表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

純文学

金魚すくい

作者: 本羽 香那


 俺達は、今日は地元の夏祭りにやってきていた。

 メインである盆踊りに参加するためである。

 もともとは祖父が出る予定だったが、腰を痛めてしまい代わりに俺が踊ることになった。

 しかし、近所付き合いが殆どなく、このままでは誰も知り合いがいないまま1人で踊るのには抵抗があったため、友人を誘ってここに来たと言うわけだった。

 友人は最初こそは嫌がったものの、少し踊らせると案外楽しいなと言うことですぐに乗ってくれたのだ。

 こうしてそれなりに練習して臨んだ盆踊りは無事成功し、楽しんだのだった。


 盆踊りを終えた俺達は時間が余っていたため、屋台を見回ることにした。

 屋台には焼きそばや綿あめ、りんご飴、ベビーカステラなどの食べ物は勿論のこと、ヨーヨー釣りや射的など遊ぶところもかなりあった。

 小腹が空いていたため、まずは焼きそばを食べに行くことにした。

 普段家でもよく焼きそばは食べるものの、母の薄味とは違って、濃い味だったため新鮮さを感じ、美味しかった。

 しかし反対に、綿あめは思った以上にふわふわしていなかったし、りんご飴は思った以上に甘くて俺の口には合わなかった。

 友人に綿あめやりんご飴はこんな感じだったっけと尋ねるとこんなもんだろうと素っ気なく返事をされる。

 以前感じた味覚や感触は幼い頃の記憶なので、どうやら今の自分の味覚や感触とは変化しているのだと分かった。

 お腹が満パンになったところで次はヨーヨー釣りや射的に向かった。

 昔はヨーヨーも多く釣れたし、射的も多くの景品を1回で取れていたものの、今回はどちらも3度ほどやっても1つも取れなかった。

 どうやら昔の感覚を失ったようで少しがっかりした。


 こうして楽しんだ俺達は家に帰ろうかと思った時、俺は金魚すくいの屋台を見つけ、驚いてしまった。

 何故なら金魚すくいの屋台は幼い時ですらあまりなかったからである。

 そのため、1度も金魚すくいをやったことがなかったのだ。

 今日帰ってすることもないし、何より折角金魚すくいの屋台を見つけたのである。

 これはしない手はないと友人を誘ってみた。

 てっきりそのまま、やろうぜとすぐに乗ってくれるものだと思ったが、思わぬ返答を受けた。


「金魚なんてすぐに死ぬし金がかかるだけだからやめとけ」


 まさかの完全否定だった。

 しかし、それを言われた俺はただでさえやりたいと言う気持ちが更に募ってしまい、屋台に行っておじさんにやらせてくださいと意気込んで小銭を出したのだった。

 その小銭と引き換えに淡々として渡されたポイとボウルを受け取った。

 俺のあとを追ってきた友人は呆れた目でおいおいと言う。

 そんな冷めた視線を無視して金魚達とにらめっこをした。

 主にいるのは赤い金魚。

 そして、その中に少しだけ黒い金魚がいた。

 どうせ取るなら希少な方が良いと黒い金魚に狙いを定める。

 ゆっくりとポイを水に付けて、そして黒い金魚が来たところで思いっ切り上へ傾けた。

 ポイの上に乗ってよっしゃと喜んだのは束の間、金魚はポイを突き抜けて元に戻って行ってしまったのだ。

 友人はほら言っただろと言わんばかりの得意げな顔をする。

 その顔に腹を立てた俺は再びおじさんに新たな小銭を差し出した。 

 おじさんは先ほどとも変わらぬ顔でポイを差し出し、それを受け取った。

 狙いは勿論、黒い金魚。

 再びポイを水に付けて黒い金魚が近づいた時に上へ傾ける。

 しかし、結果は先ほどと同じくポイはアッサリと破れてしまったのだ。

 それでもまだ諦めがつかなかったので、もう一度小銭を差し出し、ポイを受け取る。

 黒い金魚だから無理なのだと、今度は赤い金魚に狙いを定めた。

 今回もポイに水に付けて静かに赤い金魚が来るのを待ち、来た瞬間に傾けたが、結果は変わらなかった。

 これ以上やっても埒が明かないから諦めるかと思ったものの、やはり悔しいため笑われるのを覚悟で友人に縋ることにした。

 案の定、友人は笑い馬鹿にして断ったが、もしやってくれたら後でラムネを奢るし、また掬ってくれたらそれに加えて何か1つ奢ると言うと、呆れながらも奢らなくても良いから金魚すくいの金だけ出せと言って引き受けてくれた。

 友人はどの金魚が欲しいかと尋ねてきたので、黒い金魚と言おうとしたが、ある金魚が目に入った。

 それは赤い金魚だけど、黒い斑模様のある金魚だった。 

 それを見た途端、凄くカッコよく思えてその金魚を掬うよう頼んだのだった。

 友人はハイハイと言ってポイを静かに沈めた。

 すると、俺とは違って優雅に一発で仕留めたのだった。

 少し悔しさも感じながらもやはり嬉しく感じ、素直に友人にお礼を言った。

 友人は俺にやめといた方が良いと思うぞともう一度忠告したが、1年は最低でも育ててやるから見とけよと言ってその忠告をはねのけた。

 こうして友人と別れて、急いでホームセンターへ向かったのだが、残念ながらもう閉まっており、仕方なくそのまま家に帰ったのだった。


 家に水槽がないため、洗面器に水を出来るだけ多く張り、そこに金魚を入れる。

 金魚を連れ帰った俺を見た母には呆れられたが、ちゃんと自分で育てなさいよとの一言だけで、それ以上は何も言わなかった。

 狭い洗面器の中でゆっくりと動く金魚を眺める。

 本当は水槽に入れて餌を与えたいのだが、今日は残念ながらすることは叶わないので仕方が無くそのまま床に就いた。


 次の日、朝一でホームセンターに向かい水槽と餌を買いに行く。

 どの水槽や餌が良いのか迷ったが、水槽は金魚が小さいため小さめのもの、餌は高めのものを買うことにした。

 買い終えるとすぐに家に帰り、金魚を買った水槽の中に移し替えて、餌を与えた。

 大きくなった空間と高い餌に喜んでいるかのように泳いでいた。

 毎日水を定期的に入れ替え、餌を与える。

 その作業は少し大変であるものの、泳いでいる金魚を見ていると癒やされ全く苦ではなかった。


 そんな日々を堪能していたものの、買い始めて1ヶ月後、なんと金魚は死んでしまっていたのだ。

 エラも動かず、水の上に浮かんだままびくとも動かないのである。

 突如死んでしまった金魚を見て呆然としてしまう。

 暫く経つと、どうして死んでしまったのかと疑問に思い始めた。

 気になってしょうがないのでネットで調べてみると衝撃の事実を知った。

 なんと金魚は黒斑病と言う病にかかっていたのだ。

 黒斑病とは主にストレスを感じた時に起こるものと言うものだった。

 狭い空間や合っていない水温で育てられた金魚にはストレスが大きくかかるらしく、また餌の与えすぎは有害であると書かれていた。

 正直に言って全てが当てはまっていた。

 小さい水槽、低い温度の水の中で育ていた。

 その上に普通は1日2回の餌を、寄って来る金魚可愛さに1日3回も与えていたのだ。

 無知なばかりに起こってしまった悲劇だった。

 もっとちゃんと調べていればこんなことにはならなかっただろう。

 俺は悔しくて悔しくて堪らなかった。

 確かに友人の言う通りになったのも悔しかったが、それ以上にきちんと育てることが出来なかったのが悔しかった。

 これ以上悔やんでも金魚は生き返ることはない。

 そのため、どのように埋葬するべきか再びネットで検索をする。

 すると方法は主に3つ出てきた。

 1つ目は土に埋葬する。

 しかし、これは腐敗すると病原菌が発生する可能性があるらしく、黒斑病にかかっていた金魚だとその可能性が高まると思いこの方法はやめた。

 2つ目は可燃ごみとして処分する。

 しかし、これはあまりにも心苦しいのでこの方法もやめた。

 3つ目は業者に頼み、火葬してもらう。

 時間もお金もかかるものの、この方法に決めた。

 早速業者に連絡をし、合同火葬をしてもらうことにした。

 連絡を終えると、金魚を取り出してキッチンペーパーで丁寧に包み、プラスチックのケースに入れた。

 そして、水槽を丁寧に洗い、押入れに静かにしまった。

 数時間後、業者に金魚を引き渡し火葬してもらった。

 俺は静かに金魚にご冥福を祈った。


 たった1ヶ月と言う短い間だったが、金魚を育てた日々は楽しく癒やされるものであった。

 すぐに新しい金魚を飼う意欲はないが、来年にまた金魚すくいでもあったら、黒斑病にもかかっていない金魚を掬って、今度は正しい育て方で飼いたいと思ったのだった。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 夏祭りで、ふと手にした赤い金魚。そして知る、命の重み。きちんと育てることが出来なかったことへの悔しさが、とても伝わってきました。 埋葬方法をネットで検索するところがリアルであり、そしてか…
[良い点] 命の儚さ、そして夏の終わりの切なさを感じるお話でした。 とても良かったです。
[一言] 貴重な経験をしましたね( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ