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はまぐり工務店~異界由来の破損修理承ります~  作者: 花黒子


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29話「幸山さんのキャンプ場」


 冬に山の中で一人キャンプをしていたそうだ。危険だと言う人も多いが、星空がきれいで人もいないので意外と人気だ。支払いもすべてネットで完結できて便利だとか。

 男性はよく整備されたキャンプ場で、薪置き場に向かっていたという。

 今どきのキャンプ場では薪すら用意されている。自分の立てたテントとそれほど離れていないコテージ兼キャンプ場の受付に、薪置き場があった。


 南の島出身の男性は、積もった雪に足跡を付けながら歩くのも、新鮮な経験だと言っていた。

 日が暮れ始め、受付には人もおらず、雪を踏みしめていたら、足を掴まれるような感覚があったという。固い雪に引っかかったのかと思って足元を見たら、トカゲのようなものに巻き付かれていたという。


「一瞬、大きなトカゲに噛みつかれたのかと思ったんだけどね。雪の中にそんなものはいないでしょ。よく見たら、木の根っこが飛び出していて絡まっていただけだったんだよ。びっくりしたんだけどね」

「近くに大きな木があったんですか?」

「いやぁ……、キャンプ場だから、なかったな。それで、薪を取りに行って、戻ってきたら、また引っかかってね。邪魔くさいと思って、踏んで壊したんだ。枯れた根っこだから、結構簡単に割れたんだ」


 ソファで話す男性の後ろをほとんど裸の天狗さんが通った。温かいシャワーを浴びに来たのだろう。寒い日や雨の中でわざわざ山で泊まるのも馬鹿らしいからと、時々、工務店に泊まりにくる。


「そりゃあ、あれだ。野守虫だな」

「なんですか。それは?」

「誰なんだ。この鼻の高い外人?」

「うちの従業員の天狗さんです。山のことは誰よりも詳しいので」

「絆創膏ある?」

「薬箱に入ってます。また、ヒゲ剃ってて怪我したんですか?」

「ああ、T字のカミソリに向いてないんだ」

 

 天狗さんは薬箱から軟膏と絆創膏を持って洗面所へと向かった。


「いや、天狗さん、さっき言ってた野守虫ってなんですか」

「井戸の近くにいるのがイモリだろ? 家の近くにいるのがヤモリだ。野っぱらにいるのが野守虫さ。冬眠明けでカラカラになってたんだろう。お兄さん、たくさん香水を使っているけど、異臭は消せないぞ」

「匂いが残っているか? どうすりゃいい?」


 男性は自分の匂いを嗅ぎながら、洗面所の方を向いた。


「別に、医者に行ってワキガを治してもらえばいい。あとはあまり山に近づかずに慎ましく生きろ。悪いことをすれば、すぐ祟りになって命まで取られることになるから」

「わかった。それだけでいいんだな?」

「ああ。それだけでいい。何かあったら、また相談に来ればいいさ。はい、5000円」


 男性は素直に5000円を払って、工務店から出ていった。


「いいんですか? 相談料なんて取って」

「いいに決まってるだろ。お茶まで出しているんだから」


 つくづく不思議な仕事に就いてしまった。


「気になるなら、野守虫を直しに行くか?」

「直せるんですか?」

「異界由来の破損を修理するのが、この工務店の仕事だろ?」

「そうですけど……」

「大丈夫だ。薪を焚くだけだ」


 ちゃんと服を着た天狗さんと一緒に、俺は男性が言っていたキャンプ場へと向かった。

 ただ、仕事終わりの團さんを呼び出し、わざわざキャンプ場に行くというのは学生社長としては、本当に心苦しい。


「いいんだよ。ガソリン代だけ貰えればさ」

 最近、動画投稿サイトの再生回数が落ちてきたという團さんはにこやかだ。

「結局赤字になるんじゃないですか」

「いや、たぶん大丈夫だ。流れに乗ったほうがいいって井戸ちゃんが言ってたから」

 天狗さんも適当なことを言っている。


 キャンプ場に着くと、管理をしているおじさんが腰に手を当ててため息を吐いていた。


「あ、やっぱり幸山のところだったか」

 天狗さんが管理のおじさんに声をかけていた。幸山さんという名前らしい。


「ああ、天狗さん。見てくださいよ。せっかく乾燥させた薪がバラバラだ。焼きもしない。今どきどこもネット対応で無人にしているけれどダメなのかな」

「いや、そうじゃない。野守虫が出てるってよ。はまぐり工務店の新社長だ。まだ高校生だから、よくしてやってくれ」

「ええ!? はまぐり社長、辞めたの!?」

「ああ、陰陽寮に付喪神を売って引退だ。せっかく作ったのに潰しちゃ面白くないから、ケンゾウさんのところの孫に継がせたんだ」

「そりゃよかったね。あれ? ケンゾウさんのところの孫って、地獄帰りで犬神祭りで優勝してなかったかい?」

「それです。ケントと言います。よろしくお願いします」

「ああ、よろしくね。じゃあ、もう安泰じゃないか。はまぐりさんも引き際がよかったね。羨ましいや」


 そう言った幸山さんの頭から鹿のような角が生え、膝が逆に曲がっていた。


「幸山、サテュロスが出てるぞ」

「異能者が集まると、知らず知らずのうちに楽しようとしちゃうんだ。年だね」

 サテュロスはギリシャ神話に出てくる半人半獣の精霊だったはずだ。


「祠の掃除をしたのはいつだ?」

「ああ、一年前? いや、一年以上前かも」

「それだな。野守虫が湧いて、薪に憑りついたんだ」

「だから、バラバラにするのか? 祠なんか雪に埋もれているよ」

「掘り出して掃除しないと、また出るぞ。俺たちも協力してやるから」

「わかった」


 俺たちは幸山さんに連れられて、雪に埋まっている祠を探した。


「たぶん、異界の臭いがするはずだ。ケント、探してやってくれ」

「周りに普通の人はいないですよね? それなら」


 俺は異能を使って、辺りの匂いを嗅いだ。


「酷い臭いだ! 薪は全部燃やした方がいいです。死臭みたいな臭いがしますよ!」

「ええ? キャンプ場なのに?」

「全部、野守虫にやられたな。もう一回、薪割りをするしかない。その前に祠だ」

「えっと、ここら辺だと思うんだけど……」

「幸山さんの真下にあります。踏まない方がいいですよ」

「ありゃ、車のタイヤ痕まである……」


 雪が積もり過ぎて、入口のポールも雪に埋まっていた。本当はもっと除雪しないといけないが、幸山さんが面倒くさがってここ数年はサボっていたのだとか。


「異能者ってのは、社会に解けこむのが難しいんだから、人一倍ちゃんと仕事をしないとダメなんだ」

「面目ない」


 町の石材屋などでショベルカーとダンプカーを借りれればいいのだが、雪道が怖いので断られてしまった。結局、俺たちがキャンプ場に一週間ほど通い詰めて祠が露出するくらいスコップで掘った。

 町の方は徐々に春めいてきたが、山はまだまだ雪が残っている。


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