28話「暮露暮露団と冬のある日」
文化祭が終わり期末試験までの間、俺ははまぐり工務店で経営の勉強をしていた。
「月の収支をプラスにしていくだけだ。まぁ、ある程度損をしても、売るものがあるから自由にやっていい」
團さんは収支表の書き方を教えてくれた。
「実際、日本は税金が多いからね。法人税も所得税も消費税もあるからふざけているとしか言いようがないわ。で、私たちは完全に社員ではなく、委託先になるから、経費として計上できるわ」
「卒業するまではそんなに稼がなくていいぞ。税理士もちゃんとついているから」
天狗さんが、税理士の金村さんというおばさんを紹介してくれた。
「とりあえず潰さないようにすればいいから」
そう言われたが、正直難しい。大丈夫なのかどうか。
ひとまず、期末試験で散々な目に遭い、追試を受けてから、はまぐり工務店の本業である異界由来の傷物を修理する練習を始めた。
清められた水で洗い、修復していくだけだが、素材がいろいろあるので覚えるのが大変だ。アスファルトやコンクリートなんかはまだ素材自体がわかるが、プラスチックや木材となると、どういうパテを使わないといけないのか考えないといけない。
以前、壊れた酒場のドアはどうしようもなかったので普通のガラス戸を買って、壊れにくいまじないを施して嵌めた。工賃を含めると、僅かな黒字でしかない。
「ありがとうございました!」
團さんに軽トラを出してもらったのでガソリン代を出せば、完全に赤字だ。
「普通のリフォームも見ておいた方がいいぞ」
誘われるがまま、休日は團さんと一緒に家の解体現場でアルバイトだ。
価値のあるものもあれば、ないものもそこら中に落ちている。異界の臭いがするものはなるべく取っておいて、あとで調べた。
「独居老人が亡くなって、親族が家を売るか解体するしかなくないだろ? でも、こんな田舎じゃ売れるはずもないから」
「解体するしかないと……。うちの爺さんの家みたいに、民宿をやる人はそんなにいないんですね」
「あそこは立地がいいからな。ほとんど解体だ。数十年、一人で住んだ家の中には寂しい思いが詰まってるからな。異界の者も住み心地がいい。だから、結構あるんだよな。異物が……」
ビニール傘に招き猫、熊の置物、将棋の駒、なぜか田舎の家にはたくさんある。異界からこっそりやってきた品物はそういうものではなく、不思議な模様の皿や汚れた茶碗などだ。
見ればわかるし、水を入れれば、ほぼ間違いなくわかる。普通の水の挙動をしない。真っ赤に染まったり、渦ができたり、一瞬で乾いたりする。
「器、コップ類は異界の物が多いよ。ヴィンテージの物に見えるし、特に悪さをするわけでもない。ただ、この世界には存在してはいけないだけで……」
異物はこの世の法則からはみ出している。なるべく水に沈めて割っておく。
それを漆と金粉で金継ぎをすると、意外と趣深くなる。
「それは、民宿で使うわ。金粉を使わないやり方もあるはずだよ」
井戸さんが、爺さんの家で始めた民宿に置いてもらう。
冬の間は雪で自転車にも乗れず、俺は歩きではまぐり工務店に行って、ひたすら陶器を修復していた。ガラスの粉と糊を混ぜたもので、器類を修復して七輪で焼くのだ。
江戸時代には専門の人がいたらしいが、現代でもやっているのは俺くらいだろう。
天狗さんや團さんがくれる仕事をこなしながら、いつの間にか10万円の黒字になっていた。
「高校生のバイトだとしたらいいけど、これじゃあ工務店はやっていけないですよね?」
「これは普通にケントの黒字であって、はまぐり工務店としては赤字よ」
「事件も起こってないわけじゃないんだけど、工務店で直すよりも壊してしまった方が楽なんだろう」
何度か解体現場を見ているからか、陰陽師が来たとか、警察が入った家を見て来た。異界の物が出てきたら、やはりいわく付き物件になってしまう。買い取り手がいなければ解体するのが普通だ。
「その流れを俺は止めたいんだ」
團さんは、動画配信をしながら、そういう物件を安値で買い取り、水道工事からシロアリ対策までして修復作業を行っている。
「電気とネット回線はどうしても友達や業者の手を借りないといけないけどな」
3学期が始まっても、それほど変わらない生活をしていた。家の門松も消え、バレンタインへ世の中は向かっていくようだ。
そんな中、俺は布団に追いかけられていた。正しくは、いつもの解体現場で異界由来のボロボロの布団を見つけてしまい、軽トラに乗せて置いたら、なぜか工務店の隅に置いてあった。
「そりゃ暮露暮露団だ」
と、天狗さんが教えてくれた。昔の絵師が描いたことでできた妖怪の一種だそうだが、普通にはまぐり工務店に棲みついてしまっている。
せっかくなので綿を打ち直し、洗濯をしようかと思ったが、思いが通じてしまったのか重すぎて持ち上げられなくなってしまった。仕方がないので、今でも工務店の隅に置いてあり、コンちゃんとブンちゃんが来た時には座っている。
甘いコーヒーなどをこぼしているが、元々ボロボロなので気にはならない。
捨てても雪にまみれても、なぜか戻ってきてしまう。仕方がないので、晴れた日に干して消臭剤を振りかけながら、隅に置いている。
冬のある日、軽トラに暮露暮露団をかけて天日干しにしていると、ゴンッという鈍い音が聞こえてきた。収支が合わないとパソコンの帳簿とにらめっこをしていた俺は、「何事か!」と表に出てみた。
「やめろ! なんだ!?」
見れば、暮露暮露団が山登りの恰好をした中年男性に襲い掛かっているところだった。ボロボロなのに意志があるのかと思ったが、とりあえず布団を剥いでやると、倒れた男性は「助かった」と俺を見上げていた。
「大丈夫ですか?」
「いや、びっくりしただけだ。なんでもない……」
そう言って男性は駅の方へ向かっていこうとして信号まで行ってから、振り返り戻ってきた。
「なにか?」
「この工務店で異界由来の事件を解決してくれると聞いたんだが……」
「ああ、一応、ここは工務店なんで、何か壊しました?」
「壊したかもしれない」
「何を壊したんです?」
「ツチノコかな?」
「ツチノコを壊した?」
「いや、わからない」
とりあえず、詳しく話を聞くために工務店の応接間に案内した。




