31話「先の話と投資話」
とにかく親が言うには、分類学がどうとか、社会の仕組みが異能者に合っていないなどということは二の次で、異能者だろうが、健常者だろうが、真面目に働いてお金を稼げと全うなことを言われた。
俺自身は異能者界隈では、地獄の門を直して帰ってきた高校生として知られているため、工務店で働きながら、異能分類学を研究していけばいいとのこと。
「大学に行きたいなら行ってもいいし、近くの大学なら実家から通ってもいいんじゃない?」
「確かにね」
「でも、大卒の就職率より、工業高校卒の就職率のほうが高いのはニュースで見たわ。だから、今のところ工務店で働くのは、かなりいいと思う。しかも、仕事がなくなるってわけでもないんでしょ?」
「そうだね」
「働いていればお金はあるんでしょ?」
「あるよ。そういう仕組を井戸さんと團さんが作ってくれたから」
「お金は、誰もが使える仕組みだから、もっと勉強したほうがいいわ。もし、助けたい人たちがいたら、助けられるし、詐欺にあっても取り返せるし、異能よりも重要かもしれないわよ」
「ん~、まぁ、そうかもね」
はまぐり工務店の社長になるということで、お金関係の本は読んでいたつもりだけど、普通の社会で考えてもお金には人が集まってくる。それは異能者も同じだろう。
異能分類学の先に、異能者の就職先斡旋があるとしたら、生活のためのお金はかなり重要だろう。
「異能を分類するよりも、お金から逆算してもいいのか。そう考えると井戸さんが最強なんだけどな」
「そうなの?」
「だって、井戸さんは流れを読めるから、株価もFXも……」
「あら? いい先輩がいるわね。よくよく話を聞いてごらん。お爺ちゃんの家にいるんでしょ?」
「うん。そうしよ」
俺はのん気な親とそんな会話をしていた。
翌日の学校帰りに、爺様の家に行ってみると、普通に民泊のお客さんがいた。
「薪割りしていく?」
「はい」
井戸さんに言われて、薪割りを手伝いながら、考えていることを全部相談してみた。
「ああ、それは『異能分類学』をやるのがいいと思うよ。親からすれば、それはお金は大事だと思うけど、株取引は向いている、向いていないがはっきりしているからさ。無理に人生の時間を使う必要はないわ。それよりも『異能分類学』に向かったほうがいいと思う。とりあえず、はまぐり工務店で働いている限り、お金の心配は火事でも起こらない限り心配しなくていい。それよりも歴史を見たり、自分の鼻で探した異能を調べたほうがいい。加奈子ちゃんと相談して思いついたんでしょ?」
「そうです」
「だったら、そういう流れが来ているのよ。その流れからは外れないほうがいいわ。少なくとも死なないから」
「わかりました。AIが仕事を奪うっていうじゃないですか。それって異能業界にも当てはまるんですかね? 『異能分類学』を突き詰めていけば、異能者同士で仕事のマッチングアプリみたいなものを作れないかと思って」
「ああ、結構、先のことまで考えているね。そうなると面白いと思うよ。稼げると思うし……、でも、そうなると異能の中でも使える異能と使えない異能の格差みたいなものが可視化されるんじゃないかしら?」
「そのとおりだと思うんですけど、逆に仕事として成立していない異能って、AIでも使い方がわからないってことだから、逆に価値が出るんじゃないですかね?」
俺がそう言うと、井戸さんは笑った。
「やっぱりケントは地獄見てきただけあるね。自分で作って、壊して、修復するところまで考えてるなんて……。私がちゃんとその一連の流れに投資するから、思い切ってやってみなさい。どうせ獏さんが言っていた流れにこんな田舎でも影響は受けるだろうから、こっちはこっちで時代に絡んでいこう」
「いいですか?」
「いいよ、それ。AIで異能マッチングアプリね。ちょっと私も調べておくわ」
「お願いします。月額料金とか取られて、よくわからないんですよ」
「大丈夫、ほとんどの人もわかってないから」
そう言って、井戸さんはわざわざ改築して作った薪で焚くお風呂に薪を放り込んでいた。
俺は自転車に乗って工務店へ行き、ノートを取り出して、異能のジャンルを知っている限り書いていった。それをAIに読み取ってもらって、分類していく。ただ、ジャンルが重なるような異能もあり、タグ付けしていくことにした。
「異能って、誰かの役に立つと言うか、そもそもその人自身の役には立ってるんだよな?」
自然と疑問が湧いてくる。
すでに外は暗い。俺は誰もいないはまぐり工務店の電気を消して、家路についた。春の匂いの他に、異界の匂いもする。『異能分類学』なら、どんな異能にジャンル分けされるだろうか。
たった、それだけなのに、世界がちょっと変わって見える。
家に帰って、親に井戸さんから投資されることと、とりあえず勉強しながら『異能分類学』の勉強を進めることにしたと報告した。
「なんだか、あんたは運だけはいいね」
「うん、地獄に行って帰ってくるくらいだからね」
「カレー食う?」
「食う」
「かつないけど、ウインナー乗せる?」
「乗せる。チーズもあると嬉しい」
「贅沢な。でも、仕事を取ってきたんだからお祝いでもするか」
警備の仕事をしてきた親父も帰ってきて、報告すると、若干引いていた。
「高校生のうちに親の年収を超えるんじゃないか?」
「それはないんじゃない? でも、そうなったら大学に行くわ。いや、行けるのかな?」
学業はあまり自信がない。
「とにかく勉強して、仕事もしないとな……」
「夏休みから激動ね」
「生きている間に、人生は楽しまないと。地獄はもう行ったからもう行きたくないよ」
「そうだろうな。ケンジ伯父さんが、いつでもインターンに来ていいぞって言ってたけど、いいんだろ?」
「うん。やることあるからね」
「ヨウコ伯母さんもなんか、陰陽師の新人さんともっと仲良くしてくれって言ってたけど」
「ん~、仲良くはしてるよ。別に連絡きたら返すぐらいだけど……」
「なんか最近、兄弟から連絡が来るんだけど、犬神まつりで優勝するって、結構すごいことなのか?」
「親父は行ってないの?」
「そんな異能はないから、行かなくていいって言われてさ」
「あ、そうか」
もしかしたら、異能として最も役に立たないとAIに言われるのが親父かもしれない。だとしたら、最も異能を活かさないといけない人物は親父ということか。
「親父、その異能、大事にしたほうがいいよ。他人の役に立つよりも、自分にとっては重要な能力だと思うから」
「ああ、それはそうだな。匂いで人の感情は読めるし、失くしたものも探せるし、実は結構便利なんだ」
自己肯定感が高い。幸せな親で良かった。




