32話「新入部員はハンターくん!?」
山には雪が残り、菜の花が一斉に咲く頃、新年度が始まった。
高校3年になり、進路が決まっている同級生がほとんどの中、俺はいつの間にか工務店の社長になっていて、場合によっては大学進学も考えているという、顧問の教師からすれば「こいつ何を言ってんだ」状態になっていた。
「勉強はするのか?」
頭部にある毛髪をすべて中心に寄せて、頭頂部のハゲを隠している男性教師が困った顔で聞いてきた。
「勉強はします。経営のことはさっぱりわからないので」
「なんで、社長になったんだ?」
「ああ、ええと。仕事を取ってきた社長が辞めて、先輩二人が辞めたら、俺しか残っていなくて『残したいか?』って聞かれたから『せっかくなんで残したい』って言ったら、俺が社長になったんです。仕事というか、資産を売りながら細々と続けていけそうなんでやることにしたんです」
井戸さんの受け売りだ。
「自分でできるならいいけどな。社員さんはいないってことだろ?」
「ええっと、いないわけじゃなくて、ずっと山に籠もっている人が一人います。一人親方みたいな感じで、仕事を回してくれたりもするんで助かってますけど」
天狗さんは、ずっと『はまぐり工務店』の独立友軍だ。
「その人の給料は払わなくていいのか?」
「お金が必要になったら払うシステムのようです。でも、帳簿につけている額は、ちゃんと支払われているはずです」
「そうなのか……。民間のことは詳しくないからわからないけど、税務署が来ないようにしたほうがいいぞ」
「ああ、そうですね。古くからの担当の人がいて、良くしてくれます」
爺様がやっていた保全団体の方が、税務署とやりとりしていて手伝ってもらっている。ほとんど、井戸さんと團さんが、春休みの前に臨時職員として来てやってくれていた。
「そうか。まぁ、頑張ってくれ。勉強の方は二年の後半に急に歴史が伸びているらしいけど、共通テストは全科目あるから、それぞれ全部勉強するんだぞ」
「はい」
実際、地獄で必要だった意志力などで、英語に挑んでもさっぱりわからなかった。ラスプーチンとかとも話したことがあるはずなのに、現世では通じない。
とりあえず、困った学生の対応をしてもらって、俺は美術室に向かう。加奈子先輩はしっかり卒業しているので、今年は新入生を入れないと普通に廃部だ。
美術室に入ると、ペンキの香りに混じって異能の匂いがした。
窓辺の革張りのベンチに、熊のように大きな男が座っていた。シャツもズボンもピチピチで丈があっていない。
「もしかして新入生ですか?」
「そうです! 美術部に入部したいんですけど……、先輩もしかしてモンスターですか?」
「君は異能者かぁ。俺は崎守ケントだ。異能はコボルトとか、修理系の異能があるよ」
「崎守って、もしかして地獄帰りの!?」
やはり異能業界では有名らしい。
「君は?」
「自分は半田武人です。ハンターの異能が発現してまして、ほとんど見た目は変わらないんですけど、武器とか持つとそれなりに……」
半田くんは、ゲームの異能を持っているが、ほとんど見た目は変わらないという。異能にも濃淡がある。とにかく肉が好きで、たくさん食べることができ、いろんなスポーツをして身体づくりをしていたのだとか。
「へぇ、羨ましいな」
「高校生になったので罠猟の免許を取りに行きたくて」
「そりゃあ、いいな」
「あと、コスプレもしたくて美術部に入りたいと思ってですね」
「あ、構わないよ。ちょうど部員が足りなかったから大歓迎だ。でも、そこまで身体が大きいといろんな部活に誘われるんじゃないか?」
「はい。結構いろんな部活に誘われたんですけど、防具を作りたくて……」
早くもコスプレとも言わなくなってしまった。
「でも、美術部で肉だけ食べてたら動けなくなるし、防具が入らなくなるんじゃないかい?」
「それはそうなんですけど……」
「それに、日本のハンターだと結局猟銃の免許を取ることになると思うけど、そっちはいいの?」
「いずれはほしいとは思っているんですけど、うちは猟銃を気軽に持てない家庭でして」
「日本全国、気軽に持てない家庭だよ。じゃあ、家を出て一人暮らしをしてからか。罠猟は許してくれたんだろ?」
「それは漫画とかアニメの影響で、親も取りなさいって」
「理解あるね。ちなみに俺の同級生に鬼の家系の子がいて、実家で道場をやっているんだけど、行ってみない?」
「鬼はちょっと……、怖いっすねぇ……」
ハンターなのに、腰が引けている。
「道場でジムを経営している方とも知り合いなんだけど、もしかしたら武器を持つような格闘技も教えているかもしれないんだけど、どう?」
いつの間にか、異能を分類して活かせる場はないかと考えてしまっていた。
「え? そんな武術あるんですか? 柔道とかキックボクシングとかやっても、俺の異能はこれじゃないんだけどなって思っていて。もし、武器を持たせてくれる格闘技があるならやらせてほしいいっす」
「わかった。ちょっと連絡してみるよ」
俺は茨城さんに、新入生にハンターの異能の学生がいると連絡を取ってみた。
「おお、カリっていうフィリピンの武術があるよ。うちのジムでもできるから連れてきなさい」
即答だった。
紹介した手前、俺も行くことになり、二駅先のジムへと向かった。地図アプリでジムの場所もわかるので、現世は本当に便利だ。
「おう。ケントくん、来たか。犬神まつり、おめでとう。そして、ハンターは君か!? ガタイいいな!」
「あの、自分でも大丈夫ですか?」
「大丈夫さ。ここは異能者ばかりが来るジムでね。勇者もいれば鬼もいるし、ドラゴンの異能者だっているんだから」
「ドラゴン!? ぜひ、入会させてください!」
「おお、こちらこそだ。ケントくんのおかげで良かったな」
なにか異能者のためになるようなことができた気がした。
「そしたら、試しにやってみようか。制服じゃあれだから、着替えてきな。ちゃんと新しいジャージも揃っているから、自分に合うのを着るといいよ」
「ありがとうございます!」
半田くんはすっかりジムに溶け込んでしまっている。
「さて、じゃあ、とりあえず、ケントくんはリングに上って、獏さんを倒した実力を見せてもらおうか」
「いやいやいや、そんな自分は美術部の後輩を連れてきただけですから」
「そう言わずに、ラーメン奢るからさ」
すでにリングの上にはドラゴンの異能者や半身半獣のモンスターの異能者がスタンバイしていた。
もしかしたら、俺は猛獣の檻の中に後輩を放り込んでしまったかもしれない。




