36話「藻藻藻」
N県の真ん中に大きな湖がある。その湖で藻が大量に発生していて、異能者じゃなくても問題になっている。
百目鬼さんは、異能者環境保全団体の代表で、県全体の環境を保全するために動いている。当然、近年の藻の大量発生に対して、毎年、藻を湖から引き上げる作業を行っているという。
「乾燥させてはいるんだけど、どうにも使い道もないし、鵺なんかも出ている」
鵺とは頭は猿、身体は狸、手足は虎、尻尾は蛇という合成獣みたいな妖怪だという。トラツグミの鳴き声も発するが、異界からやってくる合成獣っぽいものはだいたい鵺と呼ばれているらしい。
「面倒ですね」
「ああ、一目入道みたいにわかりやすいものもいれば、水魔という理由のわからないものまで出てくる。それが夜中になると悪さしに現れるから、大変だ。狐のお嬢さんたちもいるんだろ? とり憑かれないように気をつけてくれ」
「取り憑くんですか?」
「玉藻前という平安時代から生きている妖怪がいる。殺生石という石に閉じ込められていたはずなんだけど、数年前に割れてな。出てきてしまって行方知れずになっている」
スマホで調べてみると、本当に割れていた。コンちゃんたちは近寄らないほうがいいんじゃないか。
「それで俺達は……?」
「一般の方々と一緒に、昼に藻を岸に上げてほしい」
「了解です」
百目鬼さんの団体と、はまぐり工務店は一緒に動くので、それほど難しくはない。犬神祭りのときに出会った河童さんたちも来るという。知り合いもいるなら安心だ。
「頼むね」
「はい。当日、よろしくお願いします」
百目鬼さんのバンを見送り、俺は自分でも調べてみることにした。自分たちが住む街のことだから、当たり前といえば当たり前なのかもしれない。しかも俺に関しては会社まである。
すぐにわかったのは藻によってボート競技ができなくなっていること。藻の臭いが酷いこと。乾燥させないと運ぶのに苦労することなどだ。
「確かに臭いよな」
自転車に乗っていても臭ってくることがある。
「あれ? ちょっと待てよ。加奈子先輩に腐らせてもらえば……。異臭が酷くなるだけかな?」
俺は團さんと加奈子先輩にメールを送っておいた。通常はアプリでメッセージを送るが、特に急いでもいないし、仕事でもあるのでメールをすることにしている。
二人とも暇だったからか、すぐに連絡が返ってきた。
当日、團さんは軽トラで来るとのこと。加奈子先輩はバイオ炭という藻類を炭に変える技術があることを教えてくれた。
「バイオ炭!? それができれば、運ぶのも楽ですよね?」
結局、3人でリモート会議をしている。
「楽だけど、移動式の炭焼なんて、それこそ臭うし、許可も必要だろ?」
炭焼き自体は自治体に許可を貰う必要がある。
「移動式がダメなら、キャンプ場ならどうです?」
「ああ、それなら許可が取りやすいかもしれないな。ちょっと幸山さんのキャンプ場に聞いてみるよ」
「じゃあ、俺は百目鬼さんに連絡しておきます」
後日、県民にとっても注目されている問題なので、許可はあっさり取れた。幸山さんも、キャンプ場ですでに1年分稼いでしまったらしく、暇なのだとか。
「そういう稼ぎ方があるんですね?」
「学生たちの野外合宿を誘致したり、イベントごとで稼げるのさ」
夏の間に、何度かキャンプのイベントを開催するらしい。その一環で地域貢献をしていれば、宣伝にもなるとか。皆、当たり前だけど考えて経営している。
「加奈子先輩は腐らせずに乾燥はできるんですか?」
「わからないけど、ヤテミルわ」
カタコトで返してきたので、それなりのリスクを孕んでいる。
「大丈夫。腐っても重くなることはないだろ?」
團さんもそう言っているので、当日は昼間に一般の方たちと作業をして、夜中は加奈子先輩のサポートだ。
「まぁ、匂いが酷そうなら、ダンジョンに仕舞うから、思い切ってやってみろ」
「いいんですか!? というかそんなことできるんですか?」
「この年になって異能が伸びているんだ。可能性は信じた方がいいぞ。あとあそこの湖の神様にお参りしに行ったほうがいい。土地神様だからな」
「効力があるんですか?」
「「ある」」
二人同時に言った。
「守護神と軍神がいるから、両方お参りしたほうがいいわ。私なんか、その二柱がいるから、どうにか近くで生活できているだけだからね」
「異能者ってのは、信仰心によって異能が発現しているわけでもないだろ? だから、土地に嫌われることがある。俺なんか特殊な別世界の異能だからさ。土地に認められるのに苦労したんだと思う。逆に井戸なんかはかなり早く気づいていたんじゃないかな」
「なるほど、じゃあ、臨時社員たちと神社に行ってみます」
「臨時社員なんているのか?」
「犬神祭りの同期たちですよ」
「いいわね」
「今はアプリがあるからいいな」
おそらく團さんの時代にもアプリはあったはずだ。これ以上は聞かないことにした。
翌日、美術室で半田くんと鬼頭さんと打ち合わせ。
「自分も行きますよ。いろんなところから声をかけられていて。力仕事にもなるって」
「ああ、頼むよ。バイト代は出ないけどね」
「狐の子達にも連絡しておいたけど、コンちゃんがデートか何かで来られないって」
「そうなの? 青春はやっておいたほうがいい」
「青春なのかしら?」
わからないが、地獄にはそんな青春はないと言い切れる。
「とにかく藻の掃除の前に神社に行こう」
「了解」
「ブンちゃんは来るって」
「あ、本当」
駅でブンちゃんと合流して、4人で神社へ向かう。
「コンちゃんはデート?」
「いや、陰陽寮の試験。むしろ私がサボっている側なんだよね」
「そうなんだ」
「ケント。卒業したらはまぐり工務店で雇ってくれない?」
「いいけど……。なんかやりたいことがなくなった? ついに異能業界のアイドルは諦めたの?」
「そうじゃないんだけどさ。いや、とっくに諦めてるんだけど……。私の異能って影でしょ? 親に説明しにくくて。コンちゃんは、わかりやすく火を吹けるからさ……」
「ちゃんと口に出している時点で、大丈夫だと思うよ」
「そうかなぁ。あ! 異能分類学は手伝うからね」
「あ、それは頼む」
「半田くん、でかいね」
「そうっすか?」
ブンちゃんは異能に悩んでいそうで、自分の足で立とうとしている途中なのかもしれない。所属することで染まることがある。この時、すでにブンちゃんは陰陽寮に見切りをつけていたのだろう。
神社でお参りをして、コンちゃんのブンのお守りを買っておいた。
「じゃ、コンちゃんに渡しておいて」
「うん」
山に沈む夕焼けが水面に映る湖から独特の香りが漂っていた。




