24話「爺様が死んだわけ」
山の上部は針葉樹林が並び、山道もきれいに整備されていた。
石造りの階段があり、犬神祭りのスタンプが転がっている。皆、楽しみにしていた祭りを壊すような輩は碌な者ではない。
「俺は、裏回る」
「よろしくお願いします」
團さんは神社の裏から回り、俺は正面の階段を上っていく。
犬神と言っているくらいだから、おいぬさま、つまり大口真神を信仰しているのだろうか。
天狗さんからは何も聞かされていない。わからないことは調べられるのが現代社会だ。
スマホでネット検索すると、犬神は狐憑きと同じような犬の頭を持った妖怪だそうだ。
で、あれば俺の異能がそれにあたる。
つまり、大口真神を祀っている神社でないとしたら、俺を祀る神社に自ら赴くことになる。
そんな場所で、獏さんは勝手に罠を張り、お香を焚いているわけだ。幻術だの過去の因縁だのの前に、他柱の神社で何をやっているんだ、と怒っていい。
ましてや毒や血などの穢れを伴う争いをするなら、清めなくてはならない。
階段を上り、ほのかに汗ばむ肌に冬の空っ風が吹いてくる。
大きく息を吸うと、冷たい空気で灰が膨らみ、熱くなっていた体の隅々まで涼しい血が巡っていった。
心を空っぽにして、なんの思い込みもなく、たった今、目を開いたような視線で物事を見ていく。
鳥居があり、礼をしてから結界の中に入る。鳥居は神域と俗界を分ける門だ。
異能者としてはまぐり工務店に務めていたので、異界の者たちと対峙する機会が多い。こういうことも自然とできるようになってしまった。
曇りのない目で社を見たら、賽銭箱の横の階段に座っている人がいる。背後からお香の煙が立ち上っているので、おそらく彼女が獏さんだろう。
「やはり崎守家のケントが来たか」
「獏さんですね?」
「そうだ」
立ち上がると長身の女性だった。スーツ姿ですらりと長い脚が際立っている。女性にしてはハスキーボイスで、異能者には見えない。
立ち会う雰囲気ではないし、特に敵意も感じられない。どうして、この人が山を丸ごと覆うような異能を使ったのかまるでわからなかった。
「なぜ犬神祭りを狙ったんです?」
「話すと長くなるし、おそらくケンゾウさんの件でもいろいろと誤解があると思う。説明するのが面倒で、なるべく夢を喰って対処してきたんだが……、誰かには言っておかないといけない気がする。はまぐり工務店を引き継ぐというのは本当か?」
「本当です。上が社長業をやりたがらないけど、異物の残骸を売るのに名義は必要みたいなので。それに地獄から帰ってきて、はまぐり工務店くらいしか居場所がなかったので自分には必要な場所ですから」
「崎守家を継ぐ気はないのか?」
「ないですね。というか、継げないんじゃないですか?」
「いや、そんなことはない。そちらの誤解から解くか。ケンゾウさんは自分が作り上げた幻想に殺されたんだ」
「自殺ってことですか?」
「ん~、近いかな。そもそも崎守家のお家騒動があるのはわかるか?」
「わかりません。うちが分家だってことくらいしか……」
「私も当人同士じゃないから心のうちまではわからないが、崎守家本家のケンジとは天狗と一緒によく修行した仲だ」
「ああ、そうですか」
「本来であればケンジが継ぐことにはなるのだが、ケンジはオルトロスとして、どうにも異能が薄い。むしろ妹のヨウコの方が陰陽寮でメキメキと実力をつけていた。異能者はどうしても能力で見てしまう部分があるから、異能者業界ではケンジが当主となると、周囲への影響が薄まると思われていたんだ。そこに来て、ヨウコが婿どりを宣言した」
「え、ヨウコ伯母さんは結婚するんですか?」
「そうらしい。しかも、加茂家だ。陰陽師として有名な家系だよ。問題は嫁ぐのではなく婿を迎えるということ。異能者業界でも結構なことでね。次期当主はヨウコに決まったと言われ始めた」
「そんなに家系って大事だったんですか?」
「んん、新世代にはわかりづらいか。異能も引き継ぐことになるから業界では結構重要なことなんだ。旧世代の遺物だと思ってくれても構わない。そもそも加茂家だとか安倍家だとか、江戸時代には衰退して公的には現存していないことになっている。そっとしておいてやれというのが異能業界での不文律だったんだけどね」
「陰陽寮というかヨウコ伯母さんが破ったってことですか?」
「そう。しかも運が悪いことにケンゾウさんは記憶障害を患っていた」
「認知症ってことですか?」
「それはわからない。本人は『そろそろ地獄に帰って来いと呼ばれている』と言っていた」
爺様のDVDコレクションに記憶を扱った映画が多かったのを思い出した。
「親心子知らず、子心親知らずを体現していたのが、ここ数年の崎守家だった。ケンゾウさんは倉庫にあった骨董品も売り始めて終活をしていたんだ。ケントも手伝っていたんじゃないか?」
「そう言えば、変なことを教えてもらいながら、箱を片付けたのは覚えてます」
「ケントも記憶障害か?」
「いや、地獄で30年もいれば、一年前のことは遠い昔のことです」
「30年だと!? 30……。三日じゃないのか?」
獏さんは俺のことをよく知らなかったらしい。
「この世では三日ですけど、地獄では30年です。それほど体感は違うというか、それこそが地獄の証拠です」
「無間地獄とはそういうことなのか……? ケンゾウさんを看取ったのもケントだよな?」
「ええ。『しくじった。ラッキー! お前がいるか』と言って地獄の門を突き破って逝っちゃいました。門を直す後始末で、俺は30年も地獄にいる羽目になったんです」
「地獄門を直したのか!?」
「ええ。亡者たちに手伝ってもらって。亡者って人のために動かないから亡者なんですよ。関係を作るのがめちゃくちゃ大変でしたからね」
「そりゃあ、ケンゾウさんはラッキーだわ……。ケンゾウさんは、幻術で作ったケンジとヨウコと戦って、なかなか決着が付かないってことで牛頭と馬頭に地獄への里帰りを待ってもらっていたんだ。ケントが来て、算段が付いてしまったのだろう。ケントは修繕の異能か?」
「え? そうなんですか? 犬の頭になって、嗅覚とか聴覚が鋭くなるだけだと思いますけど」
「いや、コボルトや鍛冶が嬶みたいに人の手伝いをしたり鍛冶の能力があると思うよ。普通、地獄の門を直せるなんて思わないし……」
「そうなんですか?」
「地獄に行って帰ってきたなんて人を他に見たことはあるかい?」
「ないですね」
「そういうもんだ。とにかく私はケンゾウさんの依頼を請けて幻術を使っていただけだ。これが一つ目の誤解。納得してくれたか?」
「納得しました」
「もう一つの誤解は、犬神祭りを壊している件だけど……」
「なんで、そんなことをしているんです?」
「んん、説明が難しいな。やはり手合わせしておくか。團の坊やも一緒でいい。神域だが、これも大口真神になるか犬神になるかの分水嶺だ。あとで清めよう」
獏さんは見る間にシャツがはちきれんばかりに筋肉が盛り上がり、敵意をむき出しにしてきた。
「戦わないといけませんか?」
「うむ。死ぬ気で行く」
獏さんの姿が煙のように消えた。




