、共鳴し、悠の声帯から、異様な振動周波数を発生させた。「…う…あ…」。


悠は、咆哮した。


「やめろ!!」


その瞬間、世界が激しく歪んだ。悠の声が、想像を絶する共振を起こし、周囲の空間を揺るがし、まるで巨大な津波のようにいじめっ子たちを襲ったのだ。彼らの動きは硬直し、顔色は恐怖に染まり、瞳孔は開ききって虚空を見つめている。まるで時間が凍りついたかのような、異様な静寂。「…何が…起こった…?」。前世ではただの美声だった悠の声は、この世界では無属性だけが持つ潜在能力、“ヴォイス・スキル”として、恐るべき形で発現したのだった。「…これは…俺の…力…?」。


悠自身も、自分の声の異変に驚き、恐怖に慄いた。「…今の…俺の声…?」。何が起こったのか理解できない。制御できない力、未知の可能性。そして、この力を制御できれば、無属性の烙印を押された自分でも、この世界で生きていけるかもしれないという、今まで感じたことのない希望の光。「…僕は…できる…かもしれない…健太と…一緒に…」。生まれて初めて、悠のモノクロームの世界に鮮やかな色が溢れ出した。


しかし、その希望の光は、すぐに深い絶望の影に飲み込まれる。その夜、厳島家の執事が悠のボロボロのアパートに現れた。兄たちの命令で、悠を強制的に厳島メガフロートへ連れ戻すためだった。


「お坊ちゃま、お連れいたします」


氷のように冷たい執事の声に、悠の心は凍りついた。「…また…あの場所へ…」。抵抗すれば、健太にも危害が及ぶかもしれない。「…健太を…巻き込むわけには…いかない…」。希望の光が差し込んだのも束の間、悠は再び絶望の淵に突き落とされ、苦渋の決断を迫られた。


その時、健太が部屋から飛び出してきた。


「悠をどこへ連れて行くんだ!」


健太の叫びに、悠の胸は締め付けられた。「…健太…」。この温もり、この繋がりを、何としても守りたい。悠は、生まれて初めて、己のヴォイス・スキルを制御しようと試みた。


「…お願いだ、健太。離れててくれ。これは…俺が解決しないといけない問題なんだ…心配…かけたくない…」。


悠の声は、震えながらも優しく、しかし力強い響きを帯び、健太の動きを静止させた。ヴォイス・スキル。それは、大切な友を守るための、そして、未来へと繋がる希望を守るための、悲しくも力強い決意の表明だった。


悠は、執事と共にアパートを後にした。広島の街の光が、悠の瞳に揺れる。希望と絶望が入り混じった、複雑な光。「…健太…必ず…戻る…君との約束…必ず…守る…」。悠の未来は、まだ、深い霧に包まれていた。

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