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はまぐり工務店~異界由来の破損修理承ります~  作者: 花黒子


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18話『祭りの朝』

 学校に行き、バイトをして酒屋を直し、天狗さんと修業をし直していたら、日々はすぐに過ぎていく。


「応援しに行くからね」

 狸の酒屋は犬神祭りで、俺を応援してくれるという。ないよりはいいか。

 加奈子先輩は「私が行くと必ず負けるから行かないでおくわ」と一週間前に大葉香るみそおにぎりを作ってくれた。一週間前じゃないと腹を壊したりするからなのだそうだ。実際、その後の修行は過酷で、しっかり漏らした。


 冬休みが始まり、山には雪が降り積もる。地獄から帰ってきて初めての冬だ。雪はいろんな臭いを覆っていく。灼熱と極寒の地獄を体験してきた身としては、明るく何もせずに息ができるというだけで幸福感がある。極寒地獄で息をすると肺まで凍えてしまう。



「じゃあ、いってきます」

「え? こんな朝早いの?」

 犬神祭り当日の朝、親たちはまだ寝ていたのに、俺が声をかけて起こしてしまった。

「山向こうだからね」

「あ、ちょっと一分待って。そこのお弁当をレンジで温めて持って行きなさい。昨日の夜作っておいたから」

「すみません。ありがとうございます」

「いいのよ。これくらいしかできないんだから」

 わざと寂しそうに言う母のズルいセリフだ。

「んなことはないっ!」

「今のうちに恩を売っておいて、後でたくさん返してもらうから」

「そういう計算もしないと大人になれないか」

「今日はそういう大会じゃないんでしょ?」

「でも、会社の名前を覚えて帰ってもらうにはいい機会だそうだ」

「頑張ってよ。優勝賞金はあるの?」

「ああ、それ聞いてないな」

「一番大事だろ」

「はい」

「がめつく生きろ! 息子よ」

「承知しました。親方様」


 チン。


 弁当を持って仕事の鞄を肩から下げて、表に出るとちょうどぴったり井戸さんが運転するミニバンが家の前に停まった。


「おはよう。行くよ」

「いってきまーす。お願いします」

 とっととミニバンに入ってシートベルトを締めた。


「團さんは?」

 運転している井戸さんはコンビニコーヒーを飲みながら窓を開けていた。タバコを吸ってたのかな。

「運営側で昨日から泊りだよ。同期がいるから飲みたいんだと思う」

「同期って、異能者のですか?」

「いや、犬神祭りのさ。異能者って子供の頃から発現していた奴もいれば、急に異能を持ったタイプもいるだろ? だから、あんまり同期っていないんだけど、犬神祭りはいろんな団体もいるし、他の異能も見れるから遠足みたいなところもあるんだよね」

「遠足……」

 そう言えば地獄から帰ってきて、課外授業を受けていない。加奈子先輩と行ったのは仕事だった。いや、犬神祭りも仕事と思えばいいのか。


「各団体に所属している異能のお披露目会みたいな要素もあるから、皆どのくらい成長できたか気になるのよ。百鬼衆みたいに強さに特化させる異能もあれば、陰陽師みたいに探索系、封印系に特化していくとかね」

「團さんは修理系ですか?」

「そうかも。まぁ、ダンジョンなんて特殊系よね。人の意識も変わっていくから、團みたいな新しい異能が増えていくんだろうけど……」

「異能って流行りとかあるんですか?」

「あるよ。いつだったかドッペルゲンガーが流行ったことがあるんだけど、未だに使いこなしているのは限られているね」

「ということは、いつか異能もなくなることがあるってことですか?」

「まぁ、そうだね。封印する人もいるし、他の異能者と関わりたくないってどこかへ消える人もいる。使ってなかったら、そのままなくなることもある。ケントの場合は血筋もそうだけど、地獄っていう異界に行って帰ってきてるんだからなくなることはないと思うけどね」

「そうかもしれないです。最近、知らない犬の言ってることもだんだんわかってきているというか、吠えているわけじゃないけど、何がしたいのかは読めるようになってきましたね」

「天狗さんとの修行で開花してきたのかな。五感の中で耳、目、鼻、口の四感は頭にあるからね。聞こえてきて当たり前になってきたんだね」


 ミニバンは峠を越えて、県を越えた。山道をどんどん奥へ向かい、山の麓へと向かう。途中から、後続にバスやハイエースなどを見かけるようになった。


「皆、犬神祭りよ。今年は多いって聞いてたけど、本当ね。巣ごもりで一気に増えて、明けたら繋がりが欲しくなったのかしら」

「疫病も関係あるんですか」

「あるある。今年は当たり年だし」

「そうなんですか?」

「一番の当たりはケントでしょ。あと百鬼衆の秘蔵っ子もでるし」

「え? あ、鬼頭さんも犬神祭りに出るんですか?」

「うん。まぁ、出ないわけにはいかないでしょ。陰陽師もいれば、突然発現しちゃった人たちもいるだろうから、楽しみね」


 ミニバンは広い駐車場に停まった。ドアを開けて見上げれば、雪深い山があった。毎年、この時期はGPSが故障するようになっているらしく、間違ってここに入ってこれないようなまじないもかかっているそうだ。現代でもまじないが効くところが異能者たちのいいところだ。


「受付でゼッケン貰ってきな。夕方にはゴール近くで待ってるから」

「わかりました。ありがとうございます」

「がんばれ! 新社長!」

 新社長と言われても、嬉しさはない。それより、井戸さんが夕方にゴールにいるということは、夕方までにゴールすればいいってことだ。山と言っても、天狗さんと修業した山ほどは高くない。つまり、どこがゴールなのかは知らないけど、一番早くゴールした人が優勝ということではないのか。



「山の中にはチェックポイントがいくつかありますので、なるべく多くスタンプを押して、頂上の犬神神社まで行ってください。すべてのチェックポイントを見つけた選手が複数いた場合は早い者勝ちとさせていただきます。見つけるのに数日かかる場合もありますので、食料や水は自分で取ってください。防寒対策も合わせて自分でお願いします。死にそうになったら、救難ベルを押してください。棄権となりますが助けが来ます」

「わかりました」


 受付の猫耳のランカンスロープと呼ばれる異能を持った女性がゼッケンを渡しながら、詳しく教えてくれた。

 水はあるし、弁当も持った。今日の気温は防寒対策しないといけないほどではないし、いざとなれば脱いだ方が茶色い脂肪を使って体温は保てるだろう。救難ベルは大事だ。


「スタートは、銅鑼の音が鳴りますので、準備の方をお願いします。お一人ですか?」

 急に先ほどまでとは態度を変えて、受付の女性が聞いてきた。


「そうです」

「もしや、崎守家の?」

「ケントと申します」

「注目されていますので頑張ってください」

「知られてるんですか?」

「ええ、はまぐり工務店で修業されたとか……」

「そうですかぁ……。工務店の宣伝は必要ないですかね?」

「宣伝しに来たんですか?」

「ええ。じゃあ、本当に犬神祭りを楽しめばいいんですかね?」

「どうぞ、楽しんでいってください」

「はい。ありがとうございます」


 そんなことはない。宣伝する必要がなくなったとしても見られているとわかったからには、ある程度修理の腕も見せておかないとはまぐり社長たちがいなくなった後、工務店が潰れてしまう。

 釘や鉄鎚、ナイフなどの準備をしていたら、見知った顔の女学生がやってきた。


「崎守くん、注目されてるよ」

「あ、鬼頭さん。おはよう。注目されてても腕がないとね」

「腕? 技術ってこと?」

「うん。あ、そうだチェックポイントの場所って公開されてるの?」

「いや、チェックポイントを探すのも犬神祭りよ」

「なるほどね」

「皆、殺気立ってるけど、百鬼衆が守ってあげようか?」

「いや、大丈夫だよ。なるべく戦いは避けるし、罠は壊していくから」

「自信あるのね」

「ないよ。優勝狙うより仕事を狙ってる」

「仕事って、異能関係の?」

「どうも、はまぐり工務店です。異界由来の破損修理を承ります。経営って難しいんだよ」

「なんだか崎守くんは大人ね」

「そうかな。鬼頭さんの方が大人だよ。同級生で異能の同期なんて鬼頭さんだけだから、優勝するのを期待してる」

「ありがとう。無理しない程度に頑張るわ」

「また頭に矢が突き刺さらないようにね」

「脳って再生するのに時間かかるのよ。お互い頑張ろうね」

「うん。百鬼衆はお手柔らかに頼みます」


 学校ではほとんど喋らず、能面のように表情を変えない鬼頭さんも異能者たちが集まってくると嬉しそうだ。


「うわ、電波ないんだ!」

「方位磁石持ってきてないの?」

 選手たちの声が聞こえてくる。

 GPSも使えないのだから、電波は通じなくなっている。スマホで地図を確認しようと思ったが、出来なかった。

 ただ、簡易的な山道の地図が描かれた看板の下で、山全体の地形図は配られている。結構重要な地図だと思うが、コピーされた地形図は全然減っていなかった。チェックポイントを設置している異能者たちも地形図を見ながら設置しているだろう。


「注意力を試されてる?」


 もしかしたらすでに犬神祭りは始まっているのかもしれない。


 準備運動をしていたら、なぜかヨウコおばさんが出てきた。神社関係者だからか。


「それでは第258回、犬神祭りを開催します!」


 ドーン!


 銅鑼の音が鳴り、犬神祭りが始まった。


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