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4話『駅の名は猫町』


「じゃあ、行ってきますよ」

 團さんの運転で、ミニバンの後部座席に乗り込み、現場へと行く。


「現場はどこなんですか?」

「さびれた温泉街の廃ホテルだ」

「私たちの仕事は不法投棄の片づけよ。いい加減、建物の耐久年数も経ってるから崩れる前に、取り壊しが決まったんだけど、異界の住人がいたらしいわ」

「警察がその住人たちを異界に送り返して、俺たちはその片付けをしてくれというわけだ」

「工務店なのに片付けなんですか?」


 俺は純粋な気持ちで質問してしまった。言ってすぐにマズかったかと思ったけど、意味はなかった。


「それが、片付けしても戻ってしまう異物があるらしい」

「私たちはその異物を修理して、しっかり異界に送ることが仕事よ。ついでに片付けもしないと、小さい業界だから噂になっちゃうんだよねぇ」


 井戸さんはめんどくさそうにダイエットコーラを飲んでいた。


 ミニバンはカーブを曲がり、渓谷を進んだ。今は冬でも人気がない温泉街だが、かつてバブルの頃には栄華を誇っていたらしい。

 白い建物の壁面には枯れた蔦が覆っている。フェンスのない廃屋には不法投棄されたソファやブラウン管のテレビが置かれていた。もしかしたら近所の少年たちの秘密基地になっているかもしれない。

 空き缶にはタバコの吸い殻が大量に突っ込まれている。


 川の近くの露天風呂は、今でも無料で営業をしているらしいが、人のまるで気配はない。


 現場は山側のかつてはホテルで、壁面の塗装が剥がれてコンクリートが向き出しになっていた。


「何の臭いですか?」

 ミニバンから出て、動物の糞と鉄が焼けたような臭いが立ち込めていた。


「森の香りじゃなくて?」

 井戸さんには感じないらしい。

「動物の糞の臭いがしませんか?」

 2人ともしないらしい。おそらく俺の鼻がよすぎるせいだろう。


「たぶん、猫の糞だ。このホテルが廃墟になってから、猫がたくさん棲みついていたらしいから」

 團さんは、フェンスの扉にかかった南京錠を開けながら、説明した。

 枯れたセイタカアワダチソウを踏みしめながら、ホテルの中に入った。中も外とほとんど変わらない汚れ具合で、ゾンビ映画で見た廃墟に似ていた。薄暗く、部屋の隅は見えないがカビが生えているのは臭いでわかる。


「こういう場所は地獄にないのか?」

「こんな立派な廃墟はありませんよ。地下ならまだしも建物が立っているだけですごいことなんです。ましてや血の痕もないなんて……」

「ケントといるとここが廃墟という気はしないね。たぶん流れ的に上の方なんだけど、わかる?」

 井戸さんに言われて、周辺の臭いを嗅ぐと、明らかに獣の臭いが上階から流れてきた。


「井戸さんには風が見えてるんですか?」

「私の異能は、井戸の底にいる魔物だから、流れを読む訓練をしたの」

「その調子で社長の運の流れも読めるといいんだけどな」

「競馬や勝負事は時の運も絡むし、流れを引き寄せたり、預けたりする異能者がたくさんいて読めないのよ」


 井戸さんは異能者でありながら、自分の能力を伸ばす努力をしているのか。地獄に行くまでは得意なことがなんなのかすら考えたことがなかったけれど、仕事にするならやった方がいい。


「訓練ってどんなことをしたんですか?」

 素直に教えを乞う。バカな後輩になら教えてくれるかもしれない。

「流れがあるものはなんでも調べたの。株式取引から動画投稿サイトの視聴者の流れ、川はもちろん道路の交通量、祭りの混み具合とかね。ネット上だと難しいけど、自分の近くにある流れなら、結構わかるものよ」

「井戸が能力を発揮しているときは、周囲に水溜りができる」

 そう言えば、公園でエルフと戦う前に、パシャンという水しぶきの音が鳴っていた。井戸さんの能力だったのか。


「じゃあ、エルフたちを捕らえたトラバサミは團さんの能力ですか?」

「そうだ。よくトラバサミだってわかったな。初見じゃ、ほとんど何が起こったのかわからない」

「そりゃ、わかりますよ。罠だらけのところにいましたからね」

「俺の異能はちょっと特殊だ。説明するには時間がかかる。でも、実はケントの爺様には相当助けられたんだ。警察に捕まっていないのは、ケンゾウさんのお陰だよ」

 意外だった。坊主頭で飄々としている團さんが、誰かを頼っていたなんて思わなかった。


「そこの階段崩れてるから気を付けろよ」

 團さんがそう言った階段が一段崩れていた。注意されなければ、影の具合で見えなかったのに。

「手すりにつかまって端から上がっていけばいい」

 何の能力なんだろう。

「俺の能力が気になるか?」

「ええ」

「まぁ、俺も初めて能力が出現したときはそんな感じだったのかな。修理工には向いているとだけ伝えておくよ」

「ケントはちょっと私たちとは事情が違うけどね。この階よね?」

 4階だが、壁には5階と表示されている。


「昔は縁起が悪いから4階がなかったんだ。海外だと13階がなかったりね」

「どこの部屋に荷物が溜まっているかわかる?」

「ええ、臭いますから。この部屋とこの部屋です」


 502号室と513号室だ。廊下を挟んで向かい合わせだった。


「二部屋か?」

「ええ、違うんですか?」

「聞いていたのとはな。やっぱり臭いがわかるって相当便利だぞ。その能力は大事にした方がいい」

「一生付き合っていくことになりそうなんで、そのつもりです」

 二人とも軍手とマスクをしていた。俺もそれに倣う。


「耳栓と眼鏡は必要ないだろう。開けるぞ!」

「はい」

 

 團さんが502号室を開けると、大量の招き猫や猫の置物が所狭しと置かれていた。通路だけ何もないが、ベッドや調度品もなくなった場所に大小問わず、いろんな猫の置物だらけだった。


「この猫たちが帰ってきちゃうんだって」

「ケント、ちょっと臭いを嗅いでみてくれないか?」

 團さんが小さな招き猫を渡してこようとした。

「いや、普通に獣の汗と腐ったような臭いがしてますから大丈夫です」

「臭いがするってことは生きてるのかしらね? この猫たちは……」

「この臭いで生きてたらそれは妖怪か魔物です。内臓が爛れたような臭いですよ」


 そう言うと、團さんも井戸さんも笑っていた。


「死んでも帰ってきちゃう置物は、ちょっと困るな。解体業者がお手上げ状態になる理由がわかった」

「死んでも?」

「焼いて埋めてもこの猫たちは元に戻っているそうよ。まぁ、だからうちの会社に仕事が回ってきたんでしょうけどね」

「異物の怪異を倒すのが警察の仕事。異界の事件を扱うのが異界探偵。俺たちは異界由来の傷を直すのが修理屋さ。さ、向かいの部屋に行こう。異界探偵がへまをやらかしてる」

「探偵の失態ですか?」

「探偵でも見逃したってことよ」



 團さんが513号室を開けた。



 特にベッドや机がないだけの部屋だ。ただ、鉄の焼けるような臭いがする。

「臭うか?」

 團さんはそう言って俺を見た。

「臭いませんか?」

「どこから臭うかわかる?」

「たぶん、この埃が溜まった床を剥がせば出てくると思うんですけどね」

「よし、じゃやってみよう」


 團さんはカッターで柔らかい床材を剥がしていった。

 床に2本の茶色い平行な線がついている。


「あらら……。これ血の痕じゃないわよね」

「幅は?」

 團さんはポケットからメジャーを取り出して平行な線の幅を測っていた。


「1067ミリ。線路の幅と同じだ」

「じゃあ、ここに幽霊列車が通っていたってこと?」

「だろうな。4階と5階の間には通るって話だろう。あの猫たちはたぶん乗客だ」

 團さんと井戸さんが納得して、動き始めた。


「どういうことですか?」

「この廃ホテルが猫たちの駅になってたってことさ。ほら、窓を開けてやろう」


 井戸さんは電話をかけていた。


「あ、社長。今、猫ホテルなんだけど、猫駅だったわ。そう。幽霊列車の。近くに動物塚がないか調べておいてくれる? それから役所に電話しておいてください。駅を引っ越さなくちゃいけないから。そうね。一番小さい社でいいと思うけどスペースは必要よ……、本庁にも連絡お願いします」


 俺は502号室と513号室の窓を全開にした。

 突風が吹いて、一気に風通しがよくなった。


「悪いけど、ちょっとの間待っててくれ。駅を引っ越さないといけないからよ」


 團さんは猫の置物に向けて断りを入れていた。特に片付けもしないらしい。


「じゃあ、行こうぜ」

「いいんですか? このままで」

「ああ、今、片付けても戻ってくるだけだってことがわかったからな」

 これが仕事というのが不思議な気がした。


「ちなみに、ケント。お前、この猫の臭いって辿れるか?」

「どこまで続いているかってことですか? やってみましょうか?」

「ああ、社長の検索より速かったら、即採用だ」

 

 臭いを辿るくらいならできそうだ。しかも独特の腐臭ならなおさらわかりやすい。

 ただ、臭いは山の藪の中に続いている。


「鎌ならあるぞ」

 團さんに言われると、鎌で雑草を刈って進むしかなさそうだ。そもそも大した仕事をしたわけではないので、少しくらい実力は見せておいた方がいいだろう。


 草を刈り、進んでいくと、丸太が埋まっていた。過去にあった階段の跡だろう。

 その階段跡を辿っていけばいい。


「階段が終わってますね」

 突如現れた平地には、セイタカアワダチソウが侵食していた。鎌で刈り、踏みしめながら進んでいくと、石積みが出てきた。


「古い動物塚だな。よし、後は俺がやっておくよ」

 

 バラバラバラバラ……。


 何か草刈り機のような音が鳴り響いたかと思うと、雑草がきれいに刈られ、周囲の木々が見えるまでになった。


「むんっ」


 さらに團さんが石積みに向けて手をかざした。

ものの数秒の間に土が盛り上がっていって柱になり、屋根が伸びて石積みを守るような簡易的な東屋ができ上がった。


「一旦はこれで勘弁してもらおう。後で材料を持ってきてまともなものを作らないと。猫の置き場、いや待合所も必要だな」

「何の能力ですか?」

「俺はダンジョンマスターさ。自分の周り、領域内なら、罠からマテリアルまで弄れる。まぁ、仮の姿だけどな。でも、これをやっておくと本当に建てる時にいちいち図面を引かなくてもいいから楽なんだ」

「最強じゃないですか?」

「いや、全然。攻略はされやすいし、悪事をすればこんな能力は珍しいからすぐに俺だとバレる。どれだけすごい異能者でも法律は守らないといけないし、日本の神社を敵に回さない方がいい。これだけは覚えておけ」

「わかりました」


 俺と團さんがミニバンまで戻ってくると、井戸さんが電話を終えて待っていた。


「どうだった? 塚は見つかったの?」

「ああ、ばっちり。仮の東屋で守っておいた」

「そう。よかった」

「社なんだけど、待合所を作った方がいいと思うんだけど」

「そういう流れだと思って、予算は割増しにしておいた」

「助かる」


 2人ともミニバンに乗り込んだ。

 俺も後部座席に乗り込む。


「さ、帰ろう」

「あの……、俺って採用ですか?」

「ああ、そうだったな。今日の分の給料もつけておくよ」


 俺はこの日、はまぐり工務店のアルバイトになった。

 その後、夏休みの間は廃ホテル裏に通い、動物塚の社を建てることになる。しっかり工務店としての仕事もこなせば、給料払いが遅れることもないらしい。

 日給、1万2000円。高校生のバイトとしては多い方だ。

 現世に帰ってきてから、どうも居心地が悪かったけど、ようやく自分の家ではない居場所を見つけられた気がした。


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