21話「絡新婦のゆめかいだん」
よく目を凝らすと、細い糸が無数に張り巡らされ、異能の選手たちが身動きを取れなくなっている。
「コンちゃん、これ焼ける?」
「松明で焼けなければ、私にも焼けないよ」
「ああ、そうか」
俺は松明の火を糸に近づけると、あっさりと糸が燃え、辺り一帯の張り巡らされている糸に燃え広がった。
囚われていた異能者たちが糸から解放されたが、目が虚ろで話しかけても返事をしない。
「なんかヤバい薬でも盛られたんじゃないの?」
「わからん。そう言えば、異界の臭いがする前に鈴の音が聞こえてきただろ。そういうのにやられた可能性はあるんじゃないかな」
「毒霧を出す異能者に糸出す異能者、それから鈴で腑抜けにする異能者もいるってこと?」
コンちゃんが眉間に険しい皺を寄せて聞いてきた。
「ああ、そうか。異能って一人一つなのか」
「敵は三人はいる。ってどうするの? この人たち」
「その焚火辺りに寝かせておけば、誰か助けに来るんじゃない? そもそも黒い霧で運営側も混乱しているかもしれないし……」
ひとまず俺たちは糸を燃やしながら、犬神祭りの選手たちを救出し焚火周りに寝かせておいた。
「うわぁ、蜘蛛だぁ」
ブンちゃんが枯れ葉の裏にびっしりとついた蜘蛛を見せてきた。雪景色の中で隠れられるところは少ない。虫はそこまで嫌いじゃないが、集団だといい気はしない。
「こいつらのせいで……」
コンちゃんが大きく息を吸った。火を吐くつもりか。気持ちが悪いからと言って喉を痛めてまで火を噴くのは、費用対効果が合わない。
「ちょっと待て。誰かの異能だろ? 正体を突き止めてからの方がコンちゃんは活躍できるんじゃない?」
「あ、そうか」
「すげ。コンちゃんの暴走を止めた人、初めて見た」
「人を暴走爆裂ガールみたいに言わないでくれる?」
「でも、いつもそうじゃん」
狐娘たちのどうでもいい会話を聞きながら、蜘蛛の糸の焼いていくと鬼の選手たちが山道を下りてきた。河童さんもいる。
「あ、崎守くん」
角が生えた鬼頭さんもいた。異常に肌が白く吸い込まれそうになるが、それが鬼頭さんの異能だろう。
「こっちも被害があったか?」
河童さんが聞いてきた。
「蜘蛛の巣に絡まって混乱しています。焚火の近くに寝かせていますが……」
「ああ、助かる。犬神祭りが乗っ取られた。頂上へ向かおうとしても山道からは行けなくなっているみたいなんだ。スタンプ係の異能者たちも眠らされたりしているから気を付けてくれ」
「犯人に心当たりはあるんですか?」
「鬼はどうしても威圧的だから恨まれてるし、陰陽寮は金に汚いからなぁ」
角が生えた鬼が言った。鬼頭さんの同僚だろう。
「なによ! こっちは保険も効かないんだから当たり前でしょ!」
ブンちゃんが鬼に切れていた。とにかく犯人は誰かわからないらしい。
「犯人は3人以上いるから、たぶん選手の中に紛れ込んでいたはずだ。蜘蛛の巣は絡新婦の異能者がいたから彼女だろう。毒はエルフを呼び出した誰かだと思う」
河童さんが情報を共有してくれる。ありがたい先輩だ。
「召喚術は陰陽寮で今禁止されてるよ。エルフなんて呼び出したら破門」
「だったら、百鬼衆の誰かじゃないか?」
「考えたくはありませんが、可能性はあります。霧が出て以降、連絡が取れなくなった者もいますから」
「誰か、この霧がどれくらいの規模かわかるかい?」
「山全体を覆えるくらいですよ。俺たちは岩に登って回避しましたから見てました」
「ええ? それ化け物級じゃないか。はまぐり社長のいたずら程度だったら楽なんだけど……」
「はまぐり社長の仕業というなら、たぶん社長は二重人格です。俺はそういう社長を見たことがないので」
「まぁ、そうだよな」
「百鬼衆でいなくなった異能者の能力はわかる?」
河童さんが鬼頭さんに聞いていた。
「全員、回復力が高いことくらいしか……」
「実際、それで十分だしなぁ」
犯人が誰かという問題は暗礁に乗り上げた。
「いた!」
唐突にブンちゃんが声を上げた。分身を使って周辺を探っていたのか。話し合いで犯人を見つけるよりも、周辺を探った方がいいと思ったのか。ブンちゃんは足で情報を得るタイプだ。
「え?」
「絡新婦を見つけたよ。でも寝てる。崖の下」
「了解」
俺はすぐにブンちゃんの言う崖から飛び降りる。途中で崖を蹴って衝撃を逃がしながら下りていけば、問題はない。天狗さんの修行を受けてきたので、これくらいはできるようになった。
「どうしてそんなに躊躇いがないんだ? ケーン! 行くよ。コンちゃん!」
「まったく……」
狐娘二人も付いてきた。
「ちょっと!」
鬼頭さんも颯爽と下りてきた。
絡新婦と呼ばれる女性は下半身が蜘蛛の体を持つらしく、無数の蜘蛛が集まっていた。意識を失っているのか目をつぶっていたが、ブンちゃんが「起きろ!」とほほを平手打ちをしたら、目を開けた。
「なに? なにが起こったの?」
「絡新婦、ここがどこだかわかるか!?」
ブンちゃんはそのまま尋問し始めた。
「山? なんで? ここどこ?」
「犬神祭りの最中よ」
「え!? なんで角が生えてるの? 犬の顔!?」
「自分が異能者であることもわからないみたいだ」
「仲間割れか」
「とりあえず運ぼう。肩に掴まって」
「おぉっ! 犬強いねぇ!」
身体の大きい異能者は結構重いが、高重量のトレーニングを積んでいたので山道まで回って、河童さんたちのもとへと戻った。
「おいおい、そんなに蜘蛛を引き連れてきたのか?」
「え?」
河童さんに言われて振り返ると、一列に小さな蜘蛛が並んで付いてきていた。
「うわっ!」
「気づかなかった」
特に襲ってくる様子はなく、ただ絡新婦の側にいたいらしい。
「かわいいね」
絡新婦は混乱しているものの蜘蛛には愛情を注げるようだ。
「河童さん、犬神祭りを続けられないですかね?」
「外と連絡が付かないからな。一応、何度も救難ベルは鳴らしているから、何かがあったことは外の運営も理解していると思う」
「出られなくなってるんですか?」
「ああ、結界が張られている。ひとまず俺たちは寝ている奴らを背負って入口まで下っていくから、結界が破られるのを待つ。ケントは電話を探してくれないか?」
「電話なんてあるんですか?」
「ああ、電柱にカバーが付いている電話があるはずなんだ。神社にもあるけど、今は登れないから」
「この森の中から電柱を探すんですか?」
「ああ、ほら、山道地図に祠がいくつかあるだろ? 近くにあるはずだから」
地形図ではなく簡易的な地図も大事だったようだ。
「わかりました。あ、3人も行く?」
「行くでしょ」
「仕方ないな」
「崎守くんだけ、犬神祭りを続けるつもりでしょ?」
「そんなことはないんだけど……」
とりあえず狐娘と鬼頭さんは付いてくるらしい。コンちゃんが松明を持ってくれているので、楽ではある。
「わっ!」
絡新婦の蜘蛛たちが、雪の中に文字を描いている。
「ゆめかいだん? 夢階段に気を付けてって」
「嘘だろ!?」
河童さんが険しい顔で叫んだ。
「そうだったのか……。井戸さんが予想できないわけだ。全員、獏さんって大きい女が山のどこかにいるから喰われないように気を付けてくれ。見かけた時点で逃げろ」
「獏さんって確かはまぐり社長の……」
「そうだ。はまぐり社長の相棒で夢を食べる異能者だ。天狗さんと同じくらい体は動くし、幻術も得意だ。ケンゾウさんが亡くなられた時に近くにいたとは聞いていたが、犬神祭りに乗り込んでくるということは、ケントが狙われているかもしれないぞ」
「俺の夢が喰われるんですか? 夢?」
そう言われてもピンとこなかった。はまぐり工務店の社長になるのは押し付けられただけだし、将来の夢というわけでもない。むしろ、地獄にいた頃は、この現世を夢見てきた。
「たぶん大丈夫です。現状が夢の中にいるので」
爺様の最後の言葉は「しくった……。ラッキー! お前がいるか」だ。獏さんが「しくった」相手だとしたら、爺様はどんな夢を喰われたんだ。
俺は地形図と山道の地図を見ながら、3人と一緒に山を再び登り始めた。




