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はまぐり工務店~異界由来の破損修理承ります~  作者: 花黒子


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14話『はまぐり工務店の過去1』


 鬼の道場に行った次の日曜日。俺は自転車で峠に向かった。


 峠の道の駅で、蕎麦を食って待っていたら、天狗さんが笑顔で現れた。


「悪い。遅れたか?」

「いえ。今日は奢りますよ」

「高校生に奢られちゃ、俺も立つ瀬がねぇよ」


 天狗さんはそう言って天ぷらそば山盛りと瓶ビールまで頼んでいた。


「はまぐりの社長も困ったもんだな」

「人にはいろいろ事情があるってことがよくわかりました」

「大人の都合だ。わからなくてもいいんだぞ」

 天狗さんはそう言いながら美味そうにビールを飲んでいた。


「工務店を続けるも続けないも、ケントの自由にしていいからな。別に大学行きながらでも工務店はできるし、潰したってかまわないんだからな」

 自由だから、どこに向かっていけばいいかわからない時がある。

「でも、周りからすれば、残しておいて欲しいんだよ」

 古くからあるというだけで工務店の信用は存続していく。過去の異能者たちから受け継がれているものをなくすのも、心が引ける。


「残しておこうとは思ってるんです。ただ、俺はあまりにも知らなすぎる。うちの家族や同級生を見ていると、異能者の職業選択って難しかったんじゃないかとも思っていて……」

「それはそうだな」

「そう言うことを知ると、はまぐり工務店の位置もわかるんじゃないかと思うんです。今はまだ何を受け継げばいいのかもわからないというか……、名前が大事なのか、場所なのか、仕事なのか、異能なのか……」

「それで言えば、仕事だ。居場所というのもあるだろう。特に團や井戸にとっては、はまぐり工務店という居場所は大事だったと思う。蕎麦食ったら、少し山を歩きながらはまぐり工務店ができた経緯を話そう」

「ありがとうございます」

「いや、それすら知らされてないのに社長を任せる大人が悪いんだ」


 蕎麦を食べ、自転車を置いて山の中を俺と天狗さんは二人で歩き始めた。二人で動くのはミミックの時以来だ。


「昔は、というか今も異能者なんか、隠れて暮らしていることがほとんどさ。別に普通に暮らしていれば異能なんか使わなくても就職活動をして暮らしているだろ?」

「隠せば別に普通の職業ですよね。でも……」

「そうだ。異能を使わないといけない家系というのが日本にはあるんだ。歌舞伎役者とか神社仏閣なんかは今でも家業があるだろ。三井・三菱・住友・安田みたいな財閥もある。その昔、日本は山を越えたら別の国だったこともあって、訛りも多い。その地方には特有の妖怪がいる。つまり異能者がいたんだ。鬼にしたって、青森の鬼と沖縄の鬼は違う。そうだろ?」

「確かにそうですね」

「遺伝的に異能に目覚めやすい家系があって、地方によって対処していた。ところが明治維新があって、徐々に交流するようになっていく。戦争があって軍人を集めたら、もっと混ざっちまった。それからインターネットが出てきて、どこに異能が出現するか、どこの家系なのか、もっとわかりにくくなった。ゲームやファンタジー小説や漫画の影響も色濃くなった」

「じゃあ、異能の能力が濃い人たちって、そもそも人目に付くようなところにはいなかったんですかね?」

「そうそう。基本的に家族が隠していたんだ。で、ちょうどネットバブルの頃に異能者たちが続々と現れ始めて、この異能集団の業界自体ものすごく混乱した。猫も杓子も異能異能と騒ぎ始めた頃に、御上から締め付けも強くなって、崎守家含め、いろんな地方の異能家系連盟みたいなところが取り締まるようになったんだ」

「じゃあ、最近のことなんですか?」

「もちろん警視庁にも専門組織があったし、自衛隊にもあるんだけど、今みたいに組織化されて陰陽師とか専門の警察機関や警備会社みたいになったのはここ20年の間に起こったことだ。俺とケンゾウさんが出会ったのもその頃だ」


 サクサクと枯れ葉を踏みながら、天狗さんは当時を思い出しているようだった。


「爺ちゃんと?」

「ああ。俺は元々デパートの屋上とかでやっているヒーローショーの俳優だったんだよ。身体が人よりも動いたから、何かのスポーツ選手になれればいいなと思っていたんだけど、どれもいまいち興味が持てなくて、今ならトライアスロンとかが有名だからそっちに進んでいたかもしれないけど、昔は知らなかったから、休日に山の中に入ってただただ修行をしていた」

「修行ってどんなことをしてたんです?」

「一本下駄穿いて、そのまま木に登ったり、岩場で瞑想したりとかベタな奴だよ」


 天狗さんからすればベタなのか。


「そんで、普通に遭難したんだけど、仕事も飽きていた頃だったし、まぁ、このまま山に籠っても面白いよなって思ってたら、木霊が見えるようになっちゃってさ」

 天狗さんは幼いころから自然の中に何かこの世のものではないような者がいるとは思っていたが、はっきり見えるようになったのはこの時からだったそうだ。


「騙されたり、揶揄われたりしていたんだけど、そのうち猪とか熊がいる場所を教えてくれたりして仲良くなって、人の生活に戻れなくなりそうだったところを、ケンゾウさんに見つけてもらってさ」

「うちの爺様はなんで山に入ってたんですかね?」

「修行する場所を探していたみたいだ。異能だけ発現しちまって、自分がどこに向かえばいいのかわからない奴らが多くなってさ。崎守家や鬼頭家は、一応決まった道があるだろう? だからそういう者たちの手伝いがしたいって言ってたな」

 あんな爺さんでも周囲に目を配っていたのか。

「ケンゾウさんは俺を一目見て『あんまりそっちに行くと戻ってこられなくなるから、一回人の里まで戻ってこないか』って言われて、半年くらい風呂に入ってなかったから、そう言えばそうだと思って、ケンゾウさんの家に連れて行ってもらったんだ」

 俺も、爺さんの家を思い出していた。


「そこで俺は戦い方のいろはを教わったんだ。そこから鍛えて、一旦自衛隊に行かされて、さらに戦闘と索敵について訓練を積んだ。休日にはケンジとはよく組み手をさせられたよ」

「ケンジおじさんと?」

「ああ」


 俺には天狗さんと伯父さんが繋がっていること自体意外だった。


「そのうちにはまぐりの社長がやってきたんだ。親が中国人と日本人だったから大陸系の異能が発生してしまって、異能関連の警備会社に就職したんだけどスパイだとか言われて馴染めなくてやめてふらふらしていたらしい。で、今さら普通の仕事はできないってことではまぐり探偵事務所を開いたんだ」

「探偵事務所だったんですか!?」

「そう! 初めは探偵事務所だったんだ」

「その探偵事務所って異界由来のものしか扱わなかったんですか?」

「ほとんどそうだな。助手に獏さんっていう、夢を食べる女性の異能者も雇って、まぁ、仕事がひっきりなしに来てたんだ」


 相当、儲かっていたらしい。


「警察に言っても解決しなそうな事件は、この界隈多いし、はまぐり社長と獏さんがいれば被害者の記憶も改ざんできてしまうだろ。その頃には俺も自衛隊をやめて手伝っていたっけな。まぁ、ほとんど対象の記憶のつじつまが合うように修復作業をしていたんだ」

「でも、やめてしまったのは……」

「獏さんが飛んだんだ。つまり、行方知れずになったんだ。今思えば、人の夢を食べすぎていっぱいいっぱいになっていたのかもしれない。はまぐり社長もそこで、ふっと緊張の糸が解けたみたいに、何をやっても身が入らなくなっちまっていた時期がある」

「そうなんですね」

「はまぐり社長の収集癖は獏さんのためさ。別に自分の中に他人の夢を抱えておかなくてもいい。物に移し替えればいいってな。ほら、位牌とか死んだ人の魂を移すだろ? そんな風に思っていたみたいだ」

「獏さんは今も見つかってないんですか?」

「ああ。異能者が本気で姿をくらますときは、ほぼ見つからない。痕跡ごと消えちまう。社長の記憶も食われちまっているのかもしれない」

 

 天狗さんはひょいひょいと川辺を下りていき、藪をかき分けながらある場所へ向かっているようだった。


「ちゃんと付いてきてるかぁ?」

「はい。大丈夫です」


 天狗さんの臭いは独特なので、見失うということはない。ただ、ふわふわと重力がないかのように移動するので、俺は必死で付いて行かないといけない。天狗さんはなるべく木を傷つけないようにしているが、俺にはできない芸当だ。


「ほら、爺様の家だ」

 藪をかき分けていくと、爺さんの家があった。どこをどう通ったのかもわからないが、案外峠から近い距離にあるらしい。


「近いと思ったか?」

「ええ。そんなに時間はかからなかったじゃないですか?」

「これ、下るのが早いだけなんだ。登ると大変だぞ。おや、誰かいるな」


 爺さんの家に今さらお客さんなんかいるのかと思ったら、見たことない口の大きな中年女性が2人、門の前に立っていた。


「井戸ちゃんの家の人だ。敷居を跨がせるなよ」

「え? どうしてです?」

「井戸ちゃんが近くに隠れているからさ」


 井戸さんの家族は揉めているのか。


「やあ! こんにちは!」


 天狗さんはポーンと跳ねるように、玄関先に下りていった。俺も慌てて後をついていく。


「こんにちは。初めまして。なにかうちに用ですか?」

「あら、こんにちは。崎守さんちの地獄帰りくんね」

「はい、そうです」

「同じ工務店で働く井戸の姉なんですけど、うちの真子がこちらにお邪魔してないかと思いましてね」

「ここはうちの爺様の家なんでわからないですけど、井戸さんとそんな約束はしていませんよ」

「そう……。ちょっと……」

 井戸家の人が門の敷居を跨ごうとした。

「ああっ! 危ない!」

 天狗さんが井戸さんの姉たちを大きな声で注意した。


「ここは崎守家の当主が住んでいた家ですよ。無断で入れば、どうなるかはご存じでしょう。ちゃんとアポイントメントを取った方がよろしいかと思いますよ。ケンジのスマホの番号を教えましょうか」

 天狗さんが仮スマホを取り出した。電源は入っていない。

「いえ、そこまでしなくても構いません」

「なら、また別の日なのかもしれないわね。お邪魔しました。御機嫌よう」

 

 井戸さんの姉たちはそそくさと坂を下りていった。


「で、井戸さんはどこにいるんですか?」

「ここだよ」

 俺は天狗さんに聞くと、縁側の方から井戸さんの声が聞こえてきた。


「饅頭買ってきたよ。お茶は用意してあるから一緒に食べよう」


 黒髪の井戸さんは、明るいオレンジのシャツに黒いスラックスといういでたちで俺たちを迎えた。さっきまで縁側は雨戸まで閉まっていたはずなのに。


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― 新着の感想 ―
[一言] 面白くて一気に読みました。 新境地を開きそうな新作ですね。
[一言] サブタイトルが15話となっていますが、14話なのでしょうか
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