30話「先輩の起業と異能分類学について」
加奈子先輩が卒業して、空き家を改造してキノコ農家を始めた。そもそも加奈子先輩を知っている人たちは、就職先を斡旋できるようにしていたらしい。大学の研究所や解体業者、縁切り神社など能力を活かせるような場所を考えていたが、一人暮らしを決意した加奈子先輩本人は俺の影響もあって、ひとり農家をすることにしたと言っていた。
「はまぐり工務店の仕事もするよ。でも、安定収入もほしいからさ。キノコ系の仕事なら、一人でもできるし、團さんが空き家を紹介してくれたからさ。売るのも井戸さんが教えてくれて、どうにかなりそうだから」
加奈子先輩がキノコ農家をするなら、売れるだろうということは大人たちが予測できたので、支度金はすぐに集まり、團さんと井戸さんが見ていれば大丈夫だろうと銀行も融資してくれたようだ。異能者はどこにでもいるし、情報も伝わりやすい。
加奈子先輩が一人暮らしをするのは、禊のときに行った滝の近くにある一軒家で、そこも團さんがリフォームした場所だった。神域からも近いということで、神社にあった小屋は引き払うという。あまり神社の親戚にもよく思われていなかったようなので、これで晴れてしがらみがなくなると喜んでいた。
「家賃は、儲かったらでいいからさ。電気は太陽光パネルがあるけど、雪が降ったらどうにもならないからちゃんと引いたほうがいい。困ったらはまぐり工務店に行けば、ケントがなんとか飯くらいはどうにかしてくれる」
「あ、俺ですか……。まぁ、食料はどうにか買えるとは思います」
それくらいは陰陽寮に付喪神の亡骸を売った金でどうにかなるだろう。社長が俺になってから、まだまだ学生のペーパーカンパニーの雰囲気は拭えない。
「ケントは鼻を使って仕事の匂いを探しなさい。ちゃんとこの街には流れがあるから、滞っている場所を見つけられるはずよ」
井戸さんは、相変わらず爺様の家を改築して民泊をやりながら異能業者向けのコンサルタントをしている。
「はい」
俺は耳が痛いので、聞き流していた。
加奈子先輩の引っ越しを手伝いながら、人間が一人暮らしをするのに、こんなに物が必要なくていいのかと驚いた。
「家電はだいたい壊れちゃうから、味噌とかそういうものだけでいいのよね。後はノートとかで十分。布団はあるし、机も椅子も團さんが作ってくれたのがあるから別に……」
加奈子先輩はミニマリストだ。それも自然と欲自体が少ないらしい。これならキノコ農家になってもそれほど経費がかからないかもしれない。キノコを育てる空き家の温度や湿度の管理はスマホでできるし、本当にミニマルな生活をあっさり達成していた。椎茸と木耳をメインに育てていくという。
「電気代だけが高いみたいだから、太陽光パネルは取り入れているわ。5年で回収できたらいいって銀行の人にも言われているから、のん気にやっていくつもり」
「たぶん、加奈子ちゃんは、お酒の熟成の時にかなり能力を発揮すると思うから、2年後には違う業種をやっているかもしれない」
「大丈夫。加奈子ちゃんは神様だから、流れそのものを作れちゃうのよ。細かいことはケントや私たちに言ってくれればいいから」
「ありがとうございます!」
こうして加奈子先輩は起業した。
俺はと言うと、高校3年生になっていた。
「工務店を継いだのはいいけど、どうするの? 大学は行かないの?」
新居の縁側で引っ越し蕎麦を食べながら加奈子先輩が聞いてきた。
「大学に行くつもりはないんですけど、なにかいいことありますか?」
「だって人生を考えた時に勉強に集中できる期間って少ないと思わない? だったら、まだはまぐり工務店が忙しくない間に勉強しておいたほうがいいんじゃないかと思うよ。私も機会があればいくと思うし」
「あ、起業してから行ってもいいのか……。確かに、仕事しながら通えるならいいかもしれないですね。でも、なんの勉強を……って」
「そりゃあ、異能者じゃない?」
「あ、そういうのもありですか」
「文化人類学なんかがそうじゃない? 日本の祭りもそうだけど、犬神まつりで獏さんから世界中の異能者について聞いたんでしょ?」
「確かに……興味がないわけじゃないんですけどね」
別に世界と繋がりたいという気持ちはないが、日本の異能者については知っておきたい。単純にそれは仕事に繋がるからだ。
「いや、仕事だけじゃないか。俺は爺様の家から唐突に地獄に行って、いつの間にか犬頭になっていたから、正直、異能者にはどういう繋がりがあって、歴史的に見たら、どんな社会性を持っているのかもよくわかっていないんですよ。犬神まつりでは、獏さんの罠に嵌められるし、何がなんだか未だにわからないことも多いんですが、これって大学に行くとわかるようになるんですか?」
「どうだろうね。少なくとも今の異能に関してはあんまりわからないんじゃない?」
「え? そうなんですか?」
「だって別にどこの大学に行っても異能学科ってないでしょ?」
「あ、確かに」
「異能じゃなくて、社会の歴史を学びながら、異能者がどう扱われていたのかの片鱗くらいはわかるかもね。でも、今の異能者って歴史を辿れば理解できると言うよりも、現代の社会システムの中で出てきた人が多いでしょ?」
そう言われてみると、確かにそうかも知れない。團さんなんてダンジョンマスターだから、かなりゲームの影響が強い異能だ。
「人の心理の勉強をしたほうがいいんですかね?」
「それもわからないから、ケントくんが知りたいことを学んでみれば、そこに道ができるかもしれないよ」
「パイオニアになれってことですか?」
「そうね」
「異能の種類を勉強してみればいいのかな。それで、分類していくってことですかね。異能分類学ですか?」
「わからないけど、それやってみれば?」
そう言われて、俺はもしかして異能者はあくまでも可視化出来ているだけなのではと思った。しかも、異能を可視化する訓練すれば、もっと解像度が上がって細分化もできるかもしれない。ある程度の異能を判別できるようになれば、それを元にしたマッチングサービスを作れそうだ。
これまで狭い世界でしか働いていなかった異能者たちが、自分の能力と向き合って適切な仕事につけるなら、一々隠れている必要がないかもしれない。
「ちょっとAIにも聞いて、方向性を決めます」
「なんか思いついた顔をしているね」
「思いついてもどういうルートで行けばいいのか。まぁ、最短ではなくてもいいですよね?」
「時間はあるよ。5年後から、私も参加できると思って」
「わかりました。ちょっと考えてみます」
俺は一旦、家に帰り、相変わらず海外ドラマを熱心に見ている母親に正座で向き合った。
「怖いけど、改まってどうした? 青春小僧」
「母上、どうやら俺は異能を持っているんだけど……、この先のことについて相談が……」
「おおっ、そいつはまぁ、知っているのだけど、竜の一族にスカウトされたりした?」
「いや、そういうんじゃなくて……」
「なんか秘宝の地図を発見したとか?」
「全然、マジでそんなファンタジックなものじゃなくて、仕事と人生の話だ」
「ゲゲゲ……。よし、わかった。私も親だから聞いてはあげるよ」
その後、「異能分類学」について説明して、かなり混乱させたことは言うまでもない。




