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8話『天狗の心付け』


 翌日の夕方、團さんに呼び出されて、川の下流に向かった。下流と言っても、完全に森の中で、市街地までは出ていない。


「ここで食い止めないと、市街地まで宝箱が流れて行ってしまうんだ」


 異能者にとってはここが最終ラインのようだ。上流の方では、大きな音が鳴っているし、時々、泥が流れてくる。

 橋の袂から、ネットが張られていて、魚も通れなくなっていた。


「大発生しても、対応できるくらいには人員が入っているから、大丈夫よ。はい、肉まん」


 井戸さんが肉まんをくれた。俺たちはまぐり工務店は待つのが仕事。ミミックの残骸の板が流れてくれば、網で掬ってまとめておくだけだ。


 ガソゴソッ!


 藪が動き、猪でも出てくるのかと思ったら、リュックを背負った毛むくじゃらのおじさんが出てきた。


「ああっ! 天狗さん!」

 井戸さんが大声を上げた。

 この人が天狗さんか。思っていたよりも普通だ。見た目や服は山をトレッキングしている人とそれほど変わらない。靴だって一本下駄とかではなく、トレッキングシューズだ。おかしいのは髭と頭髪くらい。


「團、カミソリ持ってないか?」

 天狗さんは重低音だが愛嬌のある声で、團さんに話しかけていた。

「鋏とバリカンがありますよ。せっかく久しぶりに会ったんですから、俺が切りますか?」

「悪いな。頼む。あれ!? お前さん、ケンゾウんところの秘蔵っ子じゃないか?」

「あ、どうも、ケントと申します」

 毛だらけの顔の中から、赤い口とまん丸の目がこちらに向けられた。


「生きてたか。地獄に連れ去られたんじゃないかと思ってたが……」

「地獄に連れ去られました」

「ふえっ!? 地獄から帰ってきたのか?」

「はい。爺さんが壊した門直して帰ってきました」

「ふ~ん。何を言っとるんだ? こいつは?」

 天狗さんは俺の話に呆れて、團さんを見た。


「信じられないかもしれませんが、ケントの言っていることは事実ですよ」

 團さんはミニバンの中から、散髪セットを取り出して、川原に折り畳みの椅子を置いた。

 天狗さんは背中のリュックを置いて、服を脱ぎ始めた。実は中に相当着こんでいたようで、3枚脱いで、ようやくインナー姿になっている。しかも、もっと汗臭いかと思ったのに、見た目以上に臭いがまるでしない。


「臭わんだろう?」

「いや、臭ってますよ」

 井戸さんは嫌がっていたが、天狗さんは笑っていた。


「臭ってないですよ。むしろ葉っぱの臭いに近いです」

「そうだろう。犬の子が言うんだから間違いない。気配を消すにはこういうところから始めないとダメなんだ。今度教えてやろう」

「ありがとうございます」

「しかし、ケンゾウの秘蔵っ子が地獄帰りとなると、あの一連の騒動は現実だったということか」


 シャキッ!


 天狗さんの髪が切られていく。


「山で何かありましたか?」

「ああ、ケンゾウが血を流して倒れてたから、家の庭に運んだのは俺だ。一週間ぐらい異界の臭いがしてたから、地獄に呼ばれてたのかもしれないな。『本人は大丈夫だ』と言っていたが、やっぱり俺も付いておくべきだったか。その後だ。牛頭と馬頭が倉に青年を連れて行くのを見たのは」


 天狗さんは全部山から見ていたらしい。


「見てたんですか?」

「山で飢餓道の訓練をしていると、山の裏側の出来事まで見えるからな。すまぬ。助けに行くにはこの身が邪魔になってなぁ」

「ああ、飢餓地獄で感覚ビンビンにしてから、針地獄なんですよ。止めた方がいいですよ。生きてるうちにやるもんじゃない」


 天狗さんは「やっぱり見てきた奴は違うなぁ!」と豪快に笑っていた。


「そんで、帰ってきて團たちと何をやってるんだ?」

「ケントは、はまぐり工務店のバイトですよ」

「ふえっ! なんでだ? いや、ちょっと待て。さっき、地獄の門を直してきたって言ってたが、そんな早く直したのか?」

「30年くらいはかかったと思うんですけどね。現実世界じゃ、3日しか経ってませんでした」

「はぁ~、お前たち、とんでもないバイトを雇ってるな」

「天狗さん、動かないでください」

「ああ、すまんすまん」


 團さんはきれいに天狗さんの髪を切り、髭もワイルドに残していた。天狗という名前だけあって、鼻は高く、目も口も大きいが、どこの国にいてもおかしくないような顔をしている。

 身体は山籠もりをしているはずなのに、中肉中背で、臭いも少ない。不思議な人だ。


「やっぱり元散髪屋は違うな」

「見習いまでしか行けなかったんですよ。異能が現れちまったから」

 團さんは元美容師見習だったらしい。初めて知った。


「それでも腕がいい。團の繊細さがあれば、何にでもなれるさ」

「いや、俺は工務店ぐらいが向いてます」

「ケントはなんではまぐり工務店の仕事をしてる? 崎守家だろう?」

「俺は戦闘に才能はありませんから。地獄で嫌というほど思い知らされたんで。それに、爺さんが死に際、はまぐり工務店の名刺を俺のポケットに入れてくれてたんです」

「そうか。異能は地獄で発現したのか?」

「そうですね」

「だったら現世での使い方がわかってないだろう?」

「その通りです。同級生に鬼の子がいるんですけど、どう接したらいいかわからなくて……」


 天狗さんは「そうか」と言って、髪の毛がついたインナーを川で洗い、振り回して適当に乾かしてからすぐに着ていた。


「井戸ちゃん、これは流れの一種か?」

「ええ。ケントくんが天狗さんに会うのは流れでしたよ」

「じゃあ、俺が仕事を教えるか。ケントには、川の上流がどう見えてる?」

「ミミックが流れてくるなんて大変だなと思ってますよ」

「他には?」

「警察や陰陽師の新人教育に使われてるなら、いいのかもしれないとも思ってます」

「そのミミックと戦いたいとは思わないか?」

「思わないですね。川が壊れたりしたら、百目鬼さんが大変な仕事を回されるんじゃないかとかは思いますけど」

「うん、そうか」


 天狗さんはリュックの中から、緑色の苔の玉のようなものを取り出して、握りつぶした。

 ブシュッと音が鳴り、中から異界の臭いが出てくる。

 途端に、俺の顔が犬へと変わっていった。特に一般人は誰も見てはいない。


「峠にははまぐりのおっさんが控えているから、一般人に見られる心配はない。お前なら、ミミックの箱が現れる異界の門の場所が、臭いでわかるんじゃないか?」

「わかる……かもしれないですね」

「どうせその状態になると頭だけじゃなくて、身体能力も上がるんだろ? 俺がついていってやるから、異界の門を見つけてみろ。こっちの仕事は團がやっておくから」


 できるかどうかわからないが、俺はシャツのボタンを上まで閉めて、手首のボタンも限界まで閉めた。


「なにか道具はいるか?」

 團さんが聞いてきた。

「えっと、じゃあ、ガムテープとかなづちってありますか?」

「あるよ」


 ガムテープで、服の隙間を塞ぐ。手首や足首の裾も塞いだ。


「今度から、ツナギを支給してやってくれ」

 天狗さんに言われて、團さんに「わかりました」と答えていた。


「行きます」

「おう、いつでもいいぞ」


 天狗さんの返事を聞いて、俺は藪の中を全力で駆けた。基本的に骨が折れるようなことさえなければ問題ない。皮膚が傷つこうが肉がえぐれようが、身体を動かすことはできるが、骨が折れると、そこから先が動かなくなる。

 行く手にある太い枝は金づちで折っていく。折れないほど太い倒木は、転がって躱していった。制服はこの時点で枯れ葉と腐葉土だらけだ。


 とにかく俺は異界の臭いのする方へ走り続けた。一応、天狗さんがついてきてるか、振り返ってみると、枝の上に立っていた。


「大丈夫だ。ついていってるぞ」


 川原の方では、炎が弾ける音や、木材を叩くような音が聞こえている。


「臭いが薄い」


 おそらくミミックは川の水で異界の臭いが薄れて行っている。

 さらに上流へと走っていくと、呪文や鈴の音が聞こえてきた。陰陽師が祓っている音だろうか。


「なんだ? なにかが迫ってきてるような……」


 川原の方から声が聞こえてきたが、構わず進む。固い枝が前腕に刺さっても気にしない。

 体温が上がり、自分の舌が出ていることに気づいているが、口を閉じることはできなかった。


 川の匂いに、異界の臭いが混ざり始めている。見上げれば、峠の崖の近くまで来ていた。崖の真下はゴミだらけだ。峠に来た客が、食べ物を買って食べ終わった物を投げ捨てているのだろう。


「ゴミの臭いがするか?」


 いつの間にか、天狗さんが俺の上にある枝に立っていた。

「ええ、観光客が見晴らし台から捨てたんでしょう」

「ああいうことをすると空気が淀むんだ。だから異界が現れる」

「なるほど……」

「一番異界の臭いのする場所は?」

 異界の門の発生場所を聞いているのだろう。


「たぶん、いくつかあります」

「そうか。役所がサボったせいだ」


 崖下にはいくつも異界の穴が空いていた。

錆びた看板の隙間や、壊れた冷蔵庫のドア、峠の雨水を輩出する土管。すべて異界と繋がっていた。

 宝箱もそこら中に転がっている。異界への穴を守るように、大きく口を開けて、こちらを威嚇していた。


「大丈夫だ。所詮、箱だ。距離を取って、自分から開けなければ大丈夫だろう。はまぐりのおっさんに連絡取れるか?」

「はい」


 俺はスマホを取り出して、社長に連絡。社長が出ると、天狗さんにスマホを渡した。


「久しぶりだな。悪いんだけどベニヤと護符を落としてくれ。そう、見晴らし台から」


 短い会話をして、天狗さんは俺にスマホを返してきた。


「これ、誰とでも繋がれるから気をつけろよ」

 スマホのことを言っているようだ。

「はい」

 俺としては30年もなかったテクノロジーなので、便利だとは思っているが、なかなかゲームのアプリや出会い系をしようとは思えなかった。地獄でも、目を潰される亡者を見たせいもある。


 ミミックの蝶番を金づちで壊していたら、崖の上からベニヤ板が落ちてきた。

 天狗さんが手を振ると、風が吹いて、ふわりとベニヤ板が着地。ミミックを蹴散らしながら、進んでいく。噛まれてもそれほど痛くはないことがわかった。蝶番を壊していたから、ビビってくれたのかもしれない。


ベニヤ板で錆びた看板の隙間を埋め、冷蔵庫のドアをガムテープで止める。土管の上には護符を張り付けた。


「これで、しばらく大発生はしないだろう」


 すでにミミックが大量に転がっているが、これくらいでは大発生と言わないらしい。


「あとは、警察と陰陽師の仕事だ。まぁ、土管は業者呼ぶことになるだろうけどな」

「埋めるんですか?」

「いや、金網つけて、ここら辺には清掃が入るだろう。よし、帰ろう」

「はい」



 俺と天狗さんは来た道を戻って下流へと向かった。


「本当なら、あの程度の魔物を騒ぎ立てて駆除する必要もない。放っておけば自然と消える。まぁ、あれだけの量が出てくると壊すしかないけど、直せるものは直していった方がいいんじゃないかとも思うんだ」

 天狗さんは長い鼻をこすって話してくれた。


「異界の魔物が出てきても構わないってことですか?」

「山に入ってると、ああいう突発的に出来る異界の門があるんだ。これから日本は、どんどん廃村が増えていく。魔物によるだろう? 意外に現地の木霊と仲良くやってる奴もいるんだ。人もいない山の中で、ひっそり暮らしているのを見ると特別騒ぎ立てなくてもいいんじゃないかとも思う」

「確かに、猫の駅はそうしました。地獄は悪い奴しかいませんでしたから、倒さないとこちらがやられましたけど、また別の異界となると話は変わってきますよね」

「そうだ。魔物を倒すだけが対処じゃない。大人も迷ってるから、見聞だけは広げておけよ」

「わかりました」


 天狗さんと下流へと戻ると、仕事は終わっていた。


 天狗さんは再び山に入るという。山に入り異界の物を見つけて、はまぐり工務店の仕事を取ってくる営業職をするのだとか。


「天狗さん、ありがとうございました」

「いや、いいよ」

「ちなみに、うちの爺さんって何と戦ったんですかね?」

「それは俺にもわからん。敵も味方も多い人だったからな」

「しくったって言ってたんですけど」

「だったら、何かを見誤ったんだろう。何も託されてないなら、気にすることもない。そういう人だった」

「また、天狗さんと会えますかね?」

「同じ会社の人間だぞ。当たり前だ。犬神祭りには来るんだろ?」

「なんですか、その祭り」

「行かせます。大丈夫、片づけはうちの担当なんだから」

 俺の代わりに團さんが答えた。


「じゃ、また新年に」


 そう言って、天狗さんは山の中に入っていった。


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