34話「美術部の初陣」
高校3年生にもなると、周りは自分の将来について決めて動いていくもので、就職する者たちは就職活動をして、大学に進学する者たちはスキマ時間でも勉強に励む。俺はと言うと、どっちつかずで、参考書を開いてみては文章の途中でなぜ絵が入るのかわからなくなって、「このキャラクターは一体何だ? どうやって生計を立てているんだ?」などと遇にもつかないことを考えてしまっていた。
「受験は何を勉強すればいいんだ?」
隣にいた眼鏡の女子に聞いてみた。
「崎守くんは普通にスポーツ推薦を狙ったほうがいいんじゃない?」
なぜか俺は身体能力が高い人間として知られているらしい。ケガをしている事が多いからだろうか。
「そんなんでいいの?」
「受かってしまえばこっちのものよ」
同級生はドライにものを考えるようだ。
「そうか……」
「大学に受かる方法は結構あると思うのよ。いろんな枠がある場合もあるしさ。そこから逆算して、どれくらい勉強しないといけないのかがわかってくるから、初めに過去問をやるのはいいと思うよ。私は志望校の過去問をやったら、全くわからなかったんだけど、いくつかやって細かく見ていくとこれは何を聞いているのかがわかってくるんだよね」
「パターンを見つけるみたいなこと?」
「そうそう」
「頭いいね。俺、パターンがわかったところで、勉強をやめちゃいそうだけど」
「そう? 短期記憶で直前にやればいいというところもあるけど、覚えておいて損しなそうなことは先に覚えたほうが、応用は利くから楽よ」
「それを見極めるのも賢さが必要だよ」
「崎守くん、工務店の社長でしょ? 賢いんじゃないの?」
「社長は勢いでなるもんだよ。賢い人たちは誰かにやらせているさ」
「確かに……。そういうのは見極められるのね」
「何も見極められなかったから社長をやっているのさ」
その時、不意に教室内の学生たちから汗の匂いが立ち上った。唐突に青春がやってきたのだろうか。扉を見れば、鬼頭さんが立っている。同級生たちの視線は学園のマドンナ鬼頭さんに注がれている。今年は別のクラスのはずだが……。
鬼頭さんは普通に俺の眼の前まで歩いてきた。
「ワン。鬼頭さんが来ると教室が青春で充満するから、今度から予告してくれないか?」
「あら? 崎守くん、スマホを見てよ。一報入れてるわ」
自分のスマホを見ると、真っ暗。普通に電源を入れてなかったらしい。
「ぶっ飛ばすぞ……」
優しくほほ笑みを浮かべた鬼頭さんに言われると、それもいいかもしれないと思うから不思議だ。
「大変、申し訳ございませんでした。で、何か用?」
「用だから来たのよ。はい、これね」
鬼頭さんから、紙を渡された。異能者のリストらしい。名前と異能の種類が書いてある。鬼頭さんは別に見られてもいいのか。俺はファイルに紙をしまった。
「ありがとう。助かるよ」
「うん。それからお爺ちゃんがきのこ狩りに行ったら、沢に穢れが浮いていたって。天狗さんになにか聞いてる?」
「いや……。どこら辺?」
「水源の森の方だって」
「わかった。連絡とって聞いてみる」
「今日は美術室に行かない?」
「うん。放課後は直接森に行ってみる」
「じゃあ、二人も呼んでおく」
「あ、来るのね」
「そりゃあ、そうでしょ」
「半田くんも呼ぶ?」
「ジムが気に入っちゃったみたいだけど……? 一応、声はかけるわ」
鬼頭さんを連絡係にしてしまっている。
「じゃ、後で」
「はい」
鬼頭さんが教室からいなくなると、ようやく同級生たちの緊張の糸が切れた。
「崎守くんって鬼頭さんのなに!?」
眼鏡の賢い女子が聞いてきた。
「同じ美術部なんだよ。知らなかった?」
「知らなかった……。本物って、やっぱり息できなくなるね」
「なにが? 息はしたほうがいいよ」
「なんでこんな田舎の学校にあんな美人がいるの? 不公平じゃない?」
「鬼頭さんと公平に戦わないほうがいいよ」
「それはわかってる!」
「なら、いい」
「先輩たちからの告白も全部断ってたんでしょ?」
「たぶんね。というか、鬼頭さんと付き合うって……」
おそらく道場で、立てなくなるまで稽古が待っている。異能者でもない人たちができるはずがない。
「止めておいたほうがいい」
「崎守くんは付き合っているわけではないの?」
「無理だよ。そんな体力はない」
「え?」
「え?」
その後、良からぬ噂が立ったらしい。
放課後、俺は自転車で、水源の森に行こうとしたら鬼頭さんに呼び止められて歩いて向かうことに。途中、駅でコンちゃんとブンちゃんと合流。半田くんはやはりジムに行くらしい。
公園に自転車を止めて、制服を着替える。
「あれ? 皆、着替えを持ってきた?」
「持ってきたよ」
「私、ジャージ」
「常に準備はしているわ」
女子トイレで着替えていた。俺は普通に誰もいないので外でジャージに着替える。
「天狗さんとは連絡付いた?」
「いや。でも、たぶん森に入っていると思うよ。これだけ臭えば誰でもわかる」
女性陣は臭いを嗅いでいたが、わからないらしい。
「ケントは犬だからわかるんだよ」
「そうかな。温泉もないのに硫黄の匂いがしない?」
「言われてみれば……」
「言われてもわかんないよ」
「とりあえず、日が暮れる前に確認だけでもしよう。ちょっと走るからね」
車が一台通れるほどの道を走り、脇道から森の中へ進む。女性陣はそれぞれ体力がないと思われたくないのか、誰も文句ひとつ言わない。
「疲れたら言ってね」
「大丈夫。これくらいなら」
「体力は付けないとって陰陽寮でも言われているから」
「私も全然、まだ大丈夫。それより山はヒルが多いから気を付けて」
「やっぱり鬼はヒルが嫌いなの? 血を吸うから?」
「そうね。というか好きな人はいないでしょ?」
「確かに」
俺はズボンの裾を靴下に入れてガムテープで止めた。皆、同じようにガムテープで足元をまもっていた。見た目よりも実利を取っている。
俺はここまで女性陣から不平も不満もないのが、不思議だった。異能の女性たちが、世間の女性らしさと距離を取っていることに気づいていなかったとも言える。
異能を持っているがゆえに、それぞれ抱えている思いは違う。
単純に俺は強い人たちだなと思いながら、森の中を進んだ。
「誰か今日、海鮮丼を食べたか?」
木の上から天狗さんの声が聞こえてきた。




