7話『恋の宝箱』
猫駅を建てに行き、ようやく動物塚を修復できたのは秋になってからだった。
猫の置物は新しい猫塚の社に引っ越しさせた。どうにか馴染んでくれるといい。
帰りがけにミニバンから谷底の川を眺めていたら、ゲームで見るような宝箱がどんぶらこと流れていた。
「あ、宝箱」
「え? ああ、そういう時期か」
團さんも宝箱を見て、うんざりしたように井戸さんに連絡していた。
俺はじっと宝箱が流れていくのを眺めていた。
「たぶん、あれはうちの工務店の仕事になる」
「宝箱ですか?」
「ああ、ネットを張っておかないと、下流で被害が出たら面倒だ。冷たい川に入って回収することになるから、覚悟しておけよ」
「それ工務店の仕事ですか?」
「初めに警察が出動して、宝箱が死ぬだろう? あの手の異物は新人教育にはもってこいだから、陰陽師も来るかもしれない。縄張り争いみたいなものさ。結局、空箱だけが残って川に流されるんだ。河川に被害があれば、工事の前に国交省の異界担当からうちに仕事が回ってくるのさ。異界周りの修理屋はうちしかないからな」
「あの宝箱はそもそも異界の物なんですか?」
「土地の呪いみたいなものなんだけど、流行り廃りがあるから、数年に一度大発生する。川に宝箱が埋め尽くされると、厄介だぞぅ」
團さんは、大きく溜息を吐いていた。
会社に帰ると、井戸さんが宝箱の正体について教えてくれた。
「秋って、夏にはしゃいだカップルの別れの季節でもあるのよ」
「それが関係してるんですか?」
「でも、学生生活も職場での生活も続いていってしまう。だから別れたら美しい思い出も苦しい思い出も、心の宝箱にしまっておくの……」
純愛な恋よりも、性欲に純粋でありたい俺としては、何を言っているのかちょっとわからないが、きっと恋人ができたら変わるだろう。
「そういう戯言と峠の別れが結びついてしまって異界が現れちゃったってこと」
今、井戸さんも戯言って言ったな。
「峠のドライブインにあるお汁粉が美味しいんだよ。そこで食べて、失恋した思いを心の宝箱にしまう儀式が女性の中で流行ったんだ」
團さんが説明してくれた。
「でも、あれは心の宝箱じゃなくて、現実の宝箱でしたよ。RPGにあるようなタイプの」
「そうなんだ。異能者が失恋すると、知らないうちに異界から宝箱を呼び寄せてしまうのさ。ミミックをな」
「ミミックなんですか?」
ロールプレイングゲームで宝箱に擬態しているモンスターだ。
「ゲーマー界隈の恋愛はウェブで一気に広まって、しかも別れるのも簡単でしょ?」
「異能者はコミュニティーが小さいから、思い出したくもない恋をしていた連中が聞きつけると、とっとと解消したくてどんどん宝箱にしまって川に流すんだよ」
「川がミミックだらけですか?」
「そう。川が止まっちゃうと、さすがに普通の一般の人にもバレるから、警察の河童さんやこの前来た百目鬼さんたちが対処すると思う。そんなに強力にはならないはずだから、陰陽師が新人連れてやってくるかもな」
「そう言うことだったんですか。ようやく理解しました」
はまぐり社長が、手を揉みながら、にんまりとした笑顔で踊っている。機嫌がいいな。
「そして、僕たちは彼らから依頼を請けて、壊れた宝箱の残骸を回収する。これは稼ぎ時だね」
「社長は破損の少ない宝箱を回収したいだけでしょう?」
「違うよ。ちょっとしたコンポストが欲しいだけさ」
コンポストって生ごみを肥料に変える箱だ。社長は、なるべく破損の少ない宝箱を回収するつもりだ。
「ミミックの発生場所ってわかってるんですか?」
「だから川に近い峠のどこかよ。たぶん、崖の下だから、天狗さんでもない限り、進んで行こうなんて思わないし、そもそもどこに異界の扉が発生するなんて……」
井戸さんがそこまで喋って、俺を見た。
「たぶん、ケントならわかる。流れは?」
「ケントくん、天狗さんに会えるかもね」
「とりあえず、俺たちの仕事はミミックの駆除が終わってからだ」
警察が魔物と戦った後、大規模工事が始まる前の隙間に、うちの工務店は仕事をしているマンションの一室など、時には補修まで引き受ける。
競争相手のいない隙間産業で、誰かが引き受けないといけない仕事はなくならない。いい商売だと思う。
翌日、学校に行くと、鬼頭さんが話しかけてきた。
あんまり関わらない方がいいだろうと思っていたけど、隣の席だ。消しゴムが転がっただけで、関わらないといけない。
「明日、川に行くの?」
「明日かどうかわからないけど、鬼頭さんたちの仕事が終わったら行くと思うよ。失恋シーズンなんでしょ」
そう言えば、失恋の映画がサブスクで流行っていたような気がする。
「ミミックってどんな魔物なの? 知ってる?」
「宝箱だよ。鬼頭さんはゲームはやらないのかい?」
「パズルくらいしかやらないから知らないの。教えて」
「教えるも何も……。ほら、こういうの」
俺はスマホで、ゲーム動画を見せながら、いろんなゲームで宝箱に擬態している魔物を見せた。
「リンちゃん、そんな禿げとなんの話してるの?」
鬼頭さんに同級生が声をかけてきた。
俺はまだ髪が生えていないから、仕方がない。
「仕事の話。真剣だからちょっと黙っててくれる?」
「あ、ごめん」
同級生はすごすごとどこかへ行ってしまった。できれば鬼頭さんには自分のスマホで見てほしいから、助けてほしかったんだけど。
鬼頭さんは、誰に対しても塩対応だ。自分が美人であるとかよりも、背負っているものが違う。きっと、この後ゲーム動画を真剣に見ている鬼頭さん、実はバーチャル配信者なのではないかという噂が立つんだ。
「属性って何? 火に弱いってこと?」
「いや、現地は川だよ。それにこれはこのゲームの中だけで、現実は違うんじゃない?」
「現実にはいないから異界から来るんでしょ。だいたいなんで失恋したくらいで、こんな箱を出すわけ?」
「それは知らないよ」
「わからない。ちょっと悪いんだけど、うちの道場に来て訓練に付き合ってくれない?」
「鬼頭さんの家には道場があるの?」
「うん」
さも当たり前のように鬼頭さんは言った。俺たちの会話に聞き耳を立てている同級生たちの汗の臭いが一気に教室に充満した。鬼頭さんに呼ばれたのに断ったら殺すという殺気も感じる。
猫駅も建てたので、川に呼ばれるまでは仕事はない。
「じゃあ、行かせていただきます」
鬼頭さんの家は凄い大きかった。さすが鬼の頭の家だと思えるほどに、敷地は学校よりも広く、母屋の裏にある山も所有しているのだとか。母屋も大きく、その横に体育館くらい大きな道場があった。
鬼頭さんのお爺さんが、空手と古武道を教えているという。
「やあ、リンがお世話になっているようだね」
岩だ。道場の真ん中に置いてある岩が喋っている。
「どうも、崎守と申します。こちらこそお世話になりっぱなしで……」
よく見ると、岩のように見えていたのは鼠色のパーカーを着た老人だった。あまりにも体幹がしっかりしているせいで胡坐をかいているのに、全く微動だにしない。
そもそも道場なのだから、道着を着ているかと思ったが、オフの日なので普段着なのだそうだ。岩に見えた俺は悪くない。
鬼頭さんは「ちょっと着替えてくる」と母屋の方へ走っていった。
「道場生に聞いたのだが、崎守くんは地獄に行って帰ってきたとか」
「ああ、はい。3日間ですけどね」
「その髪を見ると体感は3日間では済まなかったようだけど?」
「30年ほどに感じました」
「やはりか!」
鬼頭さんの爺様は急に立ち上がった。動きに淀みがない。大きく膨れ上がっている筋肉で立ったわけではないらしい。
立ち上がるとよくわかる。腹が出ているわけではないのに、筋肉に程よく脂肪がのっかっている。怪我したときに直しが早いのはそういう体だ。
「少しだけ手合わせしていただけないかな」
嫌とは言わせぬ圧力があった。
「そんなに戦う才能は有りませんから」
「まぁ、そう言わずに……」
俺の顔に付いた米粒でも取るように、ふいに突きが飛んでくる。相手に覚らせないような攻撃だ。
半身で躱して、受け流したふりをしながら肘を立てた。胸骨を狙ったのだが、左手で払われてしまった。
「やはり身体が動くじゃないか」
「身を護る程度です。現世では怪我をしても治りません」
「大丈夫だ。うちには治癒師がいる。気にせず打ってくればいい」
「何度も言いますが、俺には戦う才能がないんです」
今度は狙いすませたような右の拳が飛んできた。俺は両手で払いながら、鬼頭さんの爺様の首を引き寄せ、頭突きを当てようとした。
ブンッ!
身体が浮き上がり、鬼頭さんの爺様の後方に転がった。
「鬼に頭突きとは、面白いことをする」
鬼頭さんの爺様の額から、先ほどはなかった角が伸びていた。異界の臭いが濃い。
自分の顔が犬になっていくのを感じる。
「これが限界です。やっぱり日々鍛えている方には敵いません。俺の異能はこれだけですから」
転がった身体で立つこともなく、俺は座ったまま話しかけた。
「いや、初見殺しとしては十分だろう。ん~、すまない。嫌なことに付き合わせてしまったか」
鬼頭さんの爺様は姿勢よくその場に座った。
「自分は戦うことしかしてこなかった。会話、コミュニケーションも身体をぶつけ合った方がわかるのだ。他意はない。許してくれ」
「いえ、許すも何も……。こちらの方こそ姑息な真似をいたしました」
自分よりも遥かに武道に年月を重ねている人に言われると恐縮してしまう。
「やはり今はの際となったら骨か? 崎守くんの動きはほとんど筋肉を使っていなかったのではないか?」
「そうですね。地獄は筋肉の断裂や骨折はあるものと思って生きていますから、動きはこうなっていってしまいますね」
「武器術はどうだ?」
「一時は右腕を失い、木槌を付けていたこともあります。指先って便利なんだとつくづく実感しました」
鬼頭さんの爺様は面食らったように目を見開いてから、豪快に笑っていた。
「武器術は体の一部のように扱うが、身体の一部だったとは……。亡者たちには気に入られただろう?」
「ええ、気に入ってもらわないと、門を直せなかったんで」
「地獄門を直したのか?」
「うちの爺様が壊したので、俺が治す羽目に」
「ケンゾウか。しょうがない奴め」
「知っていますか?」
「この土地で知らないものはいない。崎守家は、君が継ぐのだろう?」
「いえ、俺は分家の一番下なので……」
「ああ、そうか。あそこには長男がいたか。では、将来は警備会社に? それとも保全団体か?」
「将来はまだわかりませんが、今は、はまぐり工務店というところでアルバイトをしています」
「あ~! なるほど!」
鬼頭さんの爺様は、大きく頷いていた。
「そりゃあ、いい! あいつめ、上手くやりやがったな~!」
何が上手いかはわからないが、俺がはまぐり工務店で働くことはいいことらしい。
その時、ようやく鬼頭さんが稽古着に着替えて道場にやってきた。
「おう、リン。崎守くんは面白いな。ただ、お前には合わん。諦めろ」
「はあ? 何を言ってるの? 爺ちゃん!」
「崎守くん、金属の名前の付いた女の子を探すといい。きっと君のタイプだ」
「え? そうなんですか?」
今はまだ、まるで思いあたらないが、俺には運命の相手がいるようだ。
「隣の席だというだけで、別に付き合ってないからね!」
「そうなのか? どうせ研修の稽古だろう。どれ、ワシがつけてやろう」
「お爺ちゃんはミミックを知らないでしょう?」
「どんな妖怪なんだ?」
「箱の妖怪です」
鬼頭さんの爺様に聞かれたので思わず答えてしまった。
「なんだ、鬼箱か。だったら開かないようにすればいいんだから簡単だろう。ほら、木刀を持て。崎守くんも、やっていきなさい」
「はい」
なぜか鬼頭さんの家にいると借りてきた猫みたいに従順になってしまう。
結局、俺も木刀を持たされた。
「どうしてそんなに強く握るんだ? 関節にそんな力を入れないだろう。崎守くんを見てみろ。こういう脱力が大事なんだ」
「いや、俺はわけがわかってないだけです」
そんな稽古が、日が暮れるまで続いた。