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第1話- サイレンスブルー

「諦めろ。ゆう、お前には何もない」


叔父の吐き捨てるような言葉が、十三歳の悠の胸に深く突き刺さる。冷たく、重い、鉛の塊のような言葉。それは、この三年間、幾度となく聞かされてきた言葉だった。耳にタコができるほど、心に深い傷を刻むほどに。窓の外、2100年の広島の街並みは、ホログラム広告の眩い光に彩られている。空には、無数の飛行車が光の軌跡を描いて流れ、ビル群の窓からは、AR空間で繰り広げられるエンターテイメントの映像が漏れ出ている。人々は皆、魔法の恩恵を受け、便利で快適な生活を送っている。だが、その輝きは悠には届かず、まるで冷たい嘲笑のように感じられた。「こんな世界…俺には関係ない…」。


この高度に発達した世界では、人々は五歳の誕生日に遺伝子検査を受け、魔法適性、いわゆる「属性」を判定される。属性は、教育、職業、結婚…人生の全てを決定づける絶対的な指標だった。魔法の才能を持つ者だけが、この社会で認められ、輝かしい未来を掴むことができる。悠は、瀬戸内海に浮かぶ人工島「厳島メガフロート」を拠点とする名家、厳島家の三男として生まれた。戸籍上は。実の両親は、悠が生まれる前に事故で亡くなっていた。現在の両親、そして二人の兄は、血の繋がりはない。それでも、両親は幼い悠に分け隔てなく愛情を注ぎ、魔法の才能が芽生えることを信じ、温かく見守ってくれた。「悠もきっと、素晴らしい魔法使いになるわ。お母さん、信じてる」。優しい母の笑顔、温かい抱擁。悠は、それを当たり前のように感じていた。兄たちも、本当の弟のように悠を可愛がり、いつか一緒に魔法の訓練をする日を夢見ていた。「悠、大きくなったら兄ちゃんと一緒に空を飛ぼうな。最強の魔法兄弟になれるぞ!」。兄たちと手をつないで歩いた遊歩道、一緒に遊んだ公園、夕焼けに染まった空。悠もまた、彼らを本当の兄のように慕い、憧れ、いつか自分も魔法を使って、みんなと一緒に空を飛びたいと願っていた。あの頃の温かい記憶が、今の悠を余計に苦しめていた。


しかし、五歳の誕生日、悠に突きつけられた現実はあまりにも残酷だった。検査結果は【無】属性。魔法適性皆無。無能の烙印。「無属性…僕には…魔法が使えない…」。検査結果が告げられた瞬間、世界が音を立てて崩れ落ちた気がした。「嘘だ…そんな…」。両親の温かい眼差しは冷たく失望したものに変わり、兄たちの優しい言葉は嘲笑に、使用人たちの敬意は憐れみに変わった。「どうして…僕だけ…なんで…」。厳島家の華やかな光の中、悠だけが深い青色の闇に沈められたのだ。食事も喉を通らず、夜も眠れない。ただ、一人で泣くことしかできなかった。「僕は…何のために…生まれてきたんだろう…」。鏡に映る自分の姿は、まるで透明人間のように思えた。存在を否定されたような、虚無感に襲われた。


兄たちは、悠を「無属性の出来損ない」と罵り、執拗にいじめを繰り返した。重力魔法で悠を宙に浮かせ、玩具のように弄ぶ。「おい、出来損ない。踊ってみろよ。面白おかしいぞ」。天井から吊るされ、重力の檻に閉じ込められ、呼吸もままならない。「…苦しい…誰か…助けて…」。食事をわざとこぼし、魔法で悠に浴びせる。「あっ、ごめん。手が滑っちゃった。…あ、そうだ、お前は魔法が使えないんだったな。可哀想に。自分で拭くしかないね」。びしょ濡れになり、震える体で汚れた床を拭く。「…寒い…」。悠の大切に作った機械を、重力魔法で握り潰し、「ゴミはゴミ箱に捨てておけ」と嘲笑う。「…これは…僕が…一生懸命…作ったのに…」。何時間もかけて作った、小さな飛行ロボットが、一瞬で潰される。粉々に砕け散る金属片、飛び散るオイル、そして、兄たちの高笑い。「…くそっ…悔しい…悔しい…!」。憎悪と屈辱が、悠の胸を締め付ける。兄たちの嘲笑が、耳元で何度もこだまする。それでも、悠は決して諦めなかった。魔法は使えなくても、自分にできることがあるはずだ。「…いつか…必ず…見返してやる…この悔しさ…絶対に忘れない…」。


悠は、幼い頃から興味を持っていた機械いじりに没頭するようになった。厳島家の膨大な蔵書から機械工学、電子工学、プログラミングに関する書籍を読み漁り、廃棄された機械部品を集めては分解し、組み立て、改造する日々。「魔法が使えなくても…機械なら…僕にもできる…機械は…裏切らない…」。誰にも理解されない孤独な作業だったが、機械に触れている時だけは、心の平穏を感じることができた。機械は、悠の孤独な心を満たしてくれる、唯一の友だった。オイルの匂い、金属の感触、プログラムが正常に作動した時の達成感。それだけが、悠の生きる支えだった。


十歳の頃には、悠は驚くべき技術を身につけていた。壊れたドローンを改造して自律飛行型偵察機にしたり、廃材から家庭用AIロボットを自作したり。厳島家の使用人たちは、魔法が使えない悠がそんな高度な機械を作り上げることに驚き、そして、どこか気味悪がった。「…僕だって…役に立てる…家族のために…この力があれば…」。しかし、兄たちは悠の努力を認めようとはしなかった。むしろ、悠の才能を恐れ、より一層、いじめをエスカレートさせた。「こいつ…魔法は使えないくせに…生意気だ…」。


「そんなガラクタで何が出来る?魔法のないお前は、何をしたところで無駄だ」


兄たちの心ない言葉は、悠の心を深く傷つけた。「…どうして…認めてくれない…こんなに頑張ってるのに…」。憎しみと悲しみが、黒い渦となって悠の心を蝕んでいく。「…もう…どうでもいい…」。それでも、悠は諦めなかった。機械いじりは、単なる趣味ではなく、自分自身を証明するための、唯一の手段だったのだ。「いつか…必ず…見返してやる…この悔しさ…絶対に忘れない…」。


三年前、追い打ちをかけるように悲劇が襲った。厳島メガフロートを襲った未曾有のサイバーテロ。外部からのハッキングによって、メガフロートの防衛システムが制御不能に陥り、暴走した魔法エネルギーが都市機能を破壊していった。街は炎に包まれ、人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。その地獄絵図の中で、両親は、悠を庇って命を落とした。「お父さん…お母さん…」。悠の目の前で、両親は崩れ落ちていった。魔法の光に包まれ、跡形もなく消えていった。「…嘘だ…嘘だ…」。悠は生き残ったが、心は深い傷を負い、更なる孤独の淵に突き落とされた。「…もう…誰も…信じられない…一人だ…僕は…一人なんだ…」。戸籍上の両親を失った悠は、兄たちにとって邪魔な存在でしかなくなっていた。兄たちは冷酷にも悠を広島市内の古びた集合住宅に追いやり、最低限の生活費だけを電子マネーで送金するようになった。名家子息から一転、天涯孤独の身。「…どうして…こんなことに…」。悠は絶望の淵で、ただ一人、孤独に泣いていた。「…神様…僕は…どうすればいいの…?」


その夜、悠は奇妙な夢を見た。82歳になった悠は、広島の小さなバーで穏やかな日々を送っていた。バーテンダーとして働きながら、常連客たちと語り合う日々。「いつもの、ダブルでね」「今日は疲れたよ…」「息子がね…」。様々な人生が、悠の小さなバーに集まってくる。カウンター越しに交わされる会話、グラスが触れ合う音、優しいピアノの旋律。それらは、まるで魔法のように、人々の心を癒し、繋いでいく。悠は、この場所で、人と人との温かい繋がりを感じていた。「…人と話すって…楽しい…」。人生の大半を広島で過ごした悠は、この街の雑多なエネルギーと人情味に心を癒されていた。特に、得意だったコミュニケーション能力は、様々な境遇の人々との繋がりを築き、悠の人生を彩っていた。「…これが…俺の人生だったのか…もし…あの時…違っていたら…」。穏やかな老後を送るはずだった悠の人生は、突如発生した新型ウィルスのパンデミックによって唐突に幕を閉じた。「…もっと…みんなと話したかった…あの温もりを…もう一度…」。


悠は目覚めた。見慣れない天井、幼い自分の手。「…ここは…?」。前世の記憶、82年間の人生、そして、人と心を通わせる喜びが鮮明に蘇る。「俺は……転生したのか?もう一度…チャンスをもらえたのか…?」


混乱する悠の耳に、インターホンの着信音が響いた。「…誰だ…?」。管理人だろうか。それとも、生活費を届けに来たAIドローンだろうか。


悠が恐る恐るインターホンに出ると、そこには見慣れない少年の声が響いた。


「あの…大丈夫ですか?ずっと何かを壊してる音が聞こえて…」


隣室に住む少年の声に、悠の心は微かに揺さぶられた。この声は、この僅かな関心は、深い青色の闇に沈んでいた悠の世界に差し込む一筋の光だった。「…誰か…俺のことを…心配してくれる人が…いる…」。前世で培ったコミュニケーション能力、そして、広島の人々との温もり。「…もう一度…やり直せる…かもしれない…」。悠は、もう一度、人生を切り開くことを決意した。


無属性でも、自分にしかできないことがある。七色の声で、このサイレンス・ブルーの世界に未来を拓く。悠の新たな物語が、今、始まる。

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