23話「幻術士への対処法」
「幻術は消えました? 幻術を使う戦いは、犯人を捕まえて倒そうとする方へ向かっていくけど、幻術による同士討ちさえしなければ幻術に意味はない。幻術に嵌ろうと、解けようと、知り合いと戦わないことが重要です」
「確かにその通りだ。無意味な戦いはやめよう。ちなみに俺は、そのトラバサミは仕掛けていない」
「俺も何もしてません。普通に犬神祭りをやってました」
「よし、お嬢ちゃん達の手当てが先だ。概ね犯人は獏さんだとわかっている」
「團さんはあったことがあるんですか?」
「ああ、俺が入社するときに面接をしてくれたんだ。優しそうな顔をしていたけど、たぶん俺の夢を見ていたんだと思う」
狐娘たちに近づいていくと、唐突に團さんが止まった。狐娘たちが真っ赤な顔をしている。スカートがちょっと破けているからか。
「自分たちで外すか? 男に手当てしてもらいたくないなら、ガマの油と軟膏な」
團さんは包帯や傷薬を二人の前に置いて、鬼頭さんの方へと行った。俺も気父さんの方へ行こうとしたら、呼び止められた。
「ちょっとケントは、これを外してよ」
「え? 俺も男だけどいいのか?」
「團さんと段違いだからね」
「そんなに男の色気が違うか?」
「違うわ! 私たちは團さんが陰陽寮にいると思って入ったんだから」
「憧れの先輩だったんだ……」
「へぇ。確かに、めちゃくちゃいい人だよ」
とりあえず、二人のトラバサミを外して軟膏を塗ってあげた。
「二人は團さんのファンみたいですよ」
「お、そうか。今度、配信動画を見てくれよな……。俺の異能って有名か?」
團さんはコンちゃんとブンちゃんに聞いていた。
「そりゃあ、もう県内で知らない人はいないくらいです」
「異能者失格じゃねぇか。まいったな」
「陰陽寮の女子たちにとっては憧れですよ」
「俺なんかに憧れるな。その空想が獏さんに食われて使われたんだ。この山にアスファルトなんかないんだからな」
いつの間にか、地面のアスファルトが山道に変わっていた。
「本当の幻術は意識していても気づきにくい。自分でチャンネルを切り替えないとダメなんだ。まぁ、ここまでの異能者は滅多にいない。はまぐり社長か獏さんだろうな。陰陽師のヨウコさんはわざわざこんな面倒なことはしないだろう」
「ヨウコ先生は無駄なことが嫌いですから」
「團さん。はまぐり社長じゃないですよ。スピーカーや布まで使ってますから」
「あ、本当だ。はまぐり社長はこういう緻密な罠は仕掛けられないからな」
「ん……?」
鬼頭さんが目を開けた。
「起きたか? さすが鬼の家系だな。俺がわかるか?」
「團さんですか?」
「そうだ。どこで何をしているか状況は判断できるか?」
「犬神祭り中に、霧が出てきて、ケントくんと、いやケントと一緒に山を登っていて……、ゴブリンの群れを倒した後に襲われた?」
「あってます」
「あそこで寝ている口裂け女は、百鬼衆の新人かい?」
「え!? ああ、はい! そうです! 年上の新人さんで、酒口さんです」
「髪にこだわったりしていた?」
「どうでしょう。そうかもしれません」
「おそらく髪で大きな口を隠していたんじゃないかと思うんだ。だから、たぶんハサミが降ってきた……」
「そういうことですか」
「悪いんだけど、お嬢ちゃんたちはここから別働隊として動いてもらいたい」
「「「はっ!」」」
狐娘たちも立ち上がって、近づいてきた。
「憧れ、夢、悪夢、空想。自分の頭で考えてきた想像力が全部、獏さんに食べられて幻術として使われると思ってくれ」
「そんな……!」
「おそらく山にかけられた結界は、陰陽寮のお嬢様たちが俺の能力を勘違いして作り上げた妄想だ。見ての通り、俺はそんなに強くないし、異能の範囲も超えすぎている。俺としてもこんな風に思ってくれるのはありがたいんだけど、それを止めてほしい。ただの坊主のおっさんだ。ほら腹筋も割れてないだろ?」
團さんはガタイはいいが、山で使える筋肉と体力が欲しいとそれほど絞らない生活をしている。
「すみません。鼻血が出そうです」
コンちゃんが團さんの腹を見て興奮していた。ブンちゃんも目を伏せている。陰陽寮での團さん人気はそれほどなのか。
「婆かよ! 新しい異能に興奮するって、ものすごい古い考え方だから、どんどん認めていった方がいいぜ。俺ばかりに注目することもなくなるから」
「善処します」
ブンちゃんだけが答えた。
「じゃ、この幻術に関してなんだけど、対処法を教える」
「「「はい」」」
「ケントの言っていたことが、一番手っ取り早い。この霧の中で絶対に争うな。争いを仕掛けてくる奴が裏切り者だ。どんなことを言われても、隣にいる異能者を信じろ。同士討ちが最も敵視すべきことだ。犯人は獏さんで決まりだ。山全体を覆っているから、すごい異能を持っているように思うけれど、見てわかるようにスピーカーやハサミが落下する罠なんかも使っているから、計画性があるだけだ。要は、一度に全員を相手にはできないことを自ら明かしているようなものだ。これから俺とケントで獏さんに会いに行ってくるから、お嬢ちゃんたちは酒口さんを担いで、山を下りてくれ」
「一緒に行かせてもらえませんか!?」
鬼頭さんは自分が倒れたことをミスだと思っている。取り返したいのだろう。
「お嬢ちゃんたちの夢に対する力が強すぎるんだ。将来や手柄じゃない未来も考えて、無数のパターンを考えておかないといけない。本来であれば、たった一つの夢を追いかけた方がいいんだけどな。今戦っている相手には、格好のエサになっちまう。だからなるべく離れて、何も考えないでくれ」
「そんなこと言われても、何も考えないなんて難しいですよ」
「今日の晩飯のことを考えればいいんだよ。明日からの生活とか、試験勉強、仕事のトラブルなんかをね」
俺がそういうと、ぽかんとした顔で女性陣が見てきた。
「俺にとっての夢はそれだったんだ。地獄で見た夢が、現世の生活だった。だから、俺だけ幻術にかかる能力が低い。これが獏さんという稀代の幻術士への対処法だ。下りていって、皆に報せてあげて欲しい」
「わかった」
「ごめんなさい。一旦、夢を叶えさせてもらっていいですか?」
「へ?」
コンちゃんとブンちゃんが、戸惑っている團さんに抱き着いていた。
「よし! 推しを抱きしめた!」
「行ける! 行けます!」
「満足ならいいや。じゃあ、絶対に争わないように」
「わかりました」
「本当かな?」
鬼頭さんは訝し気に狐娘たちを見ていた。コンちゃんとブンちゃんは口裂け女の酒口さんを抱え上げて、山を下りていった。
「それ百鬼衆の新人なんだけど……!」
鬼頭さんは狐娘たちを追いかけて、山を下りていった。
「よし、行くか。そんなに遠くじゃないはずだ。この上が神社になっている。ギアを捨てていく。ナイフ一本で行くから、ケントもそのつもりでな」
「わかりました」
俺は地面の砂を掴み感触を確かめた。山道だが枝葉が多く、この辺りは雪が積もっていない。いや。誰かがたくさん踏み荒らしたから雪が少ないのか。
「集中して、相手を大きくするなよ。不意の攻撃こそが真っ当なんだからな」
「了解です」
「自分に言ったんだ。ケントはすでに気づいているんだろう? 獏さんの居場所が……」
「おそらく神社で白檀のお香を焚いています。たぶん、誰かを待っているのでしょう」
「ケントだろうな」
「わかりませんよ。この先は予想を止めましょう。幻想を喰われると面倒です」
「了解」
俺と團さんは黙って山道を登った。




