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3話『負け続けているはまぐり社長』


 警察の異能者試験があった翌日、真新しいパーカーを着た俺は自宅で寝ていた。風呂場で注意深く見れば、少し蚯蚓腫れのようになった傷跡もわかるが、裸にでもならなければわからないだろう。


「あんた、昨日、また爺ちゃんの家に行ったの?」

 母が起きてきた俺に迫ってきた。

「ああ、見る映画のDVDがなくなってね」

「わざわざ伯父さんが寝ているあんたを送り届けてくれたんだからね。ちゃんとお礼を言いなさいよ」

「はい」

「それから、なんかおにぎりを食わせるようにって……」


 朝飯におにぎりを用意してくれていた。中身はオカカとシャケだ。しかも横にはたくあんまで付いている。

 伯父さんが、俺の食い損ねたコンビニのおにぎりを回収してしまったのだろう。気が利いている。


「一番うまいやつ」

「大げさだね!」


 この世界で一番うまいおにぎりを食べた。


 腹がいっぱいになると、昨夜、俺が気絶した後、鬼頭さんがどうなったのか気になる。ただ、やらかした警察の伯父さんになんとなく聞きにはいけない。

パーカーだって新しく用意してくれたということは、俺には何も聞くなと言うことだろう。


 もちろん、鬼頭さんの家なんて知りやしない。

 ポケットを探ると、はまぐり工務店社長の名刺が入っていた。住所も書いてある。あとは路銀か。


「母上様、ちょっと出かけてきますゆえ……」

「なに? お小遣いならあげてるでしょ。武士のように頼んでもダメよ。行きたいところがあるなら自転車を使いなさい」

「承知之介でござんす」


 自転車に乗れるか心配だったが杞憂だった。

 住宅街から一山越えて、湖を臨む商店街を抜けた先に『はまぐり工務店』はあった。


 看板は出ているものの、伸びきった木々で見つけにくく、ガラス戸には新聞広告がびっしりと古く日に焼けたテープで貼ってある。他を寄せ付けないような結界のようなものだろうか。


「ごめんください」


 自転車を止めて、ガラス戸を引いてみた。開くかどうかも怪しかったが、意外に開いた。

 中にはカウンターがあり、これでもかというほどの観葉植物で奥を隠していた。とりあえずカウンターにあるベルをチンと鳴らしてみた。


「誰だ?」

 昨日会った坊主頭が出てきた。およそ客商売をするような雰囲気ではないドスが利いた声だった。


「ああ、なんだ。地獄帰りのコボルトか? 何か頼み事だったら、他を当たった方がいいぞ」

「いや、あの俺が気絶した後、どうなったか気になって」

「そんなこと伯父さんに聞けばいいじゃないか」

「聞けないからうちに来たんでしょ」

 奥から黒髪ロングの女性の声がした。


「その通りでごぜぇます」

「茶でも出してやるか。井戸」

 坊主頭が奥に声をかけた。

「今、お湯沸かしてるから、ちょっと座って待ってなよ」

 奥にあるソファに案内してくれた。

 観葉植物の向こうには広いスペースがあり、棚が整然と並んでいる。図書館のようだが、棚の中には何か工具やお札などわけのわからないものが多い。

 端っこに、職員室で見かけるような机が3つ置かれていた。従業員は3人だけなのか。

 さらに奥から競馬中継の音が鳴っている。

 

「悪い。今、社長が競馬で俺たちの給料を稼いでいるから、静かにな」

 経営が厳しい工務店のようだ。

「はい」

「どうぞ」


 俺が座ったのを見計らったように、井戸と呼ばれた黒髪ロングの女性がお茶を出してくれた。


「それで鬼の研修生の何が聞きたい? 惚れてるのか?」

「いや、そうじゃなくて、生きてるかどうか知りたくて」

「無論、生きてるさ。鬼だからな。人間とは出来が違う。首飛ばされても、頭に穴が空いても材料さえあれば再生する」

「研修生としては落第だけどね」


 井戸さんもソファに座てお茶を飲み始めた。


「聞きたいのはそれだけか?」

「いや、実は……。人間界に帰ってきて、結構戸惑ってまして……」

「まあ、そうだろうな。地獄にはどのくらいいたんだ?」

「体感では30年です」

「……」

 俺がそう言うと、坊主頭も井戸さんも口を開けて数秒黙ってしまった。


「それは御勤めご苦労様でした」

 坊主頭と井戸さんが頭を下げてきた。

「そんな、こちらでは3日しか経ってませんから」

「でも30年でしょう」

「いえ、爺ちゃんが壊した門を直していただけなんで、そんなに大層なことはしていませんが……」

「門て地獄の?」

「ええ、あのロダンの『考える人』が上に乗ってるやつです」

 再び坊主頭と井戸さんが数秒黙ってしまった。


「それは結構なことです。自分は修復するのが得意な異能を持ってますが、修復の材料から何から仮の門くらいしかできません。十分誇っていい仕事だと思いますよ」

「そうですかね。いや、自分のことはいいんです。それより、街にあれほど異界の能力者たちがいるとは思わなくて……」

「地獄に行かれる以前は見えていなかったんですか?」

「ええ。自分の家系のこともまったく知りませんでした。それに同級生にもいるとなると、今後の生活でどうやって接すればいいか」

「ああ、なるほど。家業を継ぐ選択肢はないんですか?」

「崎守家だと警備会社とか警察にも数人いますよね?」

 井戸さんたちはうちの家系を知っているらしい。爺様が名刺をポケットに入れるくらいだから付き合いはあるのだろう。


「それが、あまり俺は戦ったり誰かを守ったりするのは向いていないようで……」

「いや、あれだけの攻撃を耐えきって向いてないっていうのは難しいのでは?」

「地獄にいるとずっと痛いので痛みには強いだけで、鬼と戦うと骨が折れます」

「それは実際に骨が折れるということで?」

「團はちょっと黙ってな」

 坊主頭は團という名前らしい。


「犬や狼に纏わる能力は、今じゃコボルトが一般的になったけど、ウェアウルフもいれば、千疋狼や鍛冶媼までいる。ケントさんが実際どういう能力なのか……」


 井戸さんが喋っていたら、突如奥から大声が聞こえてきた。


「ああっ!! 何を差してくれてんだぁああ!」


 直後、腹巻をした背の小さな禿げた中年男性が出てきた。

 名刺に書いてあった『蛤五門』という社長で間違いないだろう。


「負けたので、給料は……」

「明日でいいですよ」

「二割増しで構いませんから」

 井戸さんも團さんも、競馬で負けた社長に容赦がない。競馬で勝った金で社員の給料を払おうとしているくらいだから、経営状態は悪いのか。


「おや、君はケンゾウさんのところの息子の息子ではないか!?」

 蛤社長は俺を見て近づいてきた。見れば見るほどに小さい。


「そうです」

「最近、地獄から帰ってきたって噂があるのは本当かい?」

「ええ、まぁ。爺ちゃんの後始末を少しだけしてきたんです」

「いやぁ、ケンゾウさんには古くからお世話になっていて、もし自分になにかあれば、気にかけてやってくれと言われてるんだ」

 意外に爺様は未来を見通していたのかもしれない。


「そうなんですか?」

「ああ、本当だよ。それにしても随分丈夫そうな体をしているな」

 社長は俺を立たせてバシバシと体を叩いた。まったく痛くないので、嫌な気はしない。

「人間界に帰ってきて戸惑っているみたいなんで、あんまり叩かないで上げてください」

 井戸さんがフォローしてくれた。

「じゃあ、臨時社員として働くかい?」

「いいんですか? 高校生ですけど」

「いいよ。うちは年齢を気にしないから」

「そうは言ったって、うちの工務店の仕事はちょっと特殊ですから」

 團さんも止めに入った。

 いい人たちなのかもしれない。


「大丈夫だ。地獄を見て来てるんだから。ちょうど一件仕事が入っているだろう?」

「廃ホテルの件ですか?」

「そうだ! その猫ホテルの案件に連れて行ってあげればいい。新人教育だ」

「あぁ、入れちゃったよ」

「崎守家の人たちに後で何言われるか知りませんからね」

「なぁに、一番怖い人は亡くなったんだから大丈夫だよ。ねぇ?」

「え? 爺ちゃんって怖かったんですか?」

 あまり怖いかどうかは気にしてなかった。

「あの爺にしてこの孫か……。とりあえず、日が暮れる前に研修に行ってきてくれ。警察みたいなへまをやらなければ大丈夫だ。僕は荷物の片づけをしないといけないから、團くんと井戸ちゃんでよろしく」


 そう言って、蛤社長は奥の机の裏に隠れてしまった。


「あの……、俺って今雇われたんですか?」

「そうだけど、別に逃げてもいいよ」

「見学しにいく?」

「お願いします」



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