35話「蟹坊主と地蔵」
磯の香りを辿っていくと、枯木の下に何かが埋まっていた。
「掘ってみるか」
当然女性陣は掘る気はなく俺がひたすら掘りすすんだ。
地面に埋まっていたのは、古い祠だった。特になにかが入っているわけでもないのに、硫黄の香りが強い。最近、異界の門が開いたのだろう。
「お、地蔵だ」
天狗さんが指差す方に小川があり、流れの中に大人ほどある地蔵が座っていた。
「あんなのいた!?」
「今、出てきたよね!?」
コンちゃんとブンちゃんが驚いている。鬼頭さんは、ゆっくり警棒を構えていた。
「ありゃあ、蟹坊主だな。ここら辺の寺は牛伏寺しかないはずだ。聖徳太子の時代からある寺だからな。いくらでも異界の門はあるんだろう」
「なるほど……」
全く知らない寺だ。異物が出るくらいだから有名なのだろう。
「知らんだろ?」
「知りません」
「本尊は蔵王権現。山嶽仏教の修験道に繋がる。ケントや俺の本尊だよ」
「俺、いつから修験者なんですか!?」
「ケントは修験者だよ」
「なんか動きがね。そう思われても仕方ないよ」
「地獄のサバイバーなんだから、修験者になっておいたほうがいいわ」
女性陣は適当な事を言う。
「いい友達だな。ケントはこの通り、地獄に感受性を捨ててきちまっているから、仲良くしてやってくれ」
「いいですよ。犬みたいだし」
「一人だけで変なことをしようとしているから、目が離せないんです」
「異能者を分類しているんですよ。面白そうではあるんですけどね」
普通に天狗さんとも話せるのが、女子のいいところだ。
「ああ、言っていたやつか。あ、ほら蟹坊主が問答を初めているぞ。答えないと」
「……両足八足、横行自在にして眼、天を差す時如何?」
小川の中から、地蔵が喋っている。
「蟹だろ? じゃあ、こっちからもクイズね。獅子の身体に人の顔を持ち、翼を持つこともある幻獣の謎掛けはなに?」
「え? あ? な……なに!?」
地蔵が戸惑っている間に、小川から出して、ひっくり返してみた。
普通の蟹だが、巨大だ。
「なにをする!? やめろ!」
「なんで異界から来たんだよ。帰れよ」
「我は由緒正しき妖怪だぞ!」
蟹坊主はハサミを振り回しているが、こちらに全然届いていない。
「いや、だから祠にいたんだろ?」
「だけど、祠自体が埋まってしまってな」
「出しておくよ」
「人が来るか?」
「来るわけないだろ。道沿いでもないし。だいたい、蟹坊主は坊さんを襲うんだろ? 危ないから、こんな山中に封印されていたんだぞ」
「見ろ。この身体を。どうやって襲う?」
「じゃあ、襲わないか?」
「問答に答えられたらな」
「こいつ、AIに相手させてたらいいんじゃないの?」
コンちゃんがナイスアイディアを言ってきた。
ブンちゃんが、自分のスマホでAIアプリを出して、蟹坊主の前においた。
「な、なんだよ。これは?」
「なんでも答えるよ」
そのまま、日暮れまで蟹坊主とAIは問答を繰り返していた。
「気が済んだか?」
「なんだ、この女。板の中に封印されているというのに、どうしてこんなに問答に答えられる?」
「それがAIだ。よし、祠に帰るな?」
「いいだろう」
蟹坊主は横歩きで、祠へと向かっていった。祠の中に地蔵として収まったのを確認。夜の山は真っ暗だった。
「天狗さん、付いてきてもらってすみません」
「いや、俺も気になっていただけだ。最近、湖にも藻が大量に発生しているだろ? 妖怪、異物が発生する条件が揃ってきているんだ。十分注意しろよ」
「わかりました」
「あと。女の子は全員送っていくように」
「はい」
自転車を押して、女子たちを送っていく。こんな田舎に変質者なんて出ないと思うが、異能者は引き合うというので、それなりに危険だ。コンちゃんとブンちゃんを送っていくと、親が飛び出てきて感謝された。二人ともあまり学校では友達がいないそうで、他校とはいえ初めて友だちを見たという。
異能者は、奇異の目で見られてしまうことが多い。陰陽寮についても、それほど両親には言っていないとか。二人ともギャル風を装っているが、それは鎧をまとっているようなものなのかもしれない。
鬼頭さんは大丈夫だと思うが、ちゃんと家まで送っていった。
道場から鬼たちが飛び出してきたが、俺とわかると「夕飯でも食べて行け」と口々に言う。
「いや、母が夕飯を作って待っていますから」
「そうか。なら悪いな。いつでも道場には来ていいからな。なんか、磯の香りがするか?」
鬼頭家頭首のお爺さんが聞いてきた。
「蟹坊主を封印してきたんです」
「それでか……。今年は特に湖で藻が増えたからな。そろそろ百目鬼くんを呼ばないといけないかもしれん」
百目鬼さんは、うちの爺様が立ち上げた異能者環境保全団体の代表だ。
「藻を刈り取るんですか?」
「ああ、はまぐり工務店も駆り出されるはずだから、ちゃんと手伝ってあげてくれ。意外とこういう時でないと会えない者たちもいるから」
「了解です」
俺は、團さんと井戸さんにもメールで知らせておいた。
「ひとまず、異能美術部の初陣は成功ね!」
鬼頭さんがガッツポーズを取っていた。警察の異能部インターンとしては実績が大事なのかもしれない。
「そうだね。美術部日誌に書いておかないとね」
「いいね。私も書いておこう」
ネットには出せないが、同世代4人だけのグループがあるというだけでちょっと心強い。
自転車で家に帰り、いつものようにカレーを食べながらテレビを見ている母に「湖の藻ってそんなに大変なの?」と聞いてみた。
「見てご覧。ニュースになっているから。今年はヤバいらしいよ。あんまり湖の方に行くと臭いしね」
「百目鬼さんって爺ちゃんの知り合いが連絡してくるかもしれない。はまぐり工務店は手伝いますって言っておいて」
「ああ、わかった。美味いか?」
「カレーは美味いよ。母の料理は世界一!」
「そうだろう」
母は満足げにテレビを見ていた。
はまぐり工務店に百目鬼さんが現れたのは翌々日のことだった。




